第245話 歌丸連理最強化計画(期間:12時間)「無理じゃね?」

吐いた唾は吞めぬ。


覆水盆に返らず。


後の祭り。



この場合、どれが正しいのでしょうか?



「う、歌丸くん……」



英里佳が蒼い顔で僕を見ている。


ああ、時間干渉が解けたのか。


でも多分、この時の僕の顔色の方が悪いと思う。



「あ、今果たし状送っといたでっ」



とてもいい笑顔(に見える表情)でサムズアップする西のドラゴン。


どチクショウ!



「あ、一応確認しますけど、棄権なんてつまらないことは無しですよ?


そんな裏切りされたらぁ~」


「……され、たら?」



東のドラゴンは僕の眼前まで迫ってきて、これまでで一番の圧力を僕に向けてくる。



「――東京という都市が明日、世界から消えてしまうかもしれませんよ?」


「――――」


「こちらとしても神吉千早妃を助けるなんて面倒なことはしたくはないんですよ。


ですので、今すぐこの場で、誓ってください。


――死力を尽くして戦う、と」



僕もそうだが、来道先輩も、そしてドラゴンに強烈な殺意を向けていた榎並伊都さんまでもその迫力に気圧されてしまっていた。


スキルじゃない。


純粋な、生物としての上位者から向けられる本能的な恐怖が、この会場を支配しているのだ。



「――黙れ」



だが、そんな中で英里佳だけは普通に動いた。


いや、違う、彼女だけじゃない。



「これ以上は看過できません」


「流石にこれは笑えないッスよ」


「私も、納得できません」



誰もが動けなくなるほどの重圧を感じる会議室の中で、チーム天守閣の面々だけは僕以外が普通に動けた。


詩織さんも戒斗も武器を構えながら僕の傍に立ち、紗々芽さんも杖を手に持つ。


……もしかしてスキルの効果?


え、僕は動けないんだけど……単純に僕がビビってるだけ?


そう考えながら深呼吸して心を落ち着かせてみると、普通に体を動かせた。


どうも僕は他の人たちと違って普通にビビっていただけだった。普通に恥ずかしい。



「今すぐこんな下らないことを取り消せ」


「嫌です」



英里佳の言葉を一蹴するドラゴン。


苛立ちも隠さず英里佳はドラゴンを睨みつける。



「獣の嬢ちゃん、こういうの、賽は投げられたって言うんやで」


「黙れ」


「いいや、黙るのはそっちや。


――たかが人間の小娘風情が、ワイらに意見できるとか、調子コキ過ぎやぞ?」



西のドラゴンが語気を強めると、空気の重さが数十倍に膨れ上がったような錯覚がした。


思わずその場で膝をつきそうになった、その直後、すぐにその重さは無くなった。



「――まぁまぁ、落ち着いてくださいよ」



今まで僕の前にいた筈のドラゴンが、一瞬で西のドラゴンの横に移動してその肩に手を置いた。



「では、時間制限を設けましょう。


試合開始から十分経過したら棄権を許可しましょう。


そして十五分生き残れれば歌丸くんの勝ちとします。


どうですか? なかなかフェアなルールになるでしょう?」



そう言ってにこやかに微笑むドラゴン。


初めから譲歩するつもりで敢えてこっちにプレッシャーをかけてきたな。


つまり、見透かされているんだ。


――僕がビビっているってことを。


そう思うと、腹の奥がかぁっと熱くなり、顎が軋むくらい痛くなった。


悔しさから無意識のうちに歯を食いしばっていたらしい。



「――上等だ」


「歌丸くん?」


「負ける気で戦うなんて、冗談じゃない。


やるからには勝つ。勝つためにリングに登る。


僕がいつまでも弱いままだと思ったら大間違いだってこと、証明してやるよ!」



僕の言葉を受け、東のドラゴンはパンと手を叩き、その風圧で会議室の中で風が発生する。



「エッッッッッッックセレント!!!!


待ってましたよその言葉!


最近の君はクレバーになり過ぎていましたが、それでこそ歌丸くんです!!


窮地の中でこそもっとも輝くのが君なのですから、その姿、全世界に見てもらいましょう!


世界よ、これが歌丸連理だと、君の絶体絶命の輝きを見せて下さい!!」


「ほな、約束通り」



西のドラゴンがその場で指を鳴らした。


たったそれだけの動作で、僕の頭上に影ができ――うぉおおおお!?


何かが落ちてきて驚いたが、慌ててキャッチ。


重さは殆どなく、思った以上にあっさりつけ止められたが……まるで魔法でも解けたかのようにしっかりと受け止めた瞬間にずっしりとした重さと温もりを感じた。



「……千早妃?」


「…………………連理、さま……これは……夢……?」



僕の腕の中には、空ろな目をした千早妃がいたのだ。



「「千早妃様!?」」



今までドラゴンのプレッシャーによって何も喋れなくなっていたクノイチ姉妹が、自分の主の登場にすぐにこちらに駆け寄ってきた。



「綾奈……文奈………………」



二人の名前を呼ぶと、千早妃は目を閉じて脱力してしまった。



「ち、千早妃、ちょっと、おい、しっかりしろ!」


「歌丸くん、ひとまずゆっくり床に寝かせてあげて」



この場で最も医療系に強い湊先輩がすぐにこちらにやってきて、僕は指示通りに千早妃を一旦床に寝かせる。


湊先輩は千早妃の身体に触れて何やら手が一瞬光ったように見えた。


健康状態を確かめるクレリックのスキルだろうか?



「……肉体的には健康……ってことは、復活直後なんでしょうね。


ただ、ストレス性のホルモンが過剰に分泌もされているから心的な疲労が原因だと思う」


「それ大丈夫なんですか?」


「休ませてあげれば大丈夫よ」


「そうですか……よかった」



ひとまずは安心……でいいのか?



「なら叩き起こして明日の決闘の対策でも練らせればいいんじゃないか」



そんな中でそんなとんでもないことを口にしたのは呆れたような目で僕を見ている銃音先輩だった。



「貴様……!」

「冷徹だとは思っていましたが、真正のクズ野郎ですね」



今まで堪えていた分もあったのだろう、自分の主を守るためにクノイチ姉妹がその手にクナイやら小刀やらを取り出す。



「駄目ですよそんなの、駄目駄目ぇ~。


神吉千早妃さんはあくまでも二人の決闘の賞品に該当するんですから、決闘の流れを左右させるような役割を与えるなんてフェアじゃありません。


というわけで……ほいっ!」



ドラゴンが何やら千早妃に手を向けたかと思いきや、千早妃の身体が一瞬光った。



「お、お前今千早妃に何した!?」


「精神的に完全な健康状態に戻らないと起きられないようにしました。


まぁ、そこからでも最悪、歌丸くんのスキルで即座に目を覚ませましたからね。


そちらも封じさせてもらってますので彼女の力を頼ることはもうできませんよ」


「千早妃に害はないんだな?」


「ええ、むしろもうこれ以上彼女が疲弊させられるような要素を排除したと断言します」


「……ならいい。


湊先輩、すいませんけど千早妃のことお願いできますか?」


「ええ、もとよりそれが私の仕事よ。


ひとまず私の部屋で休ませるわ」


「ありがとうございます。


えっと……二人も、千早妃の護衛ってことで一緒にいてあげて」


「はい、わかりました」


おそらく綾奈さん……でいいのかな? そちらの方はすぐに僕の言葉に頷くが、一方で妹の方の文奈さんは心配そうな表情だ。



「ですが……あの……大丈夫なんですか?」


「…………………………………………………きっと大丈夫……だといいけど」


「それ大丈夫じゃない奴ですよね……?」



やや蒼い顔になる文奈さん。


僕を危ない目に陥れてしまったとか責任を感じてるのかもしれないけど、この一件に関しては僕が選んだことなのでそこは気にしないで欲しいな。



「まぁ、僕の自業自得だから気にしないで。


それに二人は自分のやるべきことだけ気にしてもらえればいいから」


「……わかりました」



綾奈さんの方が千早妃を背負う形で、三人は会議室を出ていき、それを確認してから僕はドラゴンに向き直る。



「……千早妃を助けてくれてありがとうございます」


「おや」「ほぉ」



僕が素直に礼を言ったのが意外だったのか二匹そろって少しばかり目を見開く。



「だが、勘違いするなよ。


僕はお前ら二匹とも大っ嫌いだ。


特に、お前は絶対に殺す。


殺すために、僕は明日も絶対に勝つ。勝って生き残ってやる」



東のドラゴンを指さしてハッキリ宣言してやる。


負け犬の遠吠えに見えるかもしれないけど、ここで黙ったままじゃ駄目なんだ。


実現できるできないの可能性の話じゃない。


僕は僕として、あの日の英里佳との約束から目を背けないためにはこの意地だけは絶対に捨てちゃ駄目なんだ。



「期待してますよ、歌丸くん」


「楽しみにさせてもらうで」



そんな言葉を残し、二匹とも同時にその場から姿を消した。


あの圧倒的な存在感が完全になくなったので、少なくとももうこの近くにはいないのだろう。



…………さて、それはそれとして……



「…………どうしよう」



僕はその場で頭を抱えた。


え、マジで僕、明日一対一で御崎鋼真と戦うの?


え、え、ちょ、ちょっと、え、ちょ……え、無理じゃね?



「あー、あー、あーーーーーーーーーー!!」



頭の中で色々と考えてみたが、考える前にまず「無理じゃね?」って言葉が真っ先に頭の中を埋め尽くす。


もう僕にはこの場でジタバタと床の上を転がることしかできない!



「歌丸くん……」

「……ちょっと頭痛がしてきたわ」

「……いっそもう、暗殺をかけるしか」

「いや、明日の試合開始まで殺しても意味ないじゃないッスか?」



僕を哀れな目で見ている英里佳と、額に手を当てて目を閉じる詩織さん、物騒なことを言っている紗々芽さんに戒斗。



「…………連理」

「ど、どうしましょう……いったいどうすれば……ええっとえっと」

「お、お母さん落ち着いて」



何とも言えない目で僕を見ている父さんと、僕と同じように慌てている母さん。そしてそんな母さんを諫める椿咲。



他の会議参加者の方々は僕をなんとも言えない目で見て、しかし何か言えるわけでもないので黙って会議室を去っていく。



「……はぁ」



銃音先輩も、何とも言えない目で僕を見てため息一つだけ吐いて去っていった。


残ったのは北学区の関係者のみとなる。



「……歌丸くん、一ついいかしら?」


「なんですか?」



途中から沈黙していた天藤会長の声に僕は飛び起きる。


もしかして何か秘策が!



「君の持つ能力贈呈プレゼントで一通りの能力を他人に移しておけば最悪の事態は免れ――いった!?」

「歌丸、ひとまずこいつの言うことは気にしなくていいぞ」



さらっと僕が死んだ場合の被害を最小限に抑えるプランを口にした会長を、横から会津先輩が叩いて黙らせる。


いやまぁ、そういう方法は僕も考えたりはしたけどさ。


実際、僕は僕のユニークスキルである生存強想を僕が死んだ時間軸の椿咲に与えている。


理論上は僕が今覚えているスキルを他の誰かに渡すことはできるはずだが……



「それが……そのそれ、上手くできなかったんです」


「試したのか?」



会津先輩の言葉に、僕は頷いた。



「英里佳に対して、意識覚醒アウェアーのスキルを渡そうとしたんですけど、何度やっても発動しなくて」



スキルの説明欄では、基本的には僕が他の人にスキルを渡すという認識で書いてあったのだが……



「その……どうも僕自身、自分の能力を他人に渡すっていうのは拒絶反応……とまでは言いませんけど忌避感があるみたいで、そう言う感情があるうちはスキルの譲渡ってできないみたいなんですよね」



自分の存在価値がなくなるかもっていう恐怖が、スキルの発動を妨げたのだろう。


我ながら情けないが、そのあと英里佳からもとくに気にしてないし、今のままの方が良いとまで言ってもらえた。



「なるほど……そう考えると土門の奴、本当に凄いな」



確かに、土門先輩は僕に手持ちのスキルのほとんどを僕に渡してくれた。


スキルをいざ渡そうとした時にビビった僕と違って、その度胸は改めて敬意の念を覚える。



「それで、結局具体的な明日の対策はあるのかしら?」



そう問いかけてきたのは、英里佳の母親である榎並伊都さんだった。


ドラゴンが去ったことでやや落ち着いているのか、雰囲気が柔らかくなっているような気がする。


そして榎並さんからの質問に関してだが、僕はそっと視線を逸らす。



「じ、状況に応じて臨機応変に適宜適切な方法を……」


「………………」


「……完全にノープランですごめんなさい」



特に何も言われてないけど、その責められるような視線に耐えられず思わず謝罪してしまった。



「……歌丸さん、お子さんを明日の試合までお預かりしてよろしいですか?」



榎並さんは父さんたちの方を見てそう問う。


すると、父さんは僕の方を一度見てから首を横に振る。



「……それは僕が決めることではありません。


連理が正しいと思うことを尊重したいので」


「……羽月さん、あなたも同じ考え?」


「…………私は…………本当は、もう危ないことはしてほしくはありません」


「……母さん」



今にも泣きそうな顔になる母さんの顔を見て、物凄く申し訳ない気持ちになる。


再会した時だって、これまでの僕の行動で心配を掛けさせてしまったのに、顔を合わせてまで僕は心配を掛けさせてしまっている。


情けないと思う。



「ですが……それでもこの子は自分で考えて自分で選んだのなら……私は応援します。


間違ってることはしてない、正しいことをしようとしているって……親の色眼鏡かもしれませんけど……私もそう思いますから」



泣きそうになりながらも、しっかりと僕を認めてくれた母さん


その言葉を受けて、僕は腹を決めた。



「榎並さん、またお願いします」


「……この前より厳しいのは確実よ」


「わかってます」



というか、そういうことさせるつもりだったから事前に僕の両親に確認取ったんだろうな。


一回や二回死ぬとかそういう話じゃない。


それこそ、明日の試合開始まで殺され続ける位の覚悟がいるかもしれない。


そうでもしないと、僕がこの短期間で御崎鋼真に追いつける算段は付かない。



「歌丸くん……あの、大丈夫なの?」


「大丈夫じゃないけど大丈夫になるから大丈夫!」


「意味が分からないよ……?」



英里佳が不安げだが、僕だってもう不安いっぱいのところを覚悟を決める。



「それに、御崎鋼真を相手に戦うなら、同じサムライである榎並さんの指導を受けるのがこの場合の最適だと思うんだ。


英里佳や詩織さんの実力は認めてるけど……この場合、明日までに僕が強くなるくらい厳しい訓練つけられるのは榎並さん以外にはいないから」


「そう、わかった。


………………あの、お母さん」


「……なに?」



再会した初日から口も聞いてなかった英里佳が真剣な眼差しで母である榎並さんに問う。



「……歌丸くんのこと、お願いします」


「…………あなたがそんなことを頼むのは筋が違う気もするけど……わかってるわよ。


私だって、出来は悪くても教え子を見殺しにする気もないわ。


――歌丸くん、屋上行くわよ」


「はい……って、お前ら……?」



榎並さんが会議室を出ていこうとして僕もそれについていこうとすると、


僕の前にシャチホコ、ギンシャリ、ワサビが前に立つ。



「きゅぅ」

「ぎゅるぅ……」

「きゅるる……」



三匹とも不安そうに僕を見上げている。


今回、僕は完全に一人。


いつもならこいつらに対人戦は頼りっぱなしだったからな……



「大丈夫、ちゃんと明日は勝つよ。


シャチホコ、お前は英里佳たちと一緒にいてくれ。


ギンシャリは父さんたちと一緒。


ワサビは千早妃の近くで待機してあげて。


万が一西の連中とか攻めてきたらすぐに誰かに報せるんだぞ。いいな?」



「……きゅう」

「ぎゅう」

「きゅる」



三匹とも僕の言葉に元気よく頷いてくれた。


これで憂いはない。


そう覚悟を改めたのだが、会議室のドアに手をかけたところで榎並さんが思い出したように振り返る。



「――あ、そうだ、屋上から血が降ってくる場合もあるけど、大したことないってホテルの人に伝えといてね」



「「「………………」」」



その場にいた全員が「大丈夫なの?」的な目で僕を見る。


正直、ちょっと決意が揺らいだ。ちょっとだけ。


…………本当にちょっとだけだよ?

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