第244話 たまには自力で何とかしろ。



「――ですが、それではちょっと新鮮さがありませんよね?」



ドラゴンのその言葉に、英里佳は自分の表情が凍りつくような錯覚を覚えた。


言わせてはいけない。


黙らせなければならない。


そう思ったのだが、英里佳は自分の体が異常なほど重くなって動けないことに気付いた。


何が起きたのかわからなかったが、本能的にもう一匹のドラゴンを睨む。


西の学園長を努めるそのドラゴンは、此方を見ながら怪しい光をその眼に灯していた。


重力系統か、はたまた周囲の空気を押し固めるものか、もしくは両方か。


体を動かすことも声も発することが出来なくなる。


それでも不思議と周囲の音を聞くことだけはできた。



「――歌丸くん、君が条件を飲むなら、私と西、私たちドラゴン二人の力で無理矢理すべてを解決してあげますよ?」



――駄目だ。


止めなければならない。



狂狼変化ルー・ガルー!)



スキルを発動させ、無理矢理に体の拘束を解除しようと試みた。


だが――



「――僕が勝てば、文句ないんだろ!」



瞬きのほんの一瞬で、明らかに状況が変わっていた。


何が起きたのか、英里佳は理解できずに、ただただ周囲の騒然としている会議室の空気に呆然としてしまうのであった。





「っ! え、英里佳!?」



ドラゴンが饒舌に語る一方で、急に何か自分の中のつながりが何か堰き止められたような違和感を覚える。


ドラゴンが何か語っていたが、それ以上に気になって傍らにいる英里佳の方を見た。


結果、英里佳はその場でベルセルクのスキルを発動した状態で動かなくなっていた。



「ああ、ちびっと話がこじれそないやから時間を止めさせてもろたで」



何でもないことの様に語るのは西のドラゴン。


まさか、英里佳がこんなあっさりと封殺されるとは……



「テメェ! 英里佳を戻せ!」



――パワーストライク



僕が唯一使える攻撃スキルを西のドラゴンに向けて放つ。


だが、その拳は空を切り、それどころか景色も一変していた。


僕もそうだが、その場にいた全員が息を吞むのが雰囲気で分かった。



「空間干渉魔法……これを止められないうちは、まだまだうちら殺すなんて先が長いで」



背後から聞こえるドラゴンの声。


振り返れば、つい先ほどと同じ姿勢でドラゴンが座っている。


時間を止めたり空間に干渉したり……こんなのどうやって対抗しろって言うんだ?


現状、唯一ドラゴンを殺せる手段を持っているというのに、こんな簡単に…………やはり、単純に物理無効を使えるだけじゃ勝てないというのか?


いや、考えるんは後だ。



「英里佳を戻せっ!」


「安心せえ、話が終わったら元に直すさかい」



西のドラゴンはそれ以上何も言わず、その手で東のドラゴンの方に見ろとジェスチャーしてくる。



「――条件ってなんだ?」



英里佳を早く戻したいが、その一方でドラゴンの言葉も気になったのは事実だ。


正直、学園側に迷惑をかけずに済むのならそれに越したことは無いのだから。



「決まってるじゃないですか。


一人の女子の身柄をかけて、今、君は強大な力にも立ち向かおうとしている!」



席を立ち、大袈裟に腕を広げながら楽し気に語りだすドラゴン。


まるで軽い椅子を退けるみたいに、三人掛けの会議用机を退かして、会議室の中央を悠然と歩く。


その際、接近した榎並さんの眼光がマジで殺気をにじませていて鳥肌が立った。


しかし当のドラゴンがどこ吹く風と気付いていないのか、はたまた気付いてい無視しているのか……とにかくドラゴンは会議室の中央に立ち、まるで独演でも始めるかのように声を張る。



「友愛か、親愛か、恋愛か……種類はあれど、それはまさしく愛!


一人の男が、一人の女の愛のために立ち上がる! まさに王道です!」



うぜぇ。


無駄だけど殴りたい。そんな気持ちでいっぱいになる。



「そんな王道の、大事な場面!


男が女を奪還するのがこそこそと、それこそ裏で策謀を巡らすなど邪道極まりない!


男なら、正々堂々と立ち向かうべきだと思いませんか?」



「……あの、学園長……もしかしてなんですけど」



普段は傍若無人を体現してる会長が、微妙な顔をしている。


会長をもってしてもそんな顔をするって、このドラゴンが何を言い出そうとしているのかわかったのか?



「……戦わせる気なんですか、歌丸くんを?」



え、僕?



いやいやまさか、と思ったのだが、ドラゴンは鋸みたいな刃を見せてニヤっと笑う。



「その通り!


歌丸連理くん、君には西の代表の一人である、御崎鋼真くんとパートナーの力を借りずに、一対一の決闘を取り行ってもらいます!」



瞬間、部屋の空気が凍り付いた。


……僕が、御崎鋼真と………………戦う?


あの、不正したとはいえ、詩織さんに勝った奴に?


僕が、決闘?


シャチホコたちの力も借りずに?



「……てっきり日暮くんが戦う流れになるかと思ったのに」


「なぜッスか?」



なんか紗々芽さんが妙なことを呟いていたが今はスルー。



「正気か、あのドラゴン」

「無理ですよね、絶対に」



会津先輩と氷川が呆れたような目でドラゴンを見ている。


貴方たち、どっちかというとドラゴンを警戒していた側なのに、最近そういうリアクション増えましたよね。



「レンりんにはちょぉ~っと荷が重いと思うなぁ……」

「無理だろ、絶対にそれは勝てないぞ」



我らがリーダーである瑠璃先輩はやんわりとそう言うが、彼氏の下村先輩はバッサリと言い切った。



「……あ、あの……あなた、これは流石にちょっと」

「あ、あの……学園長、流石に親としてそれは無理があると思うのだが」

「…………………」



母の羽月は顔を青くし、先ほど僕を全面的に信頼する的な発言をした父の誉は否定的な発言をする。


そして妹の椿咲に至っては無言で何度も首を横に振っている。


家族誰一人僕が勝てると思ってねぇ!


いや、僕も勝てるとは思ってませんけど!



なんとなく詩織さんの方を見てみたのだが……




「連理」


「詩織さん……」



何か妙案が……!



「今すぐ土下座してでも勝負から降りなさい」


「詩織さんっ!?」


「ハッキリ言ってあんたじゃ無理よ。


前にマーナガルムを封殺した手法とか、競技上のリングじゃ使えないし」


「そ、それはそうだけど……なんかこう、相手の不意を突くような戦術とかは……?」


「あれは正真正銘の天才よ。


生半可な小手先の技術で勝てるなら私が普通に倒してるわよ」



そりゃそうだ。


勝つとか絶対に不可能。


僕でもそれは理解できる。



「別に勝たなきゃダメとは一言も言っておりませんよ?」



会議室の空気が重苦しいものになりだしたところで、ドラゴンは小首を傾げた。



「……え?」


「歌丸くんが御崎鋼真くんに勝てないことなんて百も承知です。


そんな無理難題を吹っ掛けるわけがないじゃないですかぁ~」



殴りてぇ。でも殴ったら絶対にこっちが拳を怪我するから我慢しよう。



「君が決闘を受ければ、その時点で神吉千早妃の救出と身柄の保護を約束しましょう」


「よしそれなら」「待て」



僕が乗ろうとしたところで、即座に隣にいた来道先輩が待ったをかけた。



「どう考えてもここで余計なことを提案するのが鉄板だろ」


「それはわかってますけど、今は千早妃優先で」


「わかってるならまずは余計な方を確認してから頷け!」



やや怒り気味な来道先輩。


思わず肩身が小さくなってしまった。



「学園長、歌丸が決闘を受けるだけで神吉千早妃を助けたとして、本当にそれだけで終わりですか?」


「それだけではないですよ。


もし、万が一でも歌丸くんが勝利すればこの日本で御崎鋼真やその取り巻きがこれまで何をしていたのかの状況証拠を我々二人の共同で確約して日本政府はもちろん、日本国民全体に公表します。


空中に巨大モニターを投影して彼がやってきた数々のあれやこれを公表してあげますよ」


「……ほう」



ドラゴンの今の言葉に一番反応を示したのは銃音先輩だった。


確かに、今この戦局においてもっとも邪魔なのは御崎鋼真……というより御崎財閥だ。


次期後継者と目されている奴の不正とかが明らかになれば財閥にとっても決して小さくない打撃を与えられることだろう。



「歌丸が勝利した場合の条件何てどうでもいい」

「え……」



そこまではっきりと言い切られると地味に傷つく。


だが来道先輩の目は真剣で、今にも切りかからんとばかりの気迫で訊ねる。



「あんたが歌丸に望む条件はなんだ?」


「――不死設定の解除」



瞬間、この会議室の空気が凍り付く。


僕だって、今の言葉を理解できずに呼吸すら忘れてしまった。


だが、ゆっくりと言葉の意味を理解して、空気を吐き出す。


それと同時に、全身から嫌な汗が噴き出してきたのを自覚する。



「私は、歌丸連理と御崎鋼真の、正真正銘の殺し合いを見たいのですよ」


「ですので試合結果のいかんに関わらず歌丸くんにはそれ以上のリスクはないことも保証します」


「そして、逆に今回の決闘を御崎鋼真が受けなければ歌丸くんが勝ったものとみなして彼のこれまでやってきたことをすべて公開する」


「つまり、全体的に見れば歌丸くんたちにとって理がある決闘なのですよ!」



――確かに、そうだ。


全体的に見れば、東全体に大きな問題はない。



「さらに追加サービスとして、現在記憶を失っている歌丸くんたちが捉えた犯罪組織の二名の記憶を戻すことも約束しましょう」


「よし、承認する」



真っ先に答えたのは、先ほどまで千早妃の救出を大反対していた銃音先輩だった。



「お前……!」


「北は神吉千早妃を助けるんだろ、好きにさせてやれ。


歌丸連理を失うのは惜しいが、それでも犯罪組織の尻尾を掴む好機を逃すわけにはいかねぇんだ」



そう言って、銃音先輩は僕を見ることもなく自分の席に戻っていく。


というかサラッと僕が死ぬこと前提に話してるよねこの人。



「……お前は、そういう選択を一番嫌っていたと思っていたんだがな」



来道先輩の呟きに、銃音先輩は険しい目つきを見せる。



「俺の時間は、もう一年もねぇんだよ。


絶対に逃すわけにはいかねぇんだよ、奴らの尻尾をな……!」



地獄の底からにじみ出てくるようなその声の迫力に、僕は思わず息を呑んでしまった。


この人……さっきの動きの速さと言い、この迫力と言い……多分北学区上がりだろう。


色々と来歴が気になるが……今はそれ以外の問題だ。



「……決闘のルールは?」


「歌丸、降りろ、副会長命令だ」


「情報を聞いてからでも遅くはないんでしょ。


だったらちゃんと聞いた方がいい。そうですよね?」



先ほど僕が言われた内容を返すと、来道先輩は苛立ちも隠さずに語気を強めた。



「歌丸、意地を張るな。


どう考えても分が悪い。


エンペラビットが封じられたお前に一体何ができる?


土門のスキルも、あのリングでは使えない。


お前の真価はサポーターであって、戦闘力には誰も期待してない。


ここは堪えろ、神吉千早妃は俺たちが何とかする」


「そっちは認めない。


北が勝手に動こうとすれば西は東と南の三つの学区でお前らを止める」



来道先輩の言葉に即効で水を差したのは席に戻った銃音先輩だった。



「銃音! お前も冷静になれ!


ここで歌丸が死ぬことはどれほどの損失を生むのかわからないわけじゃないだろ!」


「本人が望むなら、それはもう尊い犠牲でいいだろ。


それよりも確実な証拠だ。


犯罪組織の正体、すべてを掴む。


俺はそのためにこれまでずっと食らいついてきたんだ。


今更それを捨てられるか」


「人命より私怨を優先するか!」


「俺の肩にはなぁ、今まで犠牲になった人命の無念と、それを晴らせなかった先輩たちの後悔も、全部乗ってんだよ!


お前ら自己満足集団なんかと一緒にするな!


これは、正義のための選択だ!


これ以上先の犠牲者を出さないための、未来の決断だ!


目先のことしか見られない目ん玉曇った連中が、俺の選択の邪魔をするなっ!!」


「その思考こそが、お前たちの憎む犯罪組織と同列だとなぜ気付かない!


金のために人を殺す奴らと、目的のために人の見殺しにするお前の何が違う!」


「あ、あの」「来道、お前が人道を語るのか!」


「も、もしもー」「語るさ! たとえどんな理由であろうと、ここで歌丸を見捨てていい理由にはならない!」



話聞いてもらえねぇ!!


というかさっきからこいつら僕が死ぬこと前提に話してるよ!



「いい加減にしろぉ!!!!」



思わず叫ぶ僕。


それによって、混沌とした会議室の空気が止まり、一斉の視線が僕に集まった。



「確かに勝てるとは僕も思ってなかったけどさ!


それでもここまで駄目扱いされるのは納得ができないんだよ!!


僕だって頑張ってるんだよ! それを弱いだ駄目だ死ぬだと好き勝手言いやがって!


スゲェ納得いかない!!


あー、そーですかそーですかぁ! もういいよ、わかったよ!!」



もう腹が立って腹が立って、我慢できずに僕は叫ぶ。



「ちょっと連理、落ち着いて!」


「――苅澤さん!!」

「歌丸くんだま――」



視界の端で仲間たちが何やら慌てているがもう知ったことか。



「――僕が勝てば、文句ないんだろ!」



――この数秒後、僕は物凄く後悔したのは言うまでもない。

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