第243話 やめられないとまらない、それが出来れば苦労しない。
■
現在、僕はホテルの会議室――その中でも一番大きなフロア丸々一つ借り切った場所にいる。
僕の少し後ろでは、今回の議題の発端を連れてきたクノイチ姉妹が青白い顔で控えており……そして僕の両サイドは……
「あはははは」
「ふはははは」
人外のドラゴンで両脇固められますた。
何を言っているのかわからないが、僕もわからない。
一匹でも手に負えないのに、二匹もいるとか悪夢以外の何者でもない。
そして体面には、いつもの僕の仲間であるチーム天守閣の面々に、生徒会のみなさん。
今日は珍しく湊雲母先輩までいるのでフルメンバーだ。
そして今回の体育祭の主導権を握っている西の副会長である銃音先輩。
さらには、僕の家族までも何故かこの場にいるし…………
「…………」
英里佳がさっきから背後を気にしており、その視線の先には英里佳の母であり、僕にとっては短期的……というか一日だけながらも戦闘技術の講師をしてくれた榎並伊都さんがいた。
「…………」
当の伊都さんは英里佳には意識的に視線を向けず、僕とそして東部迷宮学園の学園長であるドラゴンを先ほどから睨んでいる。
夫の仇であるドラゴンを前に心中穏やかとはいかないのだろう。
でも、こんな状況になったのは僕が原因ではないんですよ、本当に。
「で、歌丸連理……お前、何をしようとしているのかその口でハッキリと、この場にいる全員に聞こえるように言ってみろ」
そう訊ねてきたのは銃音先輩だった。
「…………神吉千早妃が、不当に害されている状況を見過ごせません。
すぐに助け出すために、行動します」
僕はクノイチ姉妹の要請に応じるつもりで、今この席に座っている。
「具体的には?」
「………………誘拐?」
「却下だド阿呆」
冷え冷えとした低い声で吐き捨てる銃音先輩
当然、僕の対面に座る先輩たちは、僕の意見を反対する立場にある。
しかし……家族の前でド阿呆呼びはやめてほしい、メッチャ気まずい。
「……あの、何か意見ある?」
ぶっちゃけ助け出すための手段が思いつかないので、後ろで控えているクノイチ姉妹に意見を求めた。
「……考えられるものとしては、やはり八百長です。
体育祭での成績を担保として、千早妃様の身柄の引き渡し要求をするのが常套手段かと」
「なるほど、確かにそれなら面子を大事にしたい西も話を聞く気になる!」
なんだ、簡単じゃないか!
「却下です」
「却下やな」
と、思ったら今度は両脇からの声。
ドラゴンたちはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら僕を見ている。
「八百長なんて反対や、反対。八百長いくないでぇ~」
「神聖な体育祭を汚すような行為は、良くないですよねぇ~」
この野郎!
今すぐにでもシャチホコたちをけしかけたかったが……現在、三匹揃って僕の対面――つまり、僕の神吉千早妃を助けたいという意見を止める立場側にいる。
「……歌丸くん、悪いけど無理してまで神吉千早妃さんを助ける必要性は誰の目から見てもないわよ」
そう言ったのは、忙しすぎて普段は滅多に生徒会に顔を出せない湊雲母先輩だった。
「今の日本はどんな疲労も怪我もリセットされる。
つまり……健康状態は一切問題ないし、何よりこのまま何もしなければ私たちの勝利は確定。
神吉千早妃さんは、遅くても明々後日には私たちで保護できるのよ」
「――そのセリフ、実際に千早妃様を前にして言えるのかっ!」
僕のは後ろにいた綾奈さんが叫ぶ。
彼女は実際に千早妃が疲弊し、殺されるところを目にしているからこそ、湊先輩の言葉を聞き流せなかったのだ。
「それは――」
「黙れ日下部綾奈。この場でお前らは許可なく喋ることは禁じているだろ」
湊先輩の言葉を途中で止めたのは来道先輩だった。
「なんなら、今すぐ出ていってもらっても構わないぞ」
「っ……」
「綾奈さん、落ち着いて……今感情的になると全部駄目になる」
「……わかり、ました」
僕の言葉に、綾奈さんは悔しそうな顔ながらも従ってくれた。
……とはいえ、ぶっちゃけ感情に訴えかける以上の手段が僕たちにあるのかと言われると……
「……連理」
どうしようか迷っていると、声を発したのは僕の父である
「今の君たちを取り巻く状況を、僕も羽月も理解しているわけじゃないが…………答えてくれ、お前が今からしようとすることには、それだけの価値があるのか?」
「うん、あるよ」
父さんの言葉に、僕は即答する。
「今、この場いる人たちはみんな反対している。
お前の友達も、先輩もだ。それほどのことか?」
「うん」
「……その神吉千早妃のこと、好きなのか?」
――ざわっ
待って、なんで今空気ちょっと変わったの?
「……恋愛的な意味ならNOだよ。
でも、彼女は人として僕は好きなんだと思う。
少なくとも、僕にとってはもう他人じゃない」
「…………そうか。
なら、僕からはそれ以上は何も言わない」
「あなた……」
「お父さん……」
「……恋愛的であろうと人間的であろうと……好きな人を助けるために無茶をするっていうことは……僕が止めることはできないからね」
そう言って、父さんは母さんを見て微笑んだ。
…………え、何、父さんも母さん助けるために無茶してた系?
僕の無茶する当たりってもしかして父さん譲り的な一面だったの?
「……息子さんの行動は、学園全体にとって不利益を生む可能性があるのですが」
「その点については、親として申し訳ないとは思います。
ですが……息子が学園に向かった時点で、この子は一人の人間であると考えています。
こちらに責任があるというのなら、如何様にもどうぞ」
「父さん、この一件は僕の発端だよ。
家族に迷惑はかけるつもりはないから」
僕がはっきりそう言うと、銃音先輩は僕を睨みつけてきた。
「学園には迷惑かける気満々なのにか?」
「その点については、僕も申し訳ないとは思ってます。
でも、それで誰かを見捨てるって理由にはならないでしょ」
「ならほれ、言ってみろよ。
俺たちに迷惑かけてまで神吉千早妃を、そこにいる学園長たちが納得できる救出方法をな。
当然だが、犯罪行為は絶対に認めない。
こっちの不利益はとりあえず目を瞑ってやるから、言えよ、ほら」
「それは……」
具体的にどんな方法があるのか?
そう問われると、言葉が出ない。
すると、銃音先輩はそんな僕を鼻で笑う。
「カッコいいこと言っても、結局は口だけなんだよお前。
散々きゃんきゃんわめいて、その実はスカスカ。
大言壮語とか、弱い犬ほどとか……その程度の存在だ。聖人君主に見せかけた、何の力も持ってないハリボテがお前だ。
神輿に担いでやっただけで、調子に乗ってたんだよ、馬鹿が」
「っ……」
反論したかったが、認めざるを得ない言葉だとも思った。
僕はここまで、僕一人の力で成し遂げられたことが何一つない。
そして、僕にとっての心強い味方であった人たちはみんな、今は僕を止めようとしている。
「お前は確かに役に立つが、所詮はサポーターだ。
一人じゃ何もできない役立たずだってことを忘れてるんじゃねぇ」
「――口だけなのは、あんたもだろ」
「……あ?」
だからってここで僕が沈黙してしまっては、千早妃を助けられない。
だから黙ることはしない。しちゃいけない。
頭を回せ。
初めから僕が役立たずなのは知っている。
それでも考えろ、捻りだせ。
それまで何としても会話を引き延ばせ。
みっともなくても僕にはスマートかつスタイリッシュとかは不可能なのは身に染みて理解しているのだから。
「あーだーこーだと散々吠えて、大事なところは他人任せ。
その上で他人を軽んじてそこまでふんぞり返られる根性が理解できない。
口八丁で自分は上に立っているとか勘違いしているのは、あんたも同じだろ」
「お前と一緒にするな。俺はしっかりとリターンを込みで取引してるんだからな」
「そうやってリスクだリターンだと考えるから、他人のこと簡単に見捨てられるんだな、あんたは」
「……何が言いたい?」
「あんたみたいな他人の痛みのわからない、理解しようともしない奴なんかには、誰も助けられない。
そうやって、今まで他人を見捨て続けてきたんだろ」
――瞬間、空気が変わった。
死線スキルが発動したが、その時にはすでに僕の目の前には会議用の机が飛来していた。
一人掛け用ではない、三人分くらいのスペースのある大型の机が、飛来しているのだ。
その光景に呆気に取られてしまったが、直後、その机から刃が飛び出して、僕の目を貫こうとして……
「落ち着け、やり過ぎだ」
刃は僕の目の前で止まり、空中で椅子は切断され、僕を避けるように飛んでいく。
「いた」「いて」
両サイドにいたドラゴンに切断された机が直撃したのだが、ゴムボールが軽く当たった程度のリアクションしかしない。知ってたけどさ。
そして僕が目にしたのは、袖の奥から刃を飛び出させた銃音先輩が僕を刺そうとし、そしてその手を来道先輩が掴んで止めている姿だった。
さらに……
「あと榎並、銃音に対して怒る気持ちはわかるが、この威力だと銃音は死ぬぞ」
「――殺す気でやったんだから当然です」
来道先輩はさらにもう一方の手で英里佳の拳を受け止めている。
僕のことでそこまで怒ってもらえるのはありがたいが、ちょっとやり過ぎ……いや、僕も殺されかけたけどさ。
そして当の銃音先輩は、来道先輩でも英里佳でもなく、僕を見ている。
その眼は、明確に僕に対する敵意……いや、憎悪で満ちていた。
捕まれていない方の手を伸ばし、僕の胸倉を掴む。
「お前みたいなガキに……俺の何がわかる……!」
血を吐く様なその言葉に、僕はとんでもない地雷を踏んでしまったのだと理解した。
この人にも、この三年間の間に何かがあったのだろう。
「わからないし、知らない。だけど……」
――それを侮辱されてしまったのだから怒るのは当然のことだろう。だが……
僕は席を立ちあがり、逆に銃音先輩の手を掴んだ。
「そこまで怒るくらいなら、僕に力貸せよ!
誰かを見捨てたなんて言われて怒るくらいなら、今この瞬間も苦しんでる女の子助けるくらい手伝えよ!!
僕にはできなくても、あんたにはその力があるんじゃないのかよ!!」
「そんな簡単な話じゃねぇんだよ馬鹿が!」
「簡単な話だろ! お前が勝手に難しくしてるだけじゃないか馬鹿野郎っ!」
「落ち着け、一回離れろ、榎並、歌丸の方引き離せ」
「はい」
僕は英里佳に背後から羽交い絞めにされて引き離されるが、僕は叫ぶことを止められなかった。
「困ってる人がいて、助けられる力があって、少しでも助けたいって思ってて、なんで見捨てられるんだよ!
助ければいいじゃないか! 僕とは違うんだろ! 口だけじゃないんだろ、あんたはさぁ!!」
「ガキの思考なんざ持ち込むな! 現実を見ろ!
この体育祭で失敗すれば全部台無しなんだよ!
今お前が万が一でも西に奪われれば、東の名声は完全に地に落ちる!
卒業生たちが西や世界から何て言われるか考えたか!」
「そんなの関係ないだろ!」
「そうやってお前は現実を見ないのか! 負け犬と勝手に揶揄される人たちの苦痛を少しはわかってやろうともしない!!
自分の勝手な都合で俺たちを振り回すな!!
お前の力はもうお前だけの問題じゃすまないんだよ!
その力を有効に使えばもっとたくさん、もっと凄ぇことができるんだっての!!
勝って勝って勝ちまくって、東の力を示して、全部黙らせるんだよ!
そんで最後は西の一切合切、邪魔なもん全部ぶっ潰す!
もうすぐそれができるんだよ! 邪魔すんじゃねぇよ!!」
「最後じゃ駄目だって話をしてんだよ!
今、この瞬間に千早妃は苦しんでるんだぞ!!」
「後で助けてやるって言ってんだろぉがこの単細胞が!!」
「今助ける方法を考えろって言ってんだろうがこの愚図がぁ!!」
「お、おい銃音、落ち着けって!」
「う、歌丸くん、落ち着いて……!」
止まらない僕たちの声に来道先輩と英里佳が慌てているが、もう僕たちはそんなの眼中にもなかった。
物理的な距離は離れているが、お互いに言葉で殴り合ってるような気分であった。
「――きぃきぃきぃ、やかましいわよガキどもっ!!」
そんな一喝に、まるで首を絞められたような錯覚がして声も出なくなる。
「ほぅ……威圧スキルですか。対人戦の常套手段ですね」
「最近は対人戦が盛んじゃなくなったんで、すっかり使われなくなったもんやなぁ」
ドラゴンたちの暢気な声が聞こえたが、僕と銃音の間に一人の女性が姿を現す。
「……お母さん」
背後で英里佳が呟く。
そう、榎並伊都さんが、今僕たちの前に立っているのだ。
「下らない喧嘩なんて興味ないの。
要点だけハッキリ答えなさい。歌丸連理」
「は……はい」
「神吉千早妃を助けるメリットをあげなさい。
方法とかそういうのは今はどうでもいいから」
冷たい視線を受けて、沸騰していた思考が冷静に戻っていく。
ただ思考とは逆に体の熱は引かないので、舌がもつれそうになる。
意識して深呼吸をし、ゆっくりと考えて千早妃を助けるメリットをあげる。
「……英里佳、もう大丈夫だから」
僕がそう言うと、英里佳は無言で僕から手を放してくれた。
「……千早妃を助けた場合……まず、そこにいるドラゴンを殺すための本体を探すことが可能となります」
僕がそう言いながら、横に控えている二頭の内、東側の学園長のドラゴンを指さした。
当のドラゴンはニヤニヤしている。腹立つ。
「その彼女の信頼を勝ち取ることは、ドラゴンを倒す上での最短の道になります。
彼女の協力なしに、ドラゴンを殺すための手段を確立するのはほぼ不可能です」
「……他には?」
「…………すぐには考えつきません」
いや、まぁ、考えれば色々出てくるけど、それを今すぐまとめるのはちょっと難しい。
未来予知って色んな使い方があり過ぎるんだよ。
「話にならん。
最短で助けるメリットがその程度か?」
銃音も来道先輩から拘束を解かれたが、僕の言葉を鼻で笑う。
「――別に十分じゃない」
そう言ったのは、先ほどから黙ったままつまらなそうな顔をしている我らが北学区の天藤紅羽会長であった。
「ドラゴンを倒す以上の理由って人類的にないと思うわよ。私。
生徒会長命令よ、北学区は全員で歌丸連理に協力して神吉千早妃を助けるために尽力しなさい」
「ちょ――会長!?」
「あー……やっぱそうなるのかー」
会長の言葉に氷川が目をむき、会津先輩が遠い目をする。
「はぁ……だそうだ、悪いな銃音」
嘆息しながらも、来道先輩は僕の横に来て肩に手をおいてくれた。
「お前ら馬鹿か! 歌丸が奪われればドラゴンを倒すことなんて絶対に不可能になるんだぞ!」
銃音は天藤会長にそう叫ぶが、逆に天藤会長は銃音の言葉を鼻で笑う。
「ここで神吉千早妃さんを助けらないような体たらくじゃ、どっちにしろドラゴン倒すとか不可能だと思うのよね、ぶっちゃけ。
ああ、別に銃音は加担しなくていいわよ、そういう面倒ごとはうちの後輩に考えさせるから」
天藤会長がそう言いながら氷川の肩を叩くと、氷川が顔を真っ青にしていた。
まぁ、この人暴れるだけで絶対に策とか考えないから当然だよね。
「――ですが、それではちょっと新鮮さがありませんよね?」
話がまとまりだそうとしたその時、東のドラゴンがニヤリと笑った口からそんな言葉を吐き出した。
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