第69話 第9層救出作戦⑧ 怪我人通ります!

「と、とにかく連理、悪いんスけど、その腕の結晶の破片使わせてもらっていいッスか?」



「あ、はいどうぞ」



とりあえず今の指の力で抜ける結晶を引き抜く。


その瞬間に血が少し飛び出すが、再生力が高まっている状態なのですぐに止血される。



「……お前それ痛くないんスか?」


「たぶん滅茶苦茶痛い。


スキルなかったら絶叫するレベルだと思う」


「そ、そうっすか……とりあえず後5つ欲しいッス」


「どうぞどうぞ」



どうせ後で抜かなきゃいけないので、今抜いても同じだろう。


そんなわけで、僕から僕の血がべっとりと付着した結晶を受け取った戒斗はそれを左手に握りしめて相変わらず右手の拳銃をクリアスパイダーに向けたままだ。



「が、ぎ……ぐぎいいいぃあああああああ!!」



足が不足している状態でようやく立ち上がったクリアスパイダー


しかしよく見ると、腹や胸部分から体液がこぼれている。


巣に落ちた場所は横糸部分で、そこに生えている棘にやられたのだろう。


さらに、先ほど爆発が起きた顔部分は変形した状態で、複眼の上半分以上が潰れている。



「とりあえず榎並さんと三上さんは迂闊に接近しないほうがいいッス。


近づくとこいつまたジャンプする可能性があるッスから、次やられたら対処しきれないッス」


「別にいいけど、さっきの爆発は何? あれで対処できないの?」


「……もしかして、それって天炉弾てんろだん?」



僕を守るように、戒斗の隣に並ぶ二人。


銃火器について僕よりはるかに詳しい英里佳が、今の戒斗の行った攻撃についてわかっているらしい。



「正解ッス。


姉貴に超特急で加工して作ってもらったッス。


今、あいつの頭部分には連理のゲロがかかってたんでそこに特注の弾丸をぶち当てて爆発


高純度だから、小さな粒であの衝撃ッス」


「てんろだんって何?」


「エンパイレンを加工した弾丸ッスよ」



なるほど……つまり、有機物に反応する弾丸か。


普通の迷宮生物相手なら弾丸単体でも有効なんだろうけど、このクリアスパイダー、体も体液もエンパイレンに反応しないらしい。


だからエンパイレンの弾丸を使うにはほかの有機物がいるってことになるため、そのための僕の血液ってことか。



「きゅきゅきゅう!」


「おっと」



考え事をしていたら、頭にシャチホコが飛び乗ってきた。


どうも僕を心配してくれていたらしい。



「連理、シャチホコにこの欠片関節に仕掛けるように頼めるッスか?」


「だそうだけど……できる?」


「きゅっきゅう!」



「まっかせとけ!」って具合に戒斗から6つの僕の血が付着した結晶を受け取る。



「できるだけ視界の外から近づく感じで気付かれないように頼むッス。


今のあいつ相当警戒してるみたいッスから、気付かれるとまたジャンプする可能性があるッス」


「きゅう!」



結晶を受け取ったシャチホコは素早い動きでその場から駆け出して、大きく迂回するようにクリアスパイダーの背後を取ろうとする。



「ぎぃがああ!!」



だが向こうはこれ以上こちらに何もさせたくないって感じで、尻を持ち上げてぶんぶんと振り回す。



『範囲攻撃きます!』



氷川の言った通り、これは先ほどの範囲攻撃の前動作だ。


だが、迂闊に防御すれば武器がまた破壊されてしまう。


かといって僕がここにいるとみんなが避けられない。



「二人は防御さえしてくれれば十分ッス。


残りの足は、俺がへし折るッス」



「いや無理でしょ」

「無理だと思うな」

「無理ね」



みんなの気持ちが一つに!



「酷いッス!」


「だって三下キャラが格好つけると大抵失敗するし……」


「お前俺のことそういう認識だったんッスか?!」


「いやだって喋り方が三下だもん。


もう日暮先輩が言ってたみたいに、昔の“ですます”調にすれば?」


「俺のアイデンティティ全否定ッスか!?」



自分で三下しゃべりをアイデンティティとか言ってる時点でもういろいろ手遅れな気がしてきた。



『何喋ってるんですか、早く避けるか防御しなさい!!』



おっと、そうだった。



「たく、じゃあ頼んだわよ戒斗」



盾を構えて前に立つ詩織さん。



「ウッス! ……ん? 今、名前?」


「呼び方変えたくらいでいちいち反応するんじゃないわよ」



そして、クリアスパイダーの尻から散弾が全方位に向けて打ち出された。



「――フォートレスストライク!」



シールドバッシュの発展系スキル


前に突き出された盾は本来ならば破壊されるような衝撃すらも受け止めて弾いていく。



「パワーストライク!」



そして英里佳も、僕の使っている打撃昆のスキルと、僕の持つ痙攣無効クランプサーマウント万全筋肉パーフェクトマッスルの併用で高威力の打撃を連続で使用してすべて叩き落した。


そして攻撃が止んだ瞬間、二人とも盾と打撃昆を捨てる。


表面に僅かに付着した物質から子蜘蛛が出てきて、盾と打撃昆が覆われた。


ひと月以上使い続けた相棒が破壊されていくその光景に、物寂しさを感じつつ、僕は見た。



「シャチホコ!」



エンペラビットのシャチホコが、今クリアスパイダーの背中に乗った状態でこちらに向けてぐっと親指を立てていた。


よく目を凝らせば、かすかにクリアスパイダーの足に赤い物体が設置されている。



「よくやったッス!」



そういいながら、戒斗の姿がその場で見えなくなる。


戒斗――エージェントが最も得意とする隠密のスキル



「がああああ!!」



先ほどの爆発の脅威から、姿を見えなくなった戒斗をさがしているようだが、探すまでもない。


戒斗は僕と特性共有ジョイントしていない。


つまり、彼は横糸部分を走れない。


だから今、真っすぐに距離を詰めるために縦糸部分を走っているのだ。



そんなことも気づかないクリアスパイダーは、赤い目を僕たちに向け、そしてその残った足で歩を進めようとした。


その行動が決定的に、クリアスパイダーの生死を分けるとも知らず。



「これで終わりッス」



そこへ、奴にとっての死神が再び姿を現す。


クリアスパイダーは、生き残るためにあの時見えなくても攻撃をすべきだった。


それを今のがした。



「この距離で外すのは素人くらいッスね」



クリアスパイダーの視界のほぼど真ん中で、戒斗は銃口を向けて立っていた。


しっかりと右手で銃を握りつつ、脇を締めて、左手を銃の撃鉄の後ろに添えている。



「落ちろ」



そこから目にもとまらぬ早業が繰り出された。


引金を引くのに合わせて素早く左手も動き、撃鉄を下す。


シングルアクションの拳銃で行われるクイックドロウ


それを現実で僕は初めて見た。


六回の銃声が響いた直後に、六回の爆発がクリアスパイダーの足で起き、無残な音とともに一本の足が零れ落ちていく。



「が、ぁ――ああ、ぎぃ……!!」



無残な叫びをあげつつ、右側四本と左側の残った一本で踏ん張る。



「ちぃ!」



まだ巣から落とすには足りないというのか?


だが、これが最後の好機だ。



「英里佳、詩織さん! ごり押しだ!!」


「うん!」「ええ!」



残った足が一本、そして踏ん張っているあの状態ならすぐに動けない。



危機一発クリティカルブレイク――!!」


「テンペストラッシュ――!!」



残った足に向けて、ベルセルクとルーンナイトの全力の攻撃が放たれる。


ただし、それだけでは足はまだ折れない。


――ならば当然



二重トゥワイス!!」

「ダブル!!」



スキル連続発動


詩織さんが英里佳にむけて行ったことを、今度は二人同時にクリアスパイダーに向けて発動する。


本来は反動とクールタイムを入れるために不可能な強力な攻撃の連撃


それによって、足にヒビが入った。



「シャチホコ!」


「きゅう!!」



すかさずシャチホコの攻撃


物理無効に加えて回復阻害の能力がクリアスパイダーの再生を阻む。



「――三重トレボウ!!!」

「――トリプル!!!」



さらなる連撃


空中で体を回転させながら放たれた英里佳の蹴り三発


さらに一切休まずほとんど同じ場所に放たれる高速の刺突スキルの三連



付与魔法エンチャントとMIYABIのライブによるブーストもあり、その威力は間違いなく学園最強のドラゴンナイトの攻撃を上回っていた。



強力な攻撃の二重を連続三回も受け、平気なわけがない。


大きな音を出し、そのヒビから体液を噴出させながらクリアスパイダーの左側に残った最後の足が折れた。



「が、ぎ、がああああああああああ!!」



片方の足がすべてなくなり、バランスを保てなくなったクリアスパイダーが、ズルリト巣の隙間へと落ちていく。


足を巣にひっかけようとしたが、片方だけでは支えきれていない。


クリアスパイダーの足と、巣を構成する結晶体がこすれあって不快な高音が響き渡る。



「往生際が悪いッスね」



その引っかかっているクリアスパイダーの爪先に、戒斗は呆れた顔で立っていた。


何をするかと思えば、学生証から一発の弾丸を取り出す。



「時間もなかったから、加工できたのは予備も含めて8発


最初に1発、そしてさっきので6発…………これでラストッスね」



スイングアウト式の弾倉から空薬莢を捨て、その手でその一発を込める。


そしておもむろに、手袋を外したかと思えば、ガリッと親指を噛んだ。


血が球となって出てきたその指を、巣に引っかかってるクリアスパイダーの爪先に拭うようにつけた。



そしてその場から少し離れてから、戒斗は拳銃を構える。



「――Go to Hell地獄に落ちろ



放たれた一発の天炉弾


それは今まさに戒斗が血を拭った場所に命中し、爆発が起きる。


爪はヒビが入る程度で完全破壊とまではいかなかったが、その衝撃でクリアスパイダーの爪が完全に巣から離れた。



「ぐぎぎゃあああああ!!」



咆哮とともに落下していくクリアスパイダー


このまま地面に激突


そう思ったとき、尻を上空に向けてきた。


また散弾かと思えば、そこから出てきたのは細くねじれた糸だった。


それが巣の一部に付着し、ブランブランとクリアスパイダーの身体を支える。



「本当にしつこいな!?」



思わずそう叫んでしまう。


どんだけ下に降りたくないんだこのクモ!


いや、まぁあれこそが本来のクモの尻部分の使い方なんだろうけどさ……



「戒斗、あの糸どうにかできない?」



位置的に、あの糸を破壊するには近接武器しか持ってない英里佳や詩織さんじゃ難しい。


だったら銃を持っている戒斗が適任だと思うのだが……



「え、あ、や……だから、さっきのが最後の一発でだったんスけど?」


「…………普通の弾丸とかないの?」



僕のその質問に、戒斗は視線を背けながらぼそりと答えた。



「……ないッスね」



え……つまり、さっきのは正真正銘、最後の一発だったと……?



「落とすだけなら英里佳か詩織さんでよかったのに何で貴重な最後の一発使っちゃうの!?


もう、三下キャラが下手に格好つけるからこんなことに!!


何が『ゴートゥーヘル』だよ! そんなことしてカッコいいと思ってんのかよ!!」


「さっきからその場で座ってるだけのてめぇにだけは言われたくねぇッス!!


お前本当さっきから何にもしてないじゃないッスかこのモンスターホイホイ!!


偉そうに二人に指示出してたけどお前囮も満足にこなせてないじゃないッスか!!」



「なんだとぉ!?」

「なんッスか!!」



「こんなところで不毛な争いしてるんじゃないわよ……」



僕たちの間に、呆れた顔して詩織さんが割って入ってきた。



「心配しなくてもいいみたいだよ」



「「え?」」



英里佳が下を見ながらそんなことを言ったので、僕と戒斗は下を見た。


そこには、大きな飛翔してくる影があった。



「――GUOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」



肌がびりびりとざわつく様な咆哮


その影は火の粉をまといながら飛翔し、接近してくる。



「あれは……!」



その姿、忘れるはずもない。


ついさっきも見た、その圧倒的な存在感。


そしてその背に駆るは、学園最強の称号を持つドラゴンナイト


北学区生徒会会長


ドラゴンナイト・天藤紅羽てんどうくれは



「ソラ、ブレス」


「GAAAAAAAAAAAAAA!!」



天藤会長のパートナーである飛竜のソラが、クリアスパイダーの全体重を唯一支えるか細い糸に向けて火炎の息を放つ。


あの糸は僕たちがいま足場にしているこの巣と同じ物質だ。


ならば、当然火に弱い



焼ききることはできなくても、熱せられた糸は強度が著しく下がり、そうすればあとクリアスパイダー本体の重みで……



――ブチンッ!!



糸が千切れる!



「ぐがああああああああああ!!」



今度こそ、エンパイレンの地面へと為すすべなくエンパイレンの地面へと落下していくクリアスパイダー


大きな巨体が結晶体が並ぶエンパイレンと激突して折れた足の傷口から体液が噴出し、残った足も変な方向に折れ曲がる




「が、ぎ……ぎぎ……!」



単純な強度ならばエンパイレンより脆いクリアスパイダー


傷はすぐに再生するようだが、地面に落ちた時点でもう結果は決まっていた。



「「「「タイダルウェーブ」」」」



待機していた魔法を使える先輩方がクリアスパイダーを中心に大量の水を放つ。



「「「「フリーズライト」」」」



急速冷凍で発生した白い霧で何も見えなくなるが、そんなことお構いなしといわんばかりに次々と第八層とつながる入り口部分から大型の武器を持った人たちが下りていく。


その中には、風紀委員(笑)かっこわらい下村大地しもむらだいち先輩もいた。



「よくやった後輩ども!」



こちらを見上げて親指を上げている。


そして彼らが着地した衝撃で、白い霧が周囲に霧散する。



「さぁ、大掃除だ! 行くぞ野郎ども!!」


「「「「うおぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」



大地先輩の声に呼応するように多くの男子が武器を掲げる。



「これは気合を入れないとな、先輩の威厳が保てないぞ」


「確かにな。これだけ後輩にお膳立てされてヘマしたら恥ずかしすぎて死ねるぞ」



白いマントを身にまとう生徒会副会長の来道黒鵜らいどうくろう先輩


そして同じく隣にいるのは生徒会会計の会津清松あいづきよまつ先輩だが、その手には……!



「「うぉおおおおおおおお!!」」



僕と戒斗は会津先輩の手に装備された重装備に目を輝かせた。


あれこそ、男のロマン! 超高威力の一撃を誇る武装!



「「パイルバンカーだぁ!!」ッス!!」



「「………………」」



なんか冷めた目でこっちを見てる二人がいるような気がしたけど気にしない。



さらに上空にいた天藤会長も着地し、手足が氷漬けになったクリアスパイダーを囲むような形で全戦力が投入された。



「北学区生徒会長、天藤紅羽が宣言します」



会長はその手に巨大な突撃槍を構え、今もひっくり返った上に氷漬けにされてまともに動けないクリアスパイダーを指し示す。



「速やかにこのゴミを処理します。


全員、最大威力のスキルを使用!!」



その場にいたすべての生徒がおのおのの武器を構え、離れている位置にいる僕たちでもわかるほどの威圧感が生じる。


炎が、冷気が、雷撃が、風が、闇が、光が、あらゆるものがその一点に密集されていくその前兆の美しさに息をのむ。


今も続くMIYABIのライブ


その効果によるブーストが今も加算され続けている。


そして、ライブがサビへと入ったその瞬間、全員が一斉にスキルを放った。




――――5日目エリアボス攻略戦


討伐開始時刻午前4時00分


討伐終了時刻午前4時17分


重傷者3名


――死者0名




史上最速にして、最高の結果の大規模戦闘レイドが今、終了した。






そんなこんなで……




「とりあえず歌丸くん、あなた残りの二日間入院してもらうから」


「え”」



生徒会会計であり、救急救命課の湊雲母みなときらら先輩のそんな宣告と共に、僕のGWは終わりを告げたのであった。

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