第70話 やったね! 主人公高評価!(本人抜き)



仮眠から目を覚ました氷川明依の目覚めは、ハッキリ言って最悪だった。


寝る時間も惜しんで一生懸命に第9層でのエンパイレンと、クリアスパイダーの死骸についての分配譲渡と参加者への報酬、掛かった経費の計算。


さらにライブにかかった資産や保険など、もう一人では手が回りきらないほどの作業をこなし、半日かけてようやくひと段落


起きて、そしてこれからまた別の書類が待っていると思うと非常に気が重いが、今日明日中に終わらせておかないと学校が始まる月曜日まで食い込むことになる。


気持ちに活を入れてどうにか立ち上がる。



そしてつけっぱなしで眠ってしまったノートPCには教師に出す予定の今回の大規模戦闘レイドの情報をまとめたレポートがあり、その最後の一文をなんとなく目で追う。



――死者0名



「………………」



起きたばかりで寝ぼけているのかとなんとなく自分の頬を抓ってみるが、痛みはちゃんとあるし、よくよく思い返してみると確かに死者は出てないことを思い出した。



「…………本当に、誰も死ななかった」



言葉にしてみてようやく実感が持てるようになる。


大規模戦闘レイドで死者が出なかったという例は、これまで一度もない。


あったとしても、後々に怪我が原因で病院で死亡したという例がある程度で、今回はそう言ったこともなく、本当の意味で死者が0なのだ。


もちろん、このGWのほかの戦闘で死んだ者が出たことに変わらないが……それでも、死者がいないということが心から嬉しかった。



感動のあまり涙が出てきたとき、扉がノックされた。



「――副会長、起きてる?」



「っ、は、はい、少々お待ちください」



ウェットティッシュで顔を拭いて、鏡で身だしなみを確認してから色の薄いサングラスをかける。



「どうぞ」


「失礼するわね」



入ってきたのは同じ二年生で生徒会役員の湊雲母みなときららだった。



「食事持ってきたけど、どう? 食べれる?」


「ええ、ありがとう」



トレーに乗せられたトーストとオニオンスープにサラダにハムエッグ、そこに野菜ジュースと栄養バランスの良いものだった。


時刻はすでにお昼を過ぎていたが、寝起きにはちょうどいい。



「それにしても、あなたがわざわざ食事を持ってくるなんて意外ですね。


そちらも暇ではないでしょう?」


「報告のついでよ。


救助した重傷者二名と、平気な顔した重傷者の歌丸くん、あとドライアドの毒に感染したっていう三上さんの検査結果のね」


「……どうでした?」



もしや何か問題でもあったのだろうかと身構えた氷川だったが、湊は微笑みを浮かべる。



「四人とも命に別状はないわ。


救助した二人は体力が回復するまで起きられそうにないから退院は来週ね。


三上さんも毒については問題ないし、特に体の異変もないから今日の夕方には退院するわ」


「……歌丸連理の退院は?」


「あら、心配なの?」


「違います、報告書で詳細をまとめなければならないから聞いてるだけです」


「そうね……とりあえず意識覚醒アウェアーってスキルを解除させた途端に気絶してまだ眠ってるからなんとも言えないわね。


……正直、一番酷い状態なのは彼よ」


「そこまでなんですか?」


「スキルの効果で筋肉だけは健康だけど、骨は疲労骨折してたし、内臓、特に肝臓に短期間でかなり負担が掛かってたみたいなの。


どちらもステータスアップポーションを短期間で多量投与したのが原因ね。


遭難から戻った直後に最初に診察した生徒は全身の噛み傷に目が行って気づかなかったのよ。


体温計ったら40度よ。信じられる?


なんで気づかずそのまま帰したのか怒鳴り付けちゃったわ。私も人のこと言えないけど。


彼、意識が朦朧としてたはずなのにスキルでケロッとしてたからあそこまで衰弱してるなんて思わなかった。


クリアスパイダーに受けた攻撃が原因じゃなくて、過労で死ぬかもって勢いよ」



普段はあまり口数は多くないはずの湊か珍しく多弁だ。


それだけ怒っているということだろう。



「あれじゃ、ヒューマンのスキルが原因で命削ってるようなものよ」



ヒューマンのスキルは生き残ることに特化している。


そういう良い能力だと湊は思っていたのに、現実では逆方向に作用していたと知ってやるせない気持ちなのだ。


まぁ、そのスキルがなければそもそも生き残れなかったということも事実なのだか……



「……でもきっと、彼無しにはこんな結果にはならなかったんでしょうね」



どこか呆れ気味に、湊は氷川の書いていたレポートを見た。



「……あの男はそれほど重要じゃありません。結局囮としての役割も満足に果たせていません。


エンペラビットの物理無効と回復阻害能力……それがもっとも作用した結果です」



そう氷川は不満げに口にしたが、内心ではそれだけではないとわかっていた。



「だけどそのエンペラビットも、そして三上詩織のルーンナイト、榎並英里佳のベルセルク…………この三つは彼無しには成り立たない力だった。違う?」


「…………」


「あと、東学区の日暮副会長の弟……彼が動いた動機も歌丸くんだったらしいじゃない。


あっちも、弟があの場ですごい活躍してたこと結構喜んでたらしいわね」


「……あなたは随分と歌丸連理のことを高く評価しているのですね」


「事実だもの。


無理したのは怒るけど、彼がやったことほかの誰かにできたのかというとそうじゃない。


少なくとも私にはできない。だからそれはすごいと思うわ」


「まともに戦えず、作戦も考えられず、与えられた役割も果たせず…………それでもですか?」


「それでもよ。彼は逃げななかった」



部屋に備え付けられている紙コップでインスタントコーヒーを二つ作り、一つを氷川に手渡す。



「誰よりも弱くて、無力で、不必要であったはずの場に誰よりも早く向かおうとして、それに強い気持ちを持っていた」


「気持ちだけでは、何も救えません。それで死んだら犬死以外の何物でもない」


「それは彼もわかっていた。


だからこそ、彼はみんなに頭下げてたでしょ?」


「……あんなの、ただ無責任に彼らを死地にたきつけただけじゃないですか」



思い出される、歌丸連理が行った言葉。


「――英雄、カッコいい、命を懸ける


耳障りのいい言葉を並べて集まった者たちの心理誘導を、扇動アジテートを行ったに過ぎません」


「……でも、それがわからないほどみんなが愚かではないでしょ」


「それは……」



その通り。歌丸の行ったのは扇動というにはあまりに稚拙で、俗物的で、滑稽なほどカッコいい単語を並べただけのものだ。


そんなもので心を動かせるわけがない。


では、なぜあの場で多くの者たちがそういう空気になったのか?



「みんなが彼の言葉を聞いたのは、彼が誰よりも本気で彼自身の言葉を信じていたからよ。


本当に、疑いもなく、純粋に彼はあの場にいた学生を英雄と呼んだ。


みんなは彼の言葉じゃなくて、彼のそういう一生懸命なところを見て動いてくれたんだと思うわよ」



砂糖もミルクも入れていない薄いブラックコーヒーを少しばかり含んで喉を潤す。



「そういう彼を近くで見てきたから、三上詩織、榎並英里佳、日暮戒斗は動いた。


MIYABIも、会長も、私も……そしてあなたも動いた。


誰よりも弱いはずの彼が、誰よりも本気で、誰よりも真っ直ぐ、誰よりも先を目指していたから…………負けてられないって思えたんじゃないかしら」



「…………」



もらったコーヒーを眺めながら、氷川は静かに考える。



「…………確かに、彼はただ人を煽るだけで傍観に徹する扇動者ではないのかもしれません」



コーヒーを口に含んでから「ですが」と氷川は言葉をつづけた。



「私は、犠牲者が……悲しむ人が少しでも減らせる指導者しどうしゃになりたいんです。


だから彼のように、危険に飛び込むように多くの人を扇動する人を認めたくはありません」


「だったら気持ちは一緒じゃないかしら?」


「え?」


「歌丸くんだって、別に人を死なせたいわけじゃない。


現に、彼は誰も死なせたくないからそのために命を懸けた。


そしてその結果を為した。だったら、何も難しく考える必要はないでしょ?」


「あ…………」



そう、為している。


扇動者として、多くの人を死地に導くであろうその生き様を見せた歌丸連理が、氷川明依が最も強く望んできた犠牲者を誰も出さないという結果を、出させてくれたのだ。



「彼ともっとよく話したほうがいいと思うわ。


歌丸くんはきっと、指導者を目指すあなたの敵じゃない。


むしろ……そうね、こっちのセンドウシャね」



近くにあった紙に、ペンで感じを書いていく。


――先導者



「同じ読みでも、こっちのほうがしっくり来るわ」


「それは基本的にリーダーを務める者のことで……そんな器には見えませんけど?」


「それは認めるけど…………でもきっと、彼が先に行くとみんな負けるもんかって彼を追い越していくはずよ。


だから“先導する扇動者”ってことで、この字がピッタリだと思うの」



確かに、言われてみるとそんな光景がすぐに目に浮かぶ。


というか、今回の大規模戦闘レイドがまさにそんな感じだった。


少なくとも、MIYABI、三上詩織、そして榎並英里佳に日暮戒斗は歌丸連理に強く影響されて動いていた。



「歌丸君が無理しないようにあなたが彼に正しく進むべき道を指し示せば、きっと彼はその道を進んでいくはずよ」


「あの男が、私の道を……?」


「ええ。そうすれば、ほかの人たちもその道を進んでくれる。


指導者を目指す貴方にとって、彼はとても頼りになる存在になると思うわ」



――そんなわけがない。



その言葉が喉から出かかったが、なぜか止まってしまった。


しかし、このまま口を開かなければ黙認してしまうようで癪に障る。



「あの男とは、必要以上になれ合う気はありません」


「つまり必要ならなれ合うのね」


「言葉の揚げ足取りしないでください。


ほら、報告はもうないのでしょう。


さっさと自分も持ち場に戻りなさい」


「あ、それともう一つ」


「なんですか?」



まだ居座る気のようで、湊はいつの間にか空になったコーヒーを新しく淹れ直した。



「行方不明だった東学区の生徒の遺体、明日の夕方に期間中に亡くなった生徒の遺体と一緒に本土に船で輸送することになったわ」


「ああ……金瀬千歳かなせちとせさん、でしたっけ?


ドライアドのパートナーだったっていう。それが何か問題でも?」


「彼女の両親が、ぜひ歌丸連理にお礼を言いたいそうなの」


「どうぞお好きに」


「いや、それが……金瀬って名前、聞いたことないの?」


「……………………まさか」



嫌な予感がしてきた。


記憶力はいいほうなので、頭の中で金瀬という単語を検索してみると、一件ヒットした。



「そのまさかよ。金瀬製薬。


彼女の兄が学園の卒業生で、在学中に取った特許で一気に有名になったの。


今の迷宮学園、それも医療部門では迷宮からとれた植物の天然素材から作られたスプレー型絆創膏はすごい重宝してるの」



学園ではやっているものは基本的にほかの学園でも流行る。


つまり、世界中で人気の商品となるということで金瀬製薬が有名になったのはここ数年の話だが、その資産力については下手な小国の国家予算に匹敵する。



「今回の遺体の引き渡し……その一連の流れの詳細をぜひ聞かせてほしいってことで、私が不在だった時の議事録の詳細の提出、あと遅くても来月には金瀬製薬の関係者の重役……というか最低でも会長の親族が来るかもってことだからその受け入れの準備とかしなくちゃいけないわね。


相手は世界的なVIPだから、こちらは学生とはいえ生半可な対応は許されない。すぐにでも打ち合わせを始めて情報共有の徹底をしないと」



「――――――」



頭の中で構築していた作業のスケジュールが一気に崩れていく音がした。



「相手は北学区の医療課は当然、扱っている商品が迷宮でとれる天然素材ってことで南学区と東学区にも顔がきくし、製薬会社の支店が西にもある。


うちの迷宮学園のスポンサーもしてるから、教師たちも当然動くわね」



「………………」



「……大丈夫?」



「……まず、議事録の提出期限は……?」



「向こうは明確には指定してないけど…………相手が相手だし、早いほどいいわね」



「…………湊さん、歌丸連理の入院場所は?」



「聞いて、どうするの?」



「会議での話だけでは詳細が説明できません……当事者の話を聞く必要があります。


なにより……の議事録は信用できません」


「……ああ」



思わず納得してしまう湊


北学区の書記は現在一人で、それを担うのが金剛瑠璃こんごうるりなわけだが、お世辞にも彼女の作る資料は学生だから許されるのであって、公式の場ではとても使えるものじゃない。


修正して提出するくらいなら、初めから書き直したほうがいいレベルである。



「話聞くなら三上さんでもいいんじゃない?」



「当然そちらも聞きますが、万全を期さなければいけません」



「必要以上になれ合わないんじゃなかったの?」



「今がその時です」



「寝てるわよ?」



「殺してでも叩き起こします」



眼が血走った状態で瞳孔が開いていて、冗談抜きで怖い。


その迫力に湊は気圧されてしまい、これはもう止めるのは無理だなと判断する。



「それじゃあ、今から一緒にお見舞いに行きましょうか」


「聞き取りです」



というわけで、そんなことになった。





一方、その頃……



「というわけで、大規模戦闘レイドの終了と、レンりんとしーたんの帰還、およびリカちゃんの救出成功を祝してぇ…………かんぱーい!!」


「「「「いぇーーーーい!!」」」」



中央広場の一角で、持ち前の明るさを生かして北学区の有志が集まって行われた飲み放題食べ放題(ノンアルコール)の宴会が盛り上がっていた。



「主役が一人もいない状況でやるのってどうなんだろうな」



そんなことを口にする下村大地は、集団の真ん中で何気に上手いMIYABIの歌のカラオケメドレーを繰り広げている金剛瑠璃を遠い目で眺めていた。


その中には歌丸連理も三上詩織も現在入院中でいない。


怪我も現地で治癒されて簡単な診察だけで終わった榎並英里佳もこの場にはおらず、現在は歌丸連理の看病をしているという。



「先輩、お疲れ様ッス」


「ん、おう。サンキューな」



戒斗が炭酸の2ℓのペットボトルを持ってきたので、手に持っていた紙コップに注いでもらう。



「お前のほうこそお疲れさん、大活躍だったじゃねぇか」


「い、いやぁ、それほどでもないッス」



大地の隣に座り、照れながら頭をかく戒斗



「――そう謙遜することないんじゃない? 格好良かったわよ」



さらにその隣に栗原浩美くりはらひろみも座ってきた。



「あの早撃ちどこで覚えたの?


かなり古い型の拳銃だったけど」



興味深げに浩美が質問すると、言葉にはしないが興味があるようで大地も少しだけ身を乗り出した。



「えっと……一応榎並さんと同じ狙撃できるようにってことで昔免許を取ったんスけど……その時に遊びで教えてもらって、それでできるようになったッス。


ぶっちゃけ狙撃よりも早撃ちのほうが得意で、教えてくれた先生には呆れられちゃったッスけど」


「いや、大した技術だと思うぞ。


銃には詳しくはないが、それでもあれだけの連射をしつつ正確に的を撃ちぬくのは天才だろ。できた奴なんてみたことがない」


「あはは……でも練習すれば誰でもできるッスよ。


シングルアクションのリボルバーの早撃ちなんて曲芸っすよ……ダブルアクション、撃鉄を戻さなくていい銃を使えば同じことができるプロなんていくらでもいるッス」



どこか自虐的に笑う戒斗



「どうしてそうネガティブなんだ? 大した技術だろ」


「……その、俺実をいうとほかの銃をあんまり使えないんスよ。


同じことをもっと高性能の銃でできれば、そりゃもっと褒められたはずなんスけど……どうもほかの銃だとうまく的に当てられなくて、実戦向きじゃないって評価受けて……」



苦い思い出が、戒斗の脳裏によぎる。


拳銃を使えればそれだけで一定の戦力として迷宮攻略者の地位を約束される。


しかしそれはメインウェポンとして運用できればの話であって、いくら連射ができても6発撃つごとに装填で手が止まる戒斗の特技は迷宮では効果的ではないと判断された。



「今回は特別な……天炉弾てんろだんなんて必殺技みたいな弾丸だからそういうの目立たなかったッスけど、あれだって本来は狙撃で使うべきもので、俺のやり方は邪道ッス。


効率的じゃなくて……あんまり評価はされないものッスよ」



どこかくらい顔でうつむいてしまう戒斗


そんな戒斗の頭に、大地は手を置いた。



「でもカッコよかったぜ」


「え……あ、ちょ、え、あの?」



グリングリンと乱暴に撫でまわされ暗い表情だった戒斗は若干混乱気味に顔を上げた。



「お前は凄くカッコいいところを見せた。それでいいじゃねぇか。


少なくとも、俺は今日一番カッコいいやつは誰だって聞かれたらお前だって言うぞ」


「うん。私も日暮くんが一番カッコよかったって思うよ。だからもっと自分に自信をもっていいと思う」



二人の先輩からそう評されて、戒斗は少しばかり笑顔を浮かべた。



「――ウッス」



そんなやり取りをしている三人を、少し離れた場所で見ているひとりの生徒がいた。


苅澤紗々芽であった。


彼女は今回の大規模戦闘レイドで自分の役目を全うしたのだが、どうにも最後の最後であの輪に入ってはいけないような気がしてしまったのだ。



「隣いい?」


「え、あ、はいどう…………ぞっ」



声をかけられてそちらを見た時、紗々芽はびっくりして大声を出しそうになった。


しかしその相手は口元で親指を立てて「しーっ」と声を出さないようにとジェスチャーで念を押ししてきたのだすぐさま口を手で覆った。


周囲を見れば、いまだにほとんどの者たちがカラオケメドレーをやっている瑠璃に視線が向いている。



「……えっと……あの、会長はどうしてここに?」



今、紗々芽の隣に座ったのは北学区生徒会の会長である天藤紅羽てんどうくれはだった。


会議室で眼にしたことはあったが、こうして言葉を交わすのは初めてなので緊張してしまう。



「サボり」


「え」


「私書類が嫌いなの。


燃やそうとするとみんなが怒るので、とりあえず全部明依と黒鵜と会津の机に均等に分けて逃げてきたの」


「そ、そうなんですか……」



パッと見はとても真面目で凛々しく見えるのにまさかの駄目っぷり。


今頃彼女の分の仕事もしているだろうほかの役員に同情するが……いや、きっと一番ダメなのは今仕事もせずにカラオケに加えてダンスも始めている我らがリーダーなのだろうなと考える。



「あ、ちなみに瑠璃はとっくに自分の仕事を終わらせた上で宴会してるので問題はないわよ」


「嘘っ!?」



相手が会長であるのに、思わず敬語も忘れてしまう。


それだけ驚きの事実だったのだ。



「本当よ。


彼女、議事録はまともに作らないけど割り振られた仕事はきっちりこなすの。


実は計算とかすごい早くて、暗算で8桁の掛け算とかもできたはずよ。


生徒会に入ったとき会計の席は埋まってたから書記なだけで、会津より数字をまとめる仕事が早いわね」


「は、八桁……」


「魔法使うときの詠唱ってなんか私にはよくわからないけどかなり複雑で、それを改変して威力増やしたり範囲広げたりとかする時ってかなり頭使うらしいじゃない?


あの子そういうの大得意だから、高威力の魔法を即行でポンポン撃てるのよ。凄いわよね。


前衛と後衛だから本来あんまり比較にならないけど……あの子が私と同時期に入学してたら、たぶん生徒会長――北学区最強の称号はあの子のものだったんじゃないかしら」


「………………どうして」


「ん?」


「どうして……私にそんなことを教えるんですか?」



そもそも、どうしてこの人がこの場で、自分の隣に座ったのかと紗々芽は警戒した。


何か裏があるのでは……そう考えてしまう。



「ふぅん……」


「なんですか……?」


「あなたはまず他人を疑うところから入るから、歌丸くんのことが苦手なのね」


「っ、な、なにを言ってるんですか……?」


「彼は一見すると本当に頼りない男かもしれないけど……その本質はとても強い。強すぎる。


そのギャップをあなたは埋めきれなくて怖い。違う?」


「そ、そんなこと……あり、ませんっ」



平静を保とうとしたが、声が上擦る。



「私の卒業した後、この北学区で攻略の要になるのは歌丸くんだと……今回の彼の行動を見て確信したわ」


「…………それは……そう、でしょうね」


「そしてその隣には三上さんも榎並さんも、そしてきっと……日暮くんも一緒にいる。


だけど……現時点であなたがその中にいるイメージが私にはわかないの」


「――――」



呼吸を忘れる。


同時、納得もできた。


今どうして自分がこんな隅っこにいるのか。


それはきっと、自分が天藤会長の言う通り、この先も彼らと一緒にいられるビジョンができないからだろう。



「……私は、彼の仲間にふさわしくないと?」


「そういうことじゃないわ。


ただ……このままじゃたぶんあなたは死ぬ。


私がそうであったように、歌丸くんはあなたを死なせてしまう」



どこか悲しげにそう告げた天藤会長の言葉に、紗々芽は思考が止まりそうになる。


彼女の言葉の意味を、理解できなかった。



「彼はこれからも迷宮を突き進む。


危険も顧みず、突き進む。


彼はきっと、あの三人と協力してそれを乗り切るけど……たぶんあなたはこのままじゃそれについていけない。


無理についていけば、あなたは死ぬ」


「……私が弱いから……チームを抜けろと?」


「強さの問題じゃないわ。そもそもそれを言い出したら歌丸くん自身は論外よ。


あのチームにいたいというなら、それがあなたの命の使い方なんだもの。


だから、これはあくまで忠告よ」



天藤会長は、同情でも、蔑みでも、哀れみでもなくただ淡々と事務的な口調で告げる。



「歌丸連理を恐怖しているうちは、あなたは常に死の脅威に晒されることとなる。それを忘れないで」



そういって、天藤会長は人知れずその場から去っていく。


誰も彼女がこの場にいたことに気付かない。


ただその事実を知っている紗々芽は、静かに自分の手を見た。



「私が……歌丸くんを……怖がってる……?」



言葉にしてみて、現実感が持てなかったが、どうにもそれを否定できない自分がいる。


そのことに、紗々芽はただただその場で戸惑うばかりであった。

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