第68話 第9層救出作戦⑦ 早期伏線回収系ヒーロー登場

狂狼変化ルー・ガルー



スキルを発動させると同時に、英里佳の耳がオオカミの物へと変わり指先の爪が鋭くなり、手と足の一部が毛皮に覆われた状態に変化した。


この状態になればかなりの速度で精神がすり減ってい理性を失うのだが、僕のスキルである意識覚醒アウェアーの効果で狂化が無効化され、純粋に身体能力の強化の恩恵が受けられる。


そしてその手には今回特別に東学区から貸してもらえたナイフが握られ、脚には軽いながらもしっかり補強されたブーツを穿いている。



「榎並、準備はいいわね」



そういいながら剣を引き抜いて盾を手に固定する詩織さん。


どちらも普段使っているものよりはるかに高価なもので、どちらもちょっとやそっとじゃ壊れない。



「うん、いつでもいけるよ」



二人は互いに顔を見合わせて、入り口の奥に見える浮遊する結晶体を見た。


そして時計を一瞥し、氷川が宣言する。



〇四〇〇マルヨンマルマル……作戦開始!」



英里佳と詩織さんが同時に前に飛び出し、それぞれ別の結晶体を足場にとてつもない速さで上へと駆け上がっていく。


そしてその姿はすぐに入り口からでは見えなくなる。



「次、小橋副会長お願いします」


「ああ」



僕の隣に小橋会長がやってきて、僕の肩に手を置く。



「気をつけろよ」



景色が一変し、目を開けば小一時間ほど前に立っていた場所に僕はいて、先ほどまで僕の肩に手を置いていた小橋副会長は姿を消した。


武中先生の時も思ったが、本当に便利だな転移魔法。



――キィィィ……



甲高い音とともに、視界の奥で動くものがあった。



「でたな……クリアスパイダー」



水晶のように光を反射する甲殻を持つクモ


今は左足の一本がかけた状態で七本足だが、動きはそれほど遅くはなっていないようだ。


僕は胸ポケットに入っているアドバンスカードを取り出した。



「行くぞシャチホコ!」

「きゅきゅう!」



シャチホコは“群体同調フラークシンパシー”の効果で僕のスキルの効果を何もしなくても受けられる。


故に肉体的疲労は“万全筋肉パーフェクトマッスル”の効果でほとんどない。


そのうえで今まで休んでいたことで英気もしっかり養えたようだ。



「最初に攻撃した側にある残った足を狙うんだ」

「きゅう!」



シャチホコが真っすぐにエリアボスに向かって走り出した。



「ぎゃぐううあああああ!!」



シャチホコが近づいていくと、エリアボスはいきなりその口を開いた雄たけびを上げる。


そしてそこから尻を持ち上げたかと思えば、その先端を前方に向けていきなり結晶体の散弾を撃ってきた。



「なっ――」



シャチホコはそれらを問題なく避けたが、流れ弾がこっちに来た。



「歌丸くん!」

「連理!」



僕に当たる前に、散弾はすべてが弾かれる。


散弾は光をキラキラと反射させながら空中を舞う。


先ほど僕よりも先にこの第9層に入ってきた二人が僕に迫る流れ弾をすべて防御してくれたのだ。



「二人ともありがとう」



あの散弾も本来はかなりの脅威であるのだが、ステータスが強化され、装備も十分な二人にとっては対処可能なものだった。



「それにしても、まさかいきなり散弾を使ってくるなんて……」



初手からいきなりこれまでとは違う行動パターンに僕が驚いているのだが、詩織さんは想定道理とでもいうかのように冷静だった。



「あんたはともかく、シャチホコは明確な脅威だって認識したんでしょ。


クモだとしても相手はエリアボス、自分の足を破壊した対象を無視するほど知能は低くはないようね」


「じゃあ、エリアボスが狙うのは歌丸くんじゃなくてシャチホコになるってことかな?」


「いや……初手で散弾にはビビったけど、そこは想定済みさ」



アドバンスカードを用い、残ったポイントを使って新たなスキルをシャチホコに修得させた。



「シャチホコ、“二兎ヲ追ウミラーステップ”!」


「きゅう!」



僕がスキルの使用を指示した途端、シャチホコの姿が二つに増えた。



「そこからさらに“二兎ヲ追ウミラーステップ”!」


「「きゅきゅう!」」


「さらに倍!」


「「「「きゅきゅきゅきゅきゅう!」」」」



最初は一匹だったシャチホコの姿が一気に八つに増えて同時にエリアボスへと向かっていく。



二兎ヲ追ウミラーステップ



魔力を消費して自分の分身を作り出すというスキルで、使えば使うほど倍々で分身の数を増やせるのだ。


当然分身が増えるほど魔力の消費量は多くなるのだが、そこは当然対策をしてきた。



能力同調ステータスシンパシー



シャチホコは僕の持つステータスの能力値のどれか一つを任意で同調させて自分の物として使用が可能となっている。


今は魔力を同調させており、シャチホコは自分の魔力だけでなく僕の魔力も使用している。


僕は素早く学生証のアイテムストレージから小さな瓶を取り出して中身を飲み干す。



「――ぷはぁ!」



魔力を回復させるためのポーションだ。


これで今消費した分の魔力を回復して賄う。



『きゅう!』



シャチホコは分身も含めて額が紫色の光が灯り、一斉にクリアスパイダーに襲い掛かる。


身体も小さくて素早いシャチホコを近づけさせたくないと後ろに下がろうとしたが、クリアスパイダーが一歩動く間にシャチホコはその五倍の速さで迫る。


そして分身も含めクリアスパイダーの周りを駆け回りながら的確に左足を攻撃し続ける。



「ぐぉがあぉあああああああ!!」



手足をばたつかせてもシャチホコは分身を含めてそれらをすべて回避する。


分身は見た目だけで実体はないのだが、あの状態ではクリアスパイダーはどれがシャチホコの本体なのかまでは分かりはしない。



「――がああああああ!!」



クリアスパイダーはその眼を爛々と赤く輝かせて僕のほうを睨んだ。


シャチホコが僕のパートナーであることを先ほどの戦闘で覚えていて、僕を潰せばシャチホコをどうにかできると考えたのだろうな。


再び放たれる結晶体の散弾


だがそれらが僕に届く前に、すべて英里佳と詩織さんによって弾かれて僕には傷一つつかない。


狙いを当初の予定通り、僕に絞ったということだろう。



『――さぁ、それじゃあ行っくよー!』



下から響き渡る元気のいい声、そして始まる演奏


アップテンポの音楽とともに聞こえてくる透き通るような声が耳だけでなく全身にしみこんでいくようだ。


学園のトップアイドルMIYABIの攻略戦ライブが始まったのだ。



「これが“ディーヴァ”の歌……!」


「歌を聴いてるだけなのに、力が湧いてくる……!」



僕はもちろん、二人ともMIYABIの歌によって能力値が強化されていく。


特殊職業エクストラジョブの一つとされる“ディーヴァ”


歌の女神の名前を由来とするこの職業は、歌姫を意味している。


現在確認されているのはMIYABIただ一人だけのエクストラ中のエクストラ


その効果は、歌を聴いている者全員のあらゆる能力を強化、さらに体力や魔力の回復力を向上させるというエンチャンターの圧倒的なほどの上位互換


MIYABIが歌うだけで、エンチャンター数百人分と同等、いいや、下手するとこれ以上の効果がある。


弱点を言えば歌っている最中は無防備で最も迷宮生物モンスターに狙われやすいことだが、やはりというか、クリアスパイダーにとってはMIYABI以上に僕のほうが狙いやすいと判断されたようだ。



「よし、それじゃあ…………逃げる!!」



僕は即座に迷わず縦糸部分を走った。



「があぐあああああああああ!!」



クリアスパイダーはその足を動かしながら、自分の周囲を動き回るシャチホコとその分身を無視して僕を追ってきた。


脚が一本ないためなのだろう、最初に見た時より若干動きがぎこちない。


まぁ、それでも僕よりは速いか。



「――ブレイズスラッシュ!」



距離が迫りそうになったら、詩織さんが剣を構えて真正面からスキルを打ち込む。


普段の彼女のスキルならクリアスパイダーの甲殻に弾かれて終わりなのだったが、今のルーンナイトとして強化されたステータスならば話は別だ。



「ぐがああああ!?」



甲殻に自信があったのか、避けようともしなかったクリアスパイダーは見事に口の部分にある触角の一つを砕かれた。


そこから体液が飛び出したかと思えば、それはすぐさま凍りづいて元の形へと戻っていく。


とんでもない再生速度だ。



「がぐああああ!!」



クリアスパイダーが動きを止めて前足を鎌のように振るう。


普段なら回避をするところだが、足場が制限されていることの場所ではそれは満足に行えず、盾で受け止めようとする。



「――危機一発クリティカルブレイク!」




そこへアシストへと入る英里佳


空中で体をひねったかと思えば、重くドシンと空間全体を震わせるような蹴りを繰り出す。



ベルセルク特有打撃威力補正スキル


拳、足、肘、膝、頭、身体のあらゆる部位を用いて発動するそのスキルは、打撃威力を理性を代償に数倍に引き上げてくれる。


全身を強化する狂狼変化ルー・ガルーと併用すれば10分は持つであろう理性が大きく削られるところだが、今の英里佳はそれをノーリスクで行える。


そしてその一撃によりクリアスパイダーの身体が傾いて、振るわれた前足の鎌が詩織さんの頭上を素通りする。



「攻撃を受けようとしたら駄目、ここじゃ踏ん張りがきかなくて落ちる!」


「っ、そうね、助かったわ!」



普段タンクとしてみんなの前に出て攻撃を受け止める詩織さんは、普段通りに行動しようとしたのだろう。


だが、今回の相手は普段戦っている迷宮生物よりも何倍も強いエリアボスで、足場は不安定


もし今の攻撃を受けたなら防御を崩されるか、受けきれたとしてもこの巣から落ちていただろう。


そして二人が足止めをしている間に僕は距離を稼ぎ、二人はそれを確認して迷わず横糸部分を走ってクリアスパイダーから距離を取る。


本来はフック状の棘があって走れないその部分を、二人は僕のスキルである悪路羽途アクロバットの効果で問題なく走れる。



「ぐぅぅぅがあああああああああ!!」



赤い輝きを強めた目で、明らかに怒りながらこちらに迫るクリアスパイダー


口を大きく広げて、そこから唾液と思われる体液をまき散らしながら迫ってくる。


先ほど二人が足止めしてくれて稼いでもらった距離も、あっという間に詰められる。



「だったら、こっちぃ!」



このまま真っすぐ走ればすぐに追いつかれる。


故に僕は即座に横糸部分を走って進む道を変えた。


それも今は足が一本欠けている左側だ。



僕が横糸部分を走るのを見て、足を止めたクリアスパイダーは足を伸ばして足場にする縦糸を変えようとした。


それは絶好のチャンスであった。



「――ペネトレイトスティング!」

「――危機一発クリティカルブレイク!」



動きが止まったところに二人が同時に、左側の一番後ろの足に攻撃を仕掛ける。


詩織さんの刺突が、英里佳の蹴りが、的確に足の付け根をとらえ、その甲殻を砕く。



「行け、シャチホコ!!」


「きゅう!」



ほかの足を削っていたシャチホコが、二人がダメージを与えた足の付け根に攻撃を与える。



兎ニモ角ニモラビットホーンの回復阻害


僕はその効果で一つ試してみたいことがあった。


回復を阻害するということは、どういうものなのかだ。


例えばシャチホコが攻撃した部分を後から攻撃した場合は、シャチホコの与えたダメージを残して即座に回復したのはすでに最初のクリアスパイダーとの戦闘で実証済みだ。


ならば、逆はどうなのだろうか?


ほかの誰かがダメージを与えた直後、すかさずシャチホコがその傷口を攻撃した場合、何が起こるのか?



答え



「がああああああぎゃあぎいいぃ!!!!」



――その受けたダメージも回復阻害の対象となる。



「よっしゃ狙い通り!!」



先ほどは体液が飛び出すと即座に回復したはずの傷だったが、今は体液を流したままで治る気配がない。


ぶっつけ本番で不安だったが、これで当初の予定よりもかなり早くクリアスパイダーを倒せるかもしれない。


そう思った直後、クリアスパイダーはその尻を持ち上げてブンブン大きく振り回し始めた。


これまでとは違う行動パターンだ。



『全員防御態勢! 広範囲攻撃が来ます!!』



ライブの最中、氷川の声が聞こえてきた。


その声が聞こえると同時に、二人が僕のほうへやってきて、詩織さんが盾を、英里佳がナイフを構えて待ち構える。


そして、その直後にクリアスパイダーが尻を振り回しながら結晶体の散弾を撃ちだしてきた。


これまで以上の密度の濃い散弾は、とっさにクリアスパイダーの身体に張り付いたシャチホコ本体を残して分身を一層し、こちらにも散弾が迫る。


詩織さんが盾でその大半を防ぎ、英里佳が残った流れ弾を的確に撃ち落とし、僕には傷一つつかない。



「二人ともスゴ過ぎ……」



よくあんな攻撃に対処できるのものだと感心してしまう。



『――っ! 周囲警戒! 今のは通常の攻撃ではありません!!』



「え?」



聞こえてきた氷川の声に、どういうことだと思考する前に異変が生じる。



「三上さん!」

「ええ、すぐに外すわ!」



僕と違って二人はすぐに行動に移す。


何をするのかと思えば、英里佳はナイフを、詩織さんは装備していた盾を外してしまったのだ。


どうして武器を捨てるのだと思ったその時、パキンという音とともに二人の武器の表面に付着していた何かが割れて、そこから蠢く何かがワラワラと出てきたのだ。



「こ、子蜘蛛?!」



それを確認して思わず叫んだが、驚いたのはすぐそのあとだ。


二人の東学区特性の頑丈な武器が、見る見るうちにボロボロとなっていく。


そして表面にいた子蜘蛛は色が黒っぽく変色したかと思えばそのまま煙となって消えてしまう。


残ったのは使い物にならないボロボロとなったナイフと盾のみだ。



「厄介ね、武器破壊の技なんて……直撃すれば死ぬし、受ければ武器が壊れる。


かといって、あんなの回避しきれないし……」



仕方ないという感じで、詩織さんは普段から使っている盾をストレージから出して構えなおす。



「英里佳これ使って、ないよりはマシでしょ」



僕もストレージから打撃昆を出して英里佳に渡す。



「ありがとう、借りるね」



無手から打撃昆を構えて、再びクリアスパイダーと対峙する。



「ぐぅがぐあああああ!!」



一方、先ほどのダメージもあって、バキンという音とともに後ろ側の足が一本折れて巣から落下していく。



「きゅっきゅう!」



「してやったり!」という感じで吠えたシャチホコはそのまま残り左側二本の足を破壊してやろうと額を押し付けてやる。



「武器が壊される状況じゃ仕方ないわね……隙ができれば、このまま地面にたたき落とすのも手だけど」



「それができたら苦労しないよ……」



詩織さんの提案に思わずそんな突っ込みを入れてしまう。


それが可能だったならば、とっくに天藤会長がしていたはずだ。


しかし、それができないくらいにあのクリアスパイダーの踏ん張りが強かったのだ。



「とにかく、あんたは注意を引き続けなさい!」


「了解」



再びその場から走り出す僕


クリアスパイダーは僕を追うために足場を変えようとするが、かなりもたついている様子だ。


これならば逃げるのはたやすい。



「ぐうおおおおおお!!」



かと思えば、クリアスパイダーは尻を再び持ち上げて僕のほうへと向ける。



「歌丸くん!!」「連理!!」



反撃に移ろうと前に出ていた二人が僕の名を呼びこちらに駆けつけようとした。


しかし、その時にはすでに結晶体の散弾がこちらに向かって放たれていた。



「う、わ―――――」



とにかく急所に当たるわけにはいかないと頭を守りながら的を小さくするために僕はその場でしゃがみ込む。


下手に避けてもどうせ無駄ならば、という悪あがきだ。


頭を守っていた両腕に熱い感覚を覚え、痛みがくる。


苦痛耐性フェイクストイシズムが無ければきっと悲鳴を上げていた。


散弾が止んだのを音で確認して顔を上げ、その場で立ち上がる。


腕が異様に重く感じ、あげられない。


見てみるとびっしりと制服の袖を貫通して無数の結晶体が埋め込まれたような状態で

そこから血液がポタポタとこぼれていく。


僕から流れ出た血は空中で凍り付いて落ちていく。



「っ! 下、危ない!!!!」



思わずそう叫んだ。


その次の瞬間、ボンッと小規模であるがエンパイレンの地面で爆発が起きた。



「あ、ぁああ……!!」



口から情けない声がこぼれる。


今もこの手から流れていく血が、下へと落ちていくたびに爆発が起こる。


そうなったら、今もまだ救助されていない二人も熱にさらされる。


今氷が解けたら、また二人がエンパイレンの熱によって身を焼かれてしまう。



「ターーイィーーーダーールーーーーーウェーーーーブーーーーーー!!」



最悪のイメージを想像したとき、僕の真下のエンパイレンの地面が一気に水で覆われ、水蒸気が立ち上る。


「かーらーのー、フリーズライト!」



そして即座にその部分が青白い光線によって氷づき、発熱が完全に止まった。


見ると、第8層入り口部分には瑠璃先輩がいて、こちらに向かって手を振っていた。



「よ、よかった……」



発熱したエンパイレンはマイナス30度以下の状態にされると元に戻る性質があり、尚且つ水で覆った状態で氷づかせるとエンパイレンと有機物の隙間に氷が入り込んで接触状態も解除される。


先ほどの爆発は僕の血液だったので、とっくに蒸発してしまったのだろう。


少なくともこれで、氷の上に僕の凍った血液が落ちても大丈夫だ。



「歌丸くん!!」



遅れて、英里佳が僕の前にやってきた。



「怪我は!」


「そっちは大丈夫、直撃じゃなかったしあらかじめ付与魔法エンチャントで耐久あげてた。それに歌の効果もあったから、腕に深めに刺さったけど貫通まではしてない」



もし素の状態で受けてたら腕ごと貫通して頭に刺さっていた。


考えるだけで恐ろしい。



「っ……は、早く逃げて」


「いや、駄目だ僕はこの場から動けない」


「足もやられたの?」


「違う、僕が動くと、流血でエンパイレンが発熱する」


「!」



僕の言葉で理解したのか、英里佳は真下のエンパイレンの地面を見た。


今も僕の腕から血は滴り落ち、巣を伝ってそれが凍ってエンパイレンの地面へと落ちていく。


それは今先ほど瑠璃先輩が作ってくれた氷のおかげで爆発しないが、ここから動くと先ほどと同じことになる。



「瑠璃先輩の魔力は無制限じゃないし、仮に今はMIYABIのライブで回復するとしても負担がゼロになるわけじゃない」


「だけど、このままじゃ……!」



今もクリアスパイダーがこちらに向かって迫ってきている。


僕が動かないことで先ほどのように散弾は使ってこない。


詩織さんがどうにか動きを止めようとしているようだが、進行そのものを止められるわけじゃない。



「こういう時は……!」



僕が今できる選択肢はいくつかある。


1、血液の流す量を減らすため血界突破オーバーブラッドを解除する。


却下。貧血で動けなくなるのが見えている。



2、このまま動かずじっと耐える。


却下。クリアスパイダーが到達するまで1分もかからない。足を破壊しきる前に僕が死ぬ。



3、構わず移動する。


却下。エンパイレンの発熱を広げて、下の救助に支障がでる。



「どう、したら……どうしたらいい……!」



駄目だ、考えても手が出ない。


僕がこの場から離脱するのも手だが、僕が抜ければクリアスパイダーの標的はMIYABI、もしくは下で救助活動をしている人になる。


そんなの、認めるわけにいかない。



「ぐおぎぃああああああ!!」



そうこう考えているうちに、クリアスパイダーと僕との距離が迫ってきた。



「榎並、もう一度足を狙うわよ! そのまま地面にたたき落とす!!」


「わかった!!」



僕が迷っている間に、詩織さんが指示を出す。


英里佳は僕を一瞥してから前に出た。



二人はそれぞれ武器を構え、クリアスパイダーの足の破壊を狙う。



しかし、普通に考えれば知能の高いエリアボスであるクリアスパイダーが、黙ってそんなことを受け入れるはずがない。



『跳躍きます!!』



僕が気付くより早く、氷川がマイクで報せてきた。


武器を振りかぶった状態だった英里佳と詩織さんが目を見開き、足を攻撃していたシャチホコが振り落とされたのが見えた。



天井にぶつかるのではないかと錯覚するほど高く跳びあがったクリアスパイダー


その下っ腹が見え、そしてそれが徐々に僕の視界の中で大きくなっていく。



『歌丸連理、逃げなさい!!』


「歌丸くん!!」


「連理!!」


「きゅきゅう!!」



僕に向かって落ちてきている。


それがわかりきっている。


僕から一度離れた英里佳がまた駆け寄ろうとしたが、落ちてくるほうが早いだろう。


せめて一発、落ちてくる瞬間にぶん殴ってやろうと手に力を籠めようとした。



だが、腕が重い。



どうも、結晶体の破片が筋繊維の修復を邪魔しているらしくて力が入らない。



「ちく、しょう……!」



もう少しで僕はクリアスパイダーに押しつぶされる。


その事実が悔しい。



「ぐぎゃががあああああ!!」



僕をあざ笑うように落下しながら咆哮するクリアスパイダー



「あああああぁ――ぎゃごぁ!!??」



突如、その顔が爆炎に包まれた。


衝撃もかなりのもので、迫ってきていたクリアスパイダーは僕とは離れた位置に落ち、自分の巣に激突する。



「――久々だったッスけど、腕はなまってないみたいッスね」


「……その声は……!」



聞き覚えのある三下っぽいしゃべり方


僕は驚きながら振り返ると、そこには見知った顔の少年がいた。



「本当はもっと高性能なもんもあったんスけどね……こっちのほうが慣れてて、当てやすいんスよ」



その手に黒い手袋を嵌めて、少し大きな、英里佳が使っているよりも武骨な拳銃を右手に左手でスイングアウト式の弾倉に弾丸を込める。


回転式拳銃、所謂いわゆるリボルバーというやつだ。


その弾倉に、手馴れた感じでよどみなく弾丸をすべて込める。



「お守り代わりに持ってたッスけど…………使うことになるとは思ってなかったッス」



弾丸を込めた弾倉を手首のスナップで戻して、親指で撃鉄を引きながら銃口をエリアボスに向ける。



「でも今は、これが手元にあることを心の底からよかったって思えるッスよ」



鋭い眼光を倒れているエリアボスに向ける僕らの仲間の一人である日暮戒斗ひぐらしかいと


その姿に僕はもちろん、英里佳も詩織さんも驚きのあまり固まってしまう



ただ、一つだけ言えることがあるのだとすれば……



「もはや誰?」


「酷くないッスか!?」



いやだって、こんなカッコいい戒斗、僕知らない。

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