第67話 第9層救出作戦⑥ 女子ならヤバい(犯罪的な意味で)

「というわけで、僕はこのままぶっ続けでエリアボスの囮やるから」



場所は変わって野外の大型モニターの前スペースの一角


もうすぐMIYABIライブが始まると多くの学生が活気に沸いていて、本来は招集されていなかった生徒もライブの情報をかぎつけて地上からやってきた者もいる。


そんな場所で僕はギルド風紀委員の面々にこれからの作戦について話す。


作戦については氷川という専門家に丸投げした。


なんかリアルに涙目で大きな紙に何やら必死に計算式やら図式やら書き込みだしていたが、きっといい作戦が考えられるのだろう。ボク、シンジル。(棒)



まぁ、少なくとも僕のやっつけの作戦よりはマシなのは確実だ。やっぱりこういうのはできる人が頑張るべき。


僕は僕の囮としての活躍を頑張るとしよう。



「……あんたねぇ」


「ああ……なんかもうこれ、真正っすね」


「まぁ、この状況で動かないほうが不自然だよね、歌丸くん的には」



何故か呆れたような顔をする詩織さんに戒斗に苅澤さん。



「まぁ、大体の流れは放送聞いてたから知ってるけど……ずいぶんとえぐい無茶ぶりしたッスよね、連理」


「え? 何が?」


「自覚ないんッスか……逆に怖いッスね……」


「?」



無茶ぶりって、勝手に向こうが自爆しただけなんじゃないのかな?



「まぁそんなわけで、今回は私たちのギルド風紀委員(笑)かっこわらいはレンりんの囮を全力でサポートする感じで動くかなぁ」



そう言いだしたのは我らがギルドの代表である瑠璃先輩だった。



「……だが、どうする?


お前と俺、苅澤は特に作戦で動いてないから余裕はあるが、正直なとこあんな高い場所に陣取るエリアボスのいる場所まで行けるかも怪しい。


戒斗なら行けそうだが、行ってもどうこうできるものじゃないだろ。


浩美、お前はどうだ?」



第9層でもっとも活躍できそうなソードダンサーの栗原先輩は大地先輩のその問いに難色を示す。



「本当に申し訳ないんだけど……私もかなり足にキてる。


あと、今更だけど私榎並さんに何度か蹴りを入れられて肋骨痛めたの。


回復魔法でもう処置はしたけど、まだ自信を持ってエリアボスと戦えるとは言えないわ」


「……本当に、すいませんでした」



その言葉に、僕の少し後ろで話を聞いていた英里佳が非常に申し訳なさそうに頭を下げる。



「あ、こっちこそごめんなさい。別に責めたわけじゃないから気にしないで。


とにかく……現状のギルドのメンバーでエリアボスとまともに戦えるのは…………三上さん、あなたくらいよ」



栗原先輩の言葉に、全員の視線が詩織さんに向けられる。


彼女の職業ジョブは現状でもルーンナイトだ。


窮地に立たされてなお諦めないこと、という条件はどうやら途中であきらめない目的が変わっても有効らしい。


最初は英里佳の救出だったけど、今は何が何でも第9層で仮死状態の先輩二名を助けたいと思っているし、諦めてない。



「遭難から戻った直後のあなたたち二人を前線に出すのは気が引けるけど……歌丸くんの囮は作戦の要。


疲弊したほかの生徒よりもまだ余裕がありそうなあなたが一番信頼できるの。行ける?」


「ええ、大丈夫です。


連理の無茶を全力で私もサポートするって決めましたから止められてもやるつもりでしたし」


「……え……名前?」



なんか後ろで英里佳が驚いたような雰囲気がしたけど、今は気にしない。



「それに一人じゃありませんから。そうでしょ、榎並」


「え」



詩織さんから話を振られて虚を突かれたように目を見開く英里佳



「詩織さん、英里佳は救出した直後で疲れてるから無理でしょ?」


「名前……!」



今どうしてそこに驚くの英里佳? まぁいいか。



「連理、今も私と榎並はあんたの特性共有ジョイントの効果を受けてるのよ。


忘れたの?」


「…………あ、そうか。万全筋肉パーフェクトマッスルの効果で二人とも肉体的な疲労が大幅に軽減されてるのか」



僕自身、その効果ってちょっと走るのが楽になった程度の恩恵しかないから忘れていたけど、二人は違う。


肉体をフルに使う戦闘を繰り広げるのなら、僕よりもその恩恵は絶大だ。



「……そういえば、確かに私もあんまり疲れが残ってない気がする」



英里佳は一人で何時間もエリアボスと戦い続けていた。


本来、こうして歩くことすらままならないくらいに肉体は疲弊していた状態であったが、僕のスキルの影響で栄養と水分を十分に補給すればまた動ける程度らしい。



「つまり、僕と詩織さん、そして英里佳の三人で前線に出るってことですかね」


「救助された本人が今度は救助する側になるって……なんか別の意味で本末転倒なような気が……」



苅澤さんの言う通り、自分でも言ってみてなんか微妙な感じだが……



「英里佳、僕からもお願いするよ。


協力して欲しい」



「れ……歌丸くん」



今何を言い直したの? まぁいいけどさ。



「今あの第9層で氷漬けになってる先輩たち、名前も顔も知らないけど……僕のわがままのために作戦に参加してくれた人なんだ。


助けられるなら、絶対に助けたい」


「…………うん。わかった。


私も、私を助けようとしてくれた人を見捨てたくない。


だから私も全力を尽くすから」





風紀委員(笑)の簡単なミーティング終了後、日暮戒斗はとあるスペースにあるテントを訪れていた。



「姉貴いるッスか?」



テントに入った瞬間、ペットボトル(中身入り)が飛んできた。



「おわっと!?」



咄嗟に戒斗はそれを受け止める。



「情けない声を出すんじゃありませんこの愚弟」



ペットボトルを投げたのはほかでもない、戒斗の姉であり、東学区生徒会副会長を務める日暮亜里沙ひぐらしありさだった。


普段は優雅な気品の立ち居振る舞いを見せる彼女だが、今は白衣を身に着けており、レンズの大きな野暮ったい眼鏡をかけている。


前髪もカチューシャでまとめてあげていて、優雅な感じはない。



「いきなり物を投げておいてなんッスかその言いぐさ……」



そう言いながら戒斗は中身の入ったのペットボトルを近くのテーブルに置いた。



「それで、なんの用ですの?


今こちらは忙しいので、愚弟に構ってる余裕はありませんわよ」


「姉貴、エリアボスのの解析は終わってるッスよね?」



戒斗の言葉に、亜里沙は目を細める。



「相も変わらず目敏いですわね」



歌丸連理のパートナーであるエンペラビットにより破壊され、エンパイレンの地面に落下したエリアボスの脚一本


それを東学区は戦闘に巻き込まれないように急いで回収し、今もその情報収集を行っている。



「そこにレポートがありますので好きにお読みなさい」


「いいんスか?」


「すでに北に知らせた内容ですの。


あの伊達メガネ、珍しく泣きながら懇願してきたので気分がいいですの、特別なのですから感謝しなさい」



戒斗は内心で北学区の副会長である氷川明依ひかわめいに同情しつつ、机の上に置かれたレポートに目を通し、十秒もせずに内容をすべて覚えた。



「やっぱり、熱が有効なんッスね……そして冷やすと元の形状に戻る」


「形状記憶合金の逆の性質を持つ限りなく無機物に近い有機物……それがあのエリアボスの身体の特性。


新種ゆえに名称はなく、作戦行動中は“クリアスパイダー”と仮称するそうです」


「新種……つまり、新素材となりえる迷宮生物モンスターってことッスよね?」


「ええ。大量のエンパイレンで眼が眩んだ愚鈍な者たちはともかく、東学区の研究者としては是が非でもクリアスパイダーを仕留めてその死骸を研究したいところです」


「――だから、天炉弾てんろだんは使わせないってことッスか?


熱でその試験体が損傷するのを危惧して」



天炉弾


エンパイレンを弾頭に仕込んだ特性の弾丸だ。


これを受ければ、どんな迷宮生物であろうと体の内側から爆発が起きて死亡する。



「レポートを読んだのでしょう?


クリアスパイダーはその肉体も体液までも、生物でありながらエンパイレンに反応しない。


いくら熱に弱くても、天炉弾は効果がないのですよ」


「姉貴なら、弾頭の表面に火薬が付着した焼夷弾しょういだんみたいに加工できるはずッスよね?


ちょうど、あのクモは連理のゲロかぶってるッスからぶつけるだけで発火するはずッス。


エンパイレンは腐るほどあるし、作り放題ッス」


「エンパイレンの加工はとても困難ですのよ。


いくらエンパイレンの量があっても、すぐに用意はできませんわ」


「いいや、可能ッス」


「何を根拠に……」


「だって姉貴は、氷川副会長の言葉を借りるなら……学園一の“アルケミスト”ッスからね」



職業ジョブ:アルケミスト


直訳で錬金術師を意味するこの職業は、物質の解析、加工、そして合成をスキルで行える。


スキルの効果によっては、本来はとても高価な機材を使ったり、特殊な環境下でなければ生成できない物質を魔力を消費するだけで瞬時に作成が可能となる。


加工困難なエンパイレンを、武器として加工するための数少ない、そしてもっともポピュラーな方法がアルケミストのスキルを使うことだ。


そして上位のスキルとなれば手を触れずとも、遠隔での合成を複数同時にこなせえるようになり、理論上不純物を一切混ぜない理想的な合成が可能となる。


そしてそのスキルを亜里沙は修得していた。



「できるはずッス。


姉貴なら、天炉弾の加工をこの場で」



戒斗の確信がこもった視線を受けて、亜里沙はメガネとカチューシャを外す。


軽く首を回して戒斗に向き直ったとき、その身にまとう雰囲気は普段の優雅さを兼ね備え、なおかつ相対する者の背筋を伸ばさせるような凛々しさがあった。



「……仮に、わたくしがそれをできたとして、それをやる必要があるのですの?


レポートを読んで北の伊達メガネは天炉弾を使うつもりはないようでしたし、あのエンペラビットの能力を要に据えた作戦となるのでしょう。


大方あの力で足をへし折り、巣から氷の床に落とし、そして攻撃力の高いメンバーで袋叩き…………単純ですが、まぁ犠牲は限りなく低いでしょう。


仮死状態の生徒の救助できるだけの時間があるのかまではわかりませんが、エンペラビットの能力が本物であるのならこれ以上の犠牲は出ないはずですわ」



エリアボスにとってもっとも厄介なのは攻撃力でも耐久力でもない。


その再生能力だ。


学園最強であるドラゴンナイトの天藤紅羽の攻撃を受けてもなお回復するその体は、相対する者に絶望を振りまく。


故に倒すためには常にその再生能力を上回るだけの戦力を投入することが作戦の前提条件となる。


それが緩和されるとなれば、エリアボスの攻略は亜里沙の言う通りとても容易なものへと変わる。



「――それじゃあダメなんッスよ」



だが、戒斗にとってはそれだけでは不足だ。



「あいつは……連理は、本気でこのエリアボスの攻略を犠牲者ゼロで終わらせようとしてるんッス。


当然のように、話したこともない相手のためにあいつは囮なんて一番危険な役目を率先して、笑って引き受けるって言ったんスよ」


「だから?」


「俺は、あいつに助けられたッス。


なのにまだその恩が返せてないッス。


だから、あいつがやろうとしてることを、俺も三上さんみたいにできること全部やって手伝うって決めたんスよ」


「それでわたくしに頼ると? いい顔をするようになったかと思えば、情けないことですわね愚弟」



姉からの冷たい視線を受けても、戒斗は怯まない。


むしろ、それすらも想定していたといわんばかりに彼は懐に手を突っ込んだ。



「当然、対価は用意したッス。これを見てほしいッス」



「っ……そ、それは……!?」



バッと前に掲げられた一枚の写真


そこに写った像を見て、亜里沙は思わず外したメガネをかけようとした。



「おっと、と……これ以上は有料ッスよ」



「っ……愚弟、今すぐその写真を渡しなさい!」



「これは対価と言ったはずッス。


……そちらも、相応の物を出してもらわなければ渡せないッスねぇ」



そういいながら、戒斗はその場から数歩後ろに下がり、手に持った写真をヒラヒラ扇のように振るう。



「こ、こら! そんな動かしたら見えないですの! もっとしっかり、動かないように固定しなさいですわ!!」



メガネをかけて必死にその像を確認しようとする血走った眼を向ける亜里沙だが、戒斗は絶妙な角度で完全には見えない。



「その、を渡しなさい!!」



そこに写っているのは、亜里沙の絶賛片思い中の相手であり、戒斗の所属するギルドの先輩である下村大地の大規模戦闘レイドでの雄姿が収められていた。



「っ! そもそもなんで愚弟が大地様の写真を…………!」



亜里沙が大地に対して思いを寄せているのは、傍から見ればバレバレではあるが、口外は誰にもしていない。


そして大地と出会ったのは迷宮学園に入学してからなので、本来、まともに外との連絡もできない状況で今年入学したばかりの戒斗は知らないはずなのだ。



「前に姉貴が騒ぎを起こした後に親切な姉貴の部下の方々が教えてくれたッス。


もしよかったら俺に二人の間を取り持ってくれって頼まれたんッスよ。


おかげで交渉カードとして写真を用意しておくことができたッス」


「あ……あいつらぁ……!!」



本人たちは気を利かせたつもりなのだろうが、彼女の部下にあたる比渡世涯ひわたせがい福田倫ふくだみつるは後日酷い目に遇うことになるのだが、今の彼らにはそれを知る術がないのであった。



「そして、俺は今回の期間中に大地先輩と同じ更衣室を使ったこともあったッス」


「っ!?」


「肌色率……70%は保証するッスよぉ?」


「な、ななじゅう……!」



ごくりと、亜里沙の喉が鳴った。



「さらにさらに……ちょっと際どい80オーバーもご用意してるッスよぉ~」


「は、はははちじゅうぅう!?」


「極め付けには……! シャワーを浴びるための生着替え全部見せます無修正動画ッス!!」


「む、むむむむむしゅ、むむぅししゅうせいいいぃぃぃーーーーーー!?!?」



眼を爛々と輝かせ、獣のごとくジリジリと迫ってくる姉にひるみつつも、戒斗は強気に転ずる。



「正直これを撮ってて男として何やってんだろうと悲しい気持ちにはなったッスけど…………これと引き換えに、天炉弾の用意してくれるッスよねぇ?」


「あ、ぐ……!」



戒斗の言葉に、亜里沙は正気に戻る。


東学区としては、できればクリアスパイダーの死骸をよい保存状態で入手したい。


しかし、天炉弾の熱量を受ければ確実に元の形を保てなくなる。


それは東学区、ひいては日本全体、いや下手をすると全世界的な損失につながるわけで……


そう悩んでるうちに、戒斗は写真を懐に収めた。



「……残念、交渉決裂ッスね」


「っ……し、写真と無修正をどうするつもりですの?」


「どうもこうも、非合法なものッスからね。


バックアップも取ってない一品ものッスけど、残しておいてもいいことないしシュレッダーにかけたうえで焼却処分ッス」


「なっ……」



愕然とする亜里沙に、戒斗は背を向けた。



「邪魔したッスね」



テントから出ていこうとする戒斗



「――待ちなさいですの」



しかし亜里沙はその行動を肩をつかんで押しとどめた。


そう、忘れてはならない。



「用意してほしい数と、種類を言うですの」



――恋する乙女には、世界よりも大事なものがあるのだと。





第9層エリアボス、仮称クリアスパイダーの攻略戦が始まる直前、僕たちは入り口手前で氷川の作戦説明を受けていた。


その場に集まっているのは生徒会の面々と、僕に英里佳に詩織さん、そしてMIYABIのマネージャーである小橋副会長と各部隊の代表の人たちだ。



「では、まずは機動力も高く現状ですぐに戦力として活動できる榎並英里佳と三上詩織の二人が先行し、足場を伝って巣を目指す。


二人の目的は囮である歌丸連理の護衛です。


そして歌丸連理、あなたは西学区の小橋副会長の“転移魔法”で巣へと移動し、エンペラビットを出してその後囮を引き受ける。


エンペラビットには徹底してクリアスパイダーの足、特に左側を破壊してもらいます」



何気に小橋副会長が以前行った瞬間移動って魔法だったのか。


僕たちの担任の武中先生と同じことできたんだな、この人。



「別にいいけど、なんで左側だけなんだ?」


「質問は挙手してからにしてください歌丸連理。あと言葉遣い。敬語を使いなさい。先輩ですよ私は」


「さっせーん」


「こ、この…………こほんっ…………質問についてですが……今のクリアスパイダーは左側の足が一本かけた状態であるからです。


クリアスパイダーの重心は映像や写真見たところ、最低でも左右二点ずつの四点で自重を支えられれば動くことは可能だと考えられます。


一度だけ行ったあのジャンプも脅威です。しかし、そのどちらも左右の二点ずつで体を支えているからこそできることです。


ならば、いくら右側が四本脚がそろっていても、左側が無ければ動くこともままならない。


それによって、クリアスパイダーは身体を支えきれず自身が作り上げた巣から落下することとなります」


「なるほどじゃあ、左側なら最低二本の足を潰せばバランスを崩してそのまま地面に落下する可能性が出てくるわけか」



今回、クリアスパイダーがほかのエリアボスよりも厄介なのは高い場所にいることだ。


地面にたたき落とせば、エンパイレンの上だから近づくことは難しくなっても、魔法や遠距離攻撃の射程内となる。


それに落とした後に氷の足場を作れば普通に袋叩きも可能だ。


ほかのエリアボスに比べれば小ぶりだし、そうなれば倒すのも短時間で済むはずだ。



「クリアスパイダーの注意が歌丸連理に向いたらMIYABIのライブを開始。


彼女の歌の効果で魔法の性能は向上しますし、体力の回復も早まります。


動けるようになった生徒から順次巣へと移動し、戦力がそろったらエンペラビットとは別で足の破壊も行ってもらいます。


テイマーは万が一にも落下した生徒の救出のために待機、魔法を使えるものは氷による足場の作成、および現在仮死状態となっている生徒二名の救助活動を可能な限り行います。


救助は時間との闘いの上に、あの場所から助けるにはどうしても足場が必要となります。


あの位置まで届く氷の足場の作成は攻略後では間に合わない恐れがあるため、攻略中に並行で行います。


金剛さん、あなたは後先考えず足場の作成を最優先してもらいますので心してください」


「まっかせてー!」



瑠璃先輩の規模の魔力での足場作りならきっと間に合うだろう。



「地上に落下したクリアスパイダーは魔法部隊と戦士部隊でたたきますが、どのような行動をするのかはまだ未知の部分が多いので、私は後方から観察し行動パターンを解析します。


作戦中、私もMIYABIとは別で拡声器を使った指示を出します。


こちらが指示を出すときは一時的にライブの音声を抑えてもらいますので、指示を聞き逃すことはないようにお願いします」



作戦は定石通り、なおかつ臨機応変にというところか。


なんともパッとしないが、奇抜なことされて混乱することもないので良しとしよう。



「最後に、歌丸連理」


「なんだ?」


「だから敬語」


「ちっ……なんスか?」


「――はっきり言って、この作戦でもっとも死ぬ危険性があるのはあなたです」



僕の挑発にリアクションはせず、真っすぐに僕の目を見て氷川はそう告げた。



「ほかの犠牲者をゼロにするためには、そのすべてのリスクをあなたに背負わせることとなります。


それでもやりますか?」



「当然っ!」



迷う理由などない。



「世界初、いいや歴史上はじめての犠牲者を出さずにエリアボス討伐!


そのための大役を任せられるなんてむしろ誇らしいくらいさ!」


「そのために命を懸けると?」


「命は懸けるさ。だけど死なない自信もある」



今も僕の両隣にいる英里佳と詩織さん。


この二人が僕と一緒にエリアボスの待ち構える巣に臨む。


そう思ったら、まったく怖くない。



扇動者アジテーター……」


「え……?」


「……なんでもありません。


やっぱり私はあなたのことが嫌いだということを再確認したまでです。


――以上でミーティングは終了です。


必要なことは随時こちらから指示を出しますので、持ち場で待機してください」



そう言って、氷川はその場から去っていく。


いったい何だったんだ……あじてーたー……?



「歌丸くん」


「ん? 英里佳、どうかした?」


「……その……私、絶対に守るから」


「え? 何が?」



英里佳は突如僕の右手を取り、そのまま両手で包み込む。



「私、歌丸くんを絶対に守るから……死なせないから、だから…………だから、大丈夫だから」



そういいながら、どこか彼女は怯えているような気がした。


その言葉は僕に向けてもののはずなんだが、どうにも自分に言い聞かせているように見えた。



「英里佳、笑顔笑顔」


「……笑顔?」


「そうそう。これから僕たち、世界一カッコいいことやろうとしてるんだよ?


人を助けるために戦うんだ。


だったらさ、そう暗い顔なんてしないで笑顔でやってやろうよ。


ほら、にーっと、にー」


「に……にー?」



まだぎこちないけど、英里佳は確かに笑ってくれた。


そんな僕たちを見て、隣で見ていた詩織さんがため息をつく。



「これからエリアボスと戦うっていうのに緊張感ないわね……」


「気負いすぎてもいいことないし、誰かを助けるために戦うんだって思うとなんだか嬉しくてたまらないんだ。


あ、でも油断してるわけじゃないよ、本当」


「知ってるわよ。まぁ、油断しててもしてなくてもどうせあんたはピンチになるんだから、しっかり私たちでフォローしてあげるわよ」


「うん。詩織さんも英里佳も、頼りにしてるよ」



本当に心強い。


この二人が揃っているというだけで、エリアボスが相手でもちっとも負ける気がしないや。



「……あ、あの……二人ともどうして呼び方変わってるの?」


「「え」」



なんか、先ほどよりもかなり深刻そうな顔でそんなことを聞いてくる英里佳



「だって前は……お互い名字で呼んでたし……」


「どうしてと言われても…………まぁ、流れで?」


「流れ……?」


「うん、エンペラビットの名前を付ける流れで」


「ちょっと、なんかそう説明されるととても不愉快なんだけど。


まるで私の名前をペットの名前つけるみたいに決めたみたいじゃない」


「シャチホコのこと?」


「あ、いや新しく二匹エンペラビットをテイムしたみたいでさ」



ちなみに現在はシャチホコはアドバンスカードの中、ギンシャリとワサビは南学区の土門会長に預けて休ませてる。



「え、え……えぇ!?


二人とも、遭難中に何があったの?」



ああ、そういえば英里佳にはこの作戦が始まるまでの経緯は話したけど僕たちの遭難中のことは知らないんだっけ。



「まぁ、この後にいろいろ話そうよ。


僕も、英里佳たちの活躍を改めて聞きたいしさ。ね?」


「あ…………うん。私も、歌丸くんに話したいこと、ある」


「僕も英里佳に話したいことがあるんだ。


だから、この攻略戦終わったら全部話そう」


「……うん」



気力は十分


遭難から戻った直後の立て続けの作戦


これで万全筋肉を取ってなかったらとっくに肉体は動かなくなっていただろうが、まだまだやれる。


やる気がそのまま体を動かす原動力となっているようだ。



「さぁ、勝ちに行こうっ!」


「うん」「ええ」



MIYABIのライブと同時進行で行われる犠牲者ゼロを掲げた、最後の大規模戦闘レイド


今、世界中が注目している大舞台での戦いが始まる。

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