第126話 エリアボス攻略⑤ MVPは兎



何か物凄くやらかしたような気がする歌丸連理です。


でもあの状況でテンション上げる方法とか思いつかなかったのでしかたないと思うんだ。



「ん、ああ、そうか、ああ、おう。


よし、じゃあこっちが合図出したら手はず通りに動け」



僕の学生証と英里佳の学生証の間の通信がなぜか切れた。


その一方で鬼龍院蓮山と稲生ナズナは普通に通話をしているのだが……



「さて……状況はすべて整った」



鬼龍院蓮山は好戦的な笑みを浮かべて、ドラゴンスケルトンを見た。



「作戦開始だ」



そう不敵に笑う彼に、僕は問う。



「あの、それで僕の仕事は?」



「黙って突っ立ってろ」



解せぬ。





鬼龍院蓮山の取った策というのは、正直なところ諸葛孔明や武中半兵衛のような歴史的な偉人と比べればお粗末なほどに簡単であった。


だが、それは逆を言えばその場にいる者たち全員がすぐに理解できるということ。


本来誰もが諦めてしまうような状況の中で、全員が勝利の希望を抱けるくらい簡単な策を打ち出す。


それ自体が稀有な才能の一つでもある。



「大樹、しっかり耐えろよ」


「俺は壁だ、当たり前のことだ」


「吠えたな、ならばやってみせろ!」



蓮山の足元に魔法陣が出現する。


蓮山の職業ジョブはノーブルウィザード


妹の麗奈とは違って能力は特化していないために、上級の魔法を使えるわけではない。


しかし、その一方ですべての属性の魔法をペナルティ無しで使える。


そこで蓮山は、さらに一歩踏み込んでいた。



「ホライゾンレイン!」



使用したのは水属性の牽制目的によく使用する魔法


名前の通りに水平方向に大量の水を豪雨の様に放出し、相手の動きを阻害する。


攻撃的な威力はほとんどないが、広範囲で相手の視界を妨げて動きを阻害するという優秀な魔法だ。


そしてそこからさらに……



「――フリーズ!」



初歩的な凍結魔法


ウィザードならば初期で覚えているものの一つで冷気を放つだけのものだ。


これらはそれぞれ単体では大した意味はないが、この二つを使用したとなれば話は変わる。



「名付けて、複合フェイクブリザード!」



広範囲に放たれる水が氷の飛礫へと変わり、そのすべてがドラゴンスケルトンに襲い掛かる。


これだけではドラゴンスケルトンを倒すには到底及ばないが、奴が放っていた骨の槍を飛ばすという遠隔攻撃を空中で撃ち落とすには十分だった。


そして何より、ドラゴンスケルトンにとって一番大事な頭部に氷の塊が何個も当たる。



【GUOOOOOOOOOOOOOOOOO!!】



顔への攻撃をとても嫌がるドラゴンスケルトンは蓮山に対して物凄く強烈な敵意を向けた。


遠距離攻撃が通じないとわかると、その手足で踏みつぶしてやろうとドスドスと地面を揺らしながら勢いよく迫ってくる。



「ち、ちょっと、なんかこっち来たよ!」



迫り来るドラゴンスケルトンに歌丸連理が焦って叫ぶが、今狙われている蓮山は涼しい顔だ。



「それがどうした」


「どうしたって、逃げないと危ないってば!」


「必要ない。見てみろ」



余裕を一切崩さずにそう促す蓮山に従って歌丸もそちらを見直す。



「――ウォールライン!」



ナイトである谷川大樹が両手に持った盾を並べて構えると、その盾の左右の端から光のラインが地面を伝って一直線に伸びていく。


そして最終的に地面に引かれたその光の線から半透明な壁が上空に向かって伸びていく。



「これはナイトのスキル……?」


「三上は攻撃系を優先しているから見るのは初めてだろ。


ナイトの上級防御スキルの一つだ。


自分や背後だけでなく、最前線に立ってより多くの仲間を敵から守るためのスキル。


俺たちチーム竜胆の切り札の一つだ」



ドラゴンスケルトンが蓮山を狙って大きく振りかぶった前足で踏みつぶそうとする。


だが、その攻撃は大樹の作り出した半透明な壁が阻む。



「――ぐ、っ、ううぅおおおおおおおおおおお!!」



衝撃に仰け反りそうになったが完全に耐える。


くるぶし辺りまで地面に足がめり込むが、構うものかとむしろ一歩前へと踏み出した。



【GROOUUU!?】



大樹は巨漢の部類に入るが、ドラゴンスケルトンから見ればあまりにも矮小な存在だ。


しかし、そんな存在に自分が押し返されているという事実に驚愕の声をあげた。


一歩一歩、踏み込むたびに地面に足が陥没していくが、それでも大樹は止まらない。


そしてそれを見ていた歌丸は、その名の通り、まるで巨大な樹が地面に根を張りながら移動しているのではないかと矛盾した錯覚を覚える。



「これが……本当にナイト?」



歌丸は思わずそんなことを呟く。



「彼、実はさらに上のシールドナイトとか、最上級のパラディンだったりとかじゃないの?」


「ふん……お前たちチーム天守閣はチーム全体で見ると歪な程性能が特化して見えるが、その実個人個人はバランスの取れた状態だ」



大樹の活躍を見て唖然としている歌丸に、蓮山は得意げに語りだす。



「だがな、その一方で俺たちは逆だ。


――シェイク!」



大樹がドラゴンスケルトンを妨害している間に詠唱を終えた蓮山が魔法を発動させる。


指定した場所を揺らすという低級の魔法だが、蓮山はそれをドラゴンスケルトンの足場となる場所すべてに、それも通常の数倍は強力な状態で発動させたのだ。


結果、ドラゴンスケルトンの足がおかれて体重のかかっていた場所が砂状となって崩れていき、足を取られて体勢を大きく崩す。



「大樹は防御に特化し、俺は魔法に特化している。


大樹が防いでる間に、俺は場の状況を変える魔法を使う」



今まで攻撃一転倒だったドラゴンスケルトンの動きが完全に止まる。


崩れた足場から逃げ出そうと一歩その場から引こうとした。



「そして、渉はその広い視野で敵をさらに追いつめる」



その時だ。


巨大な爆発がドラゴンスケルトンの後ろ脚で発生した。



「――はぁ!?」



突然の爆発に歌丸が驚愕に叫ぶ。


さらに驚いたのは、英里佳や詩織の攻撃を受けても折れなかったその体を構成する骨が、完全に折れて分断されていたのだ。


後ろ足二本が破壊され、ドラゴンスケルトンは腹を地面につけた。



【GUOOOOOOOOOOO!!!!!!】



足を折られた怒りからか、今まで以上に大きな咆哮を発する。


怒りに任せて骨の槍で攻撃をしようとしたが、その直後、先ほどよりは小さいがドラゴンの唾さのいたるところで爆発が起きた。


その衝撃に、ドラゴンスケルトンの翼を構成していた骨が体から離れ、一部には翼の重みを支えていた個所もあったのだろう。


ドラゴンを象徴する巨大な翼が無残にもその背中から落ちる。



「渉は――発破技師免許を持っている」


「凄いけど視野は関係なくないっ!? いや、凄いけど!」



先ほど、エンペラビットが空けた穴にトンネル工事の頼もしい味方であるダイナマイトをセットし、内側から骨を破壊。


その上、プラスチック爆弾を戒斗に持たせてドラゴンスケルトンが歌丸を狙って無警戒に放った骨が戻る直前にセット。


これにより、ドラゴンスケルトンは逃げるための後ろ脚と、攻撃と防御に使える翼を失った。



「苅澤、頼むぞ」



学生証にそう声をかけると、砂状となった地面から太い木の根っこが伸びてきてドラゴンスケルトンの両前足に絡みついた。



「これ、ララの根っこか!」



歌丸はその根っこの正体にすぐに気が付いた。


苅澤紗々芽のパートナーであるドライアドのララによるものだ。


これほどまでに巨大に成長するには時間がかかるものだが、そこはパートナーである紗々芽の支援があってこそだろう。


これだけ巨大な根っこならば、引っ張る力も並大抵ではない。


根っこはそれぞれ反対方向に前足を引っ張り、ドラゴンスケルトンの身体を地面にくっつけようとする。



【GR、RRROOOOOO!!】



必至に踏ん張ろうとするドラゴンスケルトンだが、足場は砂状となり踏ん張ることも儘ならない。結果、抵抗もむなしくドラゴンスケルトンはそのまま全身を地面へと放り出す羽目となる。



「――超過駆動オーバードライブ、テンペストラッシュ!!」



冷たい風が周囲に流れる。


青白い光を纏った刀身のレイドウェポン、クリアブリザードから放たれた連続刺突が、ドラゴンスケルトンの長い首を狙う。


一撃一撃が当たるごとにその個所が凍り付き、地面とつながる巨大な氷塊を生む。しかも骨と骨とを氷でしっかり固定し、ドラゴンスケルトンはその攻撃によって完全に動けなくなる。



「さぁ、トドメだ!


見せてやれ、俺たちチーム竜胆の最高火力を!」



完全に動けなくなった、標本の蝉の様に自由を奪われたドラゴンスケルトンに巨大な影が迫る。



「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」



人類の英知が生み出した魔獣マーナガルム


その背に乗るのは二人の少女。



「ユキムラ、レイジバイト!!」



テイマーのスキルでユキムラを強化しながら、最大威力のスキルを指示する稲生ナズナ



一点集中コンセントレイト――BブレイズSセラフィムJジャッジメント!!」



兄と違って一つの属性しか自由に使えないが、その分上級すら使える鬼龍院麗奈


その指から一転に集中した熱が光線となってドラゴンスケルトンの頭部に放たれる。



【GUOO◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!?????】



魔獣の牙と熾天使の裁き


その両方の直撃を受けたドラゴンスケルトンが悲鳴とすら呼べないほどの不協和音を発して周囲の空間を軋ませる。



「やったか!?」


「嫌なフラグを立てるな歌丸連理。


そしてそれで倒せるほど楽な相手じゃない」



そう、これでもまだエリアボスは倒せない。


死体とはいえ人類の天敵、その残骸を利用したエリアボス


その頭部はヒビが入り、一部が焼け焦げて変形しているが、まだ頭蓋骨としての形を保っている。



【◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!】



もはや声とも言えない音を発し続けながら、怒りに任せて拘束を振りほどこうとするスケルトンドラゴン



「俺たちチーム竜胆は、それぞれ特化した実力を集めて、少なくとも一年で一番バランスのいいパーティとなった」


「ちょっと、今そんなこと言ってる場合!?


早くもう一発入れないと!」


「阿呆が……お前らは個人ではバランスが良いのに、チームとなるとそれが滅茶苦茶だ」


「いや、だから」「上を見ろ」


「は?」



蓮山に促されて空を見上げる連理


そこにあるのは結界越しにすこし淀んで見える空――ではない。



「その滅茶苦茶の筆頭が、まだ残ってるだろ」



普通の人間では決して届かない高さ


そこへ跳躍し、今まさに落下してくる一人の少女の姿を見つけ、歌丸は目を大きく見開いた。



「――英里佳!!」



エンペラビットと融合を果たしたベルセルク


普段以上の膂力を、本人にとっては不本意ではあるが十全に使いこなせる。


今ならば、あのドラゴンの骨を完全に破壊できるという確信が英里佳にはある。



「――シャチホコ、力を貸して」

(きゅきゅう!)



自身の内にいるエンペラビットのシャチホコの声が聞こえ、落下を続けながら英里佳は全身に淡い紫色の光を纏う。


物理無効スキル“兎ニモ角ニモラビットホーン


兎の額から生えた小さな角によるその攻撃は、今は英里佳の全身を纏う鎧として、全身を最強の武装へと昇華させる。



「物理無効スキル――羅憑佳狼戦姫ラッカロウゼキ!!」



全身にあらゆる物体を破壊する力を身にまとい、空中で体を回転させながら狙いをつける。



「決めなさい英里佳!」

「頑張って!」

「頼むッス!!」



仲間たちの声が聞こえる。


シャチホコの耳が、そんな仲間たちの声を伝えてくれるのだ。



「派手に決めろよ」

「榎並英里佳!」

「やっちゃいなさーい!」

「GAU!」



敵として戦った者たちが、自分を応援してくれる。



「行け」

「チーム天守閣の力、見せてみろ」



そして、その中には英里佳にとって一番の人の声も聞こえる。



「――行っけぇーーーー英里佳ぁーーーーーー!!」



力一杯に拳を掲げながら、腹から声を出しての応援



「――うんっ!」



何の力も補助もないが、その応援が今の英里佳にとっては一番の活力となった。


身にまとう鎧の力は長くは続かない。


ならば、一撃に出せるすべてを叩き込む。



【◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!】



頭上に迫る存在を明確な脅威と認識し、必死に逃げようとするドラゴンスケルトン


首の氷や前足の根の拘束が少しばかり緩みだすが、圧倒的に遅い。



「はぁぁああああああああああああ!!」



兎のような真っ赤な眼差しは、すでに捉えている。


落下の威力と回転の威力


そして間合いを見極めて、いまだに動けないドラゴンスケルトンの頭を狙い、最高威力を発揮する間合いで、英里佳は蹴りを繰り出す。



「――勇王真威震ベオウルフ!!」



ベルセルク最上位の攻撃スキル


たったの一撃を放つだけで狂乱に身を堕とすが、代わりに絶大の破壊力を発揮する。


そこにレイドウェポンの超重量と、物理無効の二つの要素が積み重なった一撃がドラゴンスケルトンの頭部に放たれた。


その圧倒的な威力は強力な衝撃波を生み出した。


ダイナマイト以上の衝撃波と、原因不明の閃光で周囲が飲み込まれる。





「――――」



自分の声も聞こえない。


爆風と閃光で五感が働かなくなった。



「――――ぅ」


「―――るぅ」



何かが僕の顔を叩いている。痛みはさほどでもないが、なんか鬱陶しい。


そしてなんか慣れ親しんだ感触だ。



「ぎゅぎゅう!」

「きゅるるぅ!」



「っ、ギンシャリ、ワサビ?」



ようやく僕は自分を起こそうとしているのがパートナーであるエンペラビット二匹であることを認識した。


すぐに起き上がって周囲を見回すと、僕は先ほどまでいた場所から吹っ飛ばされて地面に倒れていたことをようやく認識した。



「そうだ、どうなった!」



見たのは先ほどまでドラゴンスケルトンがいた場所。


そして、僕はそこで見た。



「きゅきゅきゅきゅーう!」

「う、うぅん……ご、ごめん、なんか動けなくて……」



先ほどまでドラゴンスケルトンの頭部があったはずの位置


そこには頭部など影も形もなくて深く地面が陥没しており、その中心でシャチホコを下敷きにした状態で倒れている英里佳の姿があった。



「英里佳!」



僕はすぐにそちらに駆け寄って、何故か動けなくなっている英里佳を抱き起こす。


その際、英里佳の下敷きになっていたシャチホコが僕の頭の上に飛び乗った。



「英里佳、大丈夫、怪我したの!?」


「ううん……そういうわけじゃないんだけど、なんか体が動かなくて……なんでだろ?」


「うーん……もしかしてシャチホコとの合体の反動とかかな……さっきも強力なスキルとか使ったし、僕のスキルでも補いきれないくらい疲労したとかかな」



原因は色々あり過ぎて特定はできないが、少なくとも無事であることは確認できたのでよかった。



「ちょっと、気を抜き過ぎよ」



そこへやってきたのは詩織さんだった。



「まだ完全に倒したとは限らないんだから無駄話しない」



詩織さんの言う通りだ。


頭が無くなったが、敵は不死存在のエリアボス


もしかしたらまだ動く危険がある。



「あ、ご、ごめん」

「う、うん……でも、体が動かなくて……」


「連理、英里佳をつれてとりあえず離れて。


首が無くても動くかもしれないから」


「わかった」


「ひゃあ!?」



そのまま英里佳を抱き上げるとなんとも可愛らしい声をあげる。


これでさっきまでのウサミミ状態だったら鼻血を噴き出していたかもしれないが、今はシリアス、シリアスなんだ。


急いで英里佳を安全な場所へ――



「――おめでとう!」



悲報【エリアボスを倒したと思ったらラスボスが現れた件】


などと脳内スレッドを立てている場合ではない。


僕たちをこの会場に結界で閉じ込めたドラゴンが、今僕たちの目の前に現れたのだ。



「く……!」


「おやおや、榎並さんは動けないようですねぇ。


まぁ、あれだけの力を初めてで一気に使えば反動も当然のこと。


とはいえ、まさに見事! ファンタスティック!! アンビリバボー!!!!」



歓喜を体現するかのように叫ぶドラゴン



「――それはつまり、俺たちは無事にエリアボスを倒せた。


そういう認識で間違いはないのか、学長」



ドラゴンにそう質問したのは、杖を構えたままこちらにやってきた鬼龍院蓮山だった。



「ええ、その通り。君たちの勝利です。


見事に君たちは、この不死存在アンデットを撃退できたのです!」



「――や、やったぁ!!」

「GAUOOOOOOOO!!」



学長の言葉に真っ先に喜んだのは稲生とパートナーのユキムラだった。


後からやってきたみんなも穏やかな表情を浮かべているが、その一方で僕は首を傾げた。



「撃退……?


えっと……倒したんだよな?」



学長の表現がどうにも引っかった僕がそう質問すると、ニヤリと学長は笑ったような気がした。いや、まぁドラゴンだから表情筋とか全然わからないけどね。



「倒しましたよ、エリアボスであるドラゴンスケルトンは。


とはいえ……あくまで倒したのは入れ物となっていた私の眷属の死骸であり、それを操っていた怨念は別ですね」


「なっ……それはどこに!!」


「あそこですよ」



そう言ってドラゴンが指をさしたのは上空


そこに僕は黒い靄のような物体をみつけた。



「アレか! 戒斗、銃で撃ち落として!」



流石に手は届かないが、戒との銃なら届く。


魔力が切れて戦線から離脱したとかいってたけど、流石にもう使えるでしょ!



「え……何も見えないッスよ」


「え?」


「おい、どこにある!」

「何も見えないんだが……」



戒斗と同様に他にも見えない者たちがいるようだ。



「入れ物を破壊されて大分力が削がれてしまいましたからねぇ……歌丸くんのように“死”に敏感な者でないと認識はできないようですねぇ」


「おい、あの黒い靄、放って置いたらどうなる!」


「別にすぐにどうこうなるというわけではありませんが……まぁ、数年かけてまた元の力を蓄えることでしょう。


その時には、この場での戦いの経験を糧に、より強いドラゴンスケルトンとなるのかもしれませんねぇ」



楽し気にそんなことを言う学長に、その場にいた全員が戦慄する。


そうでなくとも強力で、この場にいる者たち全員……僕以外全員が全力を尽くしてようやく倒したのが、さらに強くなって復活するなど悪夢以外の何物でもない。


どうにかしてこの場で倒さなくては……!



「えっと、あれ、黒い靄見えてる人他にいる!?」



僕の質問に、全員が首を横に振った。



――いや、違う。



「きゅう!」「ぎゅう!」「きゅる!」



三匹のエンペラビットが、シュタッと僕の前に並んで手をあげた。



「意味ねぇ!!」


「「「きゅ!?」」」



なんか三匹揃ってショックを受けているが、そんなの構っていられない。


遠距離攻撃できる人じゃないと狙いがつけられないんだけど!



「と、とにかく鬼龍院兄、麗奈さん、あそこ、あのあたり狙って魔法撃って!


早くしないともっと高くまで上って逃げちゃうから!」



今こうして話してる間に、黒い靄は高く高く空へと昇って行っている。



「そんな余裕は残ってないんだよ! お前と違って全力絞ってんだ!」

「連理さま、申し訳ございません……」



た、確かにドラゴンスケルトン倒すのにかなり強力な魔法つかったからなぁ……余力とか考えられる相手じゃなかったし……!



「えっと、ようは見えない怨念があのあたりにいるんスよね?


お前の武器じゃなんとかならないんスか?」


「いや、僕の武器射程短いし…………あ、それだ!」


「は? どれッスか?」


「説明は後! 詩織さん、英里佳お願い!」


「え、あの歌丸くん?」「何する気よ?」



英里佳をちょっと強引に詩織さんの方に預け、僕は近くに来ていた壁くんの方へと駆け寄る。



「壁くん、力貸して!」


「……構わないが、俺にも見えないぞ」


「それで大丈夫、ただ絶対に動かないでもらえればいいだけだから!」


「俺は壁だ、簡単なことだ」



頼もしい!



「じゃあちょっとこのベルトの両端を離さないようにしっかり握って!」



僕は右手に着けていたベルトを外し、その両端を壁くんに持ってもらう。



「それで、どうする?」


「握ったまま両手を高く上げて、その姿勢を維持して!」


「俺は壁だ、了解した」



なんか体操選手の着地直後みたいな姿勢になった壁くん。



「お、おい歌丸、うちの大樹に何させるつもりだ?」


「何って、こうするんだよ!」



僕は壁くんが握っているベルトの真ん中をしっかり握って、勢いよく引っ張る。


瞬間、ベルトは金属パーツが離れてバラバラに――ならず、帯状の光が発生した状態で伸びた。



「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」



僕は右手で金属パーツごとにつながって伸びるベルトを引っ張って走る。


金属同士をつなぐ光の帯はどんどん伸びて、どんどん細くなっていく。



「まさか、これって……」



僕がやろうとしていることに気付いたのは少し離れた場所からこちらを観察していた紗々芽さんだった。



「シャチホコ、ギンシャリ、ワサビ、来い!」


「「「…………」」」


「返事すらしねぇ!?」



何故!?



「さっき意味ないとか言ったから……」

「シャチホコたち、拗ねてる」



呆れて僕を見ている紗々芽さんとララ


いや、確かに悪かったけど、今はもうそんなこと気にしてる場合じゃないんだけど!



「黄金パセリ追加するからぁ!!」


「きゅう!」

「ぎゅう!」

「きゅる!」



こいつら……!


ええい、時間がないから怒るのも後だ。


今こうしてる間にも黒い靄が上空へと昇り続けている。



「アレに届くか!」


「きゅっきゅきゅう!」



僕の問いに対して、シャチホコたちは行動で示す。


一番下にギンシャリ、次にワサビ、最後にシャチホコが乗るという三段重ねだ。


重力とか無視して、まるで初めから三匹セットみたいに固定されている。どうなってんだエンペラビット



「まぁいいや、行くぞ!!」



三匹まるごと、僕は光がか細いくらいに伸び切ったベルトの掴んでいる位置にセットし、そして黒い靄へと狙いをつける。



「スリングショットッスか!?」



別名パチンコ銃、もしくはゴム銃とか呼ばれるものだが、僕はそれを比渡瀬先輩からもらったベルトと、壁くんの巨体で再現し、そして弾丸としてシャチホコたちを放つ。



「シャチホコ、最後は決めろよ!」


「きゅっきゅきゅう!」



僕に残っているありったけの魔力をベルトに込めて、対不死の属性が僅かにシャチホコたちにも宿っていく。



「名付けて――翔突兎願ショットガン!」



ベルトを離した途端、伸び切っていた光の帯が一気に縮む。



「ぐ、むぅ!!」



その反動で壁くんが体勢を崩しそうになったが、どうにか耐えてくれた。


そして縮むベルトの反動により、勢いよくシャチホコたちは上空へと放たれる。





ドラゴンスケルトンを操っていた怨念は、復讐を誓っていた。


必ずや、何年かかってもこの身から力をそぎ落とした者たちを殺すと。


復讐こそが存在理由


人間に殺されてきた迷宮生物たちの怨念、仲間に見捨てられて迷宮で息絶えた者たち


そう言った怨念の集合体こそがこの黒い靄の正体


故に、復讐を決めた対象は絶対に逃がさない。


とはいえ、力を焼失した現状ではそれは果たせない。


故に、この場は屈辱ではあるが逃亡こそが最善であると、怨念は地を這う肉体を持つ者たちから逃れようと空へ空へと昇っていく。


だが、それはさせまいとする存在がいる。


つい先ほど見たはずなのに、この怨念は忘れている。



――月にも届くほどの跳躍をする伝説をもつ兎がいることを。



「ぎゅぎゅ!」



最初に聞こえてきた声は勇ましさのある鳴き声だった。


下を見れば、三匹まとまって上空へと飛んできた兎がいた。


無駄だ、もう自分には届きはしない。


怨念はそう判断したのだが、兎の行動はそれで終わらない。


一番下のエンペラビットを踏み台に、二匹目がさらに跳躍した。


これに驚いた怨念


この時点でもっと早く上空へと行かなければとならなかったのだが、それを驚愕で忘れてしまう。


それこそが、敗因となる。



「きゅるう!」



二匹目が鳴いた直後、一番上にいた、若く、それでいてもっとも強い個体がさらにとんだ。



「きゅきゅぅ!!」



額に薄紫色の角をはやして、自分と同じ高さに到達したその存在に、怨念は復讐とはまた別の感情を抱いた。



【◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆】



やめろ、やめてくれ、その光を、近づけないでくれ、見逃してくれ!!


自分の存在理由すら忘れて必死に命乞いをしようとするが、声すら発せられない黒い靄に兎は何の興味も示さない。



「きゅっきゅっきゅうぅぅぅぅぅぅぅ!!」



勢いをそのままに、兎は――エンペラビットのシャチホコは、ドラゴンスケルトンの本体、復讐の怨念をその角によってかき消したのだった。

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