第127話 よし、ここにフラグを立てよう。

一年生対抗の模擬試合会場


それは学長というイレギュラーの存在によってエリアボスを一年生のみで挑むという最悪な状況へと変化した。


そしてその最悪を乗り切った先で……



「あ、そっちの肉焼けてるよ」


「うめぇッス!」


「おいこら! それは俺が育てた肉だぞ!」


「蓮山、いっぱいあるんだからそんな対抗するなって……」




BBQバーベキューが行われていた。



というわけで、僕こと歌丸連理は、日暮戒斗、鬼龍院兄、ダイナマイト渉、そして黙々と肉を焼いてくれている壁くんの五人で一つのコンロを囲む形となっている。



「それにしても……いいのかな、この状況?」


「何が?」



焼けた肉を食べながらどこか納得がいかない顔をしているダイナマイト渉



「何がって……いや、俺たちついさっきエリアボス倒したんだぞ?


というか、そこにまだ骨あるし…………なんで暢気に俺たちそんな場所で肉焼いて食ってんだ?」


「もともと模擬戦終わったらすぐにBBQやる予定だったみたいだし、もったいないから食べようってなったんじゃない?


最近温かくなってきたから肉も痛んじゃうし」


「それはそうだが……なんでお前ら揃いも揃ってそんな平然としてんのかって話なんだが」


「そりゃまぁ……悩んでも時間の無駄だし」


「えぇ~……」



僕はただ思ったことを言っただけなのに、なんかダイナマイト渉は凄く不満そうだ。



「諦めるッスよ萩原、連理の切り替えの早さ一級品ッスから」


「いや、これは切り替えが早いんじゃなくてネジが飛んでるだけだろ」



失礼な。



「ふんっ、その肉もらったぁ!」


「って、ああ! 何すんだよおい!」


「そっちが先に俺の肉を奪ったんだろ!」


「真ん中にある肉を君が勝手に自分のだって言ってただけだろ!


君今、僕が前から何度もひっくり返してた肉取ったろ! 返せ!!」


「嫌だねバーカ! はぐっ!」


「何すんだ、小学生かお前は!!」


「なんだとこの役立たず!!」


「滅茶苦茶役立ってただろ、僕が時間稼ぎまくってただろ!!」


「弱すぎて狙われてただけのくせになに偉そうにしてんだザコ!!」


「人が気にしてることをよくもぬけぬけとぉ……このチビっ!」


「ザコ!」「チビ!」


「ザコザコザコ!!」

「チビチビチビ!!」


「ザコザコザコザコザコ!!」

「チビチビチビチビチビ!!」




「……おたくのリーダーも大概ッスね」

「……ああ、そうだな」



戒斗とダイナマイト渉が何か言っているが、僕はとにかく目の前のこのチビッ子が気に食わないので文句を言い続けていると……



「――焼けてるぞ」



壁君が丁度いい感じに焼き目のついた肉をさらに盛り付けてきた。



「「いただきますっ!」」



一枚でも多く、このチビより肉を食べる!!






「男って、基本集まると馬鹿なことしかしないわね」



遠く離れたところで口論したかと思えば肉のフードファイトを始めている歌丸連理うたまるれんり鬼龍院蓮山きりゅういんれんざんを眺め、三上詩織みかみしおりはそんなことを呟く。



「お肉なんてたくさんあるんだから、分けて食べればいいのに」

「BOW」



同じく呆れてそんなことを呟く稲生ナズナは、パートナーであるマーナガルムのユキムラに少し大きめに切って表面を軽く炙った肉の塊を与えていた。


一つのコンロで肉の奪い合いをしている二人だが、他のコンロを回ればまだまだ肉を焼かずに皿に盛られてるところがほとんど。


それにまだまだ肉は余っているので、わざわざ奪い合わなくてもいいくらい肉が余るのは確実だ。



「視野が狭まっているというか……お互いに対抗意識燃やしてるんだね、あの二人」


「お兄様は以前から連理様を意識してましたが、連理様はなぜ?」



苅澤紗々芽かりさわささめのつぶやきに不思議そうに首を傾げたのは鬼龍院麗奈きりゅういんれいなであった。



「歌丸くんの場合は鬼龍院君に対して今回のことで憧れてるって感じがあるのかもね」


「憧れ?」


「歌丸くんって、凄い能力をもってるけどそれが自分の方に向いていないというか……彼にとっては自分一人で何かできたり、みんなを引っ張って何かを成し遂げられたりできる人は尊敬できる相手なの。


だけど、意外と歌丸くんって頑固なところあるから、負けたくないって気持ちもあって意地張ってるんだと思う」


「…………」



穏やかな表情で語る紗々芽を、麗奈は驚いたような顔で見ている。



「どうしたの?」


「あ、いえ……榎並英里佳は、連理様のことを理解してると思ったのですが、話を聞いているとあなたの方が彼のことを理解しているような気がしたので」


「うーん……別にそんなこともないと思うけど……」


「もしかして、連理様のお付き合いを?」


「え、ち、違う違う、そう言うんじゃないから!」


「ですが、思い返してみると連理様とのコンビネーションが一番取れていたのは紗々芽様ですよね? あ、名前で呼んでもよろしいでしょうか?」


「べ、別にいいけど、本当にそういうのじゃないから!」


「そんな照れなくても~」


「本当に違うからぁ!!」



顔を真っ赤にして否定するが、否定すればするほどにまんざらでもなさそうに顔がにやけているのに紗々芽は気付いていないのであった。



「――紗々芽ちゃんどうしたの?」



そこへ、普段よりもゆっくりとした足取りで榎並英里佳がやってきた。



「な、なんでもないよ!


そ、それより――こほんっ……えっと、検査の結果はどうだった?


湊先輩はなんて?」



迷宮学園北学区生徒会会計にして、救命課のエースである湊雲母に、英里佳はこの場で魔法を使用しての検査を受けていたのだ。


前代未聞の迷宮生物との融合に加え、物理無効スキルの使用や、ベルセルクのスキルの連発など体に異常がきたしてもおかしくないことを短時間で詰め込んだことを危惧してだ。


しかし結果は……



「異常なしだって。


ただ体への負担が大きすぎて、歌丸くんのスキルでも補いきれないくらい強い反動で体が動かなくなったんじゃないかって……でも今日中には戻るみたい」



その回答に、話を聞いていた詩織は顔を引きつらせる。



「ドラゴンの頭蓋骨を粉々に、分子レベルに破壊してその程度って……」


「流石は連理様の力というところでしょうか」



どこか誇らしげに語る麗奈を、英里佳は警戒心を高めて睨む。



「……もしかしてまだ歌丸くんのことつけ狙うつもり?」


「人聞きの悪いことをおっしゃらないでもらえます?


連理様と一緒のパーティに、というのはとても望ましいものですがもうあなたにその件でとやかく言うつもりはありません」



麗奈は近くに置いてあった椅子を持ってきて、それを英里佳の近くに置く。



「えっと……」


「立ってるのも楽ではないのでしょう、まずは座りなさい」


「……ありがと」



少し警戒を解きながら、英里佳は差し出された椅子に腰かけた。



「私は貴方を認めたわけではありませんが、少なくとも連理様があなたを必要としていることもまた事実。


業腹ではありますが、そこまで口を出すほど、無粋な女であるつもりはありませんから」


「……何を今さら」


「文句を言われたくないのなら、もっと人格を磨きなさい榎並英里佳。


あなたが未熟だからそんなことを言われるのですよ」


「なっ……!」


「そうやってすぐに顔に思ったことが出るのもおやめなさい、みっともないですわ。


あと、人見知りもよくありません。


それは相手の印象を悪くして、あなた自身の評価を下げることになって、巡り巡って同じパーティにいる皆さんの迷惑にもなるんですよ」


「な、なんであなたにそんなこと言われなきゃ」「お黙りなさい」



立ち上がって文句を言うと押した英里佳だが、ビシッと麗奈は額に指を当てて立ち上がらせない。



「焼け石に水、馬の耳になんとやらでしょうが、この際だから言わせてもらいます。


いいですか、今日のあなたの態度、そしてこれまでのことを見てきましたが――――」



くどくどと説教が始まるのだが、英里佳は体がまともに動かないので困惑した顔で詩織や紗々芽の方を見たのだが……



「どこを見てるんですか!」

「ひ、ひぃ!」



どうやら麗奈は一切逃がす気はないらしい。


流石にあの権幕を前に横槍を入れる勇気もないので、詩織も紗々芽も英里佳に悪いとは思いつつも見なかったことにした。



「それにしても、あんた達って、不思議と賑やかよね」


「突然何よ?」



ユキムラだけでなく、テイマーとして引き連れてきた他の迷宮生物にも焼いた肉をあげ終えたナズナが周囲を見回しながらそんなことを言ってきた。



「なんていうか、おに――……土門会長みたいに人が集まるのよな、あんたたちって」


(お兄ちゃんって言おうとしたわね)

(お兄ちゃんって言おうとしたね)



「土門会長はなんていうか、ガキ大将っていうか、学校ではみんなの中心にいたの。


特別強い力があったわけでも、特別頭が良かったわけでもなかったし、お金持ちでもなかった。


だけどいつでも人の輪の中心にいて、ああいうのってカリスマっていうのかな。


土門会長がいるところはそういう人がにぎやかに集まってるの」



ナズナはそう言いながら、今も蓮山と向かい合って肉を食べ続けている連理を見た。



「でも、あんたたちカリスマとか感じないのよね……あ、言っておくけど悪口いってるわけじゃないわよ。


普通カリスマ持ってる人の方が珍しいんだから」


「それは重々承知してるわよ。


で、何が不思議なのよ?」


「だから、そういうカリスマを持ってる奴が一人もいないのに、なんか土門会長がいる時みたいに賑やかな集団なのよ、あんたたちって」



そう言われて、なんとなく詩織も紗々芽も連理の方を一瞥した。



「賑やかなのは認めるけど、単にうるさいのがいるだけよ」


「流石に、生徒会長と比べるのは言い過ぎだと思うかな」


「ただ内輪だけで盛り上がってるだけの集団を私だって比べたりしないわよ。


だけど、あんたたちチーム天守閣ってそれだけで終わってない。


冗談抜きで、学園全体をにぎやかしてるでしょ」



そう言われて、詩織は英里佳を見て、連理を見て、最後に自分の胸に手を当てる。



「……そう、なのかしら?」


「自覚無いのね……まぁ、別にだからどうってわけでもないんだけど」



ただ思ったことを言っただけであり、それ以上追及することもないナズナは、近くにいたユキムラの頭を撫でる。



「そういえば、稲生さんはこれからもチーム竜胆に加わるの?」


「ナズナでいいわよ。私も名前で呼んだ方が気楽だし。


私は今回の臨時ってことで呼ばれただけなんだけど……まぁ、そうね。


この子の訓練も兼ねて他の南学区の生徒よりは迷宮に入る機会は多いと思うわよ。


だから週に何度かはチーム竜胆と組むことになると思うわ」


「そうなんだ、それって固定なの?」


「え? あー……どうなのかしらね、ユキムラのことを考えるといろんな人と組ませたいけど、一応機密だし……」


「そうなんだ、じゃあ私たちのパーティでも一緒に攻略ってこともできる可能性はあるんだよね?」


「え……まぁ、そうなるわね」


「もし問題なかったら考えてもらってもいい?


ナズナさんが一緒だと心強いし、歌丸くんも喜ぶと思うの」


「え……あ、えっと、そ、そうね。


まぁ、私一人で決めることでもないけど、お姉ちゃんたちと話してみるわ」



その時、詩織は見た。


ナズナには見えない角度で紗々芽がほくそ笑んでいたことを。


特に何も支払うこともなく、マーナガルムという強力な助っ人を得られるのだから心強いことこの上ないからなのだろう。




「……それにしても」



詩織はなんとなくバーベキュー会場を見回す。


肉を食べているのは、この場に集まっていた観客や準備に関わった者たちが集まっているのだが……



その中に、今まさに話が出た南学区生徒会長の柳田土門とナズナの姉である稲生牡丹はいない。


そして他にも、北学区生徒会のメンバーも、つい先ほど英里佳が診断を受けていた湊雲母までもこの場に見当たらない。



「一体何を話してるのか……」



この場に現れない者たちの存在に、一抹の不安を覚えるのであった。





『――随分とおもろいモンを見してくれておおきにな』



「別に見せようとした覚えはないんだけどね……ちゃんと通信切ったわよ」



『こっちゃん学長ん計らいんおかげどす』



目の前の衛星通信用の機器の画面に映っている長い黒髪をまとめている少女に、天藤紅羽は一切面倒くさいという感情を顔に隠さない。



「それで、西日本迷宮学園の北学区生徒会長様がいったいなんの御用かしら?


私、早く打ち上げの焼肉食べたいんだけど」


『いけずどすなぁ~


ほな単刀直入に、そちらん生徒せーと会ん持ちうる、歌丸連理ん情報を全部開示おくれやす』



相手の要求に紅羽はやっぱりか、と舌打ちをする。



「そっちの学園の要求する生徒は、歌丸くんでいいのかしら?」


『さぁ、どうどすやろかね?』



口元を袖で軽く隠しながら微笑む相手の少女に、紅羽は苛立ちを覚えつつも、あらかじめ決めていた条件を切り出す。



「じゃあ、代わりにそっちの“神吉千早妃かみよしちさき”の情報をもらえるかしら?」


『はて、どなたどすか?』


「とぼけるつもりならこの話は終わりよ。


特殊職業エクストラジョブの一つ、予言の能力を持つ、運命の女神の名を冠する“ノルン”


あなたたち西の学園が二十年前から連綿と引き継いできた虎の子の血筋


一人くらい、こっちに欲しいと思うのは当然でしょ」


『…………なるほど、個人ん名前まで掴んでおるちゅうことははったりやてへんちゅうことどすか。侮れへんどすなぁ、そちらん副会長はんも。


やっぱり歌丸連理やなくて、来道はんの方がよろしいどすかなぁ?』


「今年で最後なんだから意味ないでしょ」


の能力はそれだけ魅力的ちゅうことどす。


ドラゴンの結界を飛び越えることも400km以上の距離も跳躍しはるとは、流石どすなぁ』


「止めてあげなさいよ、今私の横で物凄く嫌そうな顔してるんだから」


『あら残念、かなんわれてしもたんえ』



わざとらしく鳴く様なジェスチャーをしているが、その眼に涙が無いのは目に見えている。



「――男のくせにめそめそしてるんじゃないわよ」



目の前の画面に映る少女――否、少女にしか見えないほど見事な女装をした男子生徒は、紅羽を不満げな顔で見る。



『今ん心はおなごどすねんやけど』


「やかましいのよ、いつまで花魁の演技してるつもり?


あんた普通に喋れるでしょうが」


『――はぁ……わかってねぇな……無粋だぜ戦乙女ブリュンヒルデ



頭の髪を掴んだかと思えば、バサリとかみが取れた。カツラだったのだ。



「あんたの下らない趣味に付き合ってられないの。


わかる?


――腹が減ってるのよ!」


『やけに機嫌悪いと思ったら、それ冗談とかじゃなくて本気だったんだな』



画面の向こうの西学区の生徒会長も紅羽の発言には思わず苦笑いだ。



「北学区の会長ってまともな奴いないのか……」



そして近くで画面には映らないような立ち位置にいた副会長の来道黒鵜らいどうくろうは頭を抱えるのである。



『まぁ、とにかくそっちの条件はわかった。


どうせ来道がこっちの学園に侵入した時点で大方はバレてるんだろうし……いいだろう、神吉千早妃の情報を開示する。


代わりに歌丸連理の情報も開示しろよ』


「いいわよ、どうせ盛大にバレちゃったし……後輩に資料まとめさせて明日中に送るわ。そっちもちゃんと送りなさいよ」


『了解した、任せとけ』



そこで通信は終了する。



「まったく、緊急回線なんかで問合せしてくるんじゃないわよ、迷惑ね」


「お前、今まで散々仕事を俺たちに投げておいてよくそんなこと言えるな……」


「文句なら私じゃなくて学長に言って」



一切悪びれる様子もない紅羽に、黒鵜はさらに大きなため息をつく。



「で、ノルンを本気でこっちの学園に引き込むのか?」


「当然よ、やるからには絶対に手に入れるわ。


予言の能力……西部がうちの学園と比べて、生徒会とかの主力を担う人材の死亡が異様なほどに少ないその理由。


その存在と歌丸くんたちが組み合わされば……凄いことになると思わない?」


「……エンペラビットのナビに、ノルンの予言。


これだけでも死亡率は格段に低く」「違うわよ」



紅羽はニヤリと、黒鵜に不敵な笑みを浮かべて言った。



「違うって……どういうことだ?」


「今日の試合見たでしょ?


物理無効スキルが人類の手に入ったのよ。


なら、あとはもう必要なものなんて一つだけでしょ」


「………………おい、まさかお前」


「そのまさかよ」



嫌な予感がして顔を引きつらせる黒鵜に、紅羽はとても楽し気にこう言った。



「ドラゴンの――学長の本体を予言で探してもらうのよ。


できれば今年中、遅くても来年、私が卒業する前に」



まるで誕生日を指折り数える子どものように、紅羽は笑顔で言い切った。



「私、学長を殺してみたくなったの!」

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