第125話 エリアボス攻略④ 発破をかけろ!



「とうとう動くな」



今まで実況席にいた北学区副会長の来道黒鵜らいどうくろうが、北学区会長である天藤紅羽てんどうくれはの隣に立つ。



「ねぇ、所感で答えて欲しいんだけど」



紅羽は質問こそすれども、その眼は結界の向こうでドラゴンスケルトンに攻撃をし続ける兎耳のベルセルクを眺める。



「私と今の榎並さん、どっちが強い?」


「……状況にもよるな」


「じゃあ、あらゆる状況を想定して、その中で勝率が高いのは?」


「な…………六・四で榎並の方が有利だろうな」


「そう……私は九・一で今のあの子の方が強いと感じてるのだけど」


「そこまでなのか?」



驚きながら紅羽を見る黒鵜


そしてよく見れば、紅羽は先ほどから自分の腕を何度もこすっていて、鳥肌が立っているのがよくわかる。



「そこまでよ。私が相打ち覚悟で挑んでようやく一ってところ。


もっとも今は力の方に振り回されていて制御できてないみたいだけど……」


「……不本意だが、あの分身を使われればこちらも相応の負傷は覚悟しなければならないな」



紅羽の隣で、食い入るように兎耳のベルセルクを眺めるのは対人戦最強の実績をもつ灰谷昇真はいたにしょうまであった。



「お前らがそこまでの評価か……大したものだな」


「ふっ……よく言う。本当はわかっているんだろ。


――殺害のリスクさえ気にしなければ、対人戦最強はお前だというのに」



昇真の言葉に、黒鵜は顔をしかめた。



「そういうのやめてくれ。


俺は武人じゃなくて本来は捜査員、もしくは事務方なんだ。


お前らみたいに戦闘特化の能力じゃないんだぞ」


「はぁ……実力と性質がここまでかみ合っていないというのも珍しい話だな。


だから相手はもちろん、自分の正確な強さも理解できないんだ」


「本当にその勘違いやめてくれ…………お前とは絶対に勝負しないからな。去年までお前に攻撃されていつもどれだけ肝が冷えたか」


「ふっ……貴様に不意打ちが通じたことなどなかっただろ」


「だーかーらー…………はぁ……まぁいいさ。


で、紅羽。本気でこのまま見学か? 学長はいつの間にか姿を消したが……」


「おそらく他の学園のドラゴンに自慢してるんじゃないかしら。


私たちの方で中継を切ったから、多分学長に直接クレームが入ったのよ。


それで今、学長独自のネットワークによる中継の準備じゃないかしら」


「ということは、隠しても無駄か……はぁ」



ドラゴンの好奇心は尋常ではない。


好奇心猫を殺す、と外国の諺であるのだが、これは猫が自滅する皮肉を意味するものである。


しかし、ドラゴンの場合の好奇心は自滅ではなく周囲に被害が及ぶので本当に始末が悪い。


その好奇心の真っただ中にいるあのドラゴンスケルトンと対峙する面々はたまったものじゃないだろう。



「この結界は学長の本気よ。


突破はできない。見てる以外に私たちにできることはないわ。


だから、もしもの時は歌丸くんだけでも救出お願いね」


「……はぁ……請け負った」



腕章に触れ、黒鵜の制服が通常時から迷宮仕様へと変化した。


そんな黒鵜を見て、昇真は小さく舌打ちをした。



「何が事務方だ。


お前の前ではどんな防御すら意味をなさないというのに」


「だから、そこまで使い勝手のいい能力じゃないんだって……」



昇真からチリチリと漏れている敵意を紅羽に壁になってもらいながら、黒鵜は必死に息を切らしながら逃げ回る一人の少年を見た。



「不思議だな」


「何が?」


「あの集団の中心にいる歌丸は強くない。


特別ではあるが、お前らみたいな英雄的な雰囲気は皆無だ。


そのくせ、あいつは榎並を筆頭に、三上や日暮……最近では苅澤もそうだし、稲生妹や、今では鬼龍院たちを含め、才能があるものたちと縁があるように思える」



黒鵜は目を細め、腕を組みながら歌丸連理を注視する。



「当然戦士でもなく、頭は悪くないが、軍師でもない。


単純な補助というには、中心に置かれ過ぎている。


かといって、場を引っ掻き回すトリックスターというのでもなく、振り回されている印象の方が強い。


何と言えばいいのだろうな、ああいうのは」


「……俺はあいつとはあまり話していないが、確かにどれもしっくりこないな。


よくわからない」



黒鵜の言葉に昇真も悩まし気な表情をする。


その一方で紅羽は少しばかり考えてからぽつりとつぶやいた。



「…………ヒロイン?」


「「…………」」



一瞬、男子二人そろってピースがハマったような感覚を覚え、同時に何故か女子制服を着ている歌丸連理を想像してしまった。


ぱっと見華奢だから、似合ってるんじゃねとか思ってしまったが即座に顔を激しく振って想像を打ち消した。



「ま、まぁどうでもいいことだ。


今は場の状況を見極めよう」


「そ、そうだな……ああ、その通りだ。


……ほぅ、配置についたようだぞ」





ドラゴンスケルトンの狙いは最初から終始一貫して歌丸連理であった。


迷宮生物など、基本的のもっとも弱い者から先に狙うというのが習性として知られており、それはドラゴンスケルトンも例外ではなかったようだ。


だが、何も知能が一切ないというわけでもない。


先ほどからその足を攻撃している榎並英里佳


ドラゴンスケルトンは彼女の一撃も警戒し始めていた。



だが、その一方で彼女も苦戦していた。



「はぁ、はぁ……!」



息をきらせながら、歌丸に向けて放たれる骨の攻撃を空中で弾く。



(体が、重い……どうして?)



普段の彼女のスペックとは比較にならないほど動く、エンペラビットのシャチホコと融合した身体


その身体能力は想像をはるかに上回るものだった。


マーナガルムすら圧倒したのがその証拠だ。


だが、学長の出現直後からどうにも体が重い。


動くには動くのだが、マーナガルムと戦ったときのようには動けないし、歌丸のスキルである万全筋肉パーフェクトマッスルでも回復しきれないほどに体が重いのだ。



「榎並英里佳!」



そんな歯がゆい英里佳のもとへとやってきたのはマーナガルムと、それにまたがる二人の少女だった。



「稲生、ナズナ……それに……鬼龍院麗奈きりゅういんれいな



先ほどの模擬戦で対峙した二人が自分のもとへとやってきた。


これはどういうことかと首を傾げる。



「一旦歌丸への援護は中断よ、あんたは私たちと一緒に詰の担当よ!」


「つ、詰?」


「連理様の援護はこちらで私が請け負います」



困惑する英里佳をよそに、マーナガルムのユキムラから降りた鬼龍院麗奈



【GROOOOOOOOO!】



歌丸への攻撃を続けながら、その前足を大きく振り上げたドラゴンスケルトンがこちらを叩き潰そうとしてきた。



「――ブレイズセラフィム!」



だが、その攻撃は炎の天使が阻む。



「鬼龍院麗奈……」



エリアボスの一撃を単独で受けきるというのは一年生ではなかなか難しいことだが、目の前の少女はそれをやってのけた。


やはり相当な実力者なのだと英里佳は再認識する。



「なんですかその体たらくは?」


「え……」


「私に対してあれだけ大口を叩いて、シャチホコ様の力まで借りておきながら無様ですわよ」



英里佳の真っ赤な目を、麗奈は一切臆せずに睨みつける。



「はっきり言います。


今日の一連の出来事で、わたくしは貴方のことがとても嫌いになりました」


「……それが、なに?」



何故今そんなことを、と疑問に思う英里佳に、麗奈は構うものかと続ける。



「あなたの考えはどこまでも自分のことばかりで、周囲のことを何も考えていない。


だけど、それでもあなたは連理様への想いだけは本物であることは私にもわかりました」


「うっ……」



少し時間がおかれて冷静になった英里佳は、あの時無我夢中で叫んでしまった内容を思い出して顔を少し赤くした。



「その想いを叫んで手に入れた力で、そのような無様を晒すことはわたくしが絶対に許しません」


「っ……」


「お兄様の作戦の要はあなたたちです、失敗は許しませんから」



そう言って、炎の天使を引き連れてドラゴンスケルトンへと立ち向かっていく麗奈


英里佳はそんな背中を見送って唇をかむ。



(そうだ……私、シャチホコにまで力を貸してもらっていて、何をしてるの……!)



自分の不甲斐なさに腹を立てつつ、その真っ赤な目に再び闘気を滾らせてドラゴンスケルトンを睨む。



「榎並英里佳、まだ戦えるわよね?」


「――当然」



即答し、ナズナの方を向く。



「詰って言ったけど、私に何をさせたいの?」


「そう複雑なことじゃないわよ。


だけどその前に一つ、確認させて」


「何?」



この現状、英里佳に求められるものはただ一つ


そして、その決定的な役割を確実なものへとするための希望


英里佳が喉から手が出るほど欲した力



「あんた今、物理無効スキルって使える?」



今、それは彼女の内に宿っているのだ。





作戦が開始されると学生証から鬼龍院蓮山からの声が聞こえてきて大体五分経過した。


相変わらず僕はドラゴンスケルトンから狙われ続けており、それを紗々芽さんの援護と、悪路羽途アクロバットなどを駆使して回避し続けている。



「――ぅ、げほ、ごほっ……!」



喉の奥が血なまぐさくなってその場に咳き込む。


そうこうする間に、再び僕の方に骨の槍が迫ってきた。



「――ふんっ!」



回避か防御かしようと思ったが、それを実行に移す前に巨大な何かがドラゴンスケルトンの攻撃を防いでくれた。



「君、たしか……ナイトの」


「――俺は壁だ、それだけ覚えておけばいい」


「か、壁くん?」


「うむ」



いや、「うむ」ってちゃんと名前あったよね君?



「何を馬鹿なこと言ってるんだ貴様は!」



そのすぐあと、ドラゴンスケルトンの顔を狙って大量の水がぶつけられた。



【GROOOO!?】



見た感じ骨が傷つく様子はないが、何故か顔への攻撃をとても嫌がっている。



「大した威力の無い魔法でも、顔を嫌がるか……やはりこれは決定的だな」


「鬼龍院蓮山」



えっと……壁くんの後から現れたのは、さきほど学生証で怒鳴ってきた鬼龍院蓮山であった。



「うるさい、気安く名前を呼ぶな歌丸連理、不愉快だ」


「な、なんだとぉ! そっちも呼んでるじゃないか!」


「黙れ。あとその場から迂闊に動くな。


お前が動くと奴も動く」


「は、はぁ?


でも動かなかったらあいつから攻撃されるじゃんか!」



とか言ってる傍から、壁くんに弾かれた骨を戻して再び同じように骨の槍を放ってきた。



「安心しろ」


「え?」


「――俺は壁だ、俺の後ろにいる者には指一本すら、触れさせんっ!!」



壁くんはそう宣言し、その両手に構えた巨大盾タワーシールドをぶんぶんと風鳴がするほどに勢いよく振り回す。


そして、ナイト状態だった詩織さんが押し負けたドラゴンスケルトンの攻撃を、まるで重みがないかのように豪快に弾いていく。



「す、すごい……!」



僕がそう感心している横で、鬼龍院蓮山は学生証に向かって叫ぶ。



「作戦開始だ。しっかり働け」


『任せろ』『偉そうッスねぇ』


「え、戒斗?」



学生証から聞こえてきてのは間違いなく戒斗の声だった。


先ほどから姿は見えないが、もしかして隠密スキルを使っているのか?



「……って、作戦? あの、そういえば僕の役割は?


なんか言ってたみたいだけど、逃げるのに必死で聞き逃したんだけど……」


「ふっ……敵の意識を完全にお前に集中させることこそ、お前の役目だ」



おい、今なんで鼻で笑った?



「……つまり?」


「動くなモンスターホイホイ」



いつぞや戒斗に言われた悪口で呼ばれた。



「え、いや、ちょっと待って?


なんかほら、あるでしょ?


僕にしかできない役割とか、なんとか……」


「ない」


「いやそんなはず……だって……ほら、ギンシャリとワサビへの指示とか!」


「お前と違って二匹とも頭が良いな、こっちが先ほど指示したとおりにすでに動いてくれているぞ」


「え?」



どういうことかと思って周囲を見回すと、なんか今までドラゴンスケルトンの視界をふさぐみたいな感じで動いていたはずの二匹のエンペラビットが、今は足元を中心に攻撃しているように見えた。



「え……二匹とも、君の指示を聞いたの?」


「ああ、エンペラビット対策として稲生が用意していた野菜を渡したら素直にな」


「おぉおぉぉぉーーーーーい!?」



主無視して他人の野菜で釣られるとか本当に物欲強いなエンペラビット!



「折角だ、馬鹿なお前にもう一度今回の作戦を説明してやる――よ!」



鬼龍院が杖を構えたかと思えば、そこから強力な風が発生し、僕たちの方に向かって放たれた骨の槍を何割か空中で弾いて見せた。



「俺たちの狙いは、奴の頭部の完全な破壊だ」


「頭部……まぁ、攻撃するのに異存はないけど、あいつ相当堅いよ。


クリアスパイダー並とまではいかないけど、再生力だってある」


「堅さに関しては心配はしてない。


少なくとも、単純に壊すだけなら最悪俺、麗奈、そして稲生のマーナガルムに榎並英里佳、三上詩織の五人で可能のはずだ。


再生力については、エンペラビットの呪いで対処可能だ」


「あ、なんだ、じゃあ楽勝じゃん」


「この阿呆が」


「なんだとぉ!」


「さっきの俺の水魔法を受けて、奴が露骨に嫌がったのを見ただろ」



ああ、そういえばそんなことしてたっけ。


なんか意味あったのか、あれ?



「それがなんだよ?」


「あれはホライゾンレインという、行動の阻害を目的としたもので攻撃力はさほどない。そんなものですらあれだけ嫌がったんだ。


奴にとって頭部への防御は最優先事項となる。


そしてドラゴンの骨を完全に破壊する攻撃を行うなら、当然それなりの溜めが必要だ。


頭部にそんな攻撃を放つとわかっていて、奴がそのままジッとしてるか?」


「な、なるほど……回避か防御はするだろうね」


「そういうことだ。


今は渉と日暮、そしてエンペラビットにはその妨害工作をさせている」


「ギンシャリとワサビに足を攻撃させてるのは回避の妨害のため?


いやでも、物理無効の攻撃手段は堅さは関係ないけど、あれだけ大きいものを壊すには時間がかかり過ぎるよ」


「本当に無知だな貴様は」


「君はいちいち僕を馬鹿にしないと会話ができないのかな?」


「骨というものは外部からの衝撃には強い構造だ」


「無視かよ」



不敵な笑みを浮かべながら続ける鬼龍院


その顔には、勝利の確信があった。



「当然だ。骨は内側から体を支えるための部位だ。それ以外の想定をしていない。


故に、内側からの攻撃ならどうだ?」


「……内側?」


「そうだ、わざわざエンペラビットたちの攻撃でチマチマ破壊することはない。


必要なのは、穴だ」





【GRRROOOOOOOOOOOOOOO!!】



ドラゴンスケルトンの槍の攻撃はすべて歌丸の方へと集中し、動きが止まっている。



「はぁ……こっちなんて眼中にないってわかっていても、流石に大迫力だな」



その足元で息をひそめているのは萩原渉であった。



「ぎゅぎゅ」

「きゅるるん」


「ん? ああ、おつかれさん、ほれ追加報酬だ」



手に持っていたニンジンを渡すと二匹のエンペラビットはまるごとそれを口の中へと入れてその場から去っていく。



「さて……おお、兎なのに仕事はしっかりしてるじゃないか」



ゆっくりと脚の方へと近づいてみると、ドラゴンスケルトンの足の骨の一部に穴が空いていた。



「さて、それじゃあ俺も本職と行くか」



そう言って、渉は学生証からとあるものを取り出した。


赤いテープが巻かれた筒であり、それに専用の機具を取り付けてからすっと穴の中へと差し込んだ。


そしてもう片方の足へと素早く移動して、同じように空いていた穴へと筒を挿入して離れる。



「――蓮山、こっちは終わったぞ」


『ご苦労。日暮の方はどうだ?』


『はぁ……とりあえず渡された分はしっかりやったッスよ。


というか、これ本当に使って大丈夫なんスか?』



学生証から聞こえてきた心配をするような声に、渉は得意げな笑みを浮かべながら返す。



「安心しろ、ちゃんと免許は持っている」


『俺は持ってないッスよ、素人に何設置させてるんスか』


「緊急事態だ、問題ない。


というわけで蓮山、こっちはいつでもいけるぞ」


『わかった、タイミングを待て』





「……あの、なんか物騒な会話してなかった?」



免許って何? 戒斗が持ってないってことは銃のことではないよね。



「苅澤、そっちの準備は終わったか?」



また無視かよ。



『うん、歌丸くんがしっかり時間を稼いでくれたからララの準備は終わったしいつでもいいよ』



紗々芽さんの準備、というとドルイドの植物を用いた魔法か?



「三上は?」


『冷却機構も、一回だけなら無理が利くわよ』


「充分だ」



あれぇー、なんか僕が必死に時間稼ぎしてる間に本当に色々と話が進んでいるぞぉー? 何この疎外感。



「――よし、最後。


稲生、榎並のほうはどうだ?」


『……一応使えるみたいよ』


「一応? 何か問題があるのか?」


『えっと、その場に歌丸連理はいる?』


「ああ、さっきから間抜け面でこっちを見てるぞ」


「おい」



この身長小学生、いちいち僕につっかかり過ぎだろ。



『歌丸連理、ちょっと学生証を榎並英里佳とだけ限定にして通話しなさい』


「え? なんで? 英里佳も学生証持ってるならこのまま会話できるよね?」



現にさっきからみんなの声も僕の学生証からも聞こえてきている。


会話は普通に問題がないはずだが……



『いいからさっさとしなさい!』


「え、えぇ……わかったよ」



なんで怒られるのだろうかと理不尽に感じつつ、僕は言われた通りの設定をし直して英里佳と通話する。



『――も、もしもし、歌丸くん?』


「英里佳、どうかしたの? もしかして怪我した?」


『そういうわけじゃないんだけど……』



なんかとても困っているのが声から伝わってくるのだが、どうしたのだろうか?





「う、うぅ……」



英里佳は非常に困惑していた。


先ほどのナズナからの質問で学生証を再確認して、自分の突然の不調の原因がわかってしまったからだ。



共存強想きょうぞんきょうそうLev.3 月兎羅月GET LUCK


スキル効果

・エンペラビットとの融合により能力値、及びスキルを継承


発動条件

・歌丸連理と共存共栄きょうぞんきょうえいLev.1 特性共有ジョイントを発動



――と、まぁここまでは問題はなかった。


なかったのだが、最後の最後に問題があった。


それは、二つ目の発動条件なのだが……



・想いを爆発させる。

 →スキル発動中、想いの熱量が下がるほど能力が下方修正される。



これである。


これこそが学長が現れた直後に起きた英里佳の不調の原因だ。


学長という英里佳にとっての仇の存在の出現によって、英里佳の燃え上がっていた歌丸への想いというか、情熱が若干萎えたのだ。


より正確に言えば、場が白ける、という表現の方が正しいだろう。


これは歌丸も英里佳も悪くなく、ただ純粋に学長という異物がこのタイミングで現れたのが一番の問題だ。



『英里佳、どうしたの?』


「う、うぅ~……」


『本当にどうしたの!?』



そしてこちらの事情を知らずに訪ねてくる歌丸と通話しながら、英里佳は自分でもどうしたらいいのかわからずに呻く。


そして思わず、近くにいたナズナの方に助けを求めるように見たのだが……



「何してんのよ、早くしなさいよ!」


「そ、そんなこと言われても……!」



状況は切羽詰まっている。


物理無効スキルを使うにしろ、使えないにしろ、現状英里佳の能力値をマーナガルムと戦ったときと同じくらいには戻しておかないといけないのだ。


そのためにはどうにか英里佳に歌丸への情熱を燃やしてもらわなけらばならないわけだが……



「ど、どうしたらいいのかわからないし……」



感情を爆発させる、といってもそんな自在にできるものではない。


それが自在にできたら、人間の感情など飾りにしかならなくなってしまうのだから。


だが、今はエリアボスを倒すためには絶対に必要なことだ。


無理を通してでも、英里佳には感情を、歌丸連理に対する情熱を再燃させてもらわなければならない。



「もうなんでもいいでしょ!」


「その何でもがわからないんだってばぁ!」


『あ、あの、さっきからどうしたの?』



歌丸そっちのけで言い争う英里佳とナズナ



「GRR……」



そんな様子を見てやれやれとマーナガルムのユキムラが人間臭くため息をつく。



「ああもう、ちょっと貸して!」


「え、あ、何?」



強引に英里佳の手から学生証を奪い、ナズナが怒鳴る。



「あんたもしっかりしなさいよ!」


『え、なんで僕が怒られるの?』


「もうとにかく全部あんたが悪いのよ!」


『なんで?!』



理不尽ここに極まれる。


歌丸は悪くはないのだが、今、ナズナは自分でもよくわからない感情の揺れに苛立っていたのだ。



「とにかくあんたが悪いんだから何とかしなさいよ!


榎並英里佳を励ましてやりなさいよ!!」


『は、はぁ? なんで?』


「そうしないと戦えないの!


何でもいいから、この子のテンション上げさせて! 早く!!」



そう怒鳴って、息を荒げながらナズナは英里佳に学生証を返した。



「え、あ、わわっ!」



学生証を落とさないようにキャッチした英里佳。



『えっと、よくわからないけどテンションあげるんだよね!


じゃあ、言うよ!』


「え、えぇ!? あの、心の準備が……!」



次の瞬間、何を言われるのかと心臓が飛び跳ねた英里佳



(も、もしかしてこんな状況で……!


いやそんなまさか、だけど、でももしかして――――!)



戸惑いながらも、歌丸の声を聞き逃さないように耳に全神経を集中し……





「この戦い終わったら、虹色大根好きなだけ食べていいぞ!!」



シャチホコと融合してるんだし、多分これでテンション上がるんじゃないかな。





――後日、この時の英里佳の顔を見ていたナズナはこう語る。



「目に見えて身にまとう気迫が変わったわ。


それこそ、ユキムラと対峙したときと同じ雰囲気になってた。


だけど……なんというか…………人間って、一瞬だけでもあんなに無表情になれるものなんだなって、背筋が凍ったわ」





――ちなみに、想いを爆発させるという条件は英里佳とは限定されていないのでスキルの効果は問題なく発動したそうだ。

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