第124話 エリアボス攻略③ すいません、いつもこうなんです。



僕、歌丸連理がドラゴンスケルトンの囮を引き受けてから十分弱くらいが経過しただろう。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!!」



胸が痛いし、脇腹が痛い。


身体はまだまだ動くが、僕の心肺機能はまだまだ一般人の域を出ていない。



『歌丸くん、大丈夫?』



胸元の学生証から聞こえてくる英里佳からの確認


今学生証は通常の通話状態ではなく、一定の範囲内にある学生証と同期して会話できる状態で、オンラインゲームとかのボイスチャットみたいな設定にしてある。



「ちょっとしんどい……けど頑張る!」



そう応えると同時に、ドラゴンスケルトンが無数の骨の槍を僕に放ってきた。



『――自動回避!』



続いて学生証から聞こえてきた紗々芽さんの声に頭が一気にクリアとなって、槍の軌跡を予測できるようになる。


回避できるものは素早く回避して、それが難しいものは右手に巻き付いているベルトに魔力を流しながら鞭のように振り回して弾く。



【GUOOOOOOOO!?】



ベルトが骨に当たった瞬間にドラゴンスケルトンが悲鳴を上げる。


英里佳の攻撃で骨にひびが入っても無反応だったのに、こうまでも比渡瀬先輩からもらった武器の効果が有効とは予想外だ。




「ぎゅう!」


「ギンシャリ!」



攻撃を回避し終えたところで、さきほど詩織さんと一緒に行動していたはずのエンペラビットのギンシャリが戻ってきた。



「連理、まだ無事ね!」



そして後からやってきたのは盾を構えた詩織さんだった。



「話はついたの!」


「ええ、鬼龍院兄に指揮を任せるわ、作戦を思いつくまでさらに時間稼ぎよ」


「え?」



詩織さんの言葉に驚きはしたが、それだけだ。


疑問などここで挟む必要などない。



「――わかった!」



他でもない、彼女が鬼龍院蓮山にこの場を任せると言ったのならば、僕もそれに従おう。



「“騎士回生Re;Knight”使うわよ」


「え…………ど、どうぞ」


「あんたまだ追い込まれてる自覚ないから使えないんだけど」


「…………ちょっと待ってください」


「早くしなさいよ」



盾を構えた詩織さんの後ろに移動する。



「――紗々芽、英里佳、ちょっと時間稼ぎお願い」


『わかった』『了解』



学生証から聞こえてきた二人の声


そしてそれに追随するかの如くギンシャリがその場から飛び出していく。



「ぎゅぎゅう!」


「きゅるう!」



途中で先ほどからドラゴンスケルトンの周囲を駆け回りながら物理無効攻撃を使っていたワサビも合流し、二匹でドラゴンスケルトンの顔に張り付いた。



【GROOOOOOOOO!!】



一応あそこで視界を確保しているらしく、二匹を鬱陶しいと言わんばかりに顔を振り回して振り落とそうとしている。


その間に僕は学生証からゼリーのパックを取り出す。


表紙に印刷されたケミカルグリーンのラベルを見ただけで舌がざらつくよな錯覚を覚えたが、今は我慢。


パキッと蓋を回して、一気に口をつけてパックを握りつぶし、中身を口の中へと流し込む。



「――うぷっ」



体が拒絶反応を起こすかの如く吐き気がこみあげてくるが、どうにかこうにか我慢して飲み込もうとする。


食べられる劇物こと“青汁グゥレィトゥ”のゼリータイプ


今にも吐き出してしまいたいと本能が必死に理性に訴えかけるが、どうにかこうにか僕はねじ伏せて、すべてを飲み込もうとする。



「なんでそれで追い込まれるのよ……美味しいじゃないそれ……」



僕の必死の形相を不満げな表情で睨んでくる詩織さん


そうこうする間に、ドラゴンスケルトンが再び僕に向かって骨の攻撃を放ってきた。



「はぁ!!」



詩織さんが盾を使ってそれらの攻撃を弾き、僕を必死に守ってくれる。



「くっ、う……!」



相手はエリアボス


その攻撃の一つ一つは弱いのだが、その数が尋常ではなく、詩織さんが対応しきれていない。


このままでは彼女が危ない。


諦めて、なるものかぁ!


――ゴクリ


喉が鳴った。


その瞬間、僕の前に立つ詩織さんの身にまとう雰囲気が変わる。



「やっぱり納得できないんだけど、それ」



そんなことを言われつつ、僕は必死にゼリーの残りを飲み込んで、空になったパック見せつけるように天に掲げた。



「完・食っ!」


「報告しなくていいわよ!


――フォートレスストライク!!」



迫ってきた骨をまるごと全部、盾を押し出すその動作のみで弾き飛ばした。



今この瞬間、詩織さんの職業ジョブが一時的に変化したのだ。



ルーンナイト



人類がいずれ到達すべき最強の職業


今、この瞬間詩織さんはその存在を体現した。



「さぁ、全力でエリアボスを抑え込むわよ!」


「うん!」



僕も囮として全力を尽くそうと考えた時、ふとあることを思い出す。




「あれ、そういえば戒斗は?」





「魔力切れたッス」



他のチーム天守閣のメンバーがそれぞれドラゴンスケルトンに応戦しているとき、日暮戒斗ひぐらしかいとはいくら引き金を引いても弾が出ない拳銃を手に持ちながらそんなことを呟いた。



「ちっ……使えねぇな」


「誰のせいッスか!


お前らとの戦いで使い切っちゃったんスよ!」


「…………俺は壁だ」


「それ言いたいだけッスよね」



現場指揮を任せられることとなった鬼龍院蓮山とナイトの谷川大樹に反論しつつも、戒斗は拳銃をしまう。


この拳銃は魔力を使って弾丸を精製して、同じく魔力で弾丸を撃ちだす仕組みとなっており、弾丸の用意が一切必要ないのだが、本人が言ったように魔力が無くなればなんにも反応がしなくなる。



「で、偉そうに現場指揮するとかいって、こっちのメンバーに現場を丸投げしたそっちは何をするつもりなんスか?」


「っ……だから、これからそれを考えるんだよ!」



一方で蓮山も戒斗の指摘に顔をしかめた。


確かに結構な大口をたたいては見せたものの、現状でドラゴンスケルトン討伐を達成できる有効な手段をパッとは思いつかない。


まず生き残る云々以前に、倒せるかどうかという大前提の方法が思いつかないのだ。


そんな中で、蓮山の幼馴染であり良き相棒の萩原渉が発言する。



「基本的に不死存在アンデットへの対処法は二つ


一つは、今あそこにいる歌丸連理が使ってるよな、対不死の属性が付与された武器による攻撃だな。


あれは不死存在の怨念みたいなのをはらって、魂を入れ物から引きはがして強制的に成仏させるものだからな。


といっても、あのドラゴンの骨についてる怨念は並じゃないし、祓いきる前に歌丸の魔力が尽きるだろうな」



今も時折ベルトを振り回して攻撃に対処している歌丸連理


攻撃を避ける際は普段よりもキレのある動きをしているのだが、かなり息苦しそうにしている。



「二つ目は魂の入れ物を完全に破壊しきること。


要するに通常の迷宮生物モンスターを相手にするときはしないようなオーバーキルをして見せることだ。


ゾンビとかならこれで倒せるんだが……あのエリアボスにはそれが難しいだろうな」



渉が遠目にドラゴンスケルトンの足を見た。


そこは榎並英里佳がレイドウェポンを使用してヒビを入れた個所だったのだが、それが見るからに小さくなっている。



「流石はドラゴンですね。


骨となっても再生力を持っているとは……恐ろしいですわ」



蓮山の妹である麗奈も、ドラゴンスケルトンの性能に気圧される麗奈



「怨念も祓えず、物理的な破壊も困難。


その状態でどうやってあのエリアボスを倒すか…………一応聞くが、大樹、何か意見あるか?」


「……俺は壁だ、守ることはできても壊すことは突進する以外に思いつかん」


「だよなぁ……」



ある意味予想通りのナイトである谷川大樹の言葉に渉はガシガシと頭をかく。



「ねぇ、あのエリアボスに弱点みたいなものってないの?」



そんな中で質問してきたのは、この場で唯一の南学区の生徒である稲生薺いなせなずなであった。



「弱点って、不死存在の弱点何てそれこそ連理の使ってる武器みたいな奴ッスよね。


……あ、あの武器を他の奴が使えばいいんじゃないッスか?」



名案とばかりに行った戒斗だが、渉は渋い表情をする。



「この場で一番魔力量が多いのは蓮山と麗奈ちゃんだが、仮に歌丸の武器を借りたとしても時間がかかるな……見た感じ、あの武器は攻撃目的で作られてない。


対不死の武器は物理的な威力が除霊の効果と比例するし……何十何百と叩いてようやく倒せるんだろうが……それまでに犠牲が出ないとは考えにくい」


「あぁ……確かにそうッスね」



再び頭を悩ませる戒斗と渉にナズナは首を横に振った。



「いや、そういうことじゃなくて……あの骨ドラゴンって、全身を隈なく破壊しなきゃ復活するものなの?


頭蓋骨を砕けばそれだけで動かなくなるってことは無いの?」



そう指摘されて、その場にいた全員が顔を見合わせる。



「……いや、でも不死存在アンデットだし、そんな生き物のルールが適応されるとは考えづらくないか?」


「なんで? あんでっと、とかって言っても元々は生物だったんでしょ?


映画とかでもゾンビって頭取れたら動かなくなるって言うじゃない」


「それはフィクションだからであって」「待て」



ナズナの意見に否定的な渉に、蓮山が待ったをかけた。



「渉、さっきのあのエリアボスの動き、変じゃなかったか?」


「変? どこがだ?」


「顔にエンペラビットが二匹張り付いたときだ」



そう言われてつい先ほどのことを思い出して、渉は首を傾げた。



「普通に邪魔だから振り落とそうとしたんじゃないのか?」


「何故邪魔と感じる?」


「それは視界をふさがれ…………っ!」



言いかけて、ふと気づいた渉は再びドラゴンスケルトンを見た。



「そうだ、やつは。にもかかわらず、エンペラビットを振り落とそうとしていた。


それはつまり、視界の邪魔になるからではなくて……奴にとって頭部は特別だからだとは考えられないか?」



蓮山は目をぎらつかせて、物陰から今も咆哮をあげながら暴れまわるドラゴンスケルトンを睨みつけた。



「あれだけの巨体だ。普通の不死存在とは勝手が違う可能性だってある。


通常の不死存在みたいに全身を破壊する必要はないのかもしれない。


もしかしたら、それこそ核となる入れ物を……頭部を壊せば、それだけで倒せる可能性もある」


「……だがそんな話は聞いたことがない」


「歴代のエリアボス討伐の数はそれほど多くないし、ドラゴンスケルトンは遭遇時は逃走が推奨されるからなおのこと少ない。


そもそも対不死装備なしでの討伐が行われたことはなかったはずだ。


だから骨の部位を壊す、みたいなことは考えられなかっただけかもしれない」


「それは逆を言えば、確証もないってことだぞ」


「その通りだ」


「もし失敗したら下手に魔力と体力を消耗して、全滅必至だぞ」


「ああ」


「仮に、核となる骨があったとして……それが頭部であるとは限らないぞ」



何事も万全を期す。


いつだって蓮山はそうやって正確に、必要なところに一切手を抜かずに正しく対処してきた。


人から見れば神経質と言われてもおかしくないほどに、彼は綿密に物事を推し量っていく。


それこそが蓮山の強み


一つの集団の指針を正しくさし示して、どんなことにも一切手を抜かない彼のそのひたむきさがこの集団を、チーム竜胆をつくりあげたのだ。


だがそれは同時に彼の弱みでもあり、不確定要素を受け入れなければならない現状というのは、煮え湯を飲むくらいの覚悟が必要だった。



「そうだな、だが……時には大胆に、勢いで行かなければならない時もある」



自分にそう言い聞かせるが、その顔には不安が滲む。


もしかしたら、自分が間違っているかもしれない。


渉の言った通り、その作戦で誰かが死ぬかもしれない。


それでも今こうして話し合っているうちにチーム天守閣の誰かが死ぬかもしれない。


そんな窮地の板挟みの中で、彼は必死に答えを出さなければならなかったのだ。



「すべての責任は、俺が持つ」



蓮山は学生証を取り出して、その設定を周囲にあるものと同期させる。



「チーム竜胆、鬼龍院蓮山だ」


『――作戦は思いついたかしら?』



返答したのはチーム天守閣のリーダーである三上詩織みかみしおりだった。


エリアボスと対峙しているというのに、声に余裕がある。


ルーンナイトとしての力故だろうか。



「ああ、奴を倒す算段は思いついた」


『そう、なら早く』「だがその前に確認だ」



蓮山は顔をあげて、その場にいる全員と、今この学生証の向こうで聞いている三上詩織、榎並英里佳、苅澤紗々芽、そして……歌丸連理というこの結界に閉じ込められた人間全員に確認する。



「この作戦で絶対に奴を倒せるという根拠はない。


もし失敗したら、その時は俺もお前らも全員死ぬ。


それでもやるか」



意を決して、そう訊ね、答えを――



『いいから勿体着けずにさっさと言ってくれませんかぁ!?』



――待つ前に情けない悲鳴が学生証から聞こえてきた。



『こっちね、もうね、吐きそう!!


あいつ倒せる算段あるならさっさと実行して早くお願いマジでぇ!!!!』


「う、歌丸連理!


死ぬかもしれないというのに吐きそうだから早くしろって何事だぁ!!」



自分の決意をしょっぱなからへし折りに来た通話相手に怒鳴りつける。



『いや、もうそういう言い争いとかいいから! 早く作戦を――ぉえ……!』

嘔吐えずく歌丸連理


『ちょっと、通話中に吐かないでよ』

と呆れた声の三上詩織


『歌丸くん、吐くときはちょっと物陰の方に行ってね。あと通話解除して』

と冷めた声の苅澤紗々芽


『歌丸くん大丈夫!?』

と心配そうな榎並英里佳



そんな死闘の真っただ中にいるはずの者たちの対応に、蓮山は顔を真っ赤にしてプルプルと肩を震わせる。



「お前ら……お前ら、本当…………俺が、いったいどれだけ覚悟してると思って……!!」



悲壮感すら感じさせた決意をした蓮山へのこのおざなりな対応に、見ていた者たちはみんないたたまれない気持ちにさせられる。



「ねぇ、あんたたちっていつもこうなの?」


「違うんスよ……基本的に連理が場の空気を締めさせないだけで基本みんな真面目なんスよ……」



ナズナの素朴な疑問に戒斗は申し訳なさそうに顔を背けてそう言った。



『君の作戦を……うぷぅ……信じるから!!』


「っ!」



聞きたくもない声で、一番聞きたかった言葉を言われる。


それがなんとも腹立たしくて、同時に妙な自信がわいてくるのだがさらに腹立たしい。



「お前、あとで一発殴るからな!!」


『早くしてぇ!!』



苛立ちに眉間にしわを寄せながら、蓮山は顔をあげてその場にいる全員に宣言する。



「全員学生証を同期させろ!


あの白骨をしっかり標本にしてやる!」



今ここに、前代未聞の一年生のみでのエリアボス討伐作戦が開始される。

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