第123話 エリアボス攻略② 意地がある。



突然の試合中断


そして何の前触れもなしに現れたエリアボスのドラゴンスケルトン



「な、なんでこうなるんだ……!」



物陰に隠れてドラゴンスケルトンから見つからないように息を潜めつつも、鬼龍院蓮山は自身の気持ちを吐き出さずにはいられなかった。



「おかしいだろ、今日は、この会場は、俺たちがこの学園の一年生で誰よりも凄いって証明するための場所だったはずだろ!


なのに、なんなんだよこれは!!」



入学当初、彼は輝かしい未来が約束されていたはずだった。


小中と身長という体格的なハンディキャップを負ってきたが、それでも人一倍の努力をして見返し続けてきた。


その甲斐もあって、蓮山は優等生という部類に入る存在となったのだが、陰口ではやはり“小さい”と言われ続けてきた。


それでも、中学三年、迷宮学園の入学準備のために全国に配られた学生証から自分に希少な“ウィザード”の適正が判明したとき、周りの見る目が一気に変わり、彼の尊敬は確固としたものへと変わった。


そして何より、自分のそばにいたからか、同じような努力を積んできた妹の麗奈もウィザードの適性があり、鬼龍院の兄妹は地元では知らぬ者もいないほどの有名人となった。


それだけ今の世の中は迷宮学園という存在に重きを置いているということなのだ。


小さいことなど、何も問題はない。


ただ迷宮学園で結果を出せれば、強くさえなれればそれでいい。


故に、彼は中学三年の後半から迷宮学園の入学までの間、がむしゃらに努力を続けた。


結果、入学直前までは新入生の間でも知る人ぞ知る実力者として名が挙がったほとだった。


そしていざ入学した時、彼は知った。



『新入生が人類初のエンペラビットのテイム達成!』

『入学僅か一月未満で生徒会ギルド加入者出現!』

『迷宮遭難からの奇跡の生還!』

『レイドボス奇跡の勝利の立役者!!』



学園のネットニュースでそんな風に持ち上げられ続ける一人の学生の存在を。


そのニュースサイトは大々的なものでこそなかったが、いつだって蓮山の知りたいことを知りたい目線から報道してくれる贔屓にしているサイトであった。


購読料こそかかるが、中学時代からずっと読み続けてきた、そんなサイトで一人の学生のことを取り上げられた。


特にレイドボス攻略以降は一般的に知られている新聞でも情報が出されるようになったが、その反面で、蓮山のことを取り上げてくれるところはどこにもなかった。



「おかしいだろ……こんなの、絶対におかしいだろ……!」



物陰に隠れて頭を抱える蓮山


こんなはずじゃなかった。


こんな風になる予定じゃなかった。


頭の中でそんな言葉がぐるぐると周り続ける。



「……蓮山」



そんな彼の傍らにはナイトの谷川大樹がいた。


大樹はもともと口が上手いわけでもなく、頭を抱えてうずくまる蓮山になんと言ったらいいのかわからずにただただ困惑している。



「蓮山!」



そこへ、蓮山の幼馴染であり、スカウトの萩原渉がやってきた。



「……渉」



大樹は渉のやってきてくれたことに安堵した。


大抵の攻撃なら受け止められる大樹だが、こと精神的な問題にはめっぽう弱いのである。



「おい、こんなところでうずくまってないでさっさと立て! 逃げるぞ!」


「逃げる……?」


「ああそうだ! エリアボスの相手なんて俺たちの手に負えない! 結界はたぶん上級生や先生たちが何とかしてくれるはずだから、それまでなんとか逃げ延びるんだ!」



渉の意見は決して間違いではない。


むしろ現実的で、正しい判断だ。


だが、蓮山にはその選択が堪らなく受け入れがたいものに思えた。



「…………そう、だな」



だが、思えただけにとどまる。


蓮山は決して馬鹿ではない。


故にこの状況で何が一番正しいのかもすぐにわかる。格好悪いし、情けない判断かもしれないが、それが一番賢いものであると判断できる冷静さは失っていない。


そもそも失っていたら、今こうして物陰に隠れたりもしなかっただろう。



「――何を情けないことを言っているのですか」



だがしかし、それを腹立たしいと思う気持ちを代弁する肉親がすぐそばにいた。


自分の妹であるフレアウィザードの鬼龍院麗奈が、渉に遅れてその場にやってきたのだ。



「ここはチーム天守閣の皆様と協力して、あのエリアボスに立ち向かうべきところではないのですか!」



なんとも短直的な、馬鹿げた発言だ。



「いやいや、麗奈ちゃん落ち着け。


あれはエリアボス、北学区の三年生が集団で対処する存在だ。


この場にいる俺たち全員が協力したところで結果なんてたかが知れてる」



渉は冷静に、かつ現実的な事実を述べるのだが、麗奈はそれでは収まらない。



「軟弱な!」


「いや軟弱って……」



おしとやかに見えて実は人一倍に勝気が強いのだ。だからこそ、なのだろう。


麗奈は歌丸連理という、蓮山にとって一番目障りな男にもっとも感化されている。



「今、ここであなたたちがそんな情けないことを話し合っていられるのは、誰のおかげであると思っているのですか!」



その言葉に、蓮山は顔をあげた。



「……待て、おい、まさか!」


「おい蓮山、そっちは!」



猛烈に嫌な予感がして、蓮山は物陰から飛び出した。


そこはドラゴンスケルトンの視界に入るような位置だったので渉が呼び止めたが、蓮山は無視して走る。


そして、彼は見た。



【GURRRROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!】


「ひ、ひぃい! こわっ、怖っ!?」



情けない悲鳴をあげながら、鋭くとがった骨の部位を飛ばし、時にその骨の爪を振るう巨体から必死に逃げている歌丸連理の姿を。



「…………」



その姿を見て、蓮山は最初に何を思ったのか。



「――ダサいわよね、あれ」



驚きながら振り返る蓮山


そこには、敵チームのリーダーである三上詩織と、先ほどまで大樹と共に戦った日暮戒斗がいた。



「あいつ、今ああして時間稼ぎを請け負うとか言ったけどね、いつもああなのよね。


弱い迷宮生物モンスター相手でも、子供みたいにギャーギャーわめきながら戦って、最近ようやく黙ってゴブリンとかハウンドとかと戦えるようになったのよ」


「そうッスね……やかましいことこの上ないッス」


「お前ら……なんで冷静なんだ?


あいつ、あのままじゃ死ぬぞ!」



思わずそう叫ぶ蓮山


歌丸連理はどう見ても追いつめられている。なのに、その仲間であるはずの二人は平然としている。



「死なないわよ、あいつは一人じゃないもの」


「は……?」



一体どういうことなのかと思ったその直後、ドラゴンスケルトンの身体が大きく傾いた。


見れば、右後ろ脚に太い木の根っこが絡みついていた。


しかもそれだけでなく、右前足を誰かが攻撃している。



「苅澤紗々芽と、榎並英里佳……か?」



他にも見れば、小さな影が激しく動き回っている。おそらく、歌丸連理のパートナーである他のエンペラビットだろう。



「でもあんまり時間もかけられないから単刀直入に言うわよ。


アレを倒すために、私たちに協力して」



「――待て、ふざけるのも大概にしろ」



そこへ急いでやってきた渉が、蓮山の手を引っ張って物陰へと引っ張る。



「時間を稼ぐ、の間違いだろ? 倒すとか何馬鹿なこと言ってるんだ」



普段は温和な喋り方をする渉だが、命がかかっている現状ではその声も張り詰めたものへと変わる。



「ここは北学区だ。


いずれ生徒会が助けに来てくれる。それまで待つべきだ」


「何を寝ぼけたこといってるのあんたは」


「……は?」



まるで自分がおかしいと指摘されたことに自分の耳を疑う渉だが、詩織は明確な意思を持って「お前はおかしい」と言ったのだ。



「私たちは、あのエリアボスを倒さない限りはここから出られないわよ」


「そ、そんなはずないだろ。先輩たちがこの会場の外にいるんだぞ!」


「この結界を作ったのは学長よ。


それが先輩たちの侵入を許すと思う?」


「っ……そりゃすぐには無理だろうが、でも時間をかければ」



渉の待つという選択は決して間違いではないはずだ。


少なくとも、これが迷宮内部での遭難などの事態だったら一番正しいと言える。


だが、その希望はすぐに打ち砕かれる。



「それ無理みたい」

「BOW」



その場に新たにやってきたのはマーナガルムに駆る稲生薺いなせなずなであった。



「無理って、どういうことだ?」



若干声を震わせながら訊ねる渉に気付かずにナズナはありのままに告げる。



「私、そっちのリーダーに頼まれて結界の周りをユキムラと回って破れそうな場所を探したの。


結果、ユキムラはどこも無理って言ってるわ。


そして何より、外にいる先輩たちはみんな結界の突破を諦めて静観に徹してる」


「なっ……」



ナズナのその言葉に、渉は絶句する。


それはつまり、彼の予定としていた時間稼ぎの末の救助の期待ができなくなったということだ。



「それで、私とユキムラはもう行っていい?」

「BOW」


「まだ早いわ、マーナガルムは私たちの切り札の一つなのよ、簡単に切れないわ」



ナズナは蓮山たちと違って歌丸連理たちへ加勢する来満々らしい。



「理解できた? 私たちはすでに閉じ込められたの。


あのエリアボスを倒す以外ここから生きて出る方法はない。


協力して」


「……だ、だが、まだ何か方法が」「渉」



言い淀む渉の手を蓮山が引っ張る。


そして渉の前へと出て蓮山は告げる。



「協力しよう」


「そう、なら」「ただし、一つ条件がある」



そう切り出した途端、妹の麗奈が怒る。



「お兄様、この期に及んで」「待て」



しかし、即座に大樹がそれを収める。


麗奈は熱くなっていて忘れているのだろうが、大樹は知っている。


鬼龍院蓮山は、馬鹿ではないことを。



「指揮は俺がやる」



その言葉に詩織は一瞬だけ目を見開いた。


そして隣でそれを聞いていた戒斗が顔を思いきりしかめた。



「――おいおい、何言ってんスか?


こんな時にそんな立場を主張するとか不毛なことは」「戒斗」



すぐに諫めた詩織だが、戒斗同様にその顔には疑いの念が若干ある。



「何を根拠にそんなことを言うのかしら?


別に誇示するわけじゃないけど、私たちはレイドボス討伐の経験がある。


貴方たちにはそれが無いのなら、私たちがその指揮を聞くのは合理的じゃないわよ」


「それは重々承知だが、お前に指揮ができるのか?」


「……と言うと?」


「お前は前線で戦う立場だ。


この戦闘で騎士回生Re:Knightを発動させるつもりなんだろ。


戦いながら指揮をするというのは、相当に難しい。


三年生でもやってない。


いやそもそも、前線で戦いながら指揮を発揮できるのなら、人類の歴史上で将軍と軍師が別々となることはなかった」



蓮山のその言葉に、しかめっ面だった戒斗の眉のしわが消えていく。



「あのエリアボスを倒すのなら万全な指揮が必要不可欠だ」


「……それなら、逆を言えばあなたにそれができる根拠はあるの?」


「指揮の練習ならしっかり積んできた」


「練習って、それだけじゃ」「私も保証するわよ」



そう言ったのは、ナズナだった。



「チーム竜胆の四人は、うちのユキムラを相手に戦闘訓練をし続けてきたのよ。


実戦経験はないけど、強力なモンスターの相手の経験はそっち以上のはずよ」



胸を張りながらそう答えるナズナ


そんな彼女の言葉を受け、詩織と戒斗はそんな彼女がまたがるユキムラを見る。



「GRRRR」



人智の粋を集めて生み出された魔獣マーナガルム


それを相手にずっと練習を続けてきたというのならばと、詩織は考える。



「お前らが信頼できないというのなら、それは仕方ない。


だがな……俺は、俺はなぁ……!」



ゴスっと、鈍い音がした。


肩を震わせた蓮山は何を思ったのか、自分の顔を思い切りその場でぶん殴った。


その行動に全員が驚く。



「――今の、あんな、あんなザコの歌丸連理に助けられていることに、それを受け入れてしまっている自分に、死ぬほど腹を立ててるんだよ!


目の前に自分がいるのなら、今すぐにぶっ殺してやりたいくらい、俺は今自分に腹を立てているんだ!!」



鼻からボタボタと血を流しながら、目に涙をためて、それでも彼は叫んだ。



「俺に指揮させろ!


この命に代えてでも、俺もお前らも、みんなまとめて俺が勝たせてやる!!」

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