第46話 ソ~ナンですよっ!

「は、ぁ……はぁ、はぁ、はぁ……!」



どこまで流されたのだろう?


川から岸辺の方にあがり、僕はすぐに腰を下ろす。


制服がずぶ濡れになっていることなど、特に今は気にならなかった。


とにかく今は、休みたい。



「――ほら、座ってる暇あったらさっさと薪になるもの集めるわよ。


幸い森林エリアだから枝には困らないし…………そうね、こうなったら細い枝を大量に集めましょう」



――のだが、どうにも一緒にいる方はそれを許してくれそうにない。



「……あの、なんであのタイミングで君が飛び込んできたの?」



僕たちのパーティーのリーダーである三上詩織


ラプトルによって吊り橋を破壊され、僕が川に落下した際、安全な場所にいたはずの彼女は川へと飛び込んで僕と一緒に流されたのだ。


おかげで、まともに泳げない僕も彼女の支えでここまで無事だったわけだが……



あ、ちなみにラプトルの方はもっと上流の方で川から抜け出して逃げていった。


多分だが変温動物っぽいし、体温を奪う川の中にいる僕たちを狙うのを諦めたのだろう。



「この状況であんたを一人にしたら確実に死ぬでしょ」


「まぁ、そうかもしれないけどさ……でも、三上さんまで死ぬリスクを背負うことになったんだよ?」



スカートの裾を絞って水気を取りながら、まるで気にした風もない三上さん。



「川に落ちても死ぬかもしれなかった。


犠牲は少ないに越したことはないし……リーダーが自ら危険に飛び込むのは正直、どうかと思う」


「いちいち細かい男ね……アンタみたいに考え無しじゃないのよこっちは。


とにかく薪よ、薪。地面に落ちてる古い枝集めるわよ。話はそれからよ」


「……わかった」



確かにこのままじゃ風邪をひく。


地上ならともかく、この地下迷宮で体調を壊したらそれこそ命の危機だ。


幸い、万が一に備えて僕たちは全員学生証にいろんな道具を入れている。


携帯食料に水、包帯に簡単な薬、災害時用のアルミシートなんてものもあった。学生証の偉大さを感じる一方で、三上さんから用意するように言われたことを今は心から感謝する。



薪を集め、そこに三上さんが用意していたライターで火をつける。


僕と三上さんは服を脱いで、体をアルミシートで包みながら焚火で服が乾くのを待つ。


そこでようやく三上さんは再び口を開いた。



「川が深いことはすぐに見ててわかったわ」


「……まぁ、そりゃね」


「だから少なくとも落ちてすぐに死ぬとは思わなかった。


だけど……あんた泳げないでしょ?」


「……なんでそう思うの?」


「長年引きこもっててスイスイ泳げる方がおかしいでしょ。


特にあんた体力ないし、服も来た状態であの激流に放り込んだら溺死すると思ったわ」


「………………まぁ、確かにおかげで溺れませんでしたけど」



ち、違うんだ。別に泳げないわけじゃないんだ。


ただちょっと潜水が得意なだけで、浮くのがちょっと苦手なだけだから……



「それに私は迷宮での遭難時の対応を中学時代から受けてるし、救助訓練も受けてきた。


前に榎並には確認したけど、彼女の方は戦闘訓練メインでサバイバルはともかく、救助訓練の経験は私に劣るのよ。


だからあの時私が飛び込んだ。これで納得できる?」


「…………」


「何よ、黙って?」


「それ本当にあの一瞬で考え付いたの?」


「うっ」



ですよね。それ絶対に薪拾ってる最中に考え付いた理由だよね。


あの状況下でそんな一斉に考え付くとか、マンガの世界の解説とかじゃないんだから……



「理由としては、まぁ納得できるけどさ…………あんな咄嗟にそういう選択は無理じゃない?」


「…………ああもう、うっさいわね!!」


「え、逆切れ?」


「だいたいアンタも人のこと言えないでしょ!


あの状況で日暮だけ助けるとか、自己犠牲じゃないの!」


「あの場合、何もしなかったら僕と戎斗の両方が川に落ちてたし……自己犠牲っていうか少しでもリスクを少なくしようとして……」


「シャチホコに私たちを地上に案内するように指示するとか、馬鹿じゃないの!


あんたの唯一の命綱を何手放そうとしてんのよ! あの子、基本アンタの命令に従うのにそんなこと言ったらみんなを地上に案内しないと戻ってこないでしょ!」


「ラプトルはともかく、まだ蜂がいたし、蜂に追われて迷ったら大変でしょ」


「じゃああんたはそこまで考えたっていうの!」


「そうだよ、みんなの安全が第一だ」


「ああもう……あんたは、なんでそうやっていつも自分より他人優先なのよ!」


「あの、何を怒ってるの?」


「知らないわよそんなの! なんか腹立つのよ!!」


「えぇ~……」



なんだそりゃ。


もうこっちは困惑するばっかりだよ。



「……まぁ、でもありがとう」


「は? 何よ藪から棒に」


「リーダーの立場としてあの場で君が飛び込んできたのは……正直どうかと思うけど、三上さんがいなかったら僕はどうなってたか……少なくともこうして焚火で体を温めるなんてこともできなかったと思う。


だから……ありがとう。一人じゃないっていうの、実は結構嬉しかったんだ」


「っ…………ふんっ」



そっぽ向いてしまう三上さん。


たぶん照れ隠しなのだろう。僕の言葉が不愉快だったというわけではないようだ。



「それにしても……英里佳と戎斗は大丈夫かな?」


「言った傍から他人の心配?」


「そりゃ心配するよ。


英里佳とか特に、親しい人が死ぬのトラウマになって…………………………あれ、今の僕って英里佳にとって親しい相手でいいのかな?」


「ここでそんな自分を過小評価する必要ないでしょ……」


「そ、そうだよね…………それと戎斗も。今回のことで思い詰めてないといいんだけど……」


「まぁ、原因のキラービーを連れてきたのは日暮だし…………責任は感じてるんじゃないかしら?」


「だけどここまで深刻化したのって単純に僕の体力が無かったからなわけで…………心配だなぁ……落ち込んでないといいんだけど」


「……その辺りも確かに心配だけど、まずは自分のことを心配しなさいよ。


今の私達、遭難してるのよ。まずは生き残ることを優先しなさい」





「おおう……こいつはワーストだぜぃ」



思い空気が流れる北学区の生徒会関係者のみが使用を許されているラウンジ。


そこで血相を変えて戻ってきた後輩たちの話をきいた風紀委員(笑)のリーダーを務めている金剛瑠璃こんごうるりの言葉である。



「瑠璃、自重して」


「何が?」


「栗原、諦めろ。こいつは素面しらふでふざける奴だ」


「そうだったわね」



一方、同じく風紀委員(笑)に所属する下村大地しもむらだいち栗原浩美くりはらひろみは状況の深刻さに顔をしかめる。



「……で、歌丸がまだ無事なのは確かなんだな?」


「は、はい。まだ英里佳が言うには彼の特性共有ジョイントっていうスキルが発動しているらしいので」



答えたのは苅澤紗々芽かりさわささめであった。


そして彼女が心配そうに視線を送った先には、一人俯いて膝を抱え込んでいる榎並英里佳えなみえりかと、頭を抱えて座っている日暮戎斗ひぐらしかいとがいた。



「……そうか。


今がだったならすぐに救助に行けたんだがな……」



苦い顔で下村はそう告げた。



「よりにもよって……GWと重なってしまったか」



そう、今は中間試験が終了し、明日からのGWのイベント準備のために学長が迷宮への出入りを禁止しているのだ。


少なくとも、明日までは迷宮に入れないし、仮に入れても特別期間中で全校生徒が一層からしか開始できない。


五層から第九層まで、そのすべてに生徒たちがエリアボスと呼ぶ大型の迷宮生物モンスターが配置され、それらを討伐していかないと次の層には進めないというものだ。


そして討伐には多くの生徒の参加が必要という、所謂“大規模戦闘レイド”と呼ばれるものである。


参加は自由、討伐できなくても特にペナルティもなく、討伐が成功するごとに大量のポイント、レアアイテムや貴重な資源、資材が手に入る。


そのため北と東の生徒は当然参加してくる。


さらに大量の生徒が参加するということで多くの食料が必要ともなり西と南の生徒もサポートとして参加する。


つまり迷宮学園全体のお祭り状態となる。


ただし、当然迷宮生物の強さは通常の個体とは比べ物にならず、死傷者も少なくはない。


毎年の迷宮学園の犠牲者が爆発的に増加するのが、日本のGWなのだ。



「歌丸一人なら絶望的だが、三上が一緒なら可能性はある。


あいつ、確か緊急時の対応訓練も受けていた。


討伐を急げば、何とかなるかもな」



「……せめて……迷宮に入れるようになったらすぐにはいけないんですか?」



英里佳がそう尋ねる。


彼女もわかっているのだが、それでも聞かずにはいられなかったのだろう。



「どっちにしろ討伐しない限り次の階層には行けない。


そいつが動かないのがその証拠だ」



「………きゅう」



今、歌丸連理のテイムした迷宮生物であるシャチホコがラウンジのほぼ真ん中で静かに鎮座していた。


迷宮に何か抜け穴があったのなら、シャチホコは即座に迷宮に戻って歌丸たちの元に行ったはずだ。


それをしないということは、つまり現在の迷宮に抜け穴が存在しないということだ。



「おそらくエリアボスを討伐しない限り次の階層への道が出現しない仕組みなんだろうな。


討伐は一体につき最低でも一日かかる予想だ。


GWは今回の中間試験振替休日と祝日に土日の合わせて七日間……最短でも救助できるようになるのは五日後だ」


「そんな……どうにか、もっと早く救助に向かえないんですか!」


「それは」「不可能だぜいリカちゃん」



下村に変わって答えたのは瑠璃だった。



「こういうイベントに用意される迷宮生物はみんな鬼強でさ、三年の先輩方総動員しても歴代最短でも倒すのにかかったのは5時間なんだ~


倒した直後なんてみんな疲労困憊で、とてもじゃないけど連戦なんて不可能。


討伐にかかる時間ってのは、休憩も込みなの。それ無しじゃ討伐どころか必要もなく死傷者増やしちゃうから生徒会と教師が禁止してるんだよねぇ~」


「だけどっ!」



分かっている。


英里佳は迷宮学園に来る前に多くのことを学んできた。


自分が行っていることがどれだけ無茶で愚かしいことかは自分が一番理解していた。


それでも、どうしても諦めきれなかった。



「俺のせいッス……」



小さく、今にも消えてしまいそうなほど弱々しい声だった。


それを発したのがいつも軽薄な感じの戎斗だというのだから、不謹慎ながら一種の驚きを一同は覚えた。



「俺が、キラービーを連れてきちまったから……ラプトルだけなら対処できたのに……俺が……俺のせいッス……!」



頭を抱え、肩を震わせている戎斗


その痛々しい姿に、英里佳は胸を締め付けられる。



「違う……私が……変な意地を張ったから…………私が歌丸くんを引っ張るべきだった」


「私も……せめて歌丸くんに強化を施していたら……」



そうだ。


あのトラブルは予想外ではあっても対処不可能というものではなかった。


ただ、全員のちょっとした怠慢が、こんな事態を招いた。


キラービーの巣に戎斗が気を付けていれば


歌丸を英里佳が引っ張っていれば


歌丸に紗々芽が強化を施していれば



どれかたった一つでも実行されていたならば、少なくともパーティ全員が地上に戻ってこれた可能性は格段に上がっていたはずだ。



「……迷宮攻略が順調で、慢心してたのね。迷宮ではそういうちょっとした気の緩みが大事故につながる。


正に今のように」



栗原の言葉に、三人とも何も言えなかった。


傷口に塩を塗り付けるような言葉だったが、それでもその事実をしっかり受け止めなければならなかった。



「ん~……学長のことだからイベントの中止なんて絶対しないだろうけど、学生証の連絡くらいは頼めないのかな?」


「どうだろうな……一応申請はしてみるか。


歌丸は学長のお気に入りだし、可能性はなくはないが……まぁ、かなり低いだろうな」



学生証は迷宮学園内のすべての学生証同士で通信ができるが、迷宮内ではその効果範囲が限定されてしまい、一定距離内にある学生証同士でしか通信できない。


階層での隔たりがある場合はほぼ不可能だ。


しかし、迷宮を自由に調整できる学長ならばあるいは……



「まぁ、とにかく今俺たちにできることを全力でやるぞ」





「まずは今後の方針ね」



乾いた服を来て、携帯食料で最低限の栄養補給を済ませてから三上さんはそう話題を切り出した。



「普通に脱出のため十層目指す?」


「それは当然だけど、アンタが思ってるほど簡単じゃないわよ。


本来迷宮の階層ってのは一層突破するのにとても時間がかかるの。


私たちはシャチホコのおかげでそれが半分もかからずに進められていたの」



改めてシャチホコスゲェ



「迷宮は毎日深夜0時に迷宮変性ディジェネレイトが起きる。


とはいえ、毎日起きる変性へんせいではパズルみたいに道が変化していって、完全にランダムでもなく一定のルールがあるの。


それさえわかれば、たとえ道順が変わった迷宮でも大まかな道を予測できるの」


「それは時間がかかりそうだね……迷宮は広いし、探索だけでも数日はかかりそうだ」


「そうよ。だからシャチホコは凄いの。あの子がいるだけ私たちは戦闘に集中できるんだから。


で、現状の問題はそのシャチホコがもう3時間は経っているのに私たちのところにやってこないということよ。


これはつまりどういうこと?」



ぶっちゃけ、僕はそれを宛にしていた。


僕がどうにか生き残れば、後はシャチホコが戻ってくるのを待つだけだと思っていたのだが、いつまで立っても来る気配がない。


アドバンスカードを見る限り、シャチホコは無事だ。


おそらくみんなももう地上に戻っているはずなのだが、それでもシャチホコが来ないということは……



「……今の迷宮はシャチホコでも通れない?」


「おそらくそうよ。今はもう夜の8時を過ぎた。


確か学長は今日の夕方に9層までの生徒全員がいなくなったら迷宮を明日からのイベント用に変性させるって告知していたわ。


その影響で入ってこられない可能性があるのよ」


「じゃあ、その変性が終わるのを待つってこと?」


「いいえ、たぶんそれも不可能よ。


変性が上層で止まってるのに、変更しない10層を通ってシャチホコがやってこないのがその証拠よ。


多分意図的に入ってこられないように設定されているのよ」


「どうして?」


「学長のことよ、多少無理してでイベントには何らかのやり方で生徒を参加させたがるはず。


会場は9層までなら、それ以降を空けてイベント無視して探索させる……なんてことを許すと思う?」


「あ~……」



少しばかりこれまでの学長の言動を思い出してみる。



「認めないだろうね」

「でしょうね」



やっぱ最悪だなあのドラゴン


死ねばいいのに、というか卒業までに絶対ぜってー殺す。



「つまり私たちは最悪、イベント期間が終わるまで救助を待たなくちゃならない。


もしくは、自力で迷宮を突破して10層への脱出を試みることよ」



どちらもあまり良い手段とは言えない。



「まず前者の問題は食料とか水の確保ね。私たちが持ち込んだのは3日分。


節約しても長くて6日分、1日くらい絶食すればいいかもしれないけど……そんな状態で迷宮生物との戦闘は危険よ。


そして後者の問題は迷宮生物との戦闘が多いことね。私たち二人だとどう考えても対処できない。


弱い敵とか単体ならともかく、いつもみたいに複数の敵を相手に戦う余裕はない」


「どっちをとっても厳しいね……だけど僕は後者が良いと思う」


「理由は?」


「うまくいけばGWのイベントに参加できるッ」



自信満々で理由を言ったのだが、なぜかあきれ顔をされた。何故だ?



「今そんなこと言ってる場合?」


「それはわかってるけどさ、どっちも難しいならやった後に楽しい方を選ぼうよ。


どっちもリスクはあるし、迷宮生物との戦闘も数が違うだけで避けられないのなら同じさ。


それに戦闘中に僕もスキルを覚える可能性もあるし、現状維持より助かる可能性も上がるかもしれないよ」


「……それも一理あるわね。


迷宮での救助待ちって、山とかと違って構造も変わるからあまり有効とは言えないし……それに来るのに時間がかかると分かってて待つより、上に向かって救助にかかる時間を短縮した方が賢いかもね」


「あとイベントに参加できるッ」


「あんたそればっかりね。何、楽しみにしてたの?」


「うんっ!」


「…………」



なぜか顔を手で押さえて天井を仰がれた。何故だ?



「わかったわよ。10層を目指すわよ。


ただし戦闘は極力避けるため、急がず慌てず慎重によ」


「うっす」



遭難1日目


僕たちは10層を目指す決意をした。



「とはいえもう暗くなってきたし、今日は交代で仮眠とってからね」


「うっす」



でも移動開始は2日目からだった。

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