第45話 後悔しないと言ったな、あれは嘘だ。

しとしとと雨が降っている。


僕はそんな地面に落ちていく雨粒を見ながら、中央広場の隅に設置されたカフェでつぶやいた。



「くっ、殺せ……」


「男の“くっ殺”とか誰得ッスか?」


「じゃあ死にたい……」


「既に死に体ッスけどね」



僕の誘拐自演事件からかれこれ数日


テスト期間も無事終了。


三上さんのおかげで最悪の結果だけは回避できた、とだけ言っていおく。


あとはGWゴールデンウィークを待つばかりとなったのだが……



「あれからまだ口きいてもらえないんスか?」


「……うん」



英里佳からここ最近徹底的に無視されている。


スキルを使う時一応握手はするが、必要がなくなった瞬間払うように手を離される。


ガチで傷つく。


しかも僕以外とは普通に会話しているものなのだからさらに傷つく。



「くそう……! あの時の自分を殺したい……!!」


「うーん……榎並さんも、お前があの時正常じゃなかったってのはわかってるはずなんスけどねぇ……俺としても、身内が起因してるから申し訳ないッス」



結局、東学区が行った英里佳の試験は問題なしという形で終わったのだが、流石にやり過ぎということでお叱りを受けることとなった。


一方の僕は、薬物の影響をスキルの効果で中途半端に打ち消していて、脳がまともに活動していない酔っぱらいに近い状態になっていたとのことで責任の追及はなかった。


しかし、結局僕があの悪ふざけに加担したという事実は変わりなく、英里佳をとても傷つけてしまったようで……



「ああああああああああああああああああ………………!」



ガンガンガンガンと、僕は何度も机に頭を叩きつける。


英里佳にああいうネタは絶対に駄目だろ!


お父さん死んだことトラウマになってるところに付け込むとかどんだけ外道なんだよ僕はぁ!!



「ちょ、落ち着けッス! 店の人が睨んでるッス!」


「ごめん……」


「重傷ッスね……姉貴が怒られてプギャー、とか思ってたけど流石に尾を引き過ぎッスよ」



視界が潤む中で、三人の人陰がこちらに近づいてくるのを確認した。



「何騒いでるのよ、恥ずかしいわね」


「お店の人に迷惑かけちゃ駄目だよ」



三上さんと苅澤さんがそう僕をたしなめるように言ってきて、そしてその後ろから英里佳が無言でついてきていた。



「あ、あの英里」「日暮くん」


「え……お、俺?」


「うん、そう。


えっと……日暮くん、今日はいい天気だね」


「……いや、雨降ってるッスけど?」


「……そうだね、いつ晴れるのかな?」


「さ、さぁ」


「…………」


「…………」



…………そろそろいいかな?



「あの英」「ところで日暮くん」


「な、なん……スか?」



チラチラと、こちらを気にするように戎斗が応える。



「テストはどうだった?」


「え……まぁ、今回は割と真面目に頑張ったんで問題ないッスよ?」


「そっか。私も問題はなかったよ」


「それは良かったッスね」



よし、ここは僕も会話に入って自然な感じで!



「ああ、実は僕もね」「紗々芽ちゃん、明日の授業で宿題とか出てたっけ?」


「えっと……その、テスト終わった直後だから特には出てなかったはずだよ?」


「ああ、そうだった……でも、テストの後の復習は大事だよね」


「う、うん……復習は大事、だよ……ね」



苦笑いを通り越して顔の表情が引きつっている苅澤さんが同情的な眼でこちらを見ているが、それ以上は何もしない。


いや、わかっているんだ。


僕が悪いことくらいはわかってる。



「あの」「三上さん、早く迷宮に行こう。私先に本拠地ベースに行ってるから」



取り着く島もなく、足早にカフェを出て行って広場にある階段の方へと向かっていく英里佳。


徹底的に声を掛けることも拒否されてしまう。



「こふっ」



なんか今ならストレスで血でも吐けそうだ。


気付けば足に力が入らなくてその場で床に手を着いていた。



「……流石に自業自得とはいえ、ここまでくると哀れね」


「なんか本当に身内が申し訳ないッス」


「ううん、聞いたらあの筋書きって歌丸くん主導みたいだし、日暮くんが責任感じることないんじゃないかな?」


「がはっ」



脚どころか手にも力が入らなくなって床に突っ伏してしまう。


なんか、苅澤さんの言葉の端々に棘があってさ、それが物凄く胸に刺さる。



「“意識覚醒アウェアー”の意外な弱点ね……」


「……まぁ、確かに。それで僕なりに考えたんだけど……ベルセルクのスキルに含まれるデメリットについて完全に解決できたわけじゃないんだよね。


英里佳って狂狼変化ルー・ガルー中は常時“意識覚醒”が発動してるけど、そこからさらにスキルを重ねると僕みたいに混乱する危険があるはずなんだ。


今までは重ねるようなスキルが無いから気付かなかったけど、今後はスキルを覚えていくと危ないかもしれない。


三上さん、悪いんだけど今後に備えてそのこと伝えといてくれない?」


「……まぁ、それとなく伝えとくわ」


「ありがとう」



今の僕じゃ話を聞いてもらえないからね……危険はできるだけ除去しておきたいし……



「必要ないと思ってたけど、意識覚醒を強化するためにポイント使うことも考えた方がいいかもな……」


「英里佳ちゃんのこと、しっかり考えてるんだね」



なぜか感心した様子で僕のことを見る苅澤さん。



「そりゃ、僕は彼女の目的に協力するって言ったし……僕もそうしたいと思ってる。


嫌われてしまったのは、まぁ……自業自得だから仕方ないけど、ガチでへこむけど……英里佳と一緒に頑張っていきたいって気持ちは今も変わらないつもりだよ」


「……そっか」



まぁ、結局話をきいてもらえないからどうしようもないんですけどね……



「……流石にそろそろまずいよね」



なんかか苅澤さんがつぶやいていたけど、この時僕はその言葉が耳には届かなかった。





森林エリアの特徴として挙げられるのは、まず序盤は虫っぽい迷宮生物モンスターが多いことだろう。


蟻は大きさにもよるが僕でも勝てる程度なのだが、蜂はウザい。


何というか、僕たち全員、魔法による攻撃手段を持ってないから広範囲への攻撃はできない。


蜂系の迷宮生物には武器に火炎放射器とか持ってくれば楽に対応はできるのだが、高価な上に、森林エリアで使う場合は火事の恐れがあるので消火剤の準備もしなくてはと他にも金がかかる。


そんな財政的な余裕はないので、蜂はできるだけ避けて進むようにしている。


故に、シャチホコを先頭に森林エリアである第13層を進んでいたときのことだ。



「きゅう」



不意に、シャチホコが足を止めた。


何か異変を察知したのだろう。



「歌丸」


「了解、聴覚共有」



シャチホコの聞いている音を僕も聞こえるようにして周囲の状況を探る。



――GAAAAA……



「……この鳴き声」


「きゅう……」



僕とシャチホコは顔を見合わせて頷きあう。


間違いない。



「前方の林の奥にラプトルがいる」



僕の言葉に、全員が身構えた。



最弱の竜種型の迷宮生物


しかし、竜種であることは伊達ではなくその鱗の固さは鉄の刃を弾く。



あの手ごわさは今でも忘れない。



十層以降で出てくるのは知っていたが、まさかもう出てくるとは……



「どうする?」



この集団のリーダーである三上さんに指示を仰ぐ。



「数は?」


「鳴き声は一匹分。だけど足音まで聞かないと正確な数は判断はできないかな。


ラプトルって基本集団で行動するみたいだし……もっといるかも」


「そう……一匹だけなら討伐は可能のはずね」



三上さんのタンク、英里佳のアタッカー、そして性能を向上させる苅澤さんとそのフォローに回る戎斗、最後に僕……というよりシャチホコの物理無効攻撃があれば一匹なら仕留められるはずだ。



「この階層に出てくるのは珍しいし……活動が活発になる夏だから、活動域はもっと奥のはずよ。


だから多分、群れからはぐれてる可能性が高いわね。ラプトルと戦える機会なんてそうそうないし、数を確認して単独なら討伐に挑みましょう。


日暮、偵察頼める?」


「了解ッス。“ハイディング”」



エージェントやシーフ系の職業の者が持っている隠密スキル。


姿が周囲から見えづらくなるというもので、今の戎斗の姿は風景と同化し、よく遠目ではよく目を凝らさないとその存在に気づけない状態となった。


要は魔法の迷彩服ってわけだ。



「それじゃあちょっと行ってくるッス」



戎斗はそのまま先行して、残った僕たちは周囲の警戒に当たる。



「そういえば歌丸、アンタ今ポイントどれくらい余裕があるの?」


「あー……僕個人はそうでもないんだけど……」


「何よ、歯切れが悪いわね」


「いや、僕もシャチホコも覚えようとするスキルってかなりポイント使うから、溜まるまで時間がかかるだろうなって思って確認怠ってたんだけど……実はシャチホコのポイントが500くらい溜まってた」


「…………はぁ!?」


「ちょ、声大きいよッ」


「!」



すぐさま口を押えて周囲を見回す。


今の声で迷宮生物が近づいてきたということは無さそうだ。


そして僕の発言に大きな衝撃を受けたのは三上さんだけでなく、その場にいた全員の視線が僕とシャチホコに向いた。



「どういうことよ……シャチホコになんでそんなにポイントが……?」


「僕も不思議だったんだけど…………多分学長じゃないかな?」


「どうしてそこで学長が…………あ」



そこで三上さんも気が付いたようだ。


そう、学長はドラゴン。人類が最初に遭遇した最強のなのだ。



「僕たち生徒やテイムした迷宮生物は他の迷宮生物を倒すことでスキルや能力値を向上させられるポイントを獲得でき、時には格上の敵と戦った時は倒さなくても攻撃するだけでポイントを獲得できることがある。


現に、シャチホコはラプトルに攻撃した分のポイントを手に入れたこともあったからね。


つまり、絶対強者であるドラゴンに対して、シャチホコの物理無効攻撃が決まったことで、その結果として、シャチホコはポイントを獲得できたみたいなんだ」


「……確かに冷静に考えるとそうよね。予想外だけど、とても良いわ。


テイムした迷宮生物とのポイントってその生徒とも共有できるし、これであんたも現状好きなスキルを覚え放題じゃない。


アンタの新しいユニークスキルとか発現してたりする?」


「そっちはまだかな。


現段階だと今のスキルで対処しきれない事態も起きてないし」



スキルを発現させるスキル“適応する人類ホモ・アデクェイション”は環境の適応と周囲からの干渉や他者のスキルの模倣を行うものだ。


しかしどうにも条件がシビアなのか、いまだに“共存共栄きょうぞんきょうえい”以外のユニークスキルは覚えていない。


ユニークスキル自体、一生に一つ覚えられるだけでも奇跡的な物らしいのだが、僕の場合は例外的にそれを複数覚えられる可能性があるのだ。



「出来れば“竜殺しドラゴンキラー”みたいな効果のものを覚えられるといいんだけどね」


「っ」



僕の何気ないつぶやきに英里佳が反応を示した。


しかしすぐにそっぽを向いて周囲の警戒に当たる。



「それは流石に高望みし過ぎよ。ユニークスキルは同じものはないのよ?」


「それはわかってるけどさ……単に同じものを覚えた人がいないってだけの話でしょ?


ユニークスキルって呼び出したのは普通に生徒たちであって、学長とかは特に何も言ってないみたいだし……実は同じスキルを覚えることも不可能じゃないと思うんだ」


「どうかしらね……まぁ、でも確かにあんたのスキルなら、似たようなものを発現させられる可能性はあるわよね」


「それもいいね。


僕のスキルでみんなにその能力を共有できれば、ドラゴンにも有効な攻撃手段になる」



ドラゴンを倒す。


それはきっと、誰もが夢物語だと笑うかもしれないけど、僕は思う。


不可能じゃない。


少なくとも、僕があきらめない限り、彼女があきらめない限り、絶対に不可能じゃない。



――ブブブブブブブブブッ!



「んっ?」「きゅ?」



先ほど戎斗が奔っていった方向から、妙な音が聞こえてきた。


何だと思ってそちらを見ると、足音まで聞こえてくる。



「なんか来る。


戎斗と…………多分ラプトル一匹!」


「は? あの馬鹿、見てくるだけでいいって言ったのになに引き連れて来てるのよ……」



呆れ気味に、しかし余裕のある表情で武器を構えた。



「昔なら逃げるしかなかったけど、今の私達なら倒せない敵じゃないわ」


「うん、頑張ろうね」



三上さんも苅澤さんもやる気っぽい。


英里佳も、無言ではあるけど目に闘志を燃やしつつ、武器のナイフを構えた。



「あの、だけど……」


「なによ? あんたに心配されるほど落ちぶれちゃいないわよ」


「いや、そうじゃなくて……なんか他にも妙な音が聞こえて来て……」


「は?」


「なんか…………羽音っぽいのが聞こえてくるんだよねぇ」



事ここに至って、なんとなく想像がついた。


今からこちらに何が近づいてくるのか。



「ひいいいいぃいぃぃいぃぃーーーーーーー!!」



見えたのは、迷彩もへったくれもなく、ただただ全力疾走してくる戎斗


自分でも言っていたが、大したスピードである。


そして……その背後を追うのは……



「GYAOOOOOOOOO!!」



一匹のラプトル


まぁ、知ってた。


そしてそれと一緒に……



――ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ!!!!



大量の、景色が黒く塗りつぶされたかのように見える蜂の大群



「あ、の大馬鹿! 逃げるわよ!!」



三上さんの指示が下ると同時に、僕たちは一斉にその場から逃げ出す。


そうだよね、蜂は一匹一匹は弱くても流石にあの大群の相手は無理だ。


そうでなくともラプトル一匹相手するのが精いっぱいなのに、あんなの対処してたら絶対に死ぬ!



「あ、ちょ、おいていかないで欲しいッスぅ!!」


「この馬鹿! なんでキラービーまで連れてくるのよ!!」


「うっかり、うっかり巣のある木にぶつかっちまったんッス! 助けてッス!!」


「黙って走りなさい!!」



全力疾走中にそんなやりとりができる三上さんと戎斗の体力は尊敬する。


僕はこの迷宮学園の生活のおかげで体力は人並みにはなったが、そんな余裕はない。



「きゅ! きゅきゅう!」



みんなの先を行くシャチホコが、急かす様に何度も振り返ってくる。


この状況で、言われなくても先に進むべきだと判断したのだろう。



「はぁ! はぁ、はぁ!!」



全力で走っているんだけど、やっぱり僕だけ徐々に引き離されていく。


苅澤さんは咄嗟に筋力強化フィジカルアップを自分にかけたみたいだけど僕の方は素の状態だから当然出遅れる。


そうこうしている内に、とうとう戎斗が僕に追いついた。



「連理、マジ走るッス! あれは流石にヤバいッス!!」


「わ、わか――って、う……はぁ! けど、っ!」


「ああもう、転ばないようにするッスよ!!」



戎斗が僕の手を引っ張りながら走り出す。


先ほど以上に前にグングンと進んでいくが、足が縺れそうで僕は気が気でなかった。



「きゅう!!」



シャチホコが突如道を変え、林の中に突っ込んだ。



「行くわよ!」



全員がそちらに突っ込む。


本来林の中に入るのは危険なことだが、今はそんなことを考えている場合じゃない。


そしてそちらに走っていくと、人工物が見えた。



「つ、吊り橋っ!?」



木の板とロープで作られた吊り橋がそこにあり、下にはゴウゴウと勢いよく水が流れている川があった。


川があったのは知ってたけど、橋まであるとか何でもありだなこの迷宮


ともかく、シャチホコは我先にと吊り橋を渡っていった。



「急いで渡るわよ! あのサイズなら少なくともラプトルは渡れない!」



そういって全力で橋を渡っていく三上さん。


それに続くように苅澤さんと英里佳がわたっていき、後は僕と戎斗だけだが……



「歌丸、ひとまず頑張れっス!」



そう声を掛けてくれる戎斗だが、僕は呼吸が苦しくてもうそれどころじゃない。


ギシギシと、踏む度に嫌な音がする吊り橋


それでもどうにか半分を超え、もう少しでわたり切れるというところで……



「GYAOOOOOOOOOOOOOOO!!」



ラプトルが来た。


ラプトルの巨体を支え切れるほど、この橋は丈夫だとは思えない。


なのに奴はそんなことお構いなしと、それもなぜか大ジャンプしながら橋に着地した!



「GAOAA!!??」



案の定、ラプトルの着地した衝撃に橋が耐え切れず、底板が抜ける。


ラプトルは脚が抜けた底板にハマる形で動かなくなる。



「よっしゃ、ラッキーっス!」



ラプトルの動きが止まった。


後はこちらに迫ってくる蜂をどうにかできれば幸いだが、森の中を抜けたことですこし勢いが落ちたようだ。


これでどうにか僕たちは無事に橋を渡り切れる。


そう思って振り返った時だ。



「GYAAAAAAAAAAAAAAA!!」



ラプトルがハマった足を抜けさせようとして、その鋭い爪の生えた手を矢鱈滅多やたらめったに振り回し、その爪がロープに当たったのだ。



「戎斗!!」


「え、ちょ――!」



岸に着くまでもう少し。


だけど僕の手を引いていては間に合わない。


だから僕は咄嗟に、足に力を入れて今出せる全力で戎斗の背中に体当たりする形で彼を押した。


それとほぼ同じタイミングで、足場が無くなる。


視点が徐々に下へ下へと落ちていく。


その一瞬で、戎斗が転びながらもギリギリで向こう側に上半身だけでも飛び込んで、それを英里佳が驚愕の表情で引っ張っているのが見えた。


よかった、あれなら落ちることはない。



「シャチホコ! みんなを地上に!!」



僕はただ精一杯にそう叫ぶ。


手足をもがいてもただむなしく空を切るだけで何にもならない。


それでもせめてそれだけは伝えなければと思って叫んだのだ。



「――歌丸くんっ!!!!」



誰かが叫んだような気がしたが、それは誰だったのか?


僕はそれを確認する前に、その身を流れる水の中へと晒していったのであった。

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