第268話 君の瞳に恋してた。



「凄かった」



ライブが終わって、本当に感想を聞きに来たMIYABIに、英里佳が最初に言った言葉だ。


その表情には嫌味など一切無く、表情は薄めであるがその顔は感動でやや上気していた。



「ふふっ、でしょ」



さも当然と言わんばかりに胸を張るMIYABI


そんな彼女が、僕にはいつも以上に眩しく見えた。



「歌丸くんもどうだった?」


「凄く……こう……心に響いた感じです。上手く言えないですけど、とにかく感動しました」


「ふっふー、そっかそっか」



僕たちの二人の言葉を聞いて満足げに頷くMIYABI



「よーし! じゃあ、明日の終業式の後もライブあるし、私は一足先に帰るねー」



すぐに来てすぐに去る。


そんな風のようなMIYABIに僕も英里佳も呆然と見送る。



「あー……二人とも、良かったらこれ、使ってくれ」



MIYABIと交代で部屋に入ってきた小橋副会長が、僕に何やらお洒落な封筒を渡してきた。



「これ……なんか見覚えがありますね」



封筒に刻印されたロゴに見覚えがあった。



「以前、学園で初めて会ったときチーム天守閣に会った時にディナーを用意しただろ。


これはそのレストランの本店のチケットだ。


プレミアムチケットで、今からでも用意できているが……どうする?


ちなみに学園の方のレストランでは使えないから、今日を逃すと二度と使えないぞ」



ライブ中に何かつまみながら見るつもりだったのに、結局見入っていて何も食べてないので空腹だ。


今の時間は……まだ7時少し過ぎたくらいか。


いやでも、英里佳の意見も聞いてから――



「いきます、是非お願いします」



考えている間に、何故か英里佳が食い気味にそんなことを言いだした。


英里佳は結構ストイックで、食事についてはあまり頓着しない。


前に学園の方で食べた時だって、ドラゴンの紆余曲折があったとはいえ途中で帰っちゃったのに……どうしたんだろ、急に?


そんな疑問を抱きながらも、僕と英里佳は小橋副会長に手配してもらったハイヤーに乗り込んでレストランに向かう。


此方も学園に会ったレストランと同じようにレンタルで衣装を手配してもらえた。



「へぇ……」



レストランがあるのは、東京の夜景が一望できる高層ビルの最上階


景色含めて高級という感じか。


学園のレストランも同じように高い場所にあったけど……あっちよりも遠くの光が良く見える。



「それにしても……貸し切り状態とは凄いな」



このフロアにいるのは僕だけ。


英里佳は今貸衣装に着替え中。


席には座らず、窓際で夜景を眺める。



「あっちが学園かな」



かなり遠くで全く見えないが、光っているのはわかる。


あと数時間で勝手にここから転移で移動してしまうんだから、不思議な気分だ。



「……連理くん」



名前を呼ばれて振り返る。



「英里佳」



以前にも正装した英里佳の姿を見た。


その時は、最悪なことにドラゴンがその場にいたのでドレスについて言及することが出来なかったが……



「……そのワンピース、前に来てたのと同じ?」


「う、うん……その……紗々芽ちゃんと詩織が……私にはこれが一番いいって。


他にもあったけど、私……他のはよくわからなかったから」



どこか申し訳なさそうな表情をする英里佳だったが、僕は素直に思ったことを口にする。



「うん、僕もすごく似合ってると思う」


「そ、そう? それならよかった……」


「綺麗だ」


「え」


「凄く綺麗だよ」


「っ……!」



……ポロっと口から恥ずかしいセリフが出たが、まぁ、そう思ってしまったのだから仕方がない。



「……連理くんも、そのカッコいい、よ」


「ありがと。


前はちょっと着られてる感あったけど……今は少しマシかな。


少しは体格も良くなったし」



僕の方も、実を言うと前に来た時のものとほぼ同じデザインのタキシードだ。


僕と英里佳は並んで東京の夜景を眺める。



「なんか、今更ながら遠くに来たなって感じる。おかしいよね、まだ迷宮学園に入って数カ月しか経ってないのに」


「うん……私も同じこと思ってた。


こんな風に、連理くんたちと一緒にいられて……本当に、夢みたい」


「……伊都さんとは、ちゃんと話せた?」


「うん、おかげさまで。ありがとう」


「僕は別にその件に関しては何もしてないけど……」


「ううん、連理君がいたから……私はお母さんとちゃんと向き合えた。だから、ありがとう」


「……そっか」



お互いに微笑み合いながら、再び夜景を眺める。



「本当、色んなことあったよね……英里佳が急に教室で拳銃撃ったり」


「……それは……あの、ごめんなさい。あの時、連理君そのせいで吐いちゃったんだよね」


「あー……そういえば僕のゲロ丸呼びもあれがきっかけだったかな。


まぁ……怪我の功名だよ。あれがなかったら、多分僕は英里佳と接点が持てなかっただろうし」


「シャチホコにいきなりボコボコにされた時は何だこの人って思ったけど」


「ギ、ギリ勝ったよ?」


「うん、そうだね。シャチホコを殺せなくて、結局見逃しちゃって……ああ、この人は迷宮学園に向いてないなって思ったんだけど」


「……あの時は生き物を殺したことが無かったし……今思うと完全にエゴだよね。


ゴブリンとかは殺せるとか思ってたのに、見た目が可愛いだけで殺せないとか……」


「エゴとかじゃないと思うよ。


連理くんは、あの時シャチホコに敵意がないって、そう思ったから見逃したんだろうし……まぁ、あの時は本当に甘いなって思ったけど。


でも、そのおかげで今の私たちが集まるきっかけになった」


「英里佳と一緒にシャチホコと仲間になって、シャチホコのおかげで詩織さんや紗々芽さんと仲間になって、そして英里佳と仲間になれて……」


「そう言えば、日暮くんって最初は連理くんに突っかかってたよね」


「あったあった。


あの時の戒斗ってシーフなのに迷子になるってことで周囲からはぶられてたんだっけ。今じゃ考えられないよね」


「シャチホコのおかげで私たち、迷子とは無縁だったもんね。


でも……それで今の私たちにつながった」


「だね。


……ああ、そう言えば五人揃って一番最初の任務でMIYABIと出会ったんだっけね」


「あの時、私たちはあの人のこと知らなかったもんね」


「うん、実際に歌を聞いた後だと、本当にどうしてしなかったんだって自分でも不思議に思えちゃうよ」


「まぁ……やってたことは色々とアレだったけど」


「……まさかトップアイドルが女子のパンツを観察してるなんて思わないよね」



思わず苦笑いがこぼれる。


あの歌を聞いた後だと本当に、落差が酷い。



「……そのあとレストランのチケット貰って、けどあのドラゴンのせいで台無しに…………ん?」



僕はそこまで思い出してふと気が付く。



「英里佳、もしかしてこのレストランのチケット受け取ったのって僕のため?」


「……えっと……その……前、折角のディナー、私のせいで連理くん食べられなかったし」


「別に気にしてないのに」


「だけど……連理くん、あの時楽しみにしてたから」


「え……そう?」


「うん、小橋副会長からディナーを用意するって言われたときにそわそわしてたもん」


「うーん……否定できない」



正直、今だってこれから出てくる食事にちょっとワクワクしてるんだから。



「でもさ、あの時は本当にディナーのことはどうでもよくなってたんだよ」


「え」


「言ったじゃん。英里佳のことの方がずっと大事なんだよ、僕は。


君に出会ったときからずっと」


「っ……」



英里佳の顔に少しだけ朱くなる。


我ながら、なんともくさいセリフを言ったものだが、これが本心であることも変わらない。



「僕は、英里佳を好きになって、こうして一緒にいてもっと好きになった。


今はあの時よりも君のことが好きだ。英里佳のためにできることならなんでもしてあげたい。そう思ってる」


「……ありがとう。


私も……連理君のために、色んな事してあげたい。私にできることなんて……大したことは無いけど……それでも、連理君のこと、もっと幸せにしたい。幸せになって欲しい」


「だったら、簡単だよ」



今こうして一緒にいる今だから、ちゃんと気持ちを伝えない。



「僕たちはお互いに幸せになって欲しい。それがお互いにとって幸せだって思う。


なら、一緒に楽しもう。英里佳だけじゃなく、僕だけでもなく……僕たち二人が一緒に幸せになろう。


それが絶対、一番僕たちの幸せなことなんだから」


「…………はいっ」



気が付いた時には僕は英里佳の手を握っていて、夜景ではなくお互いの顔を見合わせていた。



「好きだよ、英里佳」


「私も……連理君が、好き」



自然と口に出た想いに、英里佳が微笑んでくれる。


それがたまらなく嬉しかった。


そして、お互いに距離がさらに近づいていき……



――ぐぅ~



……鳴ったのは僕の腹だった。



「ご、ごめん……」


「……ふふっ」



よりにもよってこのタイミングで空腹を主張するのかよ僕の腹



「いいよ、別に。ご飯食べに来たんだから、当たり前だよ」


「……なんか、僕って要所要所で締まらないな」


「そんなことはな…………くはないのかな?」



否定してくれないのか……



「でも、そういう連理君は好きだよ。


そう言う時の連理君はいつも元気な時だもん」


「そうじゃない時は締まってるってこと?」


「……大抵が大怪我してるかな」


「あー……」



言われてみれば、なんかそんな感じがする。


僕個人の活躍って、僕の怪我の具合に比例する呪いでもかけられているのだろうか?



「だから、連理君は無理にカッコつけない方がいいと思う。


ううん、むしろカッコ悪いくらいがいい」


「心配してもらえるのは嬉しいけど、そのリクエストはちょっと内心複雑」


「でも……実際のところはそうならないよね、連理君っていつも危ないことしてるし」


「だから僕は、別に好きで危険な目に遭ってるわけじゃないんだよ、本当に……なんかもう、この体育祭の期間中だけで散々言われた気がする」


「……神吉千早妃が一番その辺り危惧してたもんね」


「確かにね……


一応夏休み中にこっちの学園来るみたいだけど……」


「……はぁーーーーーーーーーーーー」


「わぁ、凄い嫌そう」


「うん、凄い嫌」


「わぁ、素直」


「今はそんなことより、食事を楽しもう」



用意されたテーブルの方へと向かう英里佳


僕も対面の椅子に座り、テーブルの上に置いてある小さい呼び出しのベルを鳴らす。


それを合図に、待機していたボーイが料理を運んできた。


コース内容は事前に説明を受けており、順次運んでもらうのではなく、こちら呼んだ時にだけ来てもらうようにしており、テーブルマナーとか気にせえず気楽に食事を楽しめる。



「じゃあ、食べよっか」


「うん」



英里佳と一緒にディナーを楽しむ。


自然とこの数カ月の思い出話をして、あの時はこうだった、ああしてればよかった、とかそんな他愛のない話が続く。


……この時間がずっと続けばいい。


そんな気分にもなる。





高層ビルの最上階に位置するレストラン


それを、はるか遠くから見つめる存在がいた。



【虚ロハ、未ダ満タサレズ】


「――しつこいですよ」



周囲からぼやけた影のような存在、その目の前に現れたのは、スーツを身にまとったドラゴンだった。


東部迷宮の学長が、そこにいた。


普段の飄々とした態度とは異なり、淡々と、つまらなそうに事務的な口調で語る。



「歌丸連理はもはやあなた方とは一切無縁の存在。


その真価に今更気付いたからといってちょっかいを出す等……無粋の極み


そんなだからあなた方は敗北したのですよ」


【…………】



一方でぼやけた存在は言葉こそ発しないが、強烈な敵意をドラゴンに対して向ける。



「私は別にそちらを淘汰する意思はありません。


あなた方が今からでも考えを改めるのならば、共存する道を用意できますよ」


【――汚ラワシイ口ヲ開クナ】


「その汚らわしい存在の力を借りなければ何もできない分際でよくほざきますね」



ドラゴンにしては珍しい、明確な敵意がその眼に宿る。


自分を殺そうとする榎並英里佳にですら、見せたことが無い敵意だ。


周囲の空気が重くなり、運悪く近くを飛行していた渡り鳥がバタバタと地に落ちていく。


それはぼやけた方からも発せられ、お互いの圧力がぶつかり合って大気が振動する。



「――どちらにしろ、あなた方はすでに“彼本来の力”を奪いさって捨てたのだから、その所有権は無い」


【否。虚ロナ者ハ、我ラガ使ウ事コソ誉レトナロウ】


「愚かな。あの力を見て未だに本質に気付けないのですか。


あれは歌丸連理の……歌丸連理だけの力。


彼から与えることはできても、彼から奪うことはできない人間の力です。


そして証明されることでしょう。


人類にはもはや、あなた方が不要な存在であるのだと」



そこまで言い切る頃には、ぼやけた存在の気配が完全にその場から消えた。


残ったのはドラゴンのみ。



「……まったく来年までは大人しくしてると思ったら……」



そう独り言ちながら、ドラゴンは先ほどまでぼやけた存在が視線を向けていた方向――楽しそうに英里佳と食事をしている連理の姿を捉える。



「私が何もしなくても、勝手に渦中据え置かれるのですから……本当に君は目が離せないですね、歌丸くん」

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