幕間 夏休み、進路指導と女子力とシャチホコと、犯罪組織のetc.

第269話 進路指導は人生相談ではない。その①



体育祭が終了した翌日、午前中は夏休みに入ることを告げる一学期の修了式が取り行われる。


こちらは学園に多く残っていた教師陣たちが手配してくれていたので生徒会関係では何もすることはない。


生徒会の活動については、明日から本格的に役割分担をして開始するとなっており、今日はお休みということなのだが……



「……なんで僕たちはここにいるんだろ?」


「聞いてなかったのか馬鹿が」



いつもの様に喧嘩腰の鬼龍院蓮山きりゅういんれんざんが僕の隣の席で夏休み中に解いておくようにと出された課題を解いている。



「聞いてたよ、ちゃんと。


でもさ、今更進路指導とか本当に必要なのかって疑問なんだよね」



現在、僕たちチーム天守閣と、そして鬼龍院がリーダーのチーム竜胆の二つのチームが一つの教室で待機していた。


これから一人一人順番に進路指導を受けることとなっている。


本来なら夏休みが終わってからの予定なのだが、僕たちは一足先に受ける運びとなった。


なんでも、夏休みが終わってから一年生も本格的に迷宮攻略が本番となるので、生徒会関係者である僕たちはさらに忙しくなるだろうから、ということだ。



「――歌丸、まずはお前からだ」


「あ、はい」



まぁ、この面子なら五十音順で僕が最初か。





「失礼します」



歌丸連理が部屋に入ってくる。


それを待っていた担任の武中幸人はこれまでの彼の活動をまとめられた資料を取り出す。




「座ってくれ。お前はここに来るの二回目だったな」


「そうですね、あの時は色々とご迷惑をおかけしました」


「そうだな…………そうだなぁ……」


「なんで二回言ったんですか?」


「お前のやらかしたことの後処理に俺たちが全く関わってないと思っているのか?」


「ごめんなさい」


「まぁ、お前は基本巻き込まれてるだけだから、別に一概に責めるつもりはない……ひとまず進路指導の体裁だから聞いておくが……歌丸、お前は他の学区に転校する意思は」

「ありません」



全て言い切る前に断言する連理


その表情には一切の迷いも気負いも見られなかった。



「まぁそうだろうな」



答えが分かり切っていた武中は、用意していたペットボトルのお茶で喉を潤す。



「……正直、最初にお前を見た時は、生き残っていることも、こうしてとんでもないことをやらかすとは夢にも思ってなかった」


「でしょうね。僕自身も不思議です」


「……これはまだ正式に報道されていないが、海外でお前と同じヒューマンの職業からヒューマン・ビーイングに転職が成功した実例が出てきた」


「え……!?」



武中の言葉に驚きの声を漏らす連理


当然だろう、現在世界で彼が最も注目されている理由は、彼がヒューマン・ビーイングという職業で、尚且つスキルを生み出すスキルなどという規格外の力を持っていることに起因している。


自分と同じ存在が出現したと聞いて、驚かないはずがないのだ。



「だが、当の本人はもう迷宮攻略は無理だろうがな」


「え……なんでですか……折角なれたのに?」



今のところわかっているのは、ヒューマンから転職するには決死の状況から生還することが前提条件となる。


そんな厳しい条件を達成したのにどうして迷宮攻略を諦めるのか不思議だったが……



「両足を失ったからだ」


「…………」



武中の言葉に歌丸は絶句する。


そして無意識に自分の右手を触れた。


ラプトルを始めて倒したあの時、あと少しで文字通りに腕を食いちぎられていたのだから。



「達成条件がもともとかなり厳しいことはわかっていたが……達成できてもその後も迷宮攻略が出来るかどうかは話は別だ。


それに、その方法を強要することも人道的にかなり問題だと、人権保護団体が声を上げている。


なんせもともと、ヒューマン・ビーイングになれるのは病弱な人間だからなおさらだ。


それに……」


「それに……なんですか?」


「条件達成のためとはいえ、何度も危険に追いやったのも駄目だったんだろう。


今じゃ人間不信というか……精神的にもそうとう追い詰められてるらしい。


自殺しようとしたことが何度もあり、今はもう病院で拘束されて動けないそうだ」


「…………」



その話を聞いて、歌丸は暗い顔をして視線を落とす。



「言っておくが、歌丸、これはお前の責任は一切無いぞ。


スキルを得た本人だって、事前に危険であることを承知で実験に協力したという同意書もある」


「……わかってます」



そうは言うが、やはり歌丸の表情は暗いままだ



「……どちらにしろ、これで事実上はスキルを生み出すスキル……ドラゴンを倒せる可能性があるのはお前だけだ。


……こうして進路指導なんて開いているが、お前はもう北学区以外の学区に行くことは相当に難しい状況にある」


「はい」


「……卒業後については何か考えているか?」


「……生き残っていられるかわからない身ですよ、僕は」



武中はもちろん、今の歌丸の状況を知っている。


彼が在学中の間は、ドラゴンが彼の心臓の機能を代理してくれているということも。


だからこそ、歌丸連理が卒業後を語ることは、非現実的なことであることも理解している。



「お前なら大丈夫じゃないか。


その内ひょっこりとエリクシルとか持ってきそうだし」



そして、同じくらいにこれまでの人類が不可能だったことも達成してしまうのではないかという期待感を抱いてしまうのである。



「それは流石に言い過ぎでは……?」


「まぁ、良いから卒業後のこと言ってみろ。


ひとまずは進学か就職かだけでもちょっとは考えておけ。


最悪、一年予備校通って進学ってのも北学区なら十分にアリな選択肢だ。


学費とかも見据えて今のうちに稼げるからな、北学区は」


「……進学か、就職か、ですか。


あの、質問に質問で返してしまうんですけど……仮に先生から見て現状の僕ってどっちが向いてると思いますか?」


「進学だな」


「即決ですね……どうしてそう思うんですか?」


「お前が卒業後もその力を持ち続けるなら迷宮攻略以外のどの分野で使えるか検証した方が良いと思う。


設備の揃った大学とか、うってつけだろ。


まぁ、無いとは思うが仮にお前がその力を後輩に渡すなら……ひとまず就職のために専門知識を身に着けた方が良いだろ。


あくまで一般的な見解だがな」


「なるほど……正直将来のこととか全然考えてなかったんで目から鱗ですね」


「まぁ、まだまだ時間はある。迷宮攻略に精を出すのはいいが、少し考えて置け。


よし、お前はこれで終わりだ。次、榎並呼んでくれ」


「わかりました。


失礼します」





待機していた教室に戻ると、一斉に視線が僕に向けられた。



「終わったよー、次英里佳だって」



僕がそう言うと、英里佳は立ち上がりこちらにやってくる。



「歌丸くんはなんて言われたの?」


「卒業後の進路について聞かれて、進学を勧められた」


「進学……」


「お前じゃ学力足りない――ったいっ!?」



鬼龍院が何か言おうとしていたが、妹の麗奈さんに頭叩かれていた。



「今の内学費稼いで一年予備校通って受験するもの視野に入れてってことも言われた」


「はっ、一年でどうにか」「お兄様」「……」



僕に対して再び何か言おうとしたが、麗奈さんに脅されて何も言えなくなる。くそだせぇ。



「じゃあ、行って来る」


「うん、行ってらっしゃい」





「――歌丸くんと同じ学校に行くにはどうしたらいいですか?」


「…………」


「? …………歌丸くんと」


「待て、別に聞こえてなかったわけじゃない。だから二回言わなくていい。


えっと……榎並、お前の実力なら警備会社とかに即採用もできるし……なんなら迷宮学園の戦闘指導員とかにも入れるわけだが……やっぱり歌丸と一緒が良いのか?」


「はい」


「…………」



余りの即決に、武中は目元を指で押さえる。



「一応聞いておくが……お前個人の進路について思うところは無いのか?


こうなりたいとか、あんな仕事に興味があるとか」


「ドラゴンを殺す以外は特に何も」


「…………」



思わず天井を仰ぐ武中


先ほど学園一の問題児のような存在の進路指導がとてもまともに終わったので勘違いしていた。


目の前の少女こそ、今回の進路指導において鬼門であったのだ。



「……まぁ、なんだ……歌丸たちと一緒にいて、色々と視野は広がったんじゃないのか?」


「視野? ……そうですね、確かにそういう実感もあります」


「例えばどんなことだ?」



ここから話題を広げてちゃんとした進路指導をしようと意気込んだところだったが……



「明確にドラゴンを殺せるための道筋が見えてきました」


「……そう、だな……うん、良いことだ」



人類の天敵であるドラゴンを倒すのは人類にとっての悲願だ。故に問題は無い、問題はない、が……進路指導的には求めているのはこれじゃない。



「……ただ、一つ気になることが」


「なんだ?」


「夏休み明けに神吉千早妃がやってくるので……その……歌丸くんが……あの……」


「ん~……」



英里佳の表情を見れば本気で悩んでいるのはわかるが、武中がこの場にいるのはあくまでも進路指導なのであって、恋愛相談のためではない。


完全に畑違いの質問である。しかし、だからといって生徒の悩みを投げっぱなしにするのはどうなのかとも考える。



「まぁ、なんだ……そこまで気にしなくてもいいんじゃないか?


歌丸の奴、明らかにお前のこと贔屓してるし」


「……でも……私、鬼龍院さんに何度か言われてることがあって」


「鬼龍院って……妹の方か。で、何を言われたんだ?」


「……女子力が、死んでるって」


「…………………………」


「自覚、あるんです。


私、銃火器の知識は豊富ですけど……一般的な女の子が好きな物とか疎くて」



英里佳の眼からハイライトが消える。


これは本気で悩んでるものだと武中は悟る。



「詩織も、紗々芽ちゃんも料理とかもできるし家事だってちゃんとできて……気遣いもできるのに、私……そういうところ鈍くて」


「あー……まぁ、確かにあの二人は俺から見ても女子力高いとは思うぞ。


むしろ、あれだけの実力持っててあんな女子力高いのは例年見たことが無いな」



基本的に北学区に残ってる女子など脳筋である。


自分の力を誇示することに強い執着を示すか、逆に周囲に興味も無く筋トレ感覚で迷宮に潜るような連中である。


そんなことを考えればむしろ英里佳などかなりマシな部類になるのだが……



「せめて私にもクッキーを作れるくらいの実力があれば……!」


「俺も詳しくは知らないが、たぶんそこまでハードルは高くないだろそれ」


「クッキーは女子力の象徴……つまり、それ一枚で女子力のすべてが決まるといっても過言ではないと母から聞きました」


「お前の母親クッキーにどれだけ意気込んでるんだ?」


「クッキーでお父さんを落としたって」


「…………そうか……確かにあの人クッキー好きだったな」


「……知ってるんですか?」


「恩師だ」


「…………」



武中の言葉に英里佳は目を丸くする。



「……あの人の授業を受け持つ生徒は少なかったが、それ以外で恩を感じてる人は多い。


金瀬創太郎とも会っただろ、俺も同じ口だ」



そう言って武中は懐に入れていた学生証を見せる。


それを持って卒業したということは、相当な実力者だったのだなと英里佳は武中を改めてみる。



「……まぁ、歌丸の性格も今思えば榎並先生に似てると思うぞ」


「歌丸くんが……お父さんに?」



そんな話は実際に母親と話していて一切話題に出てこなかったので不思議そうに首を傾げる英里佳



「普段の装いや雰囲気とかは全然違うんだが……先生はとにかく女子生徒にめっちゃモテて結構な頻度で鼻の下を伸ばしていた。


その時の表情がどうも普段の歌丸に似ててな」


「…………」



単身赴任で学園に来てるときにそんな状態だったのかと英里佳は内心呆れる。


……そして歌丸連理自身もそういう一面があったなぁと今さらながら思い出す。



「だが、絶対に一線は超えない身持ちの堅い人だった。


奥さんのことを愛してると言って憚らない愛妻家だったよ」


「……そうなんですか」



自分の知らない父の話を聞いてちょっと嬉しくなった英里佳


……女子生徒にモテていたというあたりは胸の内にしまっておくことにした。



「……話がそれたな。


まぁ、とにかくお前は進路について少し考えておけ。


それと……歌丸との関係についてはあまり悪い方に考えなくても大丈夫だろ。


むしろ進路については歌丸もお前らにも相談するだろうしな」


「……そうですね」


「女子力に関しては……歌丸のいる男子寮の寮母、白里恵っているだろ?」


「あ、はい。何度か会ったことあります。


お知り合いなんですか?」


「一応同期だからな。学生の時に交流もそこそこあった。


とにかく、時間があるときにでも相談してみろ。


簡単な料理や菓子の作り方とかくらいなら教えてくれるだろ」


「迷惑なのでは?」


「あいつはむしろ喜ぶと思うぞ。


世話好きっていうか……というか、そう言う性格じゃなきゃ寮母なんてやらねぇし。


何なら俺からも話通しておく。


それに、お前もそういう理由があれば歌丸の寮に出入りする口実にもなるだろ」


「っ! 是非、お願いしますっ」


「お、おう」



かなりの勢いで食いついてきた英里佳に面を食らいながらも、ひとまずは問題放ったらしい。



「さて……榎並は今回はこれでおしまいにしよう。


じゃあ次は苅澤だから声をかけてくれ」


「はい、わかりました。失礼します」



部屋を出ていった英里佳を見送り、一人ため息をつく武中


ちょっと面を食らったが、思ったより平和的に解決したなと考える。


残りのメンバーは普段の行動を見ていれば普通の進路相談で終わるだろうなと思いつつ苅澤紗々芽の成績などを確認していた。



「――失礼します」


「ああ、入ってくれ」



呼び出した苅澤紗々芽は穏やかな表情で武中の指示通りに席に着く。



「じゃあ進路相談だが……」


「その前に先生に確認したいことがあるのですが、よろしいですか?」


「ん? なんだ、答えられる範囲でならだが……」


「日本の法律がこの学園でどこまで適用されるかについてです」


「……まぁ、ここは日本国外って扱いだが、一応日本の法律を参考にルール……校則をつくっているはずだが」


「それでは、最近の法律については?」


「……最近の法律で校則に大きくかかわるようなものはあったか?」


「はい、とても大事なことが」



紗々芽はそう言う一方で、記憶を巡らせたが、武中にそういうったものは覚えがない。


そんな時、紗々芽は至って普通の、むしろ真剣な表情で言い放つ。



「歌丸くんと早いうちに子供をつくっておきたいんです。


日本でも可決目前とされている一夫多妻制、この学園でも適応ってされますか?」



――進路相談ってここまでぶっ飛んだものだったかな?


武中幸人は白目を剥きながらそんなことを考えた。

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