第270話 進路指導は人生相談ではない。その②

武中幸人は頭を抱え込みつつ、少しでも思考を冷静にするように努める。


目の前の人物は誰だ?


苅澤紗々芽


授業態度も問題なく、学園全体では貴重なエンチャンター系統のドルイド


しかも金瀬製薬のご令嬢のパートナーであったドライアドをパートナーに持ち、歌丸の影響から視線を向けただけで付与魔術がタイムラグ無し高倍率で発動するぶっ壊れ性能


あの歌丸連理ですら、彼女の支援を完全に受けた状態であるなら、ゴブリンの大群を蹴散らしたこともあるという。


今回の体育祭でかなり力をつけた今なら、もしかするとラプトルの群とも戦えるようになるのではないだろうか?


それだけ優秀な能力を持つ上に、頭だってかなりいい。


パーティの方向性を決定するのはリーダーである三上詩織であるが、それを整えているのは彼女だと武中は考えている。


そんな彼女が、今、何と言った?



「話が飛躍しすぎて何を言いたいのかがよくわからないのだが……?」


「あ、そうでしたね。すいません。


ちょっと色々と話が飛んでしまいましたね」


「……えっと、じゃあ、まず法律に関してだが……一夫多妻はともかく……そもそも結婚年齢に関しては法律の変更はないぞ。


男子18歳、女子16歳だからな」



迷宮出現以降、晩婚化が進んでいた日本も結婚する年齢が下がってきたが、だからといってその法律が変わったわけじゃない。



「年齢に関する法律は、学園の校則で対応できるかなと。


学生の内に結婚して、卒業後もその関係を維持するという具合に


学園から、複数人の婚姻関係を容認してもらえる制度を生徒会の伝手で作れないかなと」


「……実際に生徒会とのつながりがあるから現実的に不可能ではないだろうな。


だが、わざわざそんなことをする必要があるのか?


惚れた腫れたは結局のところは当人同士の問題であって、周囲の環境がまったく関係ないとまで言わないが、歌丸とお前たちの気持ちが優先されることだぞ」


「先ほども言いましたけど、私が欲しいのは婚姻関係ではなく子どもです。


可能な限り早く……そうですね、最低でも卒業前までには子供を妊娠しておきたいんです」



とてつもなく生々しいことを言われて武中は顔が引き攣るのを感じた。


今からでも別の人に代わってもらえないかと本気で悩む。



「……そもそも、どうして子どもなんだ?


お前らが歌丸と交際というか……まぁ、そういう関係であるのは理解しているが……いくらなんでも…………重い。


とんでもなく重い」


「わかってます。自分でもドン引きするレベルで重いことを言っている自覚はあります」



自覚あるのかーい!


内心でキャラ崩壊レベルのツッコミをいれる武中だったが、その発言で少し冷静になる。


苅澤紗々芽は頭がいい。


だからこそ、歌丸が好きだからという単純な好意だけでここまで言ったわけではないのだろうと察しが付いたのだ。



「実は知り合いに恋人の意識を変えるために、初体験からそう言った行為を実行した人がいまして」


「待て」


「はい」


「すまん、ちょっと頭が追い付かない。


えっと……その知り合いは……うちの生徒なのか? それと……なんだ、その……もう妊娠しちまってるのか?」


「プライバシーに関わることなので言えません。妊娠については……まだわからない、としか」



――誰か今すぐ本気で変わってくれないかな、と心から思う武中である。



「まぁ、とにかく知り合いの現状については私には直接は関係ありませんので置いておいてください」


「……そうだな、うん、そうだ。おいておこう。続けてくれ」



教師としてそういう判断は本来良くないが、今は少しでも現実逃避したかった。



「実際に妊娠しているわけではないのですが、男性はそういうことを可能性を提示すれば意識せざるを得ないですよね」


「…………まぁ、まともな感性の持ち主だったら意識はするだろうな。


俺にもそういう覚えはある」


「へぇ……ちょっと意外ですね」


「俺に限った話じゃない。


学生証持ちの卒業生の男なら、一度や二度はそういう力目当てに女がすり寄ってくるものだ」


「確かに、今の社会の大物の大半は学生証持ちの方々ですもんね」


「そういうことだ。


そう言う女って、本当に……手段選ばないからな。


酒に酔わせて凄い強引にホテルとか部屋とか誘ってくるんだよ。おかげで大学じゃ俺、すげぇ遊んでるって誤解されたものだ」


「誤解……ということは、実際に関係は?」


「持つわけないだろ。明らかに地雷だ。


一度でも関係を持てば何を言われるか……」


「じゃあ、もしその時に関係を結んで、さらには子供が出来ていたとしたら……先生はどういう対応をしますか?」


「どういうって…………難しい質問だな」


「仮に、先生がその相手を悪く思っていなかったら、どうです?」


「いや、関係を迫る相手を悪く思わないのって無理じゃないか?」


「ですから仮に、です。どうなんですか?」


「……それは……まぁ……向こうがどうあれ、その時は責任は取らなきゃいけないだろうな、男としては」


「つまり、そういうことです」


「どういうことだ。


……いや、いい、やっぱり言わなくていい。ちょっと聞きたくない」


「いえ、これを話さないと先にすすめません。


ですが……そうですね、ぼやかして言うなら、――歌丸くんに足りないのは、自分の身を省みる責任感だと思うんです」


「……それで、子どもと?」


「昔から子はかすがい、といいますから」


「ちょっと意味が違うだろ、それ」


「自殺は離婚よりずっと質が悪いですよ。


英里佳は論外だし、詩織ちゃんは歌丸くんに力を貸す。


となれば、私だけなんですよ、彼の傍で、彼を止めようと本気で思っているのは」


「……お前は、あいつらがやろうとしていることを自殺だと思っているのか?」


「似た様なものですよ」



全世界の中継されている中でドラゴンの首を消し飛ばすという偉業を成し遂げたというのに、紗々芽は未だにドラゴンと真正面からことを構えることに反対なのだ。



「確かに現時点では勝率は0だが……確実に勝機を見出そうとしているだろ」


「もちろん、私も歌丸くんと英里佳に協力はします。


でも、だからといってこのまま黙って二人が死ぬかもしれないということを無視することはしません」



なるほどな、と今さらながら納得する。


苅澤紗々芽は、歌丸連理のことが本当に大事なのだなと。


そして同時に、彼が生半可なことでは止まらないこともわかっているのだ。


ただ言葉をかけただけでは、ただ命の危機を感じた程度では、彼はもう止まらない。


故に、彼が止まる可能性を模索した結果……結婚と妊娠という答えに至ったのだろう。



「というわけで、歌丸くんを本気で止めるなら子供が一番かなと」


「……わかりきったことだが敢えて言うぞ。


そんなの認められるわけねぇだろ、常識的に考えて」


「いえ、むしろ私の考えはかなり現実的ですよ」


「は?」


「優秀な学生の子どもは優秀になり易い傾向がある。


世界的にもそういう認識が一般化されてますよね」


「……それは迷信だ。エビデンスが取れてない」


「でも、否定するエビデンスもありませんよね。


まぁ、正直私もこの話は眉唾物だとは思いますけど、事実はどうでもいいんです。


大事なのは、そういう可能性があるということ。


歌丸くんの子どもにも、歌丸くんの能力が引き継がれる可能性が少しでもあるなら……むしろ日本は私の考えを推奨するのではないでしょうか?」



紗々芽のその言葉に武中は内心で舌を巻いた。


そこまで考えた上でここまで話しているのか、と。



「……俺に、どうしろと?」


「今は特に何も。ただ、私がどういう考えを持っているか事前に知って欲しかっただけです。


勝手に行動したら妨害しますよね、先生は」


「当たり前だろ、お前らが間違いを起こさないように止めるのが俺の仕事だ」


「じゃあ、私の今話した考えは間違いですか」


「間違ってる」


「…………」



武中が断言したのが面白くないのか、紗々芽は目を細めた。



「そもそも歌丸の普段の様子を見てれば分かる。


アイツはドラゴンを本気で倒そうと思っているが、自殺する気はない。


残りの時間で確実に倒すための算段を整える。それが無理なら大人しく引き下がる」


「何を根拠にそんなことを言うんですか?」


「お前がいるだろ」


「……え?」



今度は紗々芽が目を丸くした。



「歌丸だって……たぶん他の連中も、お前が内心でドラゴンと戦うことに反対だってのは気付いてるだろ。


でも、お前をパーティから外そうとは思わない。


つまりは、あいつらにとって苅澤、お前が必要な存在だからだ。


力とかそいいうのだけでなく、苅澤紗々芽という個人を大事に思っているんだよ。


……歌丸連理は、そういう人間を犠牲にしてでもドラゴンを倒そうとするような非情な奴か?」


「それは……」


「お前の言う通り、自殺に近いだろう。ドラゴンを倒すということは、それだけのことだ。


でもな……そこに卒業までに届かないと判断すれば、あいつはお前らを危険にさらしてえまでドラゴンと戦おうとは考えない。


そういうやつだろ、俺やお前の知ってる歌丸連理は」


「……なるほど」



少し間を置いて頷く紗々芽


分かってくれたかと武中は内心で安堵したが……



「――つまり、子どもに頼らず直接篭絡するのなら邪魔しないと」


「お前、俺の日本語ちゃんと通じてる? 超絶な誤翻訳とかされてない?」


「いえ、ちゃんとわかっていますよ。


赤ちゃんとかに頼ることなく、ちゃんと真正面から歌丸くんに向かいあうのが正しかったんですよね」


「確かに俺もそう言うことが言いたかったわけだし、凄い前向きなセリフに聞こえるけど、お前がやろうとしてることって完全に不純――」


「純情です。純情な感情から生じる若い異性同士の濃密な交遊です」


「オブラートのかぶせ方下手くそ過ぎるだろ。誤魔化そうとしてかえって生々しさが際立ってんだろうが」


「歌丸くんと契ってドラゴンとかどうでもいいとか思わせる方向に持って行きます」


「ストレートに言えって意味じゃない。


というか、お前……いや、あのな、俺が言いたいのはもっとこう、お互いの気持ちを大事にしろってことでだな……」


「すごく大事だからこそ、どんな手段を使っても歌丸くんを止めたいんです。


それに、障害とか困難とかより……むしろ褒めて伸ばす方が歌丸くんってすごく引っかかりやすいと思うんです。


とりあえず今後の方針はこっち方向で…………いっそ英里佳も引き込んでドラゴンから意識を外せばより確実に……」


「………………」



ダレカ、タスケテ


武中は本気でそんなことを考える。


しかし、同時に、歌丸連理がドラゴンと争うこと無く無事に生きて卒業する可能性が一番高いのは紗々芽の考えたとおりに事が運ぶことではないだろうかとも考える。



「……もう好きにしてくれ。


とりあえず就職か進学かだけでも応えてくれ」


「それじゃあ進学でお願いします」


「ああ……次、鬼龍院麗奈、妹の方呼んでくれ」


「はい、わかりました。ありがとうございました」



紗々芽が部屋を出ていったのを見送って、武中は机に突っ伏した。



「疲れた…………いや、一番めんどくさそうなと思ってた歌丸の面談がすぐ終わったのに他の奴らが爆弾投げてくるんだよ……こんなのがあと6人も続くとか……どんな悪夢だよ」





「私は予備校を視野に入れて進学し、迷宮学園での就職を目指しています」


「やはりこれから先の世界を見ていく上で、迷宮学園の存在は外せません」


「私自身、連理様に比べれば大したことはありませんが、平均よりも優れている自負はあります」


「そう言った能力を生かすのなら、やはりこの学園での教師、特に戦闘技術を教えられる立場になることが一番だと思っています」



簡単な応答で聞けた鬼龍院麗奈の言葉である。



「……まともだ」


「はい?」


「いや、なんでもない。


そうだな、とりあえず魔法職っていうのはそれだけでかなり優遇される。


日本だとその力を現代技術に落とし込む研究もされているからいろんな分野で引っ張りだこだ。


なろうと思えば、日本……延いては海外で活躍できるかもしれないぞ」


「それを踏まえた上で、この学園の教師になりたいんです」


「教師になるというのはいいが、今からそれだけだと視野が狭まる。


色んな分野に興味を持っておいた方が良い。最終的に教師になるのだとしても、広い視野はそれだけでお前の将来の肥やしになるからな」


「なるほど……わかりました。もう少し進路について調べてみます」


「ああ、それがいい。次、兄の方を呼んでくれ」





「この学園に入ってから、実際に日本で積んだ経験があんまり活かせていないと感じることが増えました」


「北学区に来るのは自己責任だし、それで命を落としても誰かが責任を取れるわけではありません」


「けど、俺はそういう問題をそのままにしていいとは考えていません」


「俺は、日本に戻って、子どもに間違った迷宮学園の知識を広める奴らを取り締まる人間になります」


「具体的には……まぁ、政治家ですね。それが一番手っ取り早い」


「そのために、今からチーム天守閣に負けないくらい活躍して、名を上げる。それが今の俺の目標です」


「当然進学、それも超一流大学。一年の予備校の覚悟はありますが、一発合格できるくらい勉強もやるつもりです」



以上、やる気に満ち溢れた鬼龍院蓮山の言葉である。


それを聞いた武中は感動した。



「お前が現時点で№1だよ」


「な、なにがですか?」


「間違いない。お前が一番立派だよ。俺が保証してやる」


「は、はぁ……ありがとう、ございます?」



なんだか腑に落ちない表情をしつつも、褒められて悪い気はしない蓮山なのであった。





「壁だ」



一言、これである。


谷川大樹


チーム竜胆のタンクにして、現時点で防御技術のみなら北学区の三年生にも引けを取らない実力者だ。



「……具体的にどういう進路なのか言ってもらえないか?」


「就職、国防」


「自衛隊ってことでいいのか?」



武中の言葉に頷く大樹



「就職志望は今のところお前が初めてだな」



一名、永久就職を狙ってる奴がいたが、その事実を無かったことにする武中先生は悪くない。



「俺は、最強の壁を目指す」


「最強、か……」



谷川の言葉に、武中は過去の自分を思い出す。



「……そのためには、榎並英里佳の一撃を超える」


「……あれをか?」



あれ、とは当然、ドラゴンの首を消し飛ばした榎並英里佳の蹴りである。


全世界に中継されたその一撃は、武中の記憶にも深く刻まれている。


とても普通の人間の立ち入れる領域ではないので、武中にはあの一撃に対抗しようという気も湧かなかったが……



「男故、女には負けられない」



静かながらも、確かな闘志がその眼に宿る。



「なるほど……今時お前のような考えの奴は減ったが……嫌いじゃないぞ、そういう意地。


……じゃあ、次の奴呼んでくれ」



谷川は無言で席を立ち、去っていく。





「俺は正直、将来のこととかあんまり興味ないというか……まぁでも、少なくとも蓮山の奴とつるんでりゃ退屈もくいっぱぐれもしないとは思うんですよね」



萩原渉の第一声である。


あまり真面目とは言い難い言動だったが、彼の情報を見ると武中はどうもちぐはぐな印象を受ける。



「……お前現時点で色んな免許持ってるよな。


危険物取扱の免許とか銃器、車両……栄養士に建築不動産、測量士、気象予報士試験も……いったいどんだけ勉強してんだ」


「一回教科書読んだだけですよ」


「……は? 一回だけって……本気で言ってるのか?」


「俺、本とかの情報を絶対に忘れないんですよ。


絶対記憶能力ですかね。学生証関係なしに、生まれつきの」


「それは…………大変だな」



にへらとした表情で語っていた萩原渉は武中の言葉に一瞬だけ目を細めた。



「大抵の人は羨ましいって言いますけど、先生は違うんですか?」


「そんな疲れた目で言われたら、とても羨ましいとは思えないだけだ。


それに……正直、俺には忘れたいと思うような思い出を、時折思い出して嫌な気分になることもある。


お前は、そういうのずっと覚えっぱなしってことなんだろ」


「さぁ、どうですかね」



飄々とした態度は崩さず、あくまでも平常な態度を見せる。



「中途半端な気持ちで手伝うというのは、それは鬼龍院に…………いや、すまない。これは余計なことだったな」



言葉の途中で徐々に表情が険しくなる渉


クールぶっても、やはりまだまだ若いなと武中は微笑ましく思えた。



「ひとまずはお前なりに自分のやりたいことを探して見ろ。


なんでもいい。将来のこととか深く考えず、目の前のことだけ考えろ」


「……進路相談なのにそう言うこと言っていいんですか?」


「問題ない。お前と歌丸の場合は将来以前の段階だしな」


「…………」


「物凄く嫌そうな顔になったな」


「ああ、すいません。


どうも俺、歌丸のことあんまり得意じゃないみたいで……あいつと同じって……」


「本気で落ち込むレベルで嫌いなのか……」


「嫌いってわけじゃないですよ。本当に


ただ……あいつと同じっていうのはどうも…………とにかく、わかりました。


ちょっと色々考えてみます」


「ああ、そうしろ。


次の奴呼んでくれ」





ちょっと不安だったが、ここまで本当に順調に進んでいる。


どうやら苅澤紗々芽が問題だっただけで、それを超えれば楽に終わるようだ。



「しつれい、します」



安堵しつつ日暮戒斗がやってきた。


喋り方が特徴的だが、結構な常識人というが武中の印象だ。


これもすぐに楽に終わるだろう。



「ひとまず進路についてだが…………日暮、なんか暗いな。


悩み事があるならこの際だ、聞くぞ?」



ここまであまりに順調だったので饒舌にそんなことを宣う。



「……在学中に父親になったらどうしたらいいんッスかねぇ……」



数秒前の自分を殴りたくなった武中である。

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