第271話 進路相談は人生相談ではない。その③
■
日暮戒斗は悩んでいた。
とてもとても悩んでいた。
日本にいた時、実家の自室にてやらかした、若さゆえの過ちというか……過されたというか。
自分から始めたわけではないのだが、後半からは完全に自分もノリノリだったのを覚えているため、言い訳など一切できない。
仮に言い訳などすれば最低な男に成り下がるのがわかっているので絶対にしない。
だが、後悔はしてる。
お相手……もとい、歌丸椿咲のことは本当に好きなわけで、そういった行為に興味がなかったわけではないが……相手はまだ若い。
そして自分も、まだまだ未熟者であるという自覚がある。
そんな状態だからこそ、先日の行為で気になることがある。
■
「……在学中に父親になったらどうしたらいいんッスかねぇ……」
「お前かよ」
先ほど、苅澤紗々芽に知り合いに初体験が云々という話があったのを今さら思い出す。
「……よし、今すぐ責任取るために相手のご両親に謝ってこい」
「……直接は時間がなかったので、電話で事情を説明して謝りました。
そしたら……」
「そしたら?」
「……娘を頼むって言われました」
「……信頼されてるんだな。
……一応確認するが、お前の親は知ってるのか?」
「……母親が無言でサムズアップして、父親からは無言で肩に手を置かれました」
「寛容すぎるだろお前の周囲」
「……ちなみに連――こほんっ……相手の兄からは殴るって言われました」
「おい、おいおいおいおいおい。
隠してない。もうあいつの名前の時点で相手が誰かわかる。
相手、あの子か? あの子なのか? お前、え、お前……正気か?」
もはやバレバレである。
というか、彼の周囲の女性関係など考えれば一目瞭然
生徒会関係で迷宮に挑んだりしまくっている彼に恋人とのプライベートな時間があるかと言われれば否
つまり、そんな彼が関わる女子など限られているわけで……武中にもすぐに察しが付いた。
同時に、引いた。
相手はまだこの学園にも入学してない中学生なのだから、当然といえば当然である。
「……一応聞くが、どういう状況でそうなった?
ああ、答えたくないなら言わなくていいが」
「……俺が無茶しないようにってことで……向こうから……その……迫られました」
「……そ、そうか。まぁ、確かにお前もその辺り分別付くから自分からってタイプじゃないよな」
「それで……俺は一体、どうすればいいんでしょうか?」
口調が無くなるくらいに真剣に悩んでいるらしい戒斗
想像を超えた別方向に重い事態に、武中は腕を組んで考える。
「……とりあえず、だが」
「はい」
「在学中に恋人を妊娠させた事例はな、意外と多いんだよ」
「……え?」
「そりゃ、いつ死ぬかわからない、死亡率が高い学園に所属してるんだ。
生存本能からそう言った行為に走る連中だっている。
そういう校則についてもある。
……今ここで話すようなことじゃないからな、学生証あるか?」
「あ、はい、ここに」
「……在学中に子供が出来た時のための情報をまとめた掲示板へのアクセス方法だ。
……ここの検索画面に、これを入力して、パスワード入力を求められたらこれを入れろ」
「は、はい」
「……で、もし本当に妊娠してたら、まず俺に話せ。
俺も詳しくは無いが……まぁ、一緒に考えていこう」
「せ、先生……!
う、うぅ……ありがとうございまずっ!」
よほど不安だったのか、涙を流しながら礼を言う戒斗
……あぁ、相当に追い詰められてたんだなこいつ、と思わず同情してしまう。
「とはいえ、これは結局はお前の気持ち次第だ。
もし本当に妊娠してたとして、お前は相手とその子供をどうするつもりだ?」
「ぐすっ……そりゃ、結婚しますけど……子供については…………わかりません」
「普通なら中絶だな。俺もそれを勧める」
「……最初は俺もそう思ってたんですけど……中絶の時、お腹の中の子どもがどういう風になるのかって……調べて……それで……生まれてないけど、必死に生きようとしていて、それでも殺されるんだって……そう考えたら……なんていうか……その」
「……お前なりに真剣に考えてるんだな」
「はい」
武中も中絶については触り程度の知識はある。
それがいかに残酷なものであるのかも、理解しているつもりだ。
「まぁ……妊娠については必ずしもなると決まったわけではない。
結果がわかるまではこまめに連絡を取れ。
そして……ひとまず、妊娠云々は別にしても相手は来年この学園に入ってくるわけだよな」
「そう、っすね」
「……避妊はしろよ」
「……はい」
「とりあえず彼女とまめに連絡を取れ。
妊娠云々については、周囲のことも関わってくるから、相手にもそのことをよく理解してもらえ。
……もしかしたらお前以上に相手も不安に思っている可能性も…………ないとは言い切れないからな、普段通りにふるまえ。それが男としてお前ができることだ」
向こうから迫ってきたのでむしろ戒斗が術中にはまっているような気がしたが、あえて触れないことにした武中である。
「……とりあえず進路指導については、まぁ保留にしておく」
「今の段階じゃどうせまともに考えられないだろ」
「そうッスね……はい、落ち着いたら改めて考えてみるッスけど……」
「けど、どうした?」
「……歌丸家の畑を継ぐかもしれないッス」
「…………」
「…………」
「……南学区の教科書、一応取り寄せできるし、授業内容をまとめたDVDの貸し出しとか、できるぞ」
「……うっす」
――後日、戒斗からセーフだったと聞いた時は安堵した武中だった。
とにかく、ここに至るまでの濃い面子の濃い相談内容に、かなり疲労した武中
しかも恋バナ、恋バナ(粘っこい)、修羅バナ(ドロドロ)と想定外の話を聞かされてすでに疲労困憊といっても良い。
そんな風に机に突っ伏していたら、扉がノックされた。最後の一人がとうとうやってくる。
「――三上詩織です」
「……入れ」
腹をくくり、武中は許可をする。
チーム天守閣の人員はまともじゃない。
すでにそんな考えが武中の中で出来上がっていた。
「……さぁ来い、俺はもうどんな相談であろうと動じないぞ」
「え……あの、進路の相談、ですよね?」
「とぼけなくていい。
お前もチーム天守閣、それもリーダーとなれば相当に悩んでるんだろ」
「は、はぁ……まぁ、確かにそうですね」
「進路相談も今はどうせ進学か就職か聞き取るだけだ。
そんなのは後でどうとでもなる。
とにかく、後から暴発しても困るから現時点での悩んでることを言ってくれ」
向こうから切り出されるくらいならこっちから聞き出す方が気が楽だと開き直る武中
そんな武中の言葉に、詩織は少しばかり考えてみる。
「……まぁ、強いて上げるならちょっと戒斗が元気な」「それはもう聞いた」
つい先ほど聞いた話
今はそんなのどうでもいいと言わんばかりに即断する武中に詩織は目を大きくして驚いた。
「え、そ、そうなんですか?」
「ああ、そっちについては俺から色々と言っておいた。
だから気にするな。それよりほかに悩みがあるだろ」
「……えっと……紗々んんっ……苅澤さんからちょっとチーム間のコミュニケーションについて」「若いんだから多少は目を瞑る。避妊さえしっかりするなら黙認だ。次」
ちょっと迷ったが、ここ最近紗々芽から進められているチーム内の男女関係について、意見を聞きたかったのだが、まさかのOKに動揺が隠せない。
「え、えぇ……?」
教師としてそれでいいのかと心配する詩織であるが、武中にとってはもはやそのような評判など些事なので捨て置く。
「他に、もっとあるんじゃないのか。
お前の立場的に、言いたくても言えない、そんな悩みがあるはずだろ。
それを言うんだ。俺は教師だ、すべて受け入れる覚悟はすでに決めた」
何を言っているんだろうこの人は。
それが今の詩織の中にある武中への感想であった。
担任の先生である、色々と頼りになる先生なのであるが、どうしてそれが今こんな風に鬼気迫った感じになっているのかと詩織はただただ困惑する。
「そんな突然言われましても…………悩み、ですか。
……まぁ、現時点ではまだまだ自分の実力不足を痛感して」「すでに二年生クラスの実力持ってる癖に贅沢言ってんじゃねぇ」「えぇ……」
じれったいといわんばかりにため息をつく武中は、腕を組んで詩織を見た。
「あのな、そんな一般平均的かつ模範的な悩み何てこっちは待ってないんだよ。
お前らの抱えてるもっと一般的にここで相談するやつ、それ? みたいな、そういうのをこっちは覚悟してこの場にいるんだぞ。
真面目に相談しろ」
「いえ、最初から真面目なんですけど」
「お前が真面目ならもうとっくにぶっ飛んだ悩みをぶちまけてるはずだろう」
「先生、人を何だと思ってるんですか?」
「だってお前、チーム天守閣のリーダーだろ?
チーム天守閣は普段の生活態度が真面目な奴ほど闇が深いんだろ。
もうそういうのわかってるから、ほら、言ってみろ」
「あの、すいません、私の前に一体どんな相談されたんですか?」
今日の先生がおかしいと思ったら、自分の仲間たちが何かやらかしたらしいと気が付く詩織であった。
その一方で、武中も一向に爆弾発言をしない詩織の態度に訝しむ。
「……もしかして……一般常識的な悩みしかないのか?」
「そういう表現はどうかと思いますけど……現状、ドラゴンを倒すという目的に向かって課題は多いとは思っていますが、悩みという段階ではないです」
「「………………」」
「「…………」」
「「……」」
「「」」
気まずい沈黙が室内に流れる。
武中はそっと自分の額に手を上げて机に突っ伏しそうになるのをどうにか堪える。
「……すまん、どうも俺、疲れてたみたいだ」
「い、いえ……こちらこそ……仲間がすいませんでした。
特に連理がですよね。すいません」
「……いや、歌丸が一番まともだったぞ」
「え?」
「他の面子については……まぁ、なんだ、相談についてはもう終わったが……とにかく口うるさく言うつもりはない。
ただ避妊だけはマジでしろ。それさえ守ってくれるならこっちとしては何も問題は無い」
「それでいいんですか、教育者として……」
「本当は良くないんだろうがな……もう察しろ。
本気で禁止してるならそもそも西学区にご休憩できる宿泊施設が乱立してねぇよ。
結局生物としての本能を取り締まるのは不可能に近いんだよ」
「…………わかりましたけど……あの、セクハラになりませんか、この話題?」
「言っておくがこの話題を最初に出したのはお前の親友だからな」
「……………………すいません」
沈黙しつつ、途中で自分の顔を手で抑えて謝罪する詩織。苦労人である。
「はぁ……とりあえず、普通の進路相談に戻ろう。
……三上、卒業後はどういう進路に進むつもりだ」
「そうですね……まずは在学中に貯金をしたお金で家を買う予定です」
「…………家?」
「はい、戻ったら色々と今の家だと手狭なので」
「あ、ああ……まぁ、いいんじゃないか。
お前らなら多分かなり稼げるだろうしな」
進学か就職かを聞いただけなのに家を買うと返ってくるとは思わず驚く武中
だが、日本の両親のために家を買うとは随分と親孝行だなと感心し――
「やっぱり場所も考えないといけないですよね。
連理は山形で、英里佳に至っては青森ですし……群馬に二人を呼ぶよりは、いっそ交通に便利な宮城辺りで家を買おうかなって」
「待て待て待て待て待て待て待てっ!」
「なんですか?」
「……今、なんの話をしてる?」
「進路の話、ですよ」
「……なぜお前の進路の話に日暮以外のチーム天守閣の名前が出てくる?」
「え……いえ、戒斗のことは友人ですけど、流石に将来を共にするような対象ではないので」
「そういう意味じゃない。日暮が足りないのか、じゃなくて、他の三人がなんで今名前が出てくるのかって意味で聞いてるんだが」
「何って……日本に戻れたら四人で一緒に暮らすつもりだからですけど」
さも当然の様にそんなことを語る詩織の言葉に、武中は強烈なボディブローを受けたような衝撃を受けて机に突っ伏した。
(自覚がないタイプで一番闇が深かったぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁ!!)
一瞬でもまともだと認識し直したところでのこの衝撃
緩急をつけられて油断していた武中にとっては致命的だった。
「収入に関しては色々考えている最中ですけど、英里佳のお母さんのような個人指導って意外と稼げるってわかったんです。
そう言うのも視野に入れて、私や英里佳はジムや迷宮関係の予備校を開くの勉強をしようかなって。
紗々芽の方はララもいるし……金瀬製薬とのパイプもあるのでそっち方面に就職が出来ると思います。
連理の能力もいろんな分野で活躍はできるとは思いますけど、悪用されないようにまだまだ色々と考えないといけませんね。そのためにはまず人脈を気付いていくのも大事だと思いますし」
聞いていないのにやけに具体的な人生設計(連理たち含む)語りだす詩織。
心なしか、その視線がここではないどこかを見ているような気がする。
「家はやっぱり町から離れすぎず、でも近すぎない郊外で、大きな白い家で花壇があって……バルコニーとかも欲しいんですよね。
そこで私やみんなの子どもたちと一緒に休日はバーベキューとかみんなで楽しく食事したりしてみたいんです。
折角日本でも一夫多妻制が導入されるわけですから、みんなで協力して子どもを育てて……最初は誰が生むのか色々ありますけど……まぁ、できれば私が……って、あははすいません、こんなところで話す話題じゃないですよねっ」
乙女みたいに恥じらっているが、そのリアクションはもはや武中に可愛らしいという感想ではなく恐怖を抱かせる。
「大き目な庭でシャチホコにギンシャリにワサビを遊ばせてあげて……あ、他にも犬とか飼ってみたいんですよね」
「そうだな」
ここから長々と続く詩織の言葉に、相槌を打つしかなかった。
ただ、一つだけわかったことを手元の資料に記入する。
三上詩織――永久就職希望
(一番まともなのって歌丸だったんだなぁ……)
今度から学生として歌丸連理とはより一層真剣に向き合ってあげようと考えを新たにした武中幸人であった。
■
「らっしゃい」
南学区にある知る人ぞ知る名店“銀杏軒”
そこに、一日の仕事を終わらせた武中幸人はやってきた。
「……ずいぶんと疲れてるが、どうかしたか?」
店長である銀治は、お冷を出しながら問う。
昔の仲間であったがゆえに、今の幸人がかなり疲れている様子で心配したのだろう。
「チーム天守閣、あるだろ」
「……ああ、歌丸と日暮くん、たまに夜食べにくるぞ」
あの二人もすっかりこの店の常連なのだなと感慨深く思いつつ、幸人は遠い目で語る。
「……あのチームヤベェ」
深いため息とともに出されたその一言を聞いて、銀治は少しばかり黙ってから肩をすくめる。
「何を今さら」
→歌丸連理のことだと思ってる。
「いや、本当に闇が深い」
→歌丸連理以外のこと言ってる。
「闇……か、まぁ、確かに周囲からはそう見えなくはないな」
→いつも大怪我する歌丸のことだと思ってる。
微妙に食い違っているが会話が成立していたのであった。
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