第272話 歌丸連理を考察する者たち《NI5》① 紹介編
■
北学区敷地内
本来ならば北学区の生徒が使うことを前提とした施設が多く設置される予定だったが、その実は他の学区の生徒の部活動の施設が多くある。
なんせ当の北学区の生徒の大半は、地上で訓練する位なら迷宮で戦ってポイント稼いだ方が数倍早く強くなれるのだから、わざわざ訓練施設を作るメリットがほとんどないのだ。
だが、訓練施設が全くないというわけではない。
『お前ら、本当に良いんだな?』
コンクリートの分厚い壁で周囲を覆われた武骨なただただ広い空間。
そこを覗き込めるようになっている分厚いアクリルシールドの向こうからマイクで訓練所の中にいる二人に問いかける下村大地
「はい」
「…………なぁ」
即答する歌丸連理と、顔がちょっと腫れている日暮戒斗
「連理、本当にわざわざ魔剣の力を確かめる必要があるんスか?」
「うん。この間実際に使ってみて、そして伊都さんからの意見を聞いて確信した。
僕はこの魔剣の力を半分も引き出せてない。
伊都さんが学園にいた時は、もっと色んなことができたんだ。僕はただこの魔剣で身体能力を無理矢理底上げしただけで、そんな力は使えなかった」
連理の手にあるのは、鞘に納められた魔剣・
鎖などの封印はされていない。
「僕はこの魔剣をスキルの力で無理矢理制御していただけ。
この魔剣を本当の意味で使ったことがないんだ。
夏休みの予定が決まって訓練とか迷宮攻略とかしてる時間が限られている今、今日の貴重な休みでどうにかその力の一端でも掴みたい」
「いやでも、お前が無理に強くならなくても」
「……まさか今更嫌だとでも?」
「あー、いや、でも、なぁ……?」
「そもそもこれは戒斗のためでもあるんだけど」
「は? なんでッスか?」
「妹を任せるんだから、少しでも戒斗に強くなってもらわないと僕が困る」
「ちょ……認めてくれたんじゃなかったんスか?」
ここに来る前、思い切り連理に殴られた頬を抑えて訊ねる戒斗
「認めているよ。でもさ、ここ最近の出来事で、僕たちは弱さで困ったことはあっても、強すぎて困ることはないってわかったはずでしょ。
椿咲はもう、北学区に来ない。強くなることはもう無い。その必要も無い。
その分、周りにいる僕たちが強くなればいいんだから」
「…………そうっス、ね。
ちょっと目が覚めたッス。
それに俺も、目指す道が見えてきたわけッスからね……来道先輩と同じ力、あそこに至るために訓練して損することは無いッスね」
そう言って、戒斗はその手に姉から作ってもらった魔法銃・ジャッジ・トリガーをその手に取る。
「よし、行くッスよ!」
「ああ! みんな、行くぞ!」
「きゅう!」
「ぎゅう!」
「きゅる!」
「待て待て待て待て待て待て待てッスぅ!!!!」
「え、何? 今完全に始めようってタイミングだったじゃん」
柄に手を触れていた連理が不満げに戒斗を睨むが、戒斗はそれどころではなかった。
「これ、魔剣を使うようにする訓練ッスよね?」
「そうだよ」
「じゃあそこの三匹はなんスか!?」
「きゅ?」「ぎゅ?」「きゅる?」
さも当然のように連理の傍らで飛び出す構えをしているエンペラビットのシャチホコ、ドワーフラビットのギンシャリ、エルフラビットのワサビ
対人戦において、最強の噂されている三匹である。
ちなみに、この場にはいない三上詩織は訓練の際にこのうちの一匹とスパーリングを行っているが、未だに勝ったことが無い。
そんなのを三匹同時に戦わせようとしている連理だったが……
「いやだって、一対一で戒斗と本気で戦ったら僕が百パー負けるじゃん」
恥も外聞も気にならないくらい弱い自覚があった。
御崎鋼真との戦闘も、あれは向こうが連理を舐めていたからであって、初めから本気であったなら負けていただろう。
「いや、そんなの出されたら訓練にならないじゃないッスか!
俺が一方的に負けるだけじゃないッスか!!」
「それがそうでもないんだよね」
「……は?」
「戒斗、こいつらの移動速度って、どらくらいか知ってる?」
「え……あー……あんまり考えたことはないッスけど……」
「瞬間最高時速が約2000kmだってさ」
「にせっ……」
「ちなみにこれ、拳銃の弾丸より速くてライフル以下の速さなんだってさ」
「……え?」
速度を実際に数値で聞いて驚いた戒斗だったが、続く連理の言葉で冷静になる。
「しかもあくまで最高だからさ、通常の速さはそれこそ拳銃以下……つまりさ、縦横無尽に動くという点が異なるけど、その攻撃速度自体は戒斗が灰谷先輩との訓練で培ったものには及ばないってことさ。
これから先、迷宮深層になれば、こいつらの通常速度を瞬間的に出してくる迷宮生物も出てくる。
アタッカーでありながら耐久力が乏しい戒斗は、いざってときは一人でそんな相手と戦わなきゃいけない時が来るかもしれない。
つまり、今のうちにその速度で自由に動く敵との戦い方を覚えておいて欲しいんだ。戒斗に万が一のことがあると椿咲が悲しむからね」
「連理……お前」
全うな意見である。戒斗は確かに、その説明でこの訓練の意味を理解した。
「そんなこと言いつつ俺のこと痛めつける気満々ッスよね?」
「否定はしない」
「いやしろよ! せめて取り繕えッス!!」
ただし、連理の悪だくみ面がありありと見せつけられて納得はできなかった。
「さぁ、一方的に痛めつけられる側の気持ちを思い知るがいい!!」
「てめこの野郎!!」
合図を待たずに魔剣を抜いて鬼の姿に変わる連理。
さきほどまで凄いシリアスな雰囲気だったのに、もう台無しである。
そんな締まらない後輩たちの姿を見て、下村大地はやれやれとため息をつく。
『……まずいと判断したら止めるからな』
「現在進行形でまずいんスけど――ごふんっ!?」
ギンシャリの体当たりを受け、戒斗がその場から吹っ飛ばされたのであった。
■
そんな私情6割が混ざった訓練が行われている一方で、男子寮の食堂にて……
「はい、それじゃあ今日は簡単にカレーから作ってみましょうね。歌丸くんも大好物だし」
「よ、よろしくお願いします」
男子寮の寮母である白里恵と一緒にエプロン姿で食堂に立っているのは、榎並英里佳
ある意味で世界的に有名になった少女である。
「なんで私まで呼ばれたの?」
「ごめんね詩織ちゃん……同じ轍は踏みたくなくて」
同じくエプロン姿の三上詩織に苅澤紗々芽
チーム天守閣の三人娘が、まさかの男子寮の食堂に揃い踏みしていた。
「はぁ……マジで可愛いよなあの三人」
「苅澤さん、いいよなぁ……めっちゃ巨乳だし」
「俺は三上だな。最初態度きつかったけど、最近話しやすいし」
「俺は榎並さんかなぁ……足のラインとか……むしゃぶりつきてぇ」
女が三人いれば姦しい、などというものだが、年頃の男が集まると自然と下世話な話が始まるものである。
しかし、そんな話が盛り上がろうとした時だった。
「でもあの三人、歌丸の奴と付き合ってるらしいよな」
「「「「それは言うなよ」」」」
遠い目をした一人の男子の告げた悲しい現実に、他の四人は机に突っ伏した。
この五人、歌丸と同じ寮に住む男子生徒で、同じチームのメンバーだ。
普段なら迷宮に挑むところ、今日は休養日としてダラダラと過ごし、遅めの朝食を一緒に取っている。
「明日からいよいよ十層……森林エリアに行くってのに、なんでこんな憂鬱な気分になるんだろうな」
彼らの実力は、例年の一般平均の北学区の生徒と言っても良い。
そんな彼らも、夏休みに入ったことで毎年恒例、北学区生徒会公認の強化合宿プログラムの参加資格を得た。
これは上級生が一年生に力を貸すというものである。
しかし、一緒にパーティを組んで直接力を貸すわけではない。
一日ごとに上級生たちが一つの階層に数名待機し、そこにやってくる一年生を見守るのだ。
そして希望すればあえて上級生が迷宮生物の数を減らした状況で戦わせたり、逆に数を増やして戦わせたりなどして、危なくなったら助けるなど、実戦の中で訓練できる。
まぁ、その分、上級生たちが帰れといったら絶対に帰らなければならないという制約があるが、それでも彼らには十分にありがたいプログラムだった。
ちなみに生徒会側にはただただ出費と手間が多いこのプログラムであるが……この活動をしないと、夏休みということでに無茶して遭難して死亡率が平時の数倍に跳ね上がるから仕方なくやっているのである。
本来なら二〇層に到達してない一年生に力を貸すのは禁止というのが暗黙の了解だが、人命優先なのでこの時期だけは仕方がない。
あとついでではあるが、普段は迷宮に行かない他の学区の生徒も、卒業資格を得るためにこの時期に迷宮に挑むので、その補助も並行で行っている。
さらに参加すれば貴重な致命傷の攻撃を受けても一回だけなら守ってくれるスケープゴートバッチがタダでもらえるので、よっぽどの阿呆か参加資格の無い未だに上層をウロウロしている生徒以外は全員参加である。
「森林エリアなら上層より薬草とか、動物系の迷宮生物の素材とか手に入り易くて金が稼げるって聞くよな」
「ああ、金、稼いで、新しい装備揃えて」
「もっと迷宮攻略が捗って……」
「それでもっと金稼いで、もっといい装備、買って……買、って……」
「…………俺らの夏休み、寂しくね?」
「「「「それを言うなよ」」」」
再び机に突っ伏す四人と、それを見て自分も寂しい気持ちになる少年である。
「……中学の頃はさ、迷宮学園に来ればスゲェことになるとかずっと妄想してたよな」
「ああ、あるある。俺には特別な力があるとかマジであの時思ってたよな」
「でも実際に迷宮に挑むとなぁ……」
「ゴブリンとかめっちゃ怖いよな」
「普通に倒せるけど、続けてくと気分悪くなってなぁ……」
「ハウンド系の迷宮生物と戦ってると、実家の犬がじゃれついてきたの思い出してスゲェやりづらいんだけど……」
「たまにネットニュースになってるよな、北学区の卒業生が誤って大型犬を殺したって」
「昔はなんで? とか思ったけど今ならちょっとわかるわ」
「――待て、これ、駄目なパターンだ」
「え、犬殺すのが?」
「確かに駄目だが、そこじゃない。そこじゃないんだって。
雑談に流されて俺たちこのまま灰色の青春を送ることになるぞ。
いいか、アレを見ろ」
少年たちのリーダーはそう言って、現在進行形で食堂にて料理をしている寮母の白里恵とチーム天守閣の三人娘の方を指さす。
「英里佳ちゃん、待って、お願い待って。
牛肉の筋をサバイバルナイフで切らないで」
「え……でも包丁だと切り難くて。
これ、ラプトルの鱗の上からでも肉を切れるんですよ」
「実戦に使ったものを料理には使いません」
「…………どうして私が連れてこられたのかちょっとわかったわ」
「英里佳って効率を重視して過程が凄い頓珍漢になるの。
前回は私じゃ止められなくて……」
女の子の楽しい料理教室に迷宮要素がほのかに混じっている光景だった。
ちなみに距離があるので何を言っているのかは聞こえていない模様。
「……リーダー、あれがどうかしたか?」
「女の子が、好きな相手のために料理している。
あれを見て、お前は何とも思わないのかタツキ」
タツキと呼ばれた優男は、リーダーのその言葉に複雑な表情になる。
「そりゃ、羨ましいけどさ……」
「俺たちがどうしてモテないのか?
歌丸連理と何が違うのか、これ、真面目に考えるべきだと思うんだ。
そうだろ、キム?」
「俺らとあいつじゃ色んな要素が違くね?」
キムと呼ばれた茶髪の少年
歌丸連理の姿を思い出す。基本血塗れな姿がよくテレビに映っている。
「いや、単純な北学区生徒としての能力じゃなくて、こう性格とか普段の行動とかだよ」
「つまり、リーダーは歌丸連理の普段の行動にモテる秘訣がある、そう言いたいのか?」
「そういうことだ、山ちゃん」
その意見にタツキ、キム、山ちゃんの表情が引き締まる。
「それは、確かめる価値があるな」
「ああ、俺たちはこの夏で彼女をゲットする」
「これは、燃えてきたな」
「そうだ、俺たち全員で、彼女を作ってこの夏休みをバラ色に――」
その言葉の途中で、先ほどから冷静だった五人目が席を立つ。
「俺、彼女にこれから会いに行くか――ぐほ!?」
「テメェ、一人だけ彼女持ちだからって調子乗んなよマツジ」
とマツジにヘッドロックを決めるリーダー
「なんで俺たちと同じ生活して彼女作れてんだ? どんなチートだ? ん?」
と真正面から胸倉を掴むタツキ
「いや、ホントマジでお前、ありえなくね?」
と額に青筋が浮かぶキム
「催眠術か? そういうスキルか? 教えろ、言い値払うから!」
と必死な山ちゃん
そして当のマツジは必死に首を横に振る。
「い、いやだから、別に特別なこととかしてなくて、普通に話してたら仲良くなって――」
「「「「嘘つけテメェこの野郎ぉ!!!!」」」」
■
「なんか、あの席騒がしいですね」
「そうだね……って、なんか凄いカッコいい人たちですけど……え? アイドルグループかなんかですか?」
詩織は食堂の中で騒いでいる五人集団を見て、紗々芽の方は彼らの整った容姿に少々驚いた。
「ああ、あの子たち?
うちの男子寮でこっそり有名になってるイケメン集団よ。
北(North)学区のイケてる五人組で、
「有名なのに、こっそりなんですか?」
寮母の恵の言葉の矛盾に首を傾げる英里佳だったが、そんな英里佳を見て恵はおかしくて笑う。
「だって、今じゃ学園どころか世界的に有名な歌丸くんがこの寮にいるんだもの。
他のことなんて誰も注目しなくなっちゃうわよ」
「「「あぁ」」」
言われて納得する。
歌丸連理の話題は、この世界ではもはやトレンド一位といっても過言ではない。
外部との通信手段が大きく制限されている学園ではあまり意識できないかもしれんがい、現に世界的なSNSでは話題の中心ともなっているのだ。
「でも一年の女子の間でもかなり人気でね、ほら、学生証の掲示板とかだとこっそりファンサイトとか出来てるのよ?」
ちゃっかり自分も学生証持ちの卒業生であることを示しつつ、三人に見せる。
確かにそこには、普段五人揃って活躍している彼らのことを記録した有志による記事がまとめられていた。
「ちなみに私が作りました」
有志本人だった。
「えっと……寮母としてそれ、大丈夫なんですか?」
「全然問題ないわよ。むしろ私がこれ作らないともっと大変だったわ」
話を聞いてみると、あのイケメン五人組に近づこうと、寮に潜入しようとした女子生徒のストーカーが出てきたそうで、ストーカー同士での争いが勃発しかけたらしい。
その暴走を止めるためにファンクラブを作ってお互いを牽制させる状態に持って行ったのだという。
物凄く優秀な情報統制の能力の持ち主である。
なぜ寮母なのか? と三人とも疑問に思ったがなんか怖いので聞かないことにした。
「ちなみにね、今あそこで捕まってるマツジくんね、あの五人の中では人気はイマイチで、ファンの中にストーカー気質な子はいなかったのよ。
それでも本気で好きだって一生懸命な子がいてね、実際に話して見たら普通の子だったから、自然な出会いをセッティングしたらそのまま付き合っちゃったのよね。
今はマツジくんのファンの大半は他の四人に分散されてるのよ」
やってることがお節介なお見合い勧めてくる人であった。
とにかく、自分たちが知らないところで知らない男子が凄い話題になっていたのだなと、普段の学園での生活の知らない一面を垣間見た三人娘であった。
――ちなみ、当のNI5の五人は自分たちがそんな呼ばれ方をしていることも、滅茶苦茶女子にモテすぎて逆に女子が近づいてこない状況であるということも知らないのであった。
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