第267話 ある意味で到達点

「あっはっはっは、ごめんごめん、サプライズで喜ばせようと思って!


失敗失敗♪」



あざとくコツンと自分の頭を叩くMIYABI


普通にやったら痛々しいが、この人がやると不思議と絵になる。流石は世界の歌姫というところだろう。


もっとも……



「――――」

「英里佳、無言で拳銃抜かないで!」



今の英里佳には火に油。


最近の英里佳って徒手空拳主体だったから拳銃使うのって久しぶりに見た気がする。



「大丈夫歌丸くん、サイレンサー付きだから」


「落ち着いて、何も大丈夫じゃないから」


「あれ、さっきみたいに名前で呼ばないの?」


「(かちっ)」

「安全装置外さないでっ!?」



流石にまずいと思って英里佳を後ろから抱きしめる形で押しとどめる。


あ、いひにほい。


思わず古文風な感想を抱いてしまう一方で、英里佳の怒気が少し収まった気がする。



「……白々しい。どうせそっちでタイミング計ってたんでしょ」


「あ、やっぱりバレた」


「英里佳、顔はバレるからお腹辺りが良いんじゃない?」


「うん、ライブに影響は出さない程度に痛めつけるね」


「――待ってくれ」



すると、今まで廊下で待機していたのか、西学区の生徒会副会長にして、MIYABIのマネージャーである小橋努こばしつとむ副会長が入ってきた。



「流石はコバちゃん、さぁ、私を守って!」


「ライブが終わった後に荒縄で縛って贈呈するから、今は見逃してもらえないだろうか?


ライブ前には些細なダメージも負わせられるとパフォーマンスにどんな影響が出るか未知数なんだ」


「あれぇ? ちょっと、コバちゃん、それだめでしょ。私のマネージャーなのに」


「お前はもう少し自重という言葉を覚えるべきだと思う。少しくらい痛い目に」

「あー、やる気失せたー」



「――確か、歌丸の妹はMIYABIの大ファンだったな。


来年のライブの年間通しての優待券と、実家に限定グッズとライブ映像まとめたDVDを贈呈するというのでどうだろうか?」


「なんだかんだ言って小橋副会長が一番甘いですよね。


まぁ、椿咲も喜ぶと思うので僕はそれでいいですけど……」


「……椿咲ちゃんが喜ぶのなら、私もそれでいいです」


「本当に助かる。この顔で良ければ代わりにいくらで殴ってくれ」


「いやそれ、副会長の身体と僕らの精神にダメージあるだけで、肝心のMIYABIには一切負荷がかかりませんよね」


「コバちゃーん、がんばえー」



肝心のMIYABIは先ほど僕と英里佳が座っていたソファでくつろぎモードに移行している。


この女、ガチでドラゴン並に人類にとっての邪悪な存在なのではないだろうか?


一度本気で痛い目に遭えばいいのに。



「あんた、少しは副会長のこと労れよ……」


「歌丸、構わないさ。どうせ言っても理解できない。


良くも悪くも、MIYABIは天才だ。他者の理解など求めてないし必要もない。


だが……歌は本物だ。それをいつだって誰よりも近くで聞けるというのだから、俺にとっては大した問題じゃない」



この人は本当に人類なのだろうか?


輪廻転生の解脱からさらに一周回った仏の生まれ変わりとか言われても信じられるんですけど。



「それに、俺にしてみれば歌丸、お前もあまりMIYABIのことは悪く言えないぞ」


「え、心外です」


「いくら注意しても悪ふざけを止めないMIYABIと、いくら注意しても危険に首を突っ込むお前。


似たようなもんというか……話が通じる分、お前の方が質が悪いと思うんだよ、本当に」


「えー……いや、確かに僕も注意力が不足してたのも認めますけど、中には不可抗力なのもありまして……」


「……あー」


「英里佳!?」



え、僕の行動ってあのMIYABI並に厄介なものって認識されてたの!? 普通にショック!



「反省はしてくれるんだけど、それを次に活かしてもらえないのが本当に心配で……もちろん私たちも努力はしてるんだけど……」


「あー、わかるわかる。


もうここまでして駄目ならこっちが何とかするしかなくなるんだよな、結局」


「そうなんですよねぇ……」


「そうなんだよなぁ……」



英里佳が小橋副会長に共感して遠い目をしている。


そんな二人を見ていて居心地が悪くなっていると、不意に肩に手を置かれて……



「ふっ」


「そんな仲間を見つけたみたいな目で僕を見るな」



絶対に違うから。ネタとかじゃなくて、絶対に僕はこの人とは違うから!



「まぁ、それは置いといて……二人とも私のライブに来てくれてありがとねっ」



MIYABIは心底嬉しそうに僕たちに笑顔を向ける。


普段から笑顔ばかりな印象が強いが、なんだかその笑顔は普段と様子が違うように見えた。


なんというか…………ワクワクしているのか?



「よかったよかった、もしかしたら英里佳、チケット歌丸くんの妹ちゃんに渡して来てくれないと思ってたんだよねぇ」


「最初はそのつもりだった。


……けど、椿咲ちゃんが言って来いって言うから仕方なく来ただけ」


「へぇ、仕方なく、仕方なくなんだぁ~、へぇ~」



ニヤニヤと笑みを浮かべながら英里佳に近づくMIYABI


英里佳の言葉は彼女の立ち位置を考えれば不快に思えるはずなのに、なんだか楽しそうだ。



「だったら、ぎゃふんと言わせてあげるから、覚悟しててよね」


「……勝手に言ってればいい。


あなたの歌ならもう二回は聞いてる。上手いと思っただけで、それ以外特に感想はないから」


「はいはい、わかったわかった。


それじゃあ、ライブ終わったら感想聞きに来るからねぇ~」



ひらひらと手を振って一人で去っていくMIYABI


いつもと同じ調子に見えるが、雰囲気が何か違う。


ワクワクしてる中に……なんか、不敵というか……天藤会長を連想させるような未知というか……



「今日の仕上がりは、どうやら今年に入って一番いいかもしれないな」



そんなMIYABIを見送って、小橋副会長はなんだかとても嬉しそうにほくそ笑む。



「邪魔をして悪かったが、礼を言う。


この体育祭の締めに相応しい歴史的なライブになりそうだ」



なんとも誇張が幅を利かせたような言葉だと、普段なら曖昧な笑みを浮かべて頷くところだが、小橋副会長の顔は確信があり、僕にそんなリアクションをすることが失礼なのではと自粛させてしまうほどだった。



「それと、榎並さん」


「なんですか?」



小橋副会長にしては珍しい、悪戯めいた笑みを見せてくる。



「今日はレイドじゃなくて、単なるライブだ。


純粋に、MIYABIの歌を聞くだけのイベントだ」


「そうですけど……それが?」


「ディーヴァという職業のが混ざらないMIYABIのライブを聞くのは二人とも初めてだろ。


今のあいつなら、絶対に君たちにとってはこの時間はとても有意義なものになる。是非とも楽しんでくれ」



そう言って、先輩も部屋から出ていった。


残された僕と英里佳はお互いに顔を見合わせる。



「今の……どういう意味だと思う?」


「ディーヴァが不純物……あの歌を聞いた時実際に体が強くなったり気分が高揚したりして、とてもプラスの効果ばかりだった。


……それを邪魔みたいに言うのは、違和感がある」



英里佳も僕と同意見か。


ディーヴァは正真正銘のワンオフの職業で、現在MIYABI以外の誰もなっていない。


それを小橋副会長は不純物と断じた。


それが一体何を示しているのか気になるが……



「――自分ら、気になるんか?」


「「っ!?」」



突如聞こえてきた第三者の声に臨戦対戦に入る。


そこに現れたのは、ドラゴン――だが、僕たちの良く知っているのとは若干色が違った。



「西部学園のドラゴン……なんでここに?」


「そら、チケット貰ったからや。別室やけど。


なんか聞き覚えのやる声が聞こえてきよったんでちびっと挨拶に来たんや」


「……あの、僕らの立場分かってますよね?


所属は違いますけど、一応僕たちにとってドラゴンは倒すべき敵なわけなんですけど」



なんでフレンドリーに挨拶とかしてくるのかな。


ドラゴンって空気がそこまで読めない種族なの?



「ちなみのこのチケット、当初は東のが使う予定やったけど、まだ回復しきれてへんってこってでぇ代わりに俺が来よったんや」


「…………じゃあまだマシ、なのかな」


「…………そうだね、どちらかといえばまだこっちの方がいいや」



西のドラゴンも嫌だけど、うちの学園のドラゴンが来るのはもっと嫌だ。


そしてあいつなら絶対にここに来た。あいつなら絶対にそうする。


それを考慮すればまだマシだろう。



「一応聞きますけど……あなたたちの今の身体って偽物なんですよね。


それがダメージ負っただけでそこまで疲れるものなんですか?」


「偽物っていうんは正しくあらへんな。今のこの身体は分身、失ったトコでぇ俺たちが死ぬわけではおまへんが、負担が一切ないわけやあらへんで。


そないやなぁ……人間でぇいうトコの、ゲームアカウントみたいな感覚か。消去されたトコでぇ人間本体には一切ダメージはあらへんけど、精神的な疲労は計り知れへんやろ」


「それはなんか違うような……」


「一緒や一緒、単にダメージ受けるんが体力か精神かの違い程度や」



体力と精神の疲労は別物のような……いやまぁ、一概にまったく関りがないとは言い切れないけど。



「つまり、負担はかかるだけでいくら分身のドラゴンを殺しても、ドラゴンが死ぬことはありえない。そういうことでしょ」


「そないこって」



やっぱり、ドラゴンを倒すという意味ではノルン……千早妃の協力は必要不可欠なわけか。



「あの……千早妃、今は大丈夫でしたか?


休み明け頃にこっちに来るって話だそうですけど……」


「まぁ、そないなる予定やな。安心しなや。俺、別に妨害ってかしやんし、むせえ邪魔やる者がおるやったらそっちも排除やるつもりやから」


「……西にとって、千早妃はキーパーソンだから、かなり惜しむと思ったんですけどあっさりしてますね」


「そりゃもちろん、本日この時までノルンの力におんぶにだっこやった連中がこれからどないやってこれまでぇ築おってきよった地位を維持すんねんかが見物みもんやからな。


いやぁ、ほんまに今から学園がどないな風に荒れるのか楽しみでぇ楽しみでぇワクワクやで」



――あ、やっぱりドラゴンだこいつ。わかってたけど。



「……先に言っておきますけど、それで死亡率が上がったからって千早妃の責任になるみたいなことはやめさせてください。


完全な逆恨みですから」


「別にかまへんよ」


「……本当にあっさりですね」


「ちゅうやり、神吉の全力をもっとはよ発揮させなかった連中に責任の追及が及ぶやろし、それどころか、君とての決闘で負けた御崎鋼真が槍玉に挙げられて責められてる真っ最中やから。


それにな、うちの学園って迷宮の死亡率が低いのってそもそも北学区の生徒が全体的に低かったってのも原因があんねん。


人間同士の派閥争いってかで、迷宮に入れる人数制限してたから、折角北に入ったけど一月そこらで半ば強制で他の学区に転校させられたりしてな


これからはそれも緩くなるやろし、やから仮に死亡率が上がっても、そらぁ自己責任やから、神吉千早妃の責任にすんのんはけったいやって、数字で反論ができるでぇ」


「千早妃だけじゃなく……そっちの学園に残る彼女の身内にも注意を向けていてくれませんか」


「ええで」


「……あの、頼んでる僕がいうのもあれなんですけど……どうして快諾するんですか?」


「ん? そら、やって、こっちもいらん手間をかけなくて済んだからや。


神吉千早妃は、夏休み中に適当なレイドで劇的な演出してから殺すつもりやったし」



西のドラゴンの言葉に、僕も英里佳も絶句する。



「……なぜ? どうしてそうなる?」



敬語など不要。目の前の人外は敵だと、改めて認識する。



「折角のノルンの力を学園は腐らせる。ほんでノルンの力は学園をもっと腐らせる。やったら、最初からあらへん方が健全な学園を運営でぇきるってもんやろ。


歴代最高の力を持つノルンを殺せば、西の方におる惟神も、次は我が身って思っていらんこってしなくなるやろし」



……ああ、そうだ。


結局はこいつも人のことなんて考えてない。


人間を個人ではなく、種族という大枠で考えている。


西の学園が腐ったのは千早妃の責任じゃないのに、千早妃を排除したほうが楽だから、効率的だからと排除しようとしていた。


……意図せず、僕たちは彼女の命を救っていたわけか。どっちにしても胸糞悪い話だ。



「ああ、それより……そやそや、ディーヴァの力の話やったな」



千早妃の生き死にの話をどうでもよさそうに語る。


……僕たちが倒すべきドラゴンって、東のだけじゃなくて……こいつも含めるべきなのではないだろうか。


……いや、それは流石に無理があるか。



「……もう結構。その答えは自分で見つけるので」


「ん、さよかい?


それやったら一つだけ」



西のドラゴンは鋭利な爪の生えた人差し指を立てて、僕たちに告げる。



「人の心を動かすのは、同じ人の心っちゅうことや」



西のドラゴンは、それだけ言ってその場で姿を消した。


別に盛り上がっていたわけではないけれど……なんか一気に気分が落ち込んだ。


折角の英里佳とのデートが台無しだ。



「歌丸くん、大丈夫?」


「僕は大丈夫だけど……英里佳こそ、平気?」


「私は別に。ドラゴンってだけで、碌な相手じゃないのはわかり切ってたことだし」


「……そう、だね。


ドラゴンが相手なんだから、まともな会話ができるなんて思う方がおかしかったんだ」



拳を握りしめる。


共存できるならそれに越したことは無いだろうが……少なくとも現段階では不可能だ。


ドラゴンが人間への意識を改めない限り、今の立場が覆ることは無い。



「……あ、そろそろ始まるみたいだよ」



英里佳がそう言って先にソファに座る。


僕も促され、その隣に座った。


こちらから一望できる会場全体が暗くなり、設置されているステージにスポットライトが当たる。


そして、ステージの下から現れる一人の少女


――MIYABI


室内に設置されているモニターを見れば、自信にあふれた表情が映る。



『――みんなー! 今日は来てくれてありがとー!』



MIYABIの声に、会場にいる観客たちが反応し、歓声が聞こえる。



『こんなにすぐに、こうして日本に戻ってこれて、またこうして、みんなに会えて、私、今すっごく嬉しいっ!』



彼女が喋る度に僅かな沈黙が発生し、そしてその言葉を言い終えると再び歓声が響く。


チケットを持った者たちが集まった、烏合の衆のはずなのに、まるで会場全体に集まったのが規律によって制された集団のように、タイミングが揃っている。



『それじゃあ、一曲目行くよーーーー!』



会場が、震える。



「「――――」」



僕も英里佳も、言葉が出てこない。


ただただ、ステージで歌い、そしてスピーカーから聞こえてくるMIYABIの歌に呑まれていた。



――ディーヴァが不純物、その意味を耳が、鳥肌が立って震えるからだが勝手に理解した。


これが、歌


混ざりっ気のない、純粋な歌。


身体強化も魔力の強化も、回復もしない、何の力もない、ただ聞くだけの歌。


なのに、今まで聞いてきたどの歌よりも、腹の奥底にズンッと響いて来る。



どうして小橋先輩があそこまでMIYABIに心酔するのか、どうして多くの人があそこまでMIYABIのことを崇めるのか。



ただ歌が上手いだけじゃない。


ただ綺麗なだけじゃない。


ただ曲がいいとか演出が凄いとか、もうそんな次元の話じゃない。


スキルの力が一切入らないただの歌


一人の人間の、魂。


それが、これほどまでに心を震わせるものなのか。


そして、僕はその歌に聞き惚れつつも、心のどこかで、何かが引っかかりが生まれる。


何の力もない歌が、多くの人の心を震わせている、その事実が、たまらなく嬉しかった。同時に僕は……



――あんな風になれたら



何の力もないはずMIYABIの歌に、嫉妬にも似た憧憬が、この時の僕の中に確かに生じたのであった。

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