第266話 ライブに行こう。



紗々芽さんと一緒に昼寝して、気が付くと結構時間が経っていた。


いつの間にかララが僕たちの護衛をしてくれていたので、今度お礼に高級フルーツをあげよう。


起きた時には僕も紗々芽さんもお互いに抱き合うような状態であり、季節的には夏場なのによくこんな状態で眠れたなとも思う。


それだけお互いに疲れてたってことなのか? でも、なんか自分でもびっくりするほど気持ちよく眠れた。



「話では聞いてたんだけど、実際に添い寝するのってこんなにリラックスできるものだったんだね」


「確かにそうかも。


僕もここまで安眠できたのは凄い久しぶりな気がする」



添い寝の効果だろうか、ちょっと侮ってた。



「他人と一緒になるのってどうなんだろうって思ったけど、気心知れた相手だとむしろ凄く安心できるんだね。


今度から詩織ちゃんと添い寝しようかな」



今、凄く「キマシタワー」な気配を感じた。


……紗々芽さんと詩織さんが一緒に添い寝…………ほうほう。


やっぱり詩織さんが攻め? いや、逆に紗々芽さんが?


いやまて、逆に関係は詩織さん攻めで、紗々芽さんが誘い受けという方向は……?



「いてっ」


「今、なんかいやらしいこと考えてた」



少し膨れた顔をした紗々芽さんにデコピンされてしまった。


そんな表情がちょっと可愛いと思えてしまう。



「そんなこと考えると、もう歌丸くんとは添い寝はしない方向で」


「え……」



紗々芽さんのその言葉に、僕は自分でもびっくりするほど動揺した。


どうやら僕は知らず知らずのうちに添い寝のリピーターと化してしまっていたようだ。


そんな僕の態度に気付いたのか、紗々芽さんは目を細め、にんまりと口角をあげる。



「ふーん……歌丸くん、残念そうだね」


「ぐぅ……い、いや、別に……」


「寝てる間、あんなに甘えてきたくせに今更強がられてもね」


「え……どゆこと?」


「歌丸くんって、凄い寂しがり屋さんだったんだなぁって」


「待って待って待って、え、いや、本当にどういうこと? 僕何したの?」


「え……私にそんなこと言わせるなんて……一歩間違えたらセクハラだよ」


「マジで僕何したの!?」



困惑する僕をよそに、紗々芽さんはレジャーシートをかたずけてだし、ララをアドバンスカードへと戻す。


そしてその時、ララはアドバンスカードに戻るその直前に僕を見て……



「……ふっ」


「鼻で笑った!?」



え、嘘、マジで僕何かやったの!? 紗々芽さんの張ったりとかじゃなくて?


いやでもララがそんな腹芸できるような子じゃないし……



「まぁ、誘ったのは私の方だし……歌丸くんがどうしてもというならまた添い寝してあげても良いけど…………英里佳にはしない方が良いと思うよ。たぶん傷つくから」



そう言って、片づけを終えた紗々芽さんは僕を残して歩き出す。



「ねぇちょっと、あの、本当に僕何をしたの!?」


「いいからほら、早く駅に行かないと椿咲ちゃんの見送りに遅れちゃうよ」


「それも大事だけど、僕の社会的な生死に大きく関わることだから、何があったのか詳しく」


「あんまりしつこいと添い寝もしてあげない」


「ぬ、ぐっ……!」



お、落ち着け、冷静に考えるんだ歌丸連理!


添い寝と社会的な地位、一体僕はどっちが大事なんだ!!


よく考えるんだ、よく考えて、考えて……考えて……!!



「ぐ、ぬぬぬぬぅ……!」


「言ったの私だけど、そこまで悩むんだ……


どれだけ添い寝が気に入ったの?」





結局、僕は答えを出せないまま駅に到着。


駅では事前に連絡した場所で椿咲と戒斗がいたし、午前中一緒にいた詩織さんに、英里佳もいた。


……なんか戒斗の表情がぎこちないような気がするが、実家で何かあったのか?


いやでも、一緒に実家に行ったはずの椿咲の方はむしろイキイキしてるっぽいし……何か悪いことがあったようには見えないが、どうしたんだろうか?



「皆さん、今回は兄共々お世話になりました」


「僕からもみんなに改めてお礼を言わせて欲しい。


ありがとうね、僕の家族を守ってくれて」



改めて皆に礼を言う。


今回、僕が安心して体育祭に望めたのは、生徒会のサポートもそうだが、やっぱり一番はこの場にいる仲間たちが家族を守ってくれているという安心があったからだ。


本当にみんなには感謝してもしきれない。



「別にお礼を言われるほどじゃなかったわよ。


結局何も起きなかったし、単に一緒にいただけだったもの」



詩織さんはそう言うが、みんなが一緒にいたからこそ何も起こらずに済んだのだと僕は思う。



「椿咲ちゃん、来年学園に来たらまた一緒にどこか行こうね」


「はいっ」



紗々芽さんは椿咲とこの体育祭の期間中に結構仲良くなったようだ。よかったよかった。



「……あの、少しいい?」



そんな中、少し心配そうな表情をした英里佳が椿咲にとう。



「なんか、歩き方が今朝見た時と違うみたいだけど、腰痛めたりした?」


「――ぶほぉ!!」


「うわっ、びっくりした……え、戒斗、どうした?」



英里佳が椿咲に質問したら、何故か戒斗が噴き出した。



「ちょっと咳き込んだだけッス……あ、あはははは」


「ん? なんか顔色悪いね。風邪?」


「あ、はは、あははははははは、そんなわけないッスよ? 俺ッスよ、俺。


俺はこれまで一度も風邪なんて引いたことないの知ってるじゃないッスかぁ?」


「いや知らんけど」


「あ、あれぇ? そうだったッスねぇ! あははははははあはははははは」



もう、これでもかってくらい様子がおかしい。いっそ不審と言っても良いレベル。



「って、そうだ……椿咲、英里佳が言うみたいに怪我でもしたの?」


「え、そ、そんなことは無いよ、あはは」



何故か椿咲は顔を赤くしながら笑顔を見せる。戒斗と態度は似ているが、こちらはなんか……心なしか嬉しそうだ。



「「……あ」」



背後で何かを察したみたいな雰囲気を見せる詩織さんと紗々芽さん。


その二人は僕の問いに答えずに戒斗の方を見る。


すると、戒斗はその視線を受け、口を真一文字に固めながら額に汗をかきながら視線を横に背ける。



「……え、正気、あんた?」


「流石にそれは……ちょっと」


「………………」



二人言葉に戒斗は何かを目で訴えかけているが、口は閉ざしたままだ。



「そんなことより、兄さん、はい、これ」


「え………………あ、これってMIYABIのライブチケットじゃん」



学園での模擬店の時に行われたカップルコンテストの景品で……なんやかんやあって僕は結局手に入れられなかった奴だ。



「……あ」



そのチケットを見て、英里佳は何か気付いた様子だ。



「開催日が今日だけど、私はこれから帰るから兄さんにあげる」


「いやでも、お前MIYABIの大ファンじゃん。


ライブ見てから帰ってもいいんじゃないか?」


「それじゃ家に着く頃には深夜になっちゃうよ。


それに本当ならこの体育祭だって昨日の時点でお母さんたちと一緒に帰ってたのを無理言って残してもらったんだもん。これ以上は駄目だよ。


だから、兄さんで楽しんできてよ」


「……えっと……じゃあ……その、英里佳、いい?」


「う、うん」



この後は英里佳と一緒に過ごす予定だったし、僕の一存では決めかねる。


まぁ、正直何か特別な予定を決めていたわけじゃないし……一緒にご飯を食べて夜景を楽しむくらいだったから丁度いいのか?


クリアスパイダー討伐戦と模擬戦の時に聞いたことはあるけど……あの時は歌を楽しむ余裕はなかったから、ちゃんと聞くのはこれが初めてになるのかな。



「それじゃあ、兄さん、またね。


怪我とかしないように、気を付けてね、本当に」


「わかってる」


「ううん、分かってる人はそもそも一昨日のような怪我はしないよ」


「…………」



反論できねぇ。妹に完全に論破されてしまった。



「とにかく、本当に気を付けて。


お父さんお母さんのことも、少しは安心させてあげてよね」


「……わかって……いや、わかった。


父さんたちによろしく伝えといて」


「うん、それじゃあね」



改札を通ってホームへと向かっていく椿咲を見送る。


あの姿をもう一度見れるのは来年になるのだなと思うと少し寂しくなる。



「来年になればちゃんと会えるわよ」


「そうだね、それまで怪我しないようにもっとみんなで強くならないとね」


「うん、私も……もっともっと強くなって歌丸くんを守る」


「そうだね。


うん、そうだ。来年、椿咲から心配されない、それどころか頼ってもらえるくらいに僕も強くなるよ」


「ははは、そうっスね。


まぁ、俺もここは頑張り所ッスね。


……さて、ちょっと俺は疲れたんで一足先に学園の寮に戻らせてもらうッスね」



夕刻から学生は学生証を操作することで任意のタイミングで学園へと戻れるようになる。


日付が変われば強制的に学園に戻されるのでギリギリまで東京で遊びたいというものが殆どだが……



「あ、戒斗」


「な、なんスか? ちょい、連理、苦しんスけど?」



僕は戒斗の首に手を回し強めに占めて顔を近づけて耳打ちした。



「うちの妹に何やらかしたか、後で詳しく教えてもらうよ」


「……はい」



英里佳は気付いてないみたいだが、僕はその後の詩織さんと紗々芽さんのリアクションで気が付いた。


ただ……戒斗がわざわざ親に会いに行った実家でそんなことをやらかすとは考えづらい。


今朝だってその辺りについてお互いに話したばっかりだし。


……いや、まぁ……まさか、ね。うん、まさかまさか……流石にね、うん、一線は超えてないと思うけど。


だってまだうちの妹、子どもだし。戒斗だってその辺りの分別くらいは付いているはずだからね。うん、大丈夫大丈夫。


流石にいくらなんでもそこまではね……あはははははははははは!

※後で全力で殴りに行きます。





駅にて戒斗は一人で学園に先にもどり、詩織さんと紗々芽さんは一緒に夜の東京観光に繰り出した。


そして僕は英里佳と一緒に、体育祭最終日に取り行われるMIYABIのライブ会場に向かっていた。


その場所は開会式が行われた場所であり、体育祭前日に僕たちが天藤会長と一戦やらかした場所でもある。


あの時はララと紗々芽さんの造った樹木の壁とか、会長とソラによって焼けたり、英里佳のパワーで抉れたりした地面は、ドラゴンのとんでもない異能で元通りになったが……時間を自在に操る能力、だろうか。


物理無効スキルを手に入れた英里佳と、その能力を得るであろうルーンナイトの詩織さん


ドラゴンの本体を探し出せるノルンの千早妃


ミィスドラゴンという特別な迷宮生物と、それと融合する能力を独自で手に入れた天藤会長


そして……空間を切り裂く技でアキレスタートルの甲羅を切り裂いた黒鵜先輩


戦力としてみれば歴代最強といっても過言ではない面子かもしれない。


純粋かつ無敵の堅さと物質透過に、どこにあるかわからない急所、強靭な戦闘能力、空間の壁も、この面子なら突破できる。


だが、それでもまだドラゴンには届かない。時間を操られたら結局はどれも意味が無い。


……いやまぁ、どれか一つだけでも残ってたらどっちみち倒せないんだけどね。


とにかく……時間を操る能力……となると、未来の椿咲が使っていた“売流事路捨途ウルズロスト”が真っ先に思いつく。


厳密にはあれは僕のユニークスキルの“生存強想”の最終到達点のスキルっぽかったけどね。


あれは戦闘向けじゃない。しかし時間に干渉する能力である以上、僕のスキルによって時間干渉の対策スキルを覚えられる可能性は高い。


まだすべての能力を把握しているわけではないが、


となると……結局はグダグダ考える前に頑張って強くなるしかないわけか。



「歌丸くん、どうかしたの?」


「え……あ、いやいや何でもないよ。


中に行こうか」



いかんいかん、ドラゴンを倒すことばかり考えてしまっては、折角の英里佳とのデートが台無しだ。


……いやまぁ、このライブってMIYABIのライブだと思うとなぁ……本人の素の姿を知っているから、いまいち楽しめる気がしないというか……もちろん歌が上手いことは重々承知しているのだが……



「チケットの確認を致します」


「あ、はい、お願いします」



受付にて椿咲からもらったチケットを出すと、受付の人が何かに気付いたように目を大きくした。



「はい、確認いたしました。


係の者に案内させますので、少々お待ちください」


「「?」」



他の客は普通にチケットの番号の席に自分で行くのに、なぜわざわざ案内を?


そう思っていたらさっそく僕と英里佳は係員に案内された先には、観客席ではなく、もっと上……前方がガラス張りで、会場が一望できる部屋だった。


これってあれだよね、すっごく偉い人……天皇陛下とか総理大臣とか外国偉い人がとか入る感じのあの場所だ。



「凄い……最新の防弾ガラスだ」



なぜ見ただけで防弾かどうかがわかるのだろうか?



「お飲み物と軽食はサービスでご用意いたします。メニューはそちらにありますので、御用の際はそちらの内線をご使用ください」



凄い至れり尽くせり。カラオケみたいなシステムだ。まぁ、人づてに聞いただけなんだけど。


そして係の人が出ていき、残ったのは僕と英里佳だけだ。


MIYABIが歌うであろうステージは会場の端に設置されており、この席は丁度横からその様子を見れるだけでなく、部屋の上部には複数のモニターが設置されており、今はまだ映ってないが、ここから多角的にライブの映像が流れるのだろうな。


まぁ……それは良いとして……



「えっと……なんか、ソファにしてはちょっと……その、狭い……のかな?」



英里佳が見ているのは、この部屋で唯一用意されているソファ


円形に近く、背もたれも弧を描いたデザインで座るスペースも一人では広いかもしれないが、かといって二人でもちょっと狭そうで……密着するのが仕様っぽい。



「カップルシートって奴かな、これって」


「カ、カップル?」



僕は椿咲からもらったチケットを確認すると“カップル”と明言こそしてないが、ハートマークのあしらわれたペアチケットと表示されている。


よく考えればこれってカップルコンテストの景品だったんだからカップル前提の景品になるのは当然なのか?



「えっと……とりあえず座ろっか」


「う、うん」



お互いにソファに座ると、やはり二人で座るのはちょっと狭く、僕の左手と英里佳の右手がふれあい、肩が密着する。


左肩全体で感じる英里佳の体温は高く感じられた。


ちょっと右を見ると、なんか顔を赤くしている英里佳がいた。


そんな姿が凄く可愛くて愛おしく思える。



「……なんか、この体育祭だけでもすごい色々あったよね」


「そう、だね……色々と凄いことばっかりだったし」


「でもまぁ、英里佳と伊都さんが仲直りできたみたいで本当によかったよ」


「……歌丸くんのおかげだよ」


「僕は別に何もしてないっていうか……むしろ伊都さんにお世話になっただけだよ」


「ううん、歌丸くんのおかげ。


だから……ありがとう」


「……お礼を言うならむしろそれは僕のほうだよ。


英里佳にはいつも助けてもらってる」



お互いに顔を見ながらお礼を言い合う。


当たり前のことなのに、こんな時間がとても幸せを感じる。


その瞳の綺麗な青さに、自然と吸い込まれそうになる。



「う、歌丸くん?」



気が付けば距離が縮まっていた。



「英里佳」



自然と口を開くと彼女の名前を呼んでしまう。



「あの、ね……名前」


「ん?」


「……わたしも、名前で……呼んでも、いい?」


「もちろん」



そんなこと、断る理由はない。むしろ凄く嬉しい。



「れ……連理くん」


「うん、英里佳」


「連理くん」


「英里佳」


「連理くんっ」


「英里佳」



我ながら何をしてるんだろうと思う。でも、不思議とお互いに名前を呼び合うのが楽しくて、幸せな気持ちになる。


そして気が付いた時には僕は英里佳を抱きしめていた。


その時はお互い無言になり、至近距離で見つめあう。



「……んっ」



英里佳が瞳を閉じてた。


僕は思考がとまり、ただただ彼女が愛おしくて、顔を近づけていき……



「しっつれいしまーす!


今日は来てくれてありがと――――おぉう」


「「」」



突然扉が開き、そちらにいたのは……MIYABI


今回のライブの主役が、そこにいた。


そして彼女は、僕を見て、英里佳を見て……にやりと笑う。



「あ、続きをどうぞ」


「「できるか!!」」



思わず揃って叫んでしまったのだった。

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