第225話 正しいと振り返れる暴走を、人は時として青春と呼ぶ。

隣で紗々芽さんの話を聞いていて、嬉しいと思ってしまった。


分かってもらえている。


僕のこと、ちゃんと見てくれている。


それが今ハッキリと認識できるからだ。



「……正直なところ、とても……羨ましいですね。


私も、そんな風に寄り添えれば良いのですが……でも……駄目なのです。


それでは連理様の身が危うい」


「あなたが歌丸くんの身を案じてるのはわかるよ。


でも…………私たちが大事に思う人は、今の歌丸くんだよ。


あなたがやろうとしてることは、それを否定してしまう」


「かもしれません。


ですが……死んでしまうよりは、絶対に良いことです」


「私たちも歌丸くんを死なせたくない。


そのために、貴方の力が必要なんです。


どうか私たちに力を貸して下さい。


私たちは本来争うべきじゃない。あなたもそう分かっているからこそ、こうして私たちと対話しているはず」


「同じことを、私は返します。


紗々芽さんこそ、私に協力していただけませんか」



お互いに真正面から見つめ合い、言葉を交わす。


英里佳の時と違ってこの場に敵意はない。


無いが……お互いに譲れない強い芯のようなものを感じる。



「平行線、だね」


「ええ……平行線ですね」


「歌丸くんの命を他全て蔑ろにしても守りたいのが、千早妃さんの覚悟なんだね」


「連理様の気持ちも、命も支えたい……それが紗々芽さんの道なのですね」



二人の目指す方向は、とても似ている。


似ているからこそ、交わらない。


同じ方向に進みながらも別の位置にあるから、交わらない。平行線だ。





「……まったく、あの女もどうして千早妃様のお考えを理解しないのか」


「いや、そっちのお姫様も連理への理解が少し足りないッスよ」



かなり離れた場所で、歌丸連理、苅澤紗々芽、そして神吉千早妃のことを観察している二人の人物がいた。


一人は日下部綾奈


もう一人は日暮戒斗である。


綾奈の妹である文奈はこの場にはおらず、代わりに二人とは別の方向から監視しているらしい。


ちなみに、二人ともかなり離れた場所にいるため声が聞こえることなど無いのだが、代わりに唇の動きから三人の会話を読み取っている。


迂闊に近づくとシャチホコがちに補足されるからということでの消去法であったが……後に戒斗はこう語る。「なんかやってみたらできたッス」と。


実は結構な天才肌で多才なのだ、この男。雰囲気三下なだけで、実はかなりハイスペックなのだ。



「千早妃様の知らないことなどない。


千早妃様のノルンとしての能力は歴代最高のものだぞ」


「広さについてはそうかもしれないッスけど……俺が行ってるのは深さの話ッス。


目で見えることに関してはあの人以上にすべてを理解できる人はいないかもしれないッスけど、それだけッス。


苅澤さんは、目だけじゃ見えないところを誰よりもよく見てる」


「目に見えないところ……?」


「結果だけ見てきたそっちのお姫様と、過程と結果の両方を見てきた苅澤さんじゃ当然開きが出てくるッス」


「まるで自分も知っていると言いたげな口ぶりだな」


「これでも、俺、あいつの親友ッスから」


「はっ」


「おい待て、今なんで鼻で笑ったんスか?」


「歌丸連理は世界を担う人材だぞ。


生まれと才能に恵まれていると言っても、一般生徒の域を出ない貴様とは比較にならん」


「はぁ……」


「なんだその呆れたような態度は?」


「そうやってあいつのことをちゃんと見ないから、あんな風に話が噛み合ってないんだなぁって思っただけッスよ」



「「………………あぁ?」」



至近距離で見つめ合う男女と言えばロマンチックに聞こえはいいが、実際は今にも殴らいあいを始めそうなメンチのきり合いであった。


ロマンチックの欠片も、そこには存在しない。



「つぅかなんで俺のところに来てるんスか?


妹さんと一緒にいればいいじゃないッスか」


「お前が余計なことをしないか監視してるんだ」


「はぁ……本当に信用ないッスね」


「あと、この場からも迂闊に動くな。


文奈のところにも行かせないぞ。妹に手を出したら殺す」


「出さねぇッスよ」



妹である文奈に無意識に同族嫌悪を抱く戒斗としては、なぜそんなことをせねばならないのかと内心毒付いた。



「まったく……これのどこが英雄候補なのだか」


「は? 英雄候補?


なんスか、それ?」


「何故貴様に話さなければ……といいたいところだが、隠すことでもないな。


貴様は歌丸連理が東から去ったのち、東の学園のエースとなり、最終的には生徒会長となって卒業する未来が待っている。


迷宮の攻略自体は大して進まないが、任期中のレイドではもっとも死傷者を出さず、誰よりも前線で戦い続けた生徒会長として語られることになる」


「えぇ……それが神吉千早妃の未来視っスか?」



綾奈の言葉を、信じられないという目を細める戒斗



「事実だ。貴様にとっては都合がいいだろう。


なんせ、歌丸連理がいなくなれば貴様には成功が確約されるのだからな」


「馬鹿馬鹿しい」


「……なんだと?」


「そんな成功、欲しくもなんともないッス」



ハッキリと断言する戒斗を、綾奈は信じられないものを見るような目で見た。



「何故だ?


現状、お前の実力が周囲から過小評価されているのは歌丸連理の存在を置いてほかにない。


歌丸連理がいる限り、お前は三年間を日陰者として過ごす危険性すらあるんだぞ?」


「周囲の評価って、いったい誰のことっスか?


俺のことをちゃんと見てくれる奴を、俺は知ってるッス。


連理に詩織さん、榎並さんに苅澤さん、椿咲ちゃん……先輩たちに……姉貴に…………家族だって認めてくれている。


それ以上に、一体どんな評価が必要なんスか?」


「………………」



戒斗からの言葉に、綾奈は沈黙してしまう。



「そっちの言い分も、理解できないわけじゃないッスよ。


でも……俺にはどうしても、そんなどこの誰とも知らない連中の称賛が、今に勝るものとは到底考えられないッス」



そう呟いてから、戒斗は再び連理たちの方に視線を向けた。



「未来が見えるってのは、思ったより不便なのかもしれないッスね」


「……何が言いたい?」


「神吉千早妃さんも、あんたら姉妹も……全然今を見てない。見られなくなってることッスよ。


重心が前のめりすぎて、いっそ生き急いでるようにすら見えるッス」


「知ったような口を利くな」


「それそのままそっちに返すッス。


あんたらのやってることって、映画の最後だけ見て知ったかぶるようなもんッスよ。


その過程にどんなことがあったのか、どんなに俺たちがもがいてきたのかを…………そんなことも知らない連中に、ただ結果だけ突きつけて納得しろとか……お前ら、ふざけんな……って、言いたくなるのが人の道理ッスよ」



戒斗の目に、怒りはない。


むしろ、どこか憐れんでいるようにすら思える表情だ。



「あんたらは一体、どこを目指してるんスか?


歌丸連理という男が確実に生存する結果だけを求めて、その道で他にどんなことが起こるのか……その起こったことをちゃんとありのままに受け入れられるのか……ちゃんと考えて選んだんスか?


その結果だけを妄信してないって言えるんスか?」


「………………私は」



戒斗の言葉に、綾奈は何かを応えようと口を開いた。


その直後のことだ。


綾奈の表情が急に強張った。



「まさか……何故このタイミングで……!」


「どうしたんスか?」



急な態度の変化に首を傾げる戒斗


綾奈は一瞬考えたが、すぐに答える。



「好ましくない人物が近づいてきている」





「……きゅ?」



まっさきに机の下で反応したのはシャチホコだった。



「どうした?」


「きゅう……」


「きゅるる」



シャチホコの声に反応し、次に気付いたのはワサビだった。


兎語(初級)のスキル効果でワサビの言葉の意味を理解する。



「誰かこっちに真っ直ぐ向かってるみたいだけど……」



僕の言葉に、紗々芽さんも千早妃も首を傾げる。


このテラス席に今いるのは僕たちだけだ。


カフェに用があるなら普通はそっちの入り口に向かうはずなのに、真っすぐにこちらに向かってくる人がいるのだと言う。


そしてその足音が僕たちにも聞こえてきた。


なんか無駄に力の入った、威圧を与えるような足音だった。




「――まったく、こんなところで何をやっているのかな、千早妃?」


「……なんの用ですか?」



現れた人物は、なんか横柄な態度で高身長の男子だった。


学年は多分僕たちと同じ一年生なんだろうが……なんか、威圧感が半端なくて、しかもなんか偉そうだ。


しかも何が腹立つって、イケメンである。


こう……私、高貴な家の出ですと言わんばかりのすかしたイケメンである。



「おいおい、許嫁に向かってそんな釣れない態度はないんじゃないか?」


「「え?」」



その男子の言葉に、僕も紗々芽さんも驚いてしまった。


い、許嫁?



「違います。その話はすでにお断りしました」


「そんな認められるはずがないだろ。


何時まで馬鹿げたことを言っているのか」


「それはこちらのセリフです。


私の能力を示せばもう口出しはしないと決めたはずですが」


「どうしてここに自分がいるのか、ちょっと考えればわかることだろう。


――君の能力問題があるから、こうしてわざわざ自分が直接出向いてきたんだ」


「……どういう意味ですか?」


「言葉通りだ。いいから来い」


「……自分で戻ります。


お先にお帰り下さい」


「我儘を言うんじゃない」



そう言って、男子生徒は強引に手を伸ばして千早妃の腕を掴もうとした。


その瞬間、千早妃が一瞬だけ此方を見た。


意識的にやったのか、無意識だったのかわからないが……助けを求めているように思えた。


だから僕は身を乗り出し、横からその男子生徒の腕を掴んで止めた。



「おい、嫌がってるからやめ――」

「避けて!」




言葉の途中で、紗々芽さんの言葉に反応して、気が付けば僕は後方へ飛んでいた。



「歌丸くん、着地!」



何が起きたのかわからなかったが、紗々芽さんの義吾捨駒奴ギアスコマンドが発動したらしい。


見れば、先ほど僕が腕をつかんだ男子生徒が掴んだ方の腕を振りぬいていた姿勢でいた。


あのままだったら僕は裏拳を受けていたことになる。


男子生徒は僕を意外そうな目で見ていたが、すぐに見下したような視線に戻る。



「まったく……気安く触らないで欲しいな」



そして男子生徒は一切悪びれもせず、僕が掴んだ個所を手で払っている。



「お前……いきなり殴りかかっておいてなんだその態度は!」


「騒ぐな庶民。


この私を誰だと思ってる?」



謝るどころか、めっちゃ見下すような目でこちらを見ている。



「連理様に、謝ってください!」



シャチホコたちにボコらせようと思った直後、顔を真っ赤にして千早妃がその男子に向かって怒鳴った。



「連理?


……ああ、これが、あの」



人のことをこれだの、あれだの……初対面で失礼過ぎないかこの野郎。



「今のを避けたのは意外だが、なんともつまらなそうな男だ。


余りにも華奢だったので、最初はどこの醜女しこめかと思ったものだ」


「うーん……もうお前、シンプルに、黙れこの野郎」



人の話を聞かない支離滅裂っぷりから見るに、ドラゴンと同等くらいに会話が成立しない輩だと見た。



「千早妃、場所を変えよう。


こういう邪魔なのがいたんじゃゆっくり会話も――おぉ!?」



言葉の途中で椅子が飛んできて避ける。



「黙れ庶民が、口閉じろと言った」


「言ってないだろう!!」


「今言ったぞ。そして喋ったな」



問答無用と言わんばかりに、男はその手に槍を出現させてこちらに迫る。


僕も咄嗟にレージングを出して応戦を試みる。



「――自動回避!」



義吾捨駒奴・セミオートが発動し、僕はこれまでの訓練通りの手順で槍をさばく。


突き、薙ぎ、払いと一撃一撃が結構重いようで、どうにか回避するのだが代わりにテラスの机や椅子が破壊される。



「こ、のぉ!!」



壊れた椅子のそこそこ大きい破片が足元に転がっていたので、それを思い切り男子に向かって蹴り飛ばす。


男子はそれを回避し、結果連撃の隙が生じた。



「攻撃!」



紗々芽さんからの指示で体に力が湧いてくる。


ゲームで覚えた型による攻撃


英里佳や詩織さんには遠く及ばないが、中の上程度の実力はあるはずだ。


だが、どうやらこの男子生徒は想像以上にやり手らしく、簡単に僕の攻撃を回避してしまった。



「――ほぉ、ならこれでどうだ?」



男子生徒がカウンターとして放ってきた槍。


スキルに体を任せて回避しようとしたが、槍の軌道が変わる。


――フェイント!?


しまった、ゲームだとキャンセル動作でわかるけど、リアルだとフェイントの動きの変更が想像以上に見分けがつきにくい。


冷静に思い返せば今までの僕の義吾捨駒奴・セミオートの相手って、迷宮生物とかゾンビ相手で、生身の人間との実戦は初めてだった!!


まさかのところで弱点が判明する。


それは今までの訓練にはないパターンで、スキルの効果が続かずに僕自身の判断で避けなければならない。


だが、あまりに突然の攻撃の変化だったので、僕は棒立ち状態となる。


迫り来る槍の穂先が、僕の身体を貫こうとする。



「歌丸くん!」

「連理様!」



紗々芽さんと千早妃の声が聞こえる。


机の下に隠れていたシャチホコたちが慌てて飛び出したようだが、もう間に合わない。


刺される――ことは、仕方ないとして!



「パワー……!」

「なにっ!?」



パワーストライクで、一発そのすかした面に叩き込む!!



自分から前に踏み出して拳を振りかぶる僕。


そんな僕の行動に槍を突き出しながら驚愕する男子


槍が僕の身体に触れる、その直前――



腹部から炸裂音がして、槍の穂先が宙を舞う。


そして、僕の首元が急に苦しくなり、気が付けば後方へと引っ張られて仰向けに倒れる。


更に言えば、男子生徒がいつの間にか昨日見た、双子クノイチの片割れに羽交い絞めされていた。



「間一髪……ッスかね」



そして、見てみると……冷や汗を流した戒斗が、いつの間にかすぐそこにいた。



「…………え、なにこれ?」



突然の状況の変化に、思わず戸惑ってそんな言葉を口にした僕だったが……



『こっちのセリフだ』



直接言われたわけではないが、カフェの店内からこっちを見ていた店員や他の客からそんな視線を向けられる僕たちなのであった。

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