第224話 止めたいけど止まらない。人はそれを暴走と呼ぶ。
■
「はぁ……後で生徒会に料金請求出来るッスかねぇ……」
タクシーを利用した代金を自分の財布から出し、受け取った領収書を片手に公園へと入っていく。
この公園の先に、歌丸連理と苅澤紗々芽がいるはずだ。
すぐに追いかけなければならないと、公園の敷地に足を踏み入れた。
「――誰ッスか、そこにいるの」
一歩入って、即座に銃を構える。
その方向には何もないはずだ。
『――日暮戒斗……北学区の要注意人物の一人』
『三下っぽい雰囲気は偽装……相当なやり手とお見受けします』
そんな声と共に、何もないはずの場所に二人の女子生徒が姿を現した。
「雰囲気三下で悪かったッスね」
そう言いながら目を細め、彼我の戦力を確認する。
(相手は二人、制服からして西部学園。
そして同じ顔ってことは双子……昨日連理が会ったっていう、神吉千早妃の護衛のクノイチ姉妹。
確か……
「一体、どうしてこんなところで隠れてるんスか?
わざわざ隠密スキルまで使ってるとか、怪しすぎて流石に見過ごせないッスね」
「貴様如きに話す義理はない」
「できればここは何もせず、かつこの場から先にはいかずにいてくれればなお良いのですけど……三十分ほど後ならと追ってもらっても構いませんよ」
「……まさか、昨日の今日で神吉千早妃が、連理に会いに来たんスか?
なんのために?」
「答える義理はないと、言ったはずだが」
冷徹な声で、綾奈はその手にクナイを構えて戒斗に刃を見せた。
「お姉、そういう態度駄目だって千早妃様から言われてたじゃん」
一方、文奈の方は姉である綾奈をそうたしなめるが、その視線は戒斗から外れずに隙も無い。
言動が噛み合わない。
(姉の方がまだ分かりやすいッスねぇ……)
綾奈の性格のキツイ当たりは、自分の姉と被るのでそれほど気にはならない。しかし、どうにも猫を被っているっぽい妹の性格の方が戒斗には苦手に思えた。
いやそもそも、ああいう自分は味方ですよ的な態度をしながらこちらを観察してくる手合いが好きな奴などいないのだろうが……
(この場で倒すのは……不可能ではないッスけど)
目の前の少女二人は、自分がこれまで戦ってきた者たちの中でも特別強くもない。
歌丸連理の妹である椿咲誘拐の際に戦ったアサシンに比べれば、隠密スキルは高くなく、自分より少し高い程度。
故に戒斗には即座にわかる。
なんせ、一度でも隠密スキルの最高レベルと死地にて立ち合ったのだ。
今更その下位互換に騙されることなどありえない。
人数が向こうが上でも、戒斗はクイックドロウと、姉から授けられた“ジャッジトリガー”がある。
昨日は人外生徒会長“天藤紅羽”には効果は薄かったが、目の前の二人になら十分すぎるほどに効果的だ。
(長くても五分、相手が攻めに来るなら一分以内に片がつく)
戒斗の考えは驕っているように見えるだろうが、事実ではあった。
銃はとんでもなく防御力があって弾丸が弾かれるような相手には効果が薄いが、そうでない場合は常に優位に立てる。
もし、この場に来たのが詩織ならば目の前の二人と戦闘になった際にかなり手こずることになったかもしれないが、相性的に戒斗にはこの二人が脅威になりえない。
「じゃあ別の質問ッス。
お前らは、連理や苅澤さんに危害を加えるつもりッスか?」
「そんなわけあるか。いいから言うことを聞け」
「いやいや、言葉のキャッチボールしてくれないッスかね?
そんな質問を叩き落とされてちゃそっちのことを信じられないッスよ。
できれば、俺もこんなのどかな公園で荒事はしたくはないんスよ」
やや大袈裟に肩をすくめながらそう言うと、綾奈が不愉快そうに「ちっ」として打ちしてから妹である文奈に視線を送った。
文奈はしかたがないと言わんばかりに小さくため息をつく。
「……前の質問の答えにもなりますが、千早妃様はただ二人とお話がしたいだけで、今もこの公園の中にある喫茶店でお茶をしてるだけですよ」
「……あっそうッスか」
それを聞いて、戒斗は銃をしまった。
「「……え」」
まさかの戒斗の武装解除に、姉妹揃って呆気にとられる。
(体育祭に勝てば向こうはこっちにとっての味方。
悪戯に戦って敵意をあおると後に響くッスからねぇ……)
戒斗は昨日の時点で神吉千早妃の人柄については聞いていたし、目の前の二人が嘘を言っているようにも思えなかった。
だから戒斗としても、この場では平和に過ごしたいという意見なのだ。
「だったら、お互いに護衛対象の近くに行って監視し合うってのはどうッスか?
もともと、連理と苅澤さんのデートを邪魔するつもりはなかったから少し離れた所から見てるだけのつもりなんスよ。
そっちが本当に俺と戦う気が無くて、そっちのお姫様と連理との顔合わせが目的なら、それで問題はないはずッスけど」
流石にこの場で言う通りに留まるのは悪手。
だからこその折衷案を提案する戒斗。
この意見が飲めないなら、相手の言っていることが嘘の可能性が高いため、戦闘での突破も辞さないつもりだ。
一方で綾奈と文奈は、戒斗の態度を値踏みする。
(こっちが二人であることに恐れをなしたってこと?)
(それはないかな。この人、口調の割に私たちのこと値踏みして、その上で見下してるもん)
クノイチの特殊スキル 以心伝心
同じ主を仰ぐ、クノイチ同士のみで使用可能な連絡用のスキルであり、学生証をかえさずに思念を伝達する。
それにより、二人は戒斗に気付かれること無く意見を交換し合う。
(まさか、私たち二人を相手にして勝てるって思ってるということ?
舐められたものね……!)
(落ち着いてお姉。
相手は目立ったスキルは持ってないけど、実力は二年の後半クラス以上だっていうのはわかってるでしょ。
私たち二人で挑んだとして……負けないとは思うけど無傷では済まないよ)
(それは…………確かに、記録映像と、実際の雰囲気を見た限り犯罪組織のアサシンを倒すだけの実力はあるみたいね)
(戦闘は好ましくないし……下手に傷つければ歌丸連理の千早妃様への心象をさらに悪くさせる。
ここは相手の要求を呑んで、もし邪魔しそうになったらその時に始末すればいいんじゃないかな)
こんなやり取りをしているが、その実は一秒にも満たない。
この瞬時にやり取りこそが、学生証とは異なるこのスキルの利便性だろう。
「……わかったわ。そちらの言う通りにしましょう。
ですが……少しでも怪しい動きをすれば容赦はしませんよ」
「わかってるッスよ。
俺らもそっちとは敵対したいわけじゃないッスから。
というか、そんなに怒ってたら折角の可愛い顔が台無しッスよ」
「ふんっ」
姉の綾奈はとげとげしい態度はそのままに持っていたクナイをしまう。
「姉がすいません。
どうにも気が強くて」
「別に気にしてないからいいッスよ」
形式上は謝罪をする文奈に、当たり障りのない回答をする戒斗
(この人、実はチーム天守閣で一番侮れないかも)
(この女、苅澤さんと同タイプッスね。こっちに意識向けてくる分面倒くさいッス)
「「あはははははははははは」」
互いに油断はせず、しかし表面上は友好的にと朗らかに笑いあう。
「何を仲良くしてるのよ?」
そんな二人を睨む綾奈だが……
((冗談じゃない)ッス)
お互いに面倒くさい相手認定をする戒斗と文奈であるが……状況を正しく理解している者がこの場にいるのならばこう指摘するだろう。
同族嫌悪、と。
■
ガイドブックに載っていただけあって、平日とはいえ人がそこそこいるカフェ
そのテラス席で、僕と紗々芽さんは隣合って座り、対面には神吉千早妃がいた。
「で……千早妃はどうしてここに?
まさか僕たちと同じように観光……ってわけじゃないよね?」
隣で紗々芽さんから「なんで呼び捨てにしてんの?」的な目で見られたが、今はスルーしよう。
「当然、連理様にお会いするためですよっ」
「……なんか機嫌いいね。いいことでもあったの?」
「そうですね……強いて言うなら、榎並英里佳ではなく、紗々芽様が隣にいるというのは私としてもとても喜ばしいことです」
「わ、私が……ですか?」
自分の名前が出たことに戸惑う紗々芽さん。
「はい。以前から紗々芽様にはお会いしたいとずっと思ってましたので」
「は、はぁ…………あの、歌丸くん、どうして私こんなに好印象なの?」
「一応理由は聞いてるけど……英里佳以外の人は基本的に僕の命を優先するから好ましいって」
「そういうことです。
特に紗々芽様は連理様の傷を癒すためにドルイドになられたのですから、私にとっては恩人なのです」
「は、はぁ……」
紗々芽さんは千早妃の態度に戸惑っている。
この時点で僕は千早妃に敵意が無いと判断し、足元に目配せした。
僕と目が合ったワサビは、小さく首を横に振る。
てっきり護衛にあのクノイチ姉妹が潜んでいるのかと思ったのだけど……近くにはいないのか?
隠密スキルを使いつつ、こいつらに探知されないくらいの距離を取ってこちらを見ているという可能性もあるが……近くにはいないと判断していいだろう。
しかし……そうなるとちょっと心苦しい。
僕の足元にはパートナーである兎たちがおり、実は紗々芽さんを挟んで反対怒鳴りにはララが席について座っている。
向こうが何も構えてないというのにこっちはバリバリ警戒してるってのは……ねぇ?
「そういえば、昨日は何やら榎並英里佳が暴走したと聞きましたが……連理様は大丈夫でしたか?」
「大丈夫だったよ。
英里佳も今は……あ、ちょうどいい時間かも。
ちょっとスマホ見ても良い?」
「? どうぞ」
僕はスマホを起動し、その中で動画アプリを起動して現在生中継してるチャンネルを選択する。
『東部迷宮学園、一年、榎並英里佳』
丁度、短距離走の選手の名前の読み上げがされて英里佳の名前が読み上げられた。
「え……」
スマホの音声に、千早妃は驚いたような僕の手元のスマホを見た。
「歌丸くん、英里佳の出る競技知ってるの?」
「来道先輩からタイムスケジュールもらっててね。
流石に現地には行けないけど生中継くらいは見ておきたいなって思って。
あ、始まる」
雷管の音でスタートし、一斉に走り出す。
「確か、一時的にステータスを封印してるから、今はみんな元の体力で走ってるんだよね」
隣でスマホを見ていた紗々芽さんがそんなことを言っていたが……英里佳が即座に頭一つ抜けた。
そしてそのまま一気に一着でゴール。
二着は西の学園っぽいな。
こっちも速かったけど、英里佳ほどじゃなかった。
「わぁ……陸上競技選手並みのタイム出てるね」
「流石は英里佳」
なんか自分のことの様に誇らしくなった。
「……なぜ、榎並英里佳が一般競技に?」
千早妃はおどろた様子で訊ねてくる。
……しかし、ちょっと驚き過ぎというか……なんか焦ってる? 気のせいかな?
「昨日暴れたことの罰で、時間の許す限り日本全国回って個人種目に参加してくることになったんだよ」
「昨日の今日で、ですか?
……正直、そんな精神的な余裕があるようには見えませんでしたけど」
……ああ、そっか。
千早妃は昨日、英里佳があのままずっと落ち込んでるままだと思っていたのか。
「それについては、ほぼほぼ解決したよ」
「は……?」
「昨日、一暴れしてなんか吹っ切れたっぽい」
「あ……歌丸くんはそういう認識なんだ……」
なんか隣で紗々芽さんが残念なものを見る様な目で僕を見ている。どうして?
「あの……脳筋め……!」
苛立った目で、僕のスマホに映っている英里佳を睨みつける千早妃
そしてハッと我に帰って自分の口を手に当てる。
「し、失礼しました。
私としたことがはしたないことを……」
どっかはしたないところがあっただろうか?
そう不思議に思いながら、ひとまずまだ口をつけてなかったスイーツを食べてみる。
「おぉ……美味い」
フルーツの酸味と甘さ、それに合わせたカスタードクリームの甘さに、しっとり系の生地と口の中がにぎわう。
季節のフルーツタルトとメニューに書いてあったので、時期によって味が変わるらしい。
別の季節のものも食べたくなるな。
おススメの紅茶を飲むと、口の中に残った酸味や甘さを程よい紅茶独特の風味で丁度良い味わいに変わり、飲み干すと口の中がスッキリ。
「ふぅ……」
「歌丸くん、よくこの状況で普通に食べられるね」
「え? 誘ったの紗々芽さんじゃん」
「いや、そうだけど……」
「美味しいから食べてみてよ。千早妃も、折角の紅茶が冷めちゃうよ」
僕がそう言うと、二人しておもむろに自分のスイーツを食べ始める。
「「……ふぅ」」
一口食べ、紅茶を飲むと二人して同時に穏やかな表情で一息ついた。
そして、少しばかり寂しそうな表情を僕に見せた。
「…………今の様子を見るに、連理様に心変わりは無いのですね」
「まぁね」
「では……あの時は榎並英里佳がいたためにできなかった利益の面でお話しましょう」
「必要ないよ」
僕を西に勧誘しようとする千早妃の言葉を、僕は即座に遮った。
「言ったよね、僕は君を倒す。僕は昨日の一件を水には流したわけじゃない。
だからもう一度言うけど……君を倒して、そして君を東に連れていく」
「……このような状況でなければ、情熱的なお誘いに乗っていたのですけどね。
では、紗々芽様にお聞きしたいことがあります」
「……ひとまず、様付けはやめてもらえませんか?
私はそんな立場でもないので」
「では……紗々芽さん、と。どうか私のことは千早妃とお呼びください」
「じゃあ、千早妃さんで……それで、私に聞きたいことってなんですか?」
「あなたも、連理様と榎並英里佳のドラゴン討伐などという絵空事を信じてるのですか?」
「ううん、全然。むしろ止めたいって常日頃から思ってるよ」
「え?」
「ですよねっ!」
まさかの回答に驚く僕と、反対に喜色一面に変わる千早妃
「だってあんなの普通に考えて倒せるはずないし。現状、誰が味方になったとしても倒せるような想像もできないし」
「流石紗々芽さんですね。状況を正しく理解してます」
「ただ堅いだけならまだ何とかなるかもって思うけど……時間を操ったり、転移したり、透過したりとか……しかも本体は迷宮のどこかにあるとか……どう考えても倒せるはずがないというか」
「そうですよね」
ため息交じりに語る紗々芽さんの言葉に嬉しそうに頷く千早妃。
水を得た魚のような得意げな表情である。
「でもね……歌丸くん、当然英里佳も、そんなことわかってるんだよ」
「え……」
「千早妃さん……あなたにとって二人がとても愚かに見えるかもしれないけど……二人とも、全部理解した上で立ち向かおうとしてるんだよ」
紅茶を一口飲んで、カップを置き、紗々芽さんは僕を見た。
「二人の意志の強さは……私たちとは違うの。
私にできることは、二人が無理しないように見守ること。
本当に危ない時は全力で止めるけど……二人が本気で目指すものを止めることは誰にもできないよ。
だって、その強い意志こそが、今の歌丸くんと英里佳の存在証明でもあるから」
紗々芽さんの言葉に、千早妃は愕然とした表情を見せる。
「貴方が守りたいと言っている人は、本当は誰かに守られることを誰よりも望んでない。
歌丸連理は、本当の意味で止められる人は……もしかしたらいないのかもしれない。
でもこの人は……一人で無理してでも我を通そうとしちゃうから、死んでしまわないように一緒にいたいの。
だからドラゴンと対峙する、そのギリギリまでは……私は歌丸くんのサポートを惜しまないつもりだよ。
止まるとしたら、多分その瞬間だけだろうから」
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