第223話 肩こり腰痛筋肉痛に、歌丸連理
日本全国で行われる迷宮学園の体育祭
その初日
開会式は長ったらしい挨拶が結構続く予定だったが、ドラゴン二匹が……
「あ、そういうのいいんで」
「ちゃっちゃっと始めい」
そんな鶴の……いや、竜の一声により、来賓席に集まってる今期の総理大臣とか文部科学省とかのお偉いさんが唖然としていたのが印象的だった。
いやまぁ、こんな暑いなかで長話とか屋外で聞きたくなかったので僕としてはありがたかったけどさ。
まぁ、そんなこんなで、規模の割には短い開会式で体育祭はスタート
今日と明日は普通の陸上競技ということもあり、ドラゴンたちにとってはあまり見応えが無いのかつまらなそうにしていた。
だが……ドラゴンにとっては退屈でも、こっちはそうじゃない。
「はい次、はい次、はい次!」
パンパンパンと、軽くハイタッチしながら僕は医務室代わりの簡易テントの中を走り回る。
一見、ふざけているように見えるかもしれないが、これはれっきとした治療である。
「す、すごい! 疲れが一気に取れた!」
「肉離れが直った!」
「こっちも、体が軽くなった気分だ!」
今しがた、僕のハイタッチを受けた人たちの言葉である。
僕の能力の一つである、
これは筋肉を常に最高の状態に保つというものであり、筋肉痛とか筋肉の損傷なんかも治してくれるのだ。
そのスキルを、タッチする瞬間に
「よし、どんどんこいやぁ!!」
いくら治しても治しても、次から次へと患者がテントの中に入ってくる。
大した怪我もしてないのだろうが、筋肉疲労が一気に抜ける僕のスキルは、アイシングやマッサージより効率的だからある意味当然なのだろうけどね。
「彼、もうこの道で食っていけるわね」
「歌丸くんは、自分の願望と能力が絶妙にかみ合わないんですけど……覚える能力自体は凄い効力あるんですよねぇ」
「視線送るだけで回復魔法使えちゃう貴方も、相当なものなのだけど……」
「歌丸くんの影響ですから」
そして僕と同じテントでそれぞれの治療をしているのは、生徒会役員で回復魔法のプロフェッショナルであるクレリックの
もう一人は僕と同じチーム天守閣に所属し、支援と回復魔法、さらに植物の操作に長けた能力を持つドルイドの職業を持つ苅澤紗々芽さんである。
二人は僕のスキルでは治しきれない怪我を対処している。
例えば湊先輩だったら骨折とか重傷の者を、紗々芽さんの場合は擦り傷とか軽傷の者をという具合である。
「はぁ……」
「歌丸くん、大丈夫?」
「な、なんとか…………特性共有の切り替え、意識してこんなに早く切り替えたこと無かったけど……連続でやると思ったより疲れる」
前に何度か高速で切り替えをしたことはあったけど、流石にここまで連続ではやったことが無かったからなぁ……
ああでも、この感覚って昨日の会長との戦闘で転移連続使用の時と感覚が近いかもしれないな。
「あれ……なんか肩こりまで直ってるかも」
「あ……そういえば、私も」
「え……あ、すごい、私も直ってる!」
なんか女子生徒が騒がしい気がする。
見れば肩こりが取れたとはしゃいでいる面々が見える。
他にも女子はいるのだが、その一段ほど騒いでない気がするのだが……強いて言うなら、その一団はみんな………………巨乳であった。
「歌丸くん、何を見ているのかな?」
「あはははは、紗々芽さん、なんか流れるような手つきで僕の顔にアイアンクローしないでもらえないかな?
もうそれ、最近は詩織さんでも滅多にやらないんだよ?」
「私もしたくはないんだけどね、歌丸くんが女子生徒をいやらしい目で見てるのは流石にどうかなぁって思って」
「いだだだだだだだ! み、見てない、見てないって!
なんかあの人たちが肩こり直ったとか騒いでるからどうしたのかって思っただけ!」
「肩こり?」
僕の言葉を受けて、紗々芽さんは例の巨乳女子の一団を見た。
そして、何を考えたのかふと自分の肩を触ってみて、何かに気付いたような顔になった。
「…………歌丸くん、いつもありがとう」
「え、何が?」
なんで急にお礼を言われたの、僕?
「質問したらセクハラで訴えます」
「なんで!?」
お礼を言われたはずなのになんでそんな対応! 理不尽過ぎる!
「とにかく、肩こりについては深く考えなくていいから」
「いやでも」
「――この話は終わりだから、話題に出すのも禁止」
「む――、ぐ……わ、わかったよ」
もう素直に諦めるか。
しかし……肩こりでセクハラって……いったいどういうことだろう?
「そっか……そういえば最近あんまり肩こったりしてなかったけど……歌丸くんのスキルのおかげだったんだ」
なんか紗々芽さんが呟いているが、その内容まではよく聞き取れず、僕はひとまず再びやってきた患者にハイタッチをかましまくるのであった。
……そしてなんやかんやで時間は経過し……
「少し早いけどお昼行ってきていいわよ。
二人のおかげで当初の予定の十倍以上楽できたし……なんだったら二時間くらい自由にしてきていいわ」
と、湊先輩から大変ありがたいお言葉をいただいた僕と紗々芽さん。
「さて……いきなり二時間も自由とか言われても、どうしようか?」
「きゅう」
「ぎゅう」
「きゅる」
「そうだね。一応は歌丸くんの身の安全も考えて東京に残ってるわけだし……英里佳の応援に行くとかは駄目だよ? 西側に行くのは危ないから」
「ん……あぶない」
僕と紗々芽さん、そして護衛も兼ねてそれぞれのパートナーを呼び出した状態で僕たちは東京の街中を歩いている。
といっても、今は体育祭期間なので、昨日のように学生服を着ても悪目立ちはしない。
周囲を見渡せば、僕たちと同じように学生服を着ている生徒が何人か見受けられる。
「それはわかってるけど……でも二時間も何もしないのってもったいないじゃん」
「あ、だったら昨日回り切れなかったところいかない?」
そう言って目を輝かせながら付箋が張られたガイドブックを取り出す紗々芽さん。
ああ、そういえば昨日は結局戒斗の迷子とドラゴンの迷宮生物騒ぎで観光できなかったもんね。
「まぁ、そうだね。
二時間もあるんだし、お昼も兼ねてどこか見てこよっか。
万が一の時用に、こんな転移アイテムまでもらったし……」
ポケットに入れて置いたスマホのストラップとしてつけられたタグ。
本来の使用用途は、迷宮内部での一回こっきりの非常用転移脱出アイテム。
使い捨ての癖に物凄く高価なものだ。
ただ、今回は日本国内特別仕様であり、数十キロ以内まで登録したポイントにいつでも転移で戻れるという代物だ。
これを常に携帯することが、僕が外出する上での最低条件とされた。
もう、過保護すぎませんかね、僕の扱い。
「じゃあ決まりだね!」
東京観光が本当に嬉しいのか、笑顔を見せてくれる紗々芽さん。
その表情に、不覚にもドキッとしてしまった僕である。
■
「じゃあ早速あっち行こう!」
「わ、わかったから引っ張らないでって」
手をつないで歩く仲良さそうな男女。
傍かられ見てどう見てもカップルだ。
「……やべぇ、声かけづらいッス」
そして、そんな二人を少し離れた位置で見ているのは、連理と紗々芽のチームメイトである日暮戒斗である。
戒斗と、そしてチームリーダーの詩織は、歌丸連理の家族の護衛を任されてるのだが、それは交代制で、今は戒斗は歌丸本人を護衛するために、事前に聞いていた休憩時間に合わせて合流を計ろうとしていたのだ。
だが、何やら二人は一緒にこれから東京の観光地を回ると言うではないか?
昨日みんなで回る予定だった東京観光……もとはと言えば自分が迷子になったのが原因の一つであるため、戒斗はそれを止める権利など無いし、微塵も止めようとは思ってない。
だがしかし……あの二人の雰囲気で、自分も護衛なので一緒に行くと言えるかというと……無理だろう。
なんせ、戒斗は紗々芽が連理を好いていることを察している。
そして連理も、紗々芽のことを憎からず思っており、そんな仲の良い男女が一緒に遊びに行くとなるとこれはもはやデートと言っても過言ではない。
そんなデートを邪魔するというのは、空気が読める男と自任する戒斗にとっては論外だ。
「馬に蹴られて死にたくはないッスからねぇ……しかたない、こっそり尾行しながら護衛するッスかねぇ……」
隠密スキルを発動させ、二人についていく戒斗。
……ちなみに、このすぐ後にタクシーに乗って移動をしてしまった二人に焦った戒斗。
勢いのまま「前の車を追ってくれッス!」というドラマみたいな台詞を現実で使うことになるのであった。
■
「歌丸くんがフリーパス持っててよかった」
「まさかタクシーにまで有効だとはね」
そんなこんなで、僕たちがやって来たのは都内にある公園だ。
桜の名所として有名で、ボートで池を遊覧できたり、雰囲気の良いカフェもあって……とても地方の公園みたいにだだっ広いだけのところじゃない。
これが、地域格差か……
「歌丸くん、どうして遠い目をしてるの?」
「公園って、なんだろうなって……」
「公園は公園でしょ?」
何を言っているんだろう、この人、という目で見られる。
「この公園のカフェでね、限定のスイーツが食べられるの!
今って平日だし狙い目かなって」
「なるほど。お目が高いです。
しかもこのカフェ、紅茶にこだわりがあるので合わせるならそちらがおススメですよ」
……なんか、今、聞き覚えるあるけどこの場にはいないはずの声が聞こえた。
僕は驚いて、声のした方を見た。
「へぇ、凄い楽しみだなぁ~」
「え…………あ、あの」
「少し歩くて桜の木がたくさん見られるんですよ。
今の時期は花は咲いていませんが、青々とした葉の並ぶ桜並木は涼し気なんですよ」
「へぇ……そっちは考えてなかったけど……そうだね、折角だから見ておこうかな」
「いや、ちょっと、あの……」
「ここまで来たらボートに乗るのも良いですよね。
連理様と二人っきり…………はぁ、考えるだけでため息が出てしまいほど、素晴らしいことです」
「あ、わかるかも。
そういうシチュエーションってやっぱり憧れちゃうかも、ね……ぇ…………………え?」
「あ、やっと気づいた」
紗々芽さんも、ようやくこの場に一人さらっと一人増えていることに気付いたらしい。
普通に会話進めてるので、僕だけいつのまにか置いてけぼり食らったのかと思った。
「……あ、あの……どちら様ですか?」
唐突に表れて自分と親し気に話してきた、僕たちとはちょっと違う制服を着た少女に、紗々芽さんは戸惑いながら訊ねた。
しかし、僕はこの少女を知っている。
まさか、昨日の今日でまた接触してくるとは予想だにしなかった。
「初めまして、紗々芽様。
私は
西部学園の切り札であるノルン
その少女が再び、僕の前に現れた。
ただし……英里佳の時と違い、敵意ほぼほぼゼロの状態で、だ。
彼女の目的は一体何なのか……それがまったく予想できず、僕も、そして紗々芽さんも、ただただ戸惑うばかりであった。
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