第222話 だから私は謝らないっ!



「だいたいお前はいつもいつも!」

「この状況見ろよ。どうすんだ、どうするんだ、なぁ、どうするつもりだったんだ!!」

「今はドラゴンの影響でドタバタしてるのに、会長が率先して暴れるとか!!」

「今回は本当に反省してもらいたいなぁって、私思ってるんだー」



生徒会の主力四人がガチで起こって会長に説教してる。


当の会長は、いつの間にか融合が解除して、元の樹液や煤や土で汚れた制服のまま正座し、その隣で飛竜のソラが伏せ状態で四人の説教を受けていた。


そんな光景を、僕、歌丸連理は少し離れた場所で眺めており……



「……うん、五人とも怪我はないわね」



そして、今の生徒会の最後の一人である湊雲母みなときらら先輩から簡易的な診察を受けていた。



「でも……英里佳さんはしばらく動けないだろうから無茶しないようにね」


「……はい」



こちらもシャチホコとの融合が解除された英里佳がいて、今は湊先輩が用意してくれた簡易ベッドの上で横になっている。



「きゅきゅぅ……」



また、今回はシャチホコも同じ状態で動けなくなっており、ギンシャリとワサビが心配そうに寄り添っていた。


しかし……なんかさっきから、会長の方を……いや、より正確には会長の隣で伏せている飛竜のソラを睨んでいる。


これは……あれかな、シャチホコの負けず嫌いがまた出たのかな?


あんな明らかに種族的にも勝ち目のなさそうな奴にもそんな目を向けられるこいつにはちょっと脱帽するよ。


幼いからその辺り理解してないだけかもしれないけど……



「おやおやまぁまぁ」



頭上から感じる圧倒的な存在感



その場にいた誰もが上を向く。


そこには、人類の天敵であるドラゴンが、どこか呆れたように肩をすぼめながら周囲を見回している姿があった。



「ちょっと目を離した隙にこんなことが起こるとは…………いやはや、歌丸くん、君も随分とトラブル体質になりましたねぇ」


「なんで僕なんだよ?」


「いえ、この数カ月、学園全体を揺るがす騒ぎで歌丸くんが関わってないことなんてありませんでしたし。


しかも今回は私、ノータッチです。つまり歌丸くんが元凶と考えていいのでは?」


「だとしても根元の原因はテメェの存在そのものだよ」



なんで僕がそんな扱いをよりにもよってこいつに受けなきゃいけないんだよ。


これまでのすべての騒ぎ、こいつの存在がなければそもそも起きてない。



「……おや?」



そんなドラゴンだったが、何やら視線を僕から別に移す。


その視線の先にいるのは……英里佳だった。



「…………」



英里佳は無言のまま、いつものように威嚇的な行動はとっていないのだが……何か、強い意志のようなものを感じる。



「……ほほぉ」



そんな英里佳の反応を見て、顎を軽くなでながら笑みを浮かべる……浮かべてる、のかな?


多分ほくそ笑んでいるドラゴン。



「ちょっと今回は私からもお説教、とか思ってましたが、ええ、やっぱりやめましょう」



パチンと、ドラゴンが指を鳴らす。


すると、周囲がまるで時間でも遡ったかのように変化し……



「……え」



気が付けば、荒れ放題だった運動場がまるで最初から何もなかったかのように、元の姿に戻っていた。



「結界の中ですので、この程度は造作もありません。


ですので、明日以降の本番でも存分に暴れて下さいね」



そう言い残して、姿を消すドラゴン


残った僕たちは唖然としてその姿を見送る。



「……わかってはいたけど、本当に規格外よね、ドラゴンって」



詩織さんがそんなことを呟く。


そして何か言いたげな視線を僕に向けてきた。



「歌丸くん、今更だけど……本気でアレ倒すつもりなの?」



そんな詩織さんの言葉を、代弁するかのように紗々芽さんが僕に訊ねてきた。



「うん、時間に干渉するスキルとか覚えないと難しいかもね」



物体を透過したり時間を止めたり戻したり、そもそも素で強かったりと……色々と対策をしていかないまだ勝てなさそうだ。



「こいつ、諦める気がサラサラ無ぇッス……」


「…………まぁ、今更よね」


「うん……どっちにしても、歌丸くんの身体のこととかあるし迷宮の奥を目指さないといけないわけだし」



呆れる戒斗と、何か諦めたかのように苦笑いを浮かべる詩織さんと紗々芽さん。


いったいどうしたんだ?



「歌丸くん」


「ん、何、英里佳?」



簡易ベッドで横になったまま、英里佳は僕の方を見上げてくる。


少しだけ手が動くようで、手招きをしてる。


何か聞かれたくない話なのかと思い、僕は英里佳の近くまでいく。



「どうしたの?」


「歌丸くんは……ドラゴンを倒したい理由って……今も、私との約束があるから?」



どこか不安そうにそう訊ねてくる英里佳


……もしかして、僕がドラゴンとの戦いに執着する理由を自分だと思ってるってことかな?



「まぁ、全く違うとは言わないけど…………今は、それだけでもなくなってると思う」


「じゃあ、他には?」


「あー……いや、ごめん、上手く言葉にできてないんだよね。


こう、喉元まで出かかってるんだけど……どう言ったらいいのかな、このモヤモヤ」


「…………そのモヤモヤって、多分私がずっと抱えてるものと同じなのかな?」


「たぶん、神吉千早妃と話してから僕も同じような感じだったし……」


「そっか……歌丸くんも、同じだったんだね」



何も解決していないのに、英里佳は嬉しそうに微笑んだ。



「でも……間違ったことは全然してないってことだけは断言できるよ」



僕は顔をあげて、周囲を見回す。


運動場直って結果オーライと喜ぶ会長を、反省しろとさらに怒鳴る生徒会メンバー


そんな人たちを見て呆れる詩織さんと、怒られている会長を見て嬉しそうな紗々芽さん。


自分の銃と手を交互に見て何かを考えている戒斗


未だに飛竜のソラを睨んでいるシャチホコに、その傍らで心配そうにするワサビ


いつの間にかマーナガルムのユキムラと一緒に何か会話っぽいことをしているギンシャリ



「ドラゴンを倒すって、あの時決めてなかったら……多分僕たちは今こうしてここにいない。


だから、絶対に間違いじゃない。


今の僕たちがここにいるのが、何よりの証明だよ」


「…………うん。そうだね」



空を見上げる。


東京の空は、あの日学園で見た時よりも星が見えなかった。


だけど、あの日見た星空を僕は鮮明に思い出すことができた。



そして……



「とりあえず、お前らチーム天守閣も今回の一件で無罪放免とはいかないぞ。


特に榎並」


「……はい」



会長の説教が終わったあと、来道先輩がこっちに来て今度は僕たちがお説教である。


流石に正座はしないけど……



「お前、明日から全個人競技は強制参加な」


「えっ……」



来道先輩の言葉に、思わず耳を疑う英里佳。


……個人競技全部参加って……それ、つまり……



「一応三日目からの戦闘系競技を考えて、二日間の陸上系競技は北学区生徒はある程度は免除、ってことだったんだが……ここまで大暴れする余裕があるなら問題ないだろう。


そもそもお前、歌丸のスキルで筋肉疲労とかないもんな」


「あの、でも……」


「お前なら全競技当然上位……いや、一位は確実だよな?


陸上競技系はもらえるポイントも少なかったが、この際取られる物は全部取っておこうじゃないか」


「えと、その…………個人競技って…………確か参加人数が多いから、種目ごとにそれぞれ異なる競技場で……というか、日本全国でやってました、よね?」



そう、今回の個人競技は参加人数が300万人規模。


当然一つの競技場で運営を回すことなど不可能。


故に、日本全国にある無数の競技場を借り切って、二日間はいろんなところで陸上競技が開催されるのだ。



「ああ、学園長が転移魔法陣を全国に設置して、北海道から沖縄まで一瞬で移動できるぞ。


沖縄で行われる短距離走から、北海道で行われる長距離マラソン……時間が許す限り全部参加できるように、タイムスケジュールを組んでやるありがたく思え。お前、日本全国ツアー行けるぞ」



日本全国回れる、と言えば聞こえはいいが……それはつまり、一日のほとんどの時間を競技と移動に費やされるということ。


いくら転移魔法があるからって、大変そうだ。


特に英里佳って人見知り気味だから知らない場所に行くのってあまり得意じゃないっぽいし……



「ま、まぁ、英里佳、一緒に頑張ろう。


僕も協力するから」


「歌丸くん……」



僕の言葉にほっとしたような表情をした英里佳


だが、しかし……



「あ、歌丸くん、君明日から私の下で二日間働いてもらうから一緒には行けないわよ」


「「え」」



まさかの横槍を湊先輩に入れられてしまった。



「陸上競技でも怪我する人はいるし、何よりその程度のことで死んでリセットなんてさせるのは倫理道徳的に駄目でしょ。


だから明日は回復魔法の使える苅澤さんと、筋肉疲労を即座に直せる歌丸くんで明日の出場選手のバックアップしてもらうわ」


「あの……聞いてないんですけど?」


「? 苅澤さんから、そう言う条件で歌丸くんの競技出場を免除して欲しいって言われたんだけど……」


「「え」」



僕と英里佳が同時に見ると、紗々芽さんは微笑んで告げた。



「だって歌丸くん下手に自由にさせてたら、途中で誘拐されると思うし」


「「たしかに」ッス」


「あぁ……」



詩織さんや戒斗はまだしも、英里佳まで残念そうに納得した。


どうやら僕の裏方参加は決定らしい。


いや、まぁ、陸上競技に参加して目立てるのかと言われるとちょっと厳しい。


ビリにはならないだろうけど……一位を取れるのかといわれると……うーん……



「私と戒斗はどうしたらいいですか?」


「お前らについてはまぁ、歌丸の家族の護衛を頼む。


一応金瀬製薬から派遣された人たちもいるが、向こうばかりにさせるのはちょっと忍びないし……下手なボディーガードよりお前らの方が強いのも確実だしな」


「わかりました」

「了解ッス」



なんか、僕の扱いがどんどんお姫様っぽくなってるよね、ここ最近……


流石にへこむ。



「で、最後に……おら、さっさと謝れ」


「ま、まって、まだ足がしびれて……」



足の痺れに苦しむ会長を、来道先輩が強引に首根っこ引っ張って僕たちの前に座らせる。


その際に「あひゃぇ!?」と奇妙な悲鳴をあげたが、もうそんなギャップで可愛いとか思えるほどこの人のことを人間としては見られなくなってる僕たち一同である。


シャチホコに至っては動けないままながらも前歯剥き出しにしてるし、ユキムラも軽くうなってるし。



「えっと……あの」


「別に謝罪はいりません」



何か言いそうだった会長に、すっぱりとそう言い放つ英里佳


その瞬間の会長の顔はなんかマーライオンを彷彿とさせるような、引き攣った表情になったが……



「代わりに、叩きます」



止める暇もなく、バシンと音がした。


一瞬首をもいだのでは、とその場にいた全員がスプラッタな光景を予想して身構えたのだが……そんなことはなく、普通の人の力でのビンタに終わったようだ。



「……地味に痛いかも」



叩かれた頬を抑える会長。



「私の気持ちは、偽物なんかじゃない。


お父さんのことも、お母さんとの十年も、みんなと一緒にいた時間も、歌丸くんが大事だって気持ちも、全部本物。


だから私はここにいる。


何一つ、貴方に否定されるようなものなんて無いっ」



はっきりとそう言い切った英里佳


会長は英里佳の目を真っ直ぐに見て、そして宣言する。



「次は、搦め手じゃなくて真正面からあなたを叩き潰す。


その時、きっちり土下座させる」



英里佳の言葉に虚を突かれたような唖然とした表情を一瞬見せた会長は、小さく笑って頷いた。



「ええ、わかったわ」



穏やかに頷くが、その眼に戦いの最中に見せた捕食者の眼光がわずかに宿っている気がした。



「私が卒業する前までの再戦を期待してるし、そこまでいうなら、私も負けるまであなたに謝らないことにするわ」



その言葉に、来道先輩は大きなため息を吐き、他の生徒会のメンバーも呆れている。


英里佳の発言とは言え、ここまで即座に開き直れるとはいっそ清々しさすら覚える。



「あ、それと歌丸くん」


「なんですか?」


「やっぱ君、弱すぎ」


「……え?」



唐突な弱い宣告


もともとわかっていたけど、ちょっとひどくない?



「英里佳が参戦する前の段階でさ、君がもう少しなんとかなってたらもうちょっと三人でも戦えてたわよ。


折角スキルそのものの譲渡も可能になったんだし、もっといろんな人に声かけてスキルもらっておいた方が良いわよ、絶対に。


君って何か極めて強くなるより、手札増やして使い分ける方が得意っぽいし、覚えておいて損はしないはずよ」


「は、はぁ…………わかりました」



まぁ、確かに……今は日本に戻ってるわけだし、こんなイベントだ。


きっと北学区の学生証持ちの卒業生の人とかと関わることもあるかもしれない。



「とにかく、一旦ホテルに戻るぞ。


紅羽、お前は早速帰ったら反省文な」


「え……マジで?」


「マジだ。早く立て」


「え、ちょ、ままままって、今足が、足足あ、あああぁーーーーーーーーーー!!」



再び引っ張られて去っていく会長は情けない悲鳴をあげている。



「よーし、解散解散、かいさーんっ


お前らももう帰っていいぞ。


フリーパスは明日までに用意するから、ホテルのフロントで受け取ってくれ」


「「「うぃーっす」」」



会津先輩の言葉で、集まっていたフロントライナーの先輩方も帰っていった。


ああ、フリーパスが報酬だったのね。


そしてそのほとんど全員がその場から高く飛びあがったかと思えば運動場から姿を消した。



「お前らも、バスとかタクシーとか無いから自分の足で帰れよ。


あ、あと一応鍵は締まってるから観客席側飛び越えて帰れよ」



そして会津先輩もその場から高く飛跳ねて会場の外へと去っていく。


ああ、なんか普段とは違う動きをするかと思えばそういう理由か。


学生なら普通の鍵とか簡単に蹴破れるけど、そういうのしたら駄目だもんね。



「じゃあ私も、流石にみんな一斉には無理だからごめんねー」



そして瑠璃先輩もおそらく転移系の魔法だろうか、湊先輩や氷川の奴と一緒に光り輝く魔法陣の上に立っていたかと思うと、姿を消してしまった。


残ったのは僕たち五人と、兎三匹にマーナガルム一匹となった。



「さて……私たちも帰りましょうか」


「そうだね」


「あー……でもなんか腹減ったッスねぇ……なんか買い食いしていかないッスか?」


「あんたねぇ……普通なら私たちはもうホテルで大人しくしてなきゃいけないって時なのに」



戒斗の発言に詩織さんが目をとがらせたとき、誰かの腹の虫が鳴いた。


そして一斉に僕を見る面々



「いや、僕じゃない」


「「「え」」」



三人して意外そうな顔


なんでいつもそういうポジションを僕と決めつけるのだろうか?



「……ごめんなさい、私……です」



顔を耳まで真っ赤にして、俯きながら申し訳なさそうに手をあげる英里佳


……まぁ、食事会もほとんど手を付けないまま飛び出して、その上であれだけ暴れてたもんね……仕方ない。


他のみんなも僕と同じような考えだったようだ。



「あの……みんな、その……なんかその温かな目で見てくるの止めて」


「どこか……お店によって行こうかしら?」


「いや、ユキムラもいるし……ちょっとお店は厳しいんじゃない?」


「じゃあコンビニッスか?」


「それじゃ味気ないような気もするけど……あ、ちょっと待って、今SNSで調べてみるね。


テイクアウトできるもので、今の時間だったら割引してるってお店結構あるみたいだし」



紗々芽さん、SNS使いこなしてるね。



「あ、あの、本当にいいからっ」


「まぁまぁ気にしない気にしない。


とりあえず英里佳と紗々芽さんはユキムラに載せてもらおう。


流石に英里佳も少し疲れてるでしょ」


「え、でも歌丸くんは……」


「僕はスキル使えば問題ないから。


ユキムラ、こっち来てくれー」

「BOW」



まぁ、そんなこんなで、僕たちチーム天守閣は、なんだかんだでいつも通りな雰囲気に戻って一日を終えたのだった。

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