第221話 日進月歩 その④



体が揺さぶられる。


肉が潰され、骨が軋む。


久しく感じてこなかった激痛に、天藤紅羽は獰猛に笑う。


その表情はまさに捕食者のそれ。


融合した相棒である飛竜のソラもまた、湧き上がる戦意を一切抑えることなく解放される。



「ああ、凄い、凄いわ!


私は、今、生きてる! 生きているって感じがする!!」



両手に持った二刀に加え、いつの間にか自由自在に使えるようになった尻尾は鱗が逆立って一枚一枚が鋭利な刃となっている。


尻尾を含めた三刀


さらに未だに全身には紅の炎を纏っており、その熱だけでも地面を溶岩へと変容させていた。


もはや全身凶器どころか、歩く災害といっても差し支えない様相だった。



「疾ッ!!」



対するは深紅の双眸に理性の光を灯す兎耳の榎並英里佳


紅羽の纏う炎を消し飛ばすほどの速い蹴打を打ち込み続ける。


三刀同時に迫り来る斬撃を、融合したシャチホコの分身のスキルを巧みに利用して回避する。



「ふ、あははははは! 凄い凄い、全然当たらない!!」


危機一発クリティカルブレイク四重クゥアドロプル


「もはや一発じゃないし!!」



迫り来る四連撃を三発は刀で防ぐが、最後の一発はまともに腹部に受ける。


極大に強化された耐久と、飛竜の鱗を持つ紅羽をもってしても、その一撃の重さに内臓が揺さぶられ、血管が破裂する。


さらに口から血があふれてきた。



「捕まえた」



しかし、それがどうしたと言わんばかりに、肘と膝で腹部にめり込んだ英里佳の足を固定した。


それにより、紅羽の身にまとう炎が英里佳を焼き殺そうと迫る。


完全に足を固定した今、回避など許さない。



「――テンペストラッシュ!」



しかし、横から迫ってきた冷気がそれを阻む。


更に一瞬で数発の弾丸が飛来し、的確に紅羽の足元を狙う。


結果、足一本で立っていた紅羽は体勢を崩してしまい、その影響で固定していた英里佳の足から手を放す。



「え、嘘っ」



予想外の攻撃に戸惑う紅羽だったが、そこに発生した隙に英里佳は追い打ちをかける。



臥田射水ブレイクダウン



拘束の緩んだ自身の足を引き離すのではなく、人体急所に当たる鳩尾へと押し付け、さらに前進の筋肉から骨、重心を利用して放たれる特殊な打撃


ベルセルクのスキルの中でも珍しい、叩き壊すのではなく、内部破壊を目的としたスキル


日本の古武術における“鎧通し”


中国武術でいう“浸透頸”


武術の世界においては秘奥ともいえる技術をスキルによって実現させた。


しかも使い手が武術における造形の深い英里佳が放てば、そのスキルの完成度は並の生徒とは一線を画する。



「――ぉえ」



結果、紅羽の口から大量の血が塊となって吐き出される。


地面に倒れながら血を吐いていき、手も、尻尾も、動きが完全に止まる。



勇王真威震ベオウルフ



そこへ放たれる英里佳の最強の一撃


サッカーボールのように勢いよく蹴られた紅羽の身体は、地面を転がることなく真っ直ぐに運動場の観客席へと吹っ飛んでいく。



「ふぅ……」



紅羽が飛んでいったのを確認し、一息をつく英里佳



「えげつねぇ……」


「戒斗、気を抜かない。


どうせすぐに再生するわ」



一方で先ほど英里佳を援護した戒斗と詩織


戒斗はドン引きしているようだが、詩織は一切油断はない。



「二人とも、ありがとう。


おかげで楽に追撃できた」


「それはよかったわ」


「でも……次は楽にいかないかも」


「なら大丈夫よ、もうあの人に次は与えない」


「え?」


「とりあえず耳貸して」



どういうことかと首を傾げる英里佳に、この後の簡単な段取りを説明する詩織。



「……うげぇ、本当に立ち上がったッス」



ドン引きする戒斗の視線の先には、先ほど英里佳から残虐と言ってもいいくらいの攻撃を受けたはずの紅羽が笑みを浮かべながら立ち上がっているのだ。


やはり再生力も高い。


人間大のレイドボスといっても、もはや過言ではないだろう。



「まさかここで二人が介入するのは予想外だったけど……いいわよ、まとめて相手にしてあげるわ」



翼を広げ、空を舞う紅羽


相手が数で攻めてくるのなら、制空権を取ってその優位を押しつぶそうという腹積もりなのだろう。



――だが、そうはさせないと一匹の獣が咆哮する。



「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


「は、え、ちょっと何!?」



突如聞こえてきた獣――マーナガルムのユキムラの咆哮“ハウルシェイカー”


大気全体を揺さぶられたことで、飛行が儘ならずに高度が一気に落ちる紅羽


その背後に、いつの間にか英里佳が蹴りを放つ直前のフォームで跳びあがってきた。



「落ちて」



――虚仮落刺ホロウアウト


爪先で鋭く、抉るように放たれた回転蹴りは、背中の翼膜を引き裂いた。



「そこよ!」

「お任せッス!!」



もう一方の翼は、詩織が一気に凍らせたかと思えば、戒斗が銃弾を連射してきて叩き割ってきた。


両方の翼膜が破壊され、飛行不可能となった紅羽は地面へと落ちる。


受け身を取って即座に立ち上がるが、そのタイミングを狙って巨体のユキムラが体当たりを繰り出す。



「GAROOOO!!」


「っ!」



地面を転がり、それでもすぐに立ち上がろうととした紅羽だが、地面に着いた手が滑ってまた体勢を崩す。



「地面が、凍ってる!?」



知らぬ間の内に、ゴムのマットで覆われた運動場の床が薄く透明な氷で覆われていることに気が付いた。


それは紅羽が英里佳に気を取られている間に、詩織が戒斗の隠密スキルで隠れながら準備していたものだ。


すでに、チーム天守閣は天藤紅羽を倒す算段をつけた上で動いているのだ。



「この程度で!」



それでも紅羽の戦意は揺るがない。


すぐに炎で溶かそうと試みる。



「はあああああああああああああああ!!」



しかし、その間にも英里佳が迫っていたのだ。


今の倒れた状態でも動かせる尻尾で迎撃を試みようとする。



――その状態を見て、英里佳が笑みを浮かべる。



勝利を確信した笑みだ。


そして紅羽は見た。


ギリギリまで英里佳の体の陰に隠していた一本の剣を



「クリアブリザードを、英里佳が!?」



英里佳の手には、本来は詩織が持っているはずの得物があった。



超過駆動オーバードライブ



既に冷却機構は暴走状態。


こうなれば、魔力関係の操作はほとんどできない英里佳に対処はない。


故に――やり投げの要領で英里佳は思い切り紅羽に向かってクリアブリザードを投げつけてきた。


蹴りを想定して身構えていた紅羽は、今更回避に転じることができない。


翼も翼膜をそれぞれ破壊されたばかりで空も飛べない。ならばもう、駄目元でも全身に炎を纏うことしかできない。



結果、紅羽にぶつかる直前でクリアブリザードの冷気が暴発


紅羽の身にまとう超高温の炎と接触し、大爆発が起きる。



大気が震え、都心全体にその爆音が広がっていく。


発生した爆発は並のレイドボスなら屠るのに十分過ぎるほどの衝撃だった。



しかし、それでもまだ、なお……



「――は、はは……凄すぎ……本当に、凄いわよ、英里佳!」



天藤紅羽は倒れない。


右足は明らかに折れているのだが、尻尾をついてどうにか立っている。


手の指も明らかに変な方向に曲がっているし、腕もとんでもない状態であるにもかかわらず、その両手から刀を離さない。



「いえ、この場合はチーム天守閣、というべきかしら?


さぁ、次は何をしてくれるのかしら?」



そうやって喋っている間に体の再生は続く。


指は元に戻り、二刀を完全に握れるようになる。


これこそが脅威


どれほど強大な攻撃を繰り出そうと、再生する。


レイドボスにとっての一番の強みだろう。



「植物生育Lv.10」



そんな紅羽の耳に聞こえてきた声


同時に、一瞬で自分の腰辺りまで植物が伸びてきた。



「え、何これ?」



戸惑う紅羽


自分が立っていた場所がそれまでのゴムマットから、運動場中央あたりにある芝生にあることを気付く。



「――からの、耕耘!」


「ちょ、え、何、なになにになに?!」



自分の腰まで伸びた草が、一気に倒れていき、その際に自分の体まで巻き込まれる。


体に絡まる草を炎で焼こうとするが、それよりも体が倒れるのが早い。



「緑肥化Lv10!」

「なんか臭うっ!?


っていうか歌丸くんでしょこれ! 南の元会長のスキルでしょこれ!!」



急成長した芝が即座に土と混ざり合い、分解されて独特のにおいを発するようになる。


しかし、当然これらのスキルに攻撃性はなく、まさか嫌がらせのためにこんなことをやっているのかと紅羽は考えた。



「ララ」

「んっ」



しかし、違った。


紅羽の周囲から突如芝生では到底ありえないはずの樹木が生えてきたのだ。



「ドライアド……!」



見れば、芝生の運動場の端からスキルを使って植物を操っているドルイドの苅澤紗々芽と、その傍らで根っこを伸ばすドライアドのララがいた。


歌丸連理の農業スキル


その恩恵を最も受けられるのは、チーム天守閣において誰か?


それはもはや、言うまでもなかった。



「――ルートバインド」



今まで何度か見たことのある、植物の根を利用した拘束スキル


だが、今紅羽の身体に絡まっているその根は、これまで見たものとは比べ物にならないほどに強化されていた。


根っこといいながら、もはや木の幹と言っても良いほどの太い根が大蛇のように迫ってくる。


それが一本や二本ではなく、視界すべてを埋め尽くさんばかりに紅羽に迫る。


この瞬間だけ見ればホラー映画の一場面のようだった。



「今更そんな小細工なんか、利かないわよ!!」



全身にまとった炎で、迫り来る根っこを即座に焼き払う。


いくら強化されようと、所詮は植物。


溶岩よりも高温の炎を操る紅羽には通じない。



「――ふふっ」



そんな単純な考えで、腕力で振り払うのではなく、炎で薙ぎ払おうとした紅羽の短慮を、紗々芽はほくそ笑む。


根を焼き払った途端、黒い煙が爆発的に広がって紅羽の身に降り注ぐ。



「げほっ、えほっ、ちょ、なにこれ――――くっっっっっっさぁ!!!!」



強烈な悪臭と、何やらべたつく感触


猛烈に嫌な予感がして即座に逃げようとするが、そうこうする間にまた根っこが体に絡まった。



「ああもう、邪魔!!」



炎で再び体に絡まる音を焼くが、同時に再び黒煙が発生。


間近でその煙を吸い込んだ紅羽は喉の奥にとてつもない痛みを覚えた。



「げほっ、えほっ、げほぉえ!!」



とても女子が出して良い声ではないのだが、紅羽にそんなことを気にしてる余裕はない。


あまりの煙さに涙が止まらないほど目がいたくなりきつく目を閉じる。


しかしとてつもなく臭く、かといって大きく吸い込めば喉の奥が痛くなるという地獄のような状況。


これ以上炎を使えばさらに悪化するとようやく理解した紅羽は、体に絡まる根っこを腕力で強引に引きちぎり、尻尾を使って気配で迫り来る根っこを振り払う。


どうにかこの場から離れなければと目を閉じたまま動き回るが……



――バチンッ!!



「いったぁ!?」



手を伸ばした先で強烈な痛みを覚えた。



「電気柵Lv10」


「う、歌丸くん……!!」



ついこの間、「敵に回すと小賢しいというか、鬱陶しい」と後輩の氷川明依が言っていたことを思い出す紅羽


自分が煙の中で苦しんでいる間にすでにこの芝生は彼の農地認定されてスキルの発動条件を満たしたのだろう。



「こんなもの、ちょっと我慢すれば……!」



多少驚いたが、今の紅羽にとっては静電気程度


そう腹を括って目の前の電気柵スキルの壁を突破を試みたのだが……



「――あれ?」



電気柵を突破した直後、壁にぶつかる。


目を瞑っていた紅羽は気付かない。


自分の周囲が電気柵スキルで囲まれた上に、さらにその周囲を木でぐるりと囲まれてしまったことを。



「って、いたたたたたた!!!!」



壁には阻まれた状態でも電気柵に触れた状態は継続で、そのダメージも継続的に受けて悲鳴を上げる紅羽


未だに目は開けず、そして電気柵に痛がっている間に尻尾の動きも緩慢となり、足に根っこが絡んでくる。


結果、紅羽は足を引っ張られて電気柵から引き離され、最初に地面に倒れた場所に戻される。



「ああもう、鬱陶しい!!」



思わず怒鳴りながら再び炎を発して周囲の木々をまとめて吹き飛ばそうとしたが……



「あ、やば」



気が付いてからはもう遅い。


再び黒い煙が充満してしまう。



「げほ、えほ、ごほっ!!」



炎を使えばまた同じことを繰り返すとわかっていたはずなのに、苛立って思わず使ってしまった紅羽



(感情が制御できない……ソラと融合した弊害かしら……?)



普段の自分ならありえない初歩的なミスを分析しつつ、とにかくこの場を脱出するための算段を考えようとする。


するのだが……



「――ぎゅ」


「いったぁ!!」



突然の痛み。


咄嗟に尻尾や手に持った刀で払おうとするが、気が付いた時にはもう気配が完全になくなる。



「きゅる」


「いたい!?」



かと思えば、また別の気配


即座に反撃したが、また完全にその場から気配が消えた。



「また歌丸くんね!


この中に兎送り込んで、すぐにあのスキルで回収してるんでしょ!!」



悪魔的な戦法である。


燃やせば目や喉が痛くなり、さらに鼻が曲がるような悪臭を発する樹木を操り炎を封じる。


そんな状態で兎の物理無効スキルを使ってチクチクと削っていこうという戦法なのだろう。



「性格最悪ね!」






「なんで僕……」


「そりゃ、実行は二匹とも歌丸くんのパートナーだし」



会長を閉じ込めた簡易的な木と電気柵の檻を少し離れた所から眺める。


檻の中で会長が叫んだ通り、あの檻の中に上空からギンシャリとワサビを交互に送りこみ、そして入って数秒後に僕のスキルで回収することを繰り返していた。



「極大に強化された根っこで、拘束を手間取らせ、怒ったところで炎を使う会長


それに対して悪臭と毒ガスを発生させる植物で炎を封じさせ……そして目も使えず呼吸もまともにできなくなったところを電気柵と植物で囲う。


そしてまんまと檻に閉じ込められた会長を、ギンシャリとワサビで削る…………外道なまでの嵌め殺しだね」


「そうだねぇ~」


「いや、他人事みたいに言ってるけど……この作戦の立案者、紗々芽さんでしょ?」



僕の隣でなんか悦な笑みを浮かべている紗々芽さん。


ここまで平気な顔して人の嫌がることを平然とやってのけたにも関わらず、普段よりも笑顔が輝いていた。


え……そこまで会長のこと嫌いだったの、紗々芽さん?



『この、全部まとめて吹き飛ばせば――!!』



会長がやけになったのか、炎を強めて爆発を起こそうとしたらしいが……当然、対策済みである。


巨大な爆発音が発生し、檻の炎が柱のように天に向かって伸びていくのが見えた。



『げほ、ごほ――は、はは……こ、これでようやく……って、いったぁ!!』



電気柵も木の壁も今の炎で吹き飛ばしたようだが、流石にの壁は考えてなかったようだ。


会長が吹き飛ばしたのは最初に出現させた壁で、それをさらに囲う形で別の壁を外側に用意しておいた。


樹木の年輪の如く、今も現在進行形で壁を作っている真っ最中だ。


電気柵スキルについては、農地と認定された場所ならいつでもどこでも僕の意志で設置は可能だし、今の芝生の運動場はララの助力もあって紗々芽さんの自由に木の壁を設置可能となっている。


つまり、会長がこの芝生の運動場の、一番狭い場所でも半径50mは突破しなきゃいけないわけだ。


一番の懸念は、空を飛ばれることだったのだが……



『って、あぁあああああ!!


ちゃっかり翼膜の再生邪魔されてるしぃ!!』



その問題も、ついさっきギンシャリとワサビがクリア


兎ニモ角ニモラビットホーン”の呪い効果で再生を止めたため、もう会長は自由に空は飛べない。



「なんか……その……凄く弱らせられそうだけど……倒せはしないんじゃないかな、これ?」



ややドン引きした様子でこちらに声をかけてきたのは、英里佳であった。


詩織さんも戒斗も、同じような意見らしいが……これまでの戦闘で今の状態が最も会長に有効的でもあるので黙っているらしい。



「そもそも、あの会長を英里佳が想定する実力行使で倒したとして、それで止まると思う?


私としては生き返ったところで嬉々としてまた戦いを挑んでくると思うんだけど……」


「確かに……」



ああ……悩んでる英里佳……いい。


前にも見たけど……なんだろう、ただシャチホコの耳が英里佳に装着されてるだけなのに……なんでこんな胸がときめくのだろうか?


写真撮りたい。


めっちゃ撫でたい。


でも状況的にやめておこう。


僕は空気が読める男だ。



「というわけで、会長を物理的に倒すのではなく、ストレスをためていく方向にするの。


あ、歌丸くん、一旦ギンシャリとワサビ下げて。


ここからはララの仕掛けでやるから。電気柵の操作に集中して」



そう言いながら、紗々芽さんはポケットからスマホを取り出した。



「これでチェックメイト、かな」






「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……!」



天藤紅羽は、疲弊しきっていた。


空を飛べない状況で、再生し続ける木の壁を殴って蹴って突破を試みる。


しかし、隙あらば二匹の兎が仕掛けてくるわ、唐辛子っぽい果実が炸裂するわ、悪臭のする果実が炸裂するわ、木の根っこが足に絡んで引き戻され、その間に壁が復活するわ……


全部嫌になって炎で焼けば煙で燻されると、最悪のループが繰り出され……それでもようやく、ようやく紅羽は突破した。



「三十分、くらいかかったかしら……は、ははは……まさかこの状態になってここまで追い込まれるなんて思わなかったわ……!」



今の自分の足場はゴムマット


あの人の悪意に満ちた壁を突破してようやく到達したのだ。



「うーたーまーるーくーん……覚悟はできてるかしらぁ……?」



あの檻を作り出す最大要因である歌丸連理を許さないと心に誓う紅羽


最初はちょっと英里佳を本気にさせるためということで、用済みだと思っていたのだが、これはもう一回くらい殺しておかないと割に合わないと考える。



「――それはこっちのセリフだ」



考える、の、だが……



「…………あれぇ?」



壁を突破し、その先でみた人物の姿に紅羽は首を傾げた。


物凄く見覚えある人物が、そこにいた。



「お前、自分の立場も忘れてこんなところで何暴れてんだ?」



東部迷宮学園北学区生徒会副会長


来道黒鵜らいどうくろう


その人が今、紅羽の前で額に青筋を浮かべながら無表情で佇んでいた。


いや、来道だけではない。



「いくらなんでもと思ったが、反省の色が見えないな」


「過剰防衛かと思いましたが……ええ、これはむしろ適切な対応といえますね」



右を見れば、巨大な武器を構えた生徒会会計の会津清松あいづきよまつに、同じく生徒会で二年の副会長の氷川明依ひかわめい



「あははははは、会長は相変わらずだねぇ~」



さらに左をみれば、いつもみたいに笑っているが、目が一切笑っていない生徒会二年書記の金剛瑠璃こんごうるり



「…………えっと……あの、みんなは、どうしてここに?」



思わず冷や汗を流す天藤紅羽


その姿は樹液やら煤やら果汁やらで見るに堪えないほど汚れているのだが、あまりに元気溌剌に檻を突破してきたので、生徒会メンバーから見れば泥遊びから帰ってきた程度の印象しか抱けなかった。



「苅澤が通報してくれてな。


ああ、お前がここに来るまでに詳細は全部聞いたぞ。


榎並を煽って攻撃させて、さらに怒らせるために歌丸に危害を加えようとしたってのも聞いた。


おら、何か弁明があるなら聞いてやるから言ってみろ」



顔の筋肉が引き攣っていくのを実感する紅羽


後輩の副会長である氷川明依は、その優れた視力で相手が嘘を言っているかどうかをさりげない反応の変化で見抜く特技を持っている。


それらを使って、すでに後輩たちが嘘を言っていないという強い確証を黒鵜たちが共有していることも明らかだ。



「な、なんか……凄い見覚えのある人たちが観客席に控えてるのがみえるんだけど……」



そして、周囲の状況を把握してそんなことを言う紅羽に、清松は淡々と事実を告げる。



「ああ、お前のギルドの面々も呼んだ。


いざという時、お前を攻撃できるぞと言ったら嬉々として来てくれたぞ」



三年生の迷宮攻略狂いの集団とされるギルド“フロントライナー”


生徒会の運営にこそ関わっていないが、学園においては間違いなく最強と名乗ってもいい実力者たちの集団で、今はこの会場にその大半が集まっていた。



「そんなに元気なら、もういっそこの体育祭の期間中は休まなくても平気だよな?


一週間ぶっ続けで、睡眠すら必要なく、働いてもらってもいいよなぁ?」


「ちょっと、く、来るんじゃないわよ!」



じりじりと迫ってくる黒鵜に恐怖を覚える紅羽


ここにきてようやく翼は回復し始めており、万全ではないが飛べるように放った。


すぐさま翼は羽ばたかせてこの場の脱出を図るが――



「遅い」



抵抗虚しく、瞬時に背後の回った来道の手刀により、再生したばかりの翼の膜をあっさりと切り裂かれた。



「あ」



結果、飛ぶこともできずに地面に倒れ伏す紅羽


そんな紅羽を、四人の学園最強クラスの実力者たちが囲む。



「選べ」



低い声音で言い放つ黒鵜



「俺たち四人を加えてこの会場に来てる連中全員から本気になって殺しにかかられるのと」



武器を構える清松



「大人しく、この場で降参して」



メガネを外し、氷のような冷たく鋭い視線を向ける明依



「リカちゃんたちに謝るの、どっちがいい?」



笑顔は崩さないが、それでも誰が見ても怒っているとわかるオーラを放出する瑠璃


そんな四人の姿をみて、紅羽は一瞬目を閉じて考える。


基本、天藤紅羽は戦闘狂だ。


痛みも、戦いを楽しむスパイスだと考えている。


考えてはいるのだが…………


今この場に集まる面々すべてを敵に回せばどうなるかなど、実力者であるがゆえにすぐに分かった。


今の紅羽はまちがいなくレイドボスクラスの脅威である。


しかし、この場に集まっている面々は、そんなレイドボスを何十何百と屠ってきた精鋭たち。


それが後輩を守るとかそういうことなく、全力で攻撃をしてくればどうなるか?



「…………ごめんなさい」



蹂躙されるとわかっていてそれを受け入れるほど紅羽は狂っていないし、流石に今回はちょっとやり過ぎたかなぁと考える程度には、ほんの一握り程度の良識も、持ち合わせてはいたのだった。




――ちなみに彼女はこの後三日三晩、睡眠も許されずに働かされたことを、先に述べて置く。

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