第220話 日進月歩 その③



時間は少しばかり前にさかのぼる。


歌丸連理、三上詩織、日暮戒斗の三人で天藤紅羽と立ち回り、そして形勢が紅羽の方へと傾きだしたときだ。


榎並英里佳はただそれを黙って眺め、そして苅澤紗々芽はシャチホコの治療をしながら戦いを見守ってる。


そんな中で、連理は新たなスキルを使って一瞬で目の前に現れた。



「紗々芽さん、ギンシャリお願い!」


「わかった、任せて」



腕に抱えた彼の相棒であるドワーフラビットのギンシャリ


一目で酷い火傷を負っていることがわかったので、紗々芽はすぐに回復魔法を発動する。


視線を送るだけで支援系の魔法が発動できるようになった彼女にとっては視線を送りながら通常通りに魔法を発動させることで、重ね掛けで回復を早める。



「歌丸、くん」



そして、英里佳は未だにあの紅羽相手に戦おうとする少年の名を呼んだ。


今の彼に、自分はどういう風に見えているのだろうか?


そんなことを考えたのだが、いざ聞こうとすると怖くて口が動かなくなる。



「英里佳、大丈夫」


「え……」



真っ直ぐに、彼は英里佳を見ていた。


いつもと同じように、こんな地面に倒れ伏している自分を、いつもと同じように見ていた。



「回復するまで、ちゃんと持ちこたえるから今は休んでて」



そう言い残し、彼は再び戦線へと戻る。


まるで、英里佳が再び立ち上がることを確信しているようだった。



「どうして……私なんか」


「なんか、じゃないでしょ」



視線をギンシャリに向けたまま、紗々芽は英里佳に語り掛けた。



「歌丸くんが、私たちに手を差し伸べてくれるような人じゃないのは英里佳が一番良く知ってるでしょ。


だって、歌丸くんに手を差し伸べるのが英里佳だったんだから」


「でも私は……負けた。


歌丸くんの力、もらったのに……それでも、勝てなかった」



彼の強さへの渇望を、英里佳は誰よりも知っている。


無自覚な本人よりも、歌丸連理という少年がどれだけ強さを望んでいたのかを、知ったのだ。


そしてその象徴ともいえるはずだったスキルを、自分が発現させ、引き継いだ。彼の意志と共に。


だから勝とうと、全力で望んだ。


だが、それでも天藤紅羽に勝てなかった。



「私じゃなくて、詩織だったら……日暮くんだったら……紗々芽ちゃんだったら…………ううん、そもそも歌丸くん本人だったら、こんな……こんなみっともない結果にならなくて済んだはずなのに」


「そうやって落ち込んでても、誰も手を差し伸べてはくれないよ。


みんな、必死だもん。


私だって、今自分にできることで精いっぱい」


「違う……」


「何が違うの?」


「私は、もう……戦えな――」



その言葉を続けようとした時、紗々芽はギンシャリから視線を外して英里佳を睨もうとした。



「英里佳――って、え!?」



したのだが、その前に白い物体が紗々芽の目の前から英里佳の顔へと勢いよく飛び掛かった。



「きゅきゅう!!」

「きゃ!?」



勢いよく体当たりを放ったのは、治療を受けてはいたが、まだ火傷が残っている状態のシャチホコだった。



「きゅきゅ、きゅきゅきゅう!!」



ダンダンと、地面を足で叩きながら怒っていることを主張するシャチホコ


その姿に、英里佳も紗々芽も驚きはしたが、紗々芽の方はすぐに納得した。



「英里佳、あなたは肝心なところ忘れてるって、シャチホコちゃんは言ってるんだよ」


「忘れてるって……何を……?」


「私たちチーム天守閣はみんな、失敗や間違いを何度も繰り返して来てる。


華々しい成功よりも、悔しくて辛くて苦い……そんな経験の方が多かった。


そして……その経験で私も、シャチホコちゃんも理解したことがある」


「……何を?」



英里佳はそう問うと、紗々芽はゆっくりと言い放つ。



「私たちは、孤独になったらびっくりするほど、弱くて何もできなくなってしまうってこと」


「きゅう」


「……ぎゅぎゅ」



英里佳の言葉に、シャチホコは頷き、治療中のギンシャリも、小さく頷いた。



「私は私にできることはしっかりやるし、みんなのフォローもする。


だけど……私にはできないことは他のみんなにやってもらう。


英里佳どうなの?」


「私は……」



言葉につまる英里佳。


そんな彼女の耳に、連理の言葉が届く。




『ちゃんと僕たちは、前に進んでる。


今、改めてそれを実感してるからです』



その言葉が、英里佳の胸の奥に染み渡っていくように感じた。



『ドラゴンを倒すって決めたあの日から……ちゃんと僕たちは強くなってる。


同学年じゃない、学園最強の会長とこうして立ち回ることが出来るようになってる。


――学園に来る前じゃ、夢にも思わなかったほどに僕たちは強くなってるんです。


今はまだ、悔しいけどあなたに勝てません』



言葉とは裏腹に連理の表情に憂いはない。


ただただ堂々と真っすぐに立っている。


自分と違い、負けることを、恐れていないのだ。



「歌丸くん、これまで何度も自分の弱さをかみしめてきてる。


本気で悔しいって思ったのも、私たちが見てないだけで何度もあったはずだよ。


それでもどうしてあんなに堂々としていられるかわかる?」



そして、一方で紗々芽は連理のその姿を見て嬉しそうに告げる。




「私たちのこと、信じてるからだよ」


「……信じる……」


「そう。そして今も、歌丸くんは英里佳を信じてる。


だから歌丸くんは、あんな自信満々なんだよ。


孤独じゃないって、みんなと一緒だって信じてるからああして強くいられる」



連理の言葉はまだ続く。


一切の迷いもない、力強い声で言い切る。



『いつか必ずあなたを超える。


迷宮で誰よりも僕たちは先に進む。


ドラゴンだって、絶対に倒す』


『大言壮語、って言われるわよ』


『誰がなんて言おうと、僕にとってドラゴンを倒すことはただの聞いて憧れる夢物語じゃない。


どれだけ遠かろうと必ずたどり着ける地続きの目標です』



連理のその言葉に、英里佳の頭の中で暗い靄が晴れた。



「そっか……私」



今まで鉛のように重かった体が軽くなった。



「一人じゃ、ないんだ」



ゆっくりと立ち上がる。



「そうだよ。英里佳は一人じゃない。


ちゃんと私たちがいる。


手を差し伸べてあげられるほど、みんな強くないけど……一緒に転んで、一緒に立ち上がることはできる」



そんな英里佳に、紗々芽は今の自分にできるありったけの強化を施した。



『一人では駄目でも、仲間がいれば無理じゃない。


たとえ一人一人じゃかなわなくても、力を合わせればなんとかなる』



英里佳は自分に向けられた言葉ではないとわかっているのに、連理のその言葉が力を与えてくれる。



『僕は今、それを強く実感してます』



英里佳は一人で頷き、一つの答えを得る。



「私、みんなを頼ってもいいのかな?」


「うん、いいよ」


「……ありがとう、紗々芽ちゃん」



英里佳は自分の顔を軽く叩いて、自分の隣にいつの間にか並んで立っていたシャチホコを見た。


その体は光を発しており、いつの間にか火傷が完全になくなっている。



「シャチホコ」



名を呼ぶと、視線が交わる。


シャチホコはジッと、英里佳の言葉を待っているかのように見つめて……



「力を貸して」


「きゅう!」



元気よく応えてくれた。



月兎羅月GET LUCK



英里佳とシャチホコ


それぞれが光を放ったかと思えば、その場に現れるのはたったの一人


兎耳のベルセルク


ドラゴンすら屠れる力を宿した、最強のバニーガールが再びここに立ち上がる。






英里佳がシャチホコと融合


状態としては飛竜と融合した会長と同じだが……いったいどんな戦いになるのか全く読めない。


そんな風に僕、歌丸連理は固唾をのんでいると、先に仕掛けたのは会長の方だった。



「はぁあああああああああ!!」



会長が勢いよく剣を振るったかと思えば、炎が巨大な壁を形成して迫ってきた。



「まずっ」


「やばい熱量ッスよ、これは」


「二人とも、私の後ろに!」



息を吸い込むだけで喉の奥がいたくなるほどの熱量


それを前に、詩織さんがクリアブリザードを使って防ごうとしたのだが……



「――詩織」



英里佳は悠然と前に進みながら、まるで世間話でもするかのような口調で名を呼んだ。



「穴開けるから、それ広げて二人を守ってあげて」


「――ええ、任せなさい!」



一瞬詩織さんは驚いたような反応をしたが、すぐに笑顔で返す。


それを見て、少しだけこっちに顔を向けていた英里佳が軽く微笑み、そのまま前に飛び出した。


迫り来る炎の壁


触れれば簡単に消し炭になりそうなその炎に、英里佳は一切恐れず突っ込む。


――が、結果はあっさりとしたものだった。


全身に物理無効の効果のある紫色の光を纏っていた英里佳は、まるで薄い紙を突き破ったかのようにあっさり突破してしまう。


そしてその一瞬に炎の壁にできた一点の穴



「――ペネトレイトスティング!!」



その穴目掛けてクリアブリザードを冷気を高めて放った詩織さんの刺突スキル


英里佳が明けた穴を、強力な冷気が押し広げ、僕たちその広がった穴を無傷で突破した。



「ふぅ!」



そして壁の向こうでは、すでに英里佳と会長が激しい攻防を繰り広げる。


英里佳の身体はすでに紫色の光を纏っていない。


物理無効スキルは使用者の魔力や精神力を消費する。


英里佳はお世辞にもそっちの方は高くないので、ずっと使っていられはしないのだろう。


だがそれでも……



虚仮落刺ホロウアウト



今の英里佳は十分に強い。


まるでえぐり取るかのように鋭く、深い蹴りが放たれる。


炎を纏っている会長だが、風圧により攻撃された箇所が一瞬だけ炎を消し飛ばされる。



「ぐ――!」



会長はその攻撃に顔をしかめた。


戒斗の銃も聞かなかった、信じられないほどの堅牢さを獲得した身で、苦悶の表情を浮かべたのだ。



「なん、のぉ!!」



そんな状態で、英里佳の足を掴んでカウンターを仕掛ける会長


あのままでは避けられない。


そう思ったのだが――



「え?」



僕の眼はおかしくなったのだろうか、英里佳の身体を、会長の握る刀がすり抜けた。


かと思えば、いつの間にか英里佳の姿はそこに無く……



危機一発クリティカルブレイク



真後ろから、会長の頭を思い切り蹴りぬいた。



「シャチホコの分身スキルね」


「そうッスね……蹴った直後に分身して入れ替わったッス。


痛がってる一瞬で入れ替わられて会長気付けなかったみたいッスね」



何が起きたのかわからない僕と違い、詩織さんも戒斗も何が起きたのかわかったらしい。


え、ちょっと二人とも凄すぎない。



「――ぐっ!」



だが、続いて聞こえてきた短い悲鳴に僕はすぐに視線を戻す。


今度は攻撃をしたはずの英里佳が苦悶の表情になっている。



「もう、生え変わるなんて……!」



そう言いながら、腹部を抑える英里佳。



「私もちょっとびっくりだけど……ああもう、マジで痛かったわ今の。


物理無効されてたら死んでたわね」



そう言いながら蹴られた側頭部を抑えながら立ち上がる会長。


そのスカートの奥から尻尾らしきものが生えていたのだ。



「どうして使わなかったのかしら?


……いいえ、もしかして使えない?


こちらで想定していたより融通が利かないのかしら」


「そんなの無くても、私たちは強い」



そう言って、英里佳は僕たちの方を見て立ち上がった。



「……よし、僕たちも行こう」


「は? いやいやいやいやいや、何言ってんスか?


あんなのに混ざるとか無理に決まってるッスよ」


「別に真っ向から戦うわけじゃないよ。


ただ、英里佳のサポートをするだけだよ。


少なくとも、さっきの詩織さんの時みたいなやり方なら、邪魔にはならないはずだよ」


「いや、それはどうなんスかねぇ……榎並さんの邪魔になるんじゃ……」


「いいえ、連理の言う通りよ。


あの子は私たちのフォローを期待してるわ」



戒斗はやや不安そうだったが、詩織さんははっきりと断言した。



「あんただって気付いてるでしょ。


さっきから露骨なくらいチラチラこっち見てくるし」


「うーん……まぁ、確かになんかいつもよりこっち見てくるなぁっては思ってたっスけど……」



あ、なんか僕が認識できない攻防の間でもこっち見てたのか。


というか、もしかして現在進行形でも見てるのかな?


さっきからもう二人の姿がぶれてる感じで僕にはよく見えない状態なんだけど……


って、なんかいつの間にか会長二刀流になってるし、尻尾もいつの間にか無くなってるし……と思ったらまた生えた!


そして英里佳も英里佳で、消えたと思ったら増えてるし、かと思えば会長に攻撃してるし、かと思うとカウンター食らってるし……



「戒斗、とにかく英里佳が全力で攻撃できる隙を作るわよ。


今の会長、余裕がないからあんたの隠密スキルで近づけるはずよ」


「はぁ……わかったッスよ。


どうせ殺されても死なないんスから、腹くくるッス」


「よし、なら僕も」


「「大人しく下がってて」ろッス」



酷い。


いや、確かにあれだけの激戦なら僕って足手まといだけど……



「だったら、歌丸くんには別のことやってもらっていいかな?」

「BOW」



声のした方を見ると、ユキムラに乗った紗々芽さんがこちらにやってきた。



「ぎゅぎゅう!」



ギンシャリも火傷が完治したようだ。



「別のことって言うと?」


「簡単だよ。


まずは英里佳に、会長をどうにかあっちに誘導してもらえればこっちのものだよ」


「あっち?」



紗々芽さんが指さした方向を見て、僕は納得した。


普通に見れば、そこは単なる運動場の芝生しかない空間だが……



「ちょっと耳貸して」


「う、うん」


「あのね、実は――」



耳元でささやかれる紗々芽さんの声になんかちょっとゾクゾクしたけど、今は一応真面目なところなので僕はポーカーフェイスを維持した。



「――っていうの考えてるんだけど」


「なるほど!」



納得した。


確かに、このゴムマットの敷かれた場所じゃなく、あっちの芝生なら……!


それに今の僕と紗々芽さんが一緒なら……そしていくら肉体が強化されていても、むしろ肉体が通常より優れている今の会長ならなおのこと効きがあるはず……!



「やられっぱなしっていうのは本当に納得いかないし……この辺りで、一回あの会長には痛い目に遭ってもらおう」



何やら不敵な笑みを浮かべてそんなことを言う紗々芽さん。


なんか私怨を感じるのだが……気のせいだろうか?


紗々芽さんと会長ってあまり接点があるような印象はないんだけど……合宿の時もあんまり関わってなかったし。



「それはそうと、ユキムラも協力してくれるの?」


「BOW」



どうやらOKらしい。


滅茶苦茶頼りになる。


だってユキムラ、単独でも学園で最強の一角に数えられてるし。



「よくわからないけど、連理と紗々芽になにか作戦があるってことで良いのよね?」


「うん、任せて。


絶対にあの会長の笑顔を泣き顔に変えて見せるから」


「そ、そう……頼もしいわね」



にこやかにそんなことを言う紗々芽さんに詩織さんが若干引いてる。


戒斗も無言だがちょっと引いてる。




「こほんっ――それじゃあ改めて、チーム天守閣、全員で会長を倒すわよ!」


「「応っ!」」

「うん」

「ぎゅう!」「きゅる!」

「BOW!」

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