第158話 未来の嫁とか言われても……



どうも、誘拐された歌丸連理です。


今僕の目の前に出されているのは、カレイの煮つけをメインにしたワカメの味噌汁とご飯、そしてほうれん草のおひたしである。



「食べないのですか?」



そして僕の対面に座りながら同じメニューを食べているのは神吉千鳥と名乗った女性で、この部屋にはさらにもう一人ハゲが扉の前で僕を見張っている。



「もしかして魚嫌いでした?


駄目ですよ好き嫌いしちゃ。それにこのカレイ凄く美味しいからもったいないですよ」


「そういう問題じゃなくて……なんで僕があなたと一緒にご飯を食べなくちゃいけないんですか?」


「そろそろ夕飯になると思ったし、話して時間過ぎても嫌かなぁって思たのですけど……」



いやまぁ、確かに腹は減ったけど……



善光よしみつが釣ったんですよ、このカレイ。


調理も善光がやってくれて、そこらの調理師には負けない腕前です」



あのハゲ、善光って名前なのか。


目の前の女、神吉千鳥を姫と呼んでいたから従者みたいな立ち位置ってことでいいのかな……?



「……腹は減ってるけど、まだわからないことが多すぎてとても何かが喉を通る気がしない。


食べながらでいいから続きを話してください。


行儀悪いとか言わないでくださいよ。そっちは誘拐仕掛けてるんですから」


「……なるほど、仕方ありませんね」



神吉千鳥はそう言って箸をおく。


見張りのハゲ善光がこちらを睨んでいるが、気にしない。



「単刀直入に言いますと」


「はい」


「あなたの将来なんですが」


「はい」



僕に将来って、下手したら卒業と同時に死ぬ可能性がまだ濃厚なんだけど……



「私の義弟となる未来が見えたのです」


「……………………」


「お姉ちゃんと呼んでいいですよ」


「…………………………………………」



僕は思わず無言となり、なんとなく監視のハゲの方を見た。



「……事実だ」



とても苦々しい顔でそう言われた。



「……意味がわかりません」


「では、まずは私の所属について話しましょう」


惟神かむながら……でしたっけ?


そもそもそれって何なんですか?」


「言葉の意味としては、神の意に従うということです。


私の所属する惟神の歴史は古く、平安時代の陰陽師が役職だった時代、そこに神の預言を聞く巫女が所属していた部署があり、それが前身です。


一部では、縄文、弥生時代の巫女が始まりだって言う人もいる位、日本の歴史と寄り添ってきたんです」


「は、はぁ……」



何か途方もないな……



「少し前までは地震警報とか天気予報を一部の報道機関と提携してお伝えしてました」



いきなり凄いしょぼくなった。



「私がまだ小学生くらいの時はお天気キャスターとして全国地方と知り合いが活躍してました」


「ある意味で日本の歴史と寄り添ってるけど……


……で、神の預言を聞くって言うと未来がわかるってことでいいんですか?」


「その通りです。


現代では特殊能力は学生の特権程度の認識ですけど、私たち惟神の巫部かんなぎは学生証に頼らず、独自で特殊な力を扱えるのです。


それが、当時は神の預言と信じられていた超能力……未来視です」


「未来視……」



なんとなく、僕は自分の喉に触れた。


痣はもうなくなっているが、あの時見た鎌をまだはっきりと思い出せる。



「……で、その未来視で僕が……その、あなたの義弟になる、と?


あなたがそれを見たんですか?」


「いいえ、私ではなくて私の妹が、です。


神吉千早妃かみよしちさきっていって、私たちの世代で……いいえ、ここ数百年で間違いなく一番の才能を持った子です。


入学前から自分と縁のある相手が見えていて、私達も誰かをずっと探していたけど見つからなくて……そして、君の存在が有名になって千早妃がこの人だと言ったのです」


「……うーん」



いまいち信じられない。


僕がその神吉千早妃という人と結ばれ、っていうのはおかしい。


それは僕がこの学園を無事に卒業しているという意味であり、何より……



「……僕はここ数日先で死ぬ可能性があるはずなのでは?」


「え……知ってるの?」



未来視があるからやはり向こうも知っていたか。



「未来視とは違いますけど……僕のスキルの関係で、僕は僕の未来の死が確定したことを知っています。


その対策を色々と講じていたところに、今回誘拐をされたということです」


「なるほど……では、話が早くて助かります。


少なくともこの船に貴方を害する意思があるものはいないし、むしろ私はあなたと友好を築きたいのです。


そのために貴方には絶対に死んでほしくないから、こうして強硬手段で保護させてもらいました」


「余計なお世話だ。


だいたい、まだ椿咲が、妹が狙われてるんだ、すぐに僕を学園に戻せ!」



僕が戻ったところで具体的に何ができるってわけでもないだろうけど、それでも僕は兄なんだ。


妹を傍で守る義務があるし、僕自身がそうしたい。



「ご安心ください。


ちゃんとそちらも対策を取っています。あなたがここにいる限り、妹さんを狙っている強硬派は動きません」


「対策って……具体的には?」


「あなたが、自分の意志で西に来ることです」


「………………はぁ?」



意味が分からず、苛立ちと共にそんな声が出た。


自分でも思ったより大きな声で少し驚いた。



「強硬派は目先の能力に眼が眩んでいますが……そもそもあなたのスキルは信頼関係が大前提で真価を発揮します。


それを故意に破壊して、あなたが西で力を発揮できる保証はない。


だからあなたが自主的にこちらに来てくれるように説得する。


そう言い含んで、強硬派を収めました」


「僕が、それに従うと本気で思ってるのか……!」



席から立ち上がって思い切り机をたたく。


乗っていた味噌汁の中身がこぼれるほど強く叩いて、少し手が痛くなる。


だが、それでも怒りが収まることはなかった。



「従ってもらわなければ困ります。


あなたは大事な義弟なんですから」


「勝手に決めるな!


僕はお前たち西の言うことなんて聞かない!」


「西、ではなく惟神の意志です」


「知るかそんなもん!


強硬派の連中がいるんだろ、そいつらを教えろ! ぶっ殺してやる!!」


「落ち着いてください」


「ふざけ――」「これ以上騒ぐなら、多少は痛い目にあってもらうぞ」



後ろから聞こえてきた冷たい声音に動きが止まる。


いつの間にか僕の首は後ろからがっしりと掴まれていた。


……馬鹿な……さっきまで、扉の方にいたのに……!



ゆっくりと視線を後ろに向けると、そこにはハゲ――善光と呼ばれた男性が冷たい目で僕を見ている。



「言っておくが、俺も教師の一人で北学区所属だ。


これを見ればわかるだろ」



そう言ってハゲが取り出したのは見覚えのあるカードだ。


学生証……! ってことは、西で実力を認められた卒業生……!



「当然、姫も持っている。


危害を加える気は無いだけで、本気になれば俺たちはお前を倒すことなど赤子の手をひねるのと同じくらい簡単にできることを忘れるな」


「くっ……!」


「善光、やめなさい」


「……御意」



僕の背後から一瞬で離れ、また扉の前に移動する。


速過ぎて全く見えなかった。


多分、瞬間的な速度ならシャチホコよりも上、か……



「強硬派にも、私達と同じ卒業生はいます。


人数は少ないですが……あなたのいう犯罪組織も護衛として雇われています。


あなた一人が行っても返り討ちにあいますよ」


「っ……」


「座ってください。冷めてしまいますよ」



そうだ……どう言い繕われても、僕はこいつらに誘拐された身


力関係で僕は圧倒的に劣っている。


ここでまた間接外されて動けなくなったらそれこそ一番まずい。


まずは冷静に、こいつらの情報を引き出すことを最優先に


それがきっと、脱出のための道につながるはずだ。



「妹さんのことは安心してください。


あなたがここにいる限り、向こうも下手に動きはしません」


「…………仮に、僕がこの場で西に行くことを従うと言って、それで強硬派は納得して引き下がるのか?


僕が口約束だけで従わない可能性だってあるんだぞ」


「そうですね。ですから、あなたが西に来た場合のメリットをこの場で提示します」


「……メリット?」


「例えば……そうですね」



神吉千鳥は、自分の胸に手を当てて、優しく微笑みながら告げる。



「西は全面的に、あなたの治療に協力します。そういえば、わかりますか?」


「――――…………な、んで?」



口の奥から水分が干上がっていくような焦燥感にかられる。


頭の中が真っ白になり、困惑する。


おかしい、その情報は、東でも知っているのは教師とドラゴンだけのはず……!



「千早妃があなたのことを言い出したとき、すぐに身元を調べました。


そしてその病院にも当然調査を入れています。


心臓に疾患を持っていて、手術が失敗……それでもこうして生きているということは、ドラゴンの介入があったということです。


しかし、ドラゴンは善良ではなく、慈悲など信用に値しない。何かしらの条件付きの蘇生と考えれらます。


それらの情報を考えれば、貴方が完全な健康体であるということのほうがありえません」


「…………仮に、仮にあなたたちの推測が本当だとしても、僕が西に行くことでそれが解決する証拠にはならない」


「いいえ、なります」


「どこがだ。


ただ体制が整っているというだけで、具体的に僕の身体がどうなるのか知らないだろ。


そんな状態で西に行くことに何のメリットがある!」


「確実に助かります」


「いい加減なことを……!」



また苛立ちで声が震える。


時間の無駄だ。


早くみんなのところに戻りたい。



「そういう未来視なのです、私たちの力は」


「はぁ?


所詮天気予報くらいしか役に立たないんだろ」


「多くの巫部はその程度なのは事実ですが……私と千早妃は学生証の力で“ノルン”という職業を得ています。


生来の力を学生証の力で強化されており、そして天性の才能を持つ千早妃の未来視は、一種の確定事項なんです。


さっきも言ったでしょう。あなたは千早妃と結ばれる、と」


「だからそれがなんだって」


「それは貴方が西の学園に来たら確定する未来です」



神吉千鳥のその言葉に、僕は数秒ほど冷静に考える。


そして、一つの矛盾が解消された。



「わかっていただけましたか?


現段階で具体的な治療法こそわかりませんが、それ以上の明確なあなたの安全を私たちは提供できます。


なんせ、貴方は西の学園に来ればそれだけで……」



優しく、それでいて優位を勝ち取ったと言わんばかりの不敵な微笑みを浮かべながら神吉千鳥は僕に告げた。



「あなたはに千早妃と結ばれる未来が…………生き続けられるという保証された未来を手に入れられるのですから」

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