第159話 弱者の強がり。強者の弱音。
■
連理が誘拐された翌日。
連理を覗いたチーム天守閣の面々は北学区にある広場にいた。
通常は学生たちの運動場や、自主的な訓練場として活用されている場所だ。
「今日のところは武器を使っての立ち回りの訓練よ。
仮想の敵として、チーム竜胆も協力してくれてるわ」
三上詩織の言葉を受け、チーム竜胆のリーダーである鬼龍院蓮山が腕を組みながら前に出る。
「基本的に行動阻害系の魔法を使う。
とはいえ一応実戦を想定しての訓練だ。
気を抜くなよ」
「はい、よろしくお願いします」
その言葉に連理の妹である椿咲は礼儀正しく答える。
「武器の振りは私が教えるわね。
メインは剣だけど、一通りの武器は使えるから」
「はい、お願いします」
そう言って素振りから簡単な型をする流れでの訓練を始める椿咲
その様子を、他のメンバーは遠巻きに見ている。
「……なぁ、あの子大丈夫か?」
不安そうな顔でそんなことを小声で訊ねるのは、チーム竜胆所属スカウトの萩原渉であった。
「言いたいことはわかるッスけど……今は他にできることは何もないッス」
暗い顔でそう答えたのはチーム天守閣の日暮戒斗であった。
「連理様のこと、チーム天守閣の皆さんにも伏せられているのですか?」
鬼龍院麗奈の様子を察するに、チーム竜胆でも連理の救出するための活動は伏せられているのだなと考える戒斗。
「現状、学生同士じゃなくて政治経済と色々関わってるッスからね……感情的に動く傾向の強い俺たちには何も言う気はないみたいッスよ」
そう言いながら、戒斗は視線を別方向に向ける。
広場から少し離れた場所で、スキル使用状態で周囲を警戒している榎並英里佳の姿がそこにあった。
そして別方向ではドルイドの苅澤紗々芽がいる。彼女は目には見えないが、おそらく地面に木の根を張り巡らせているのだろう。
普段はララにやってもらっていることを、今は自分の力でやっている。
「そのおかげ……っていうのは駄目なんッスけど、でもああやって妹さんの警護で気を紛らわせてくれているのなら今はそれが一番ッス。
連理にとって今一番大事なのは、妹さんの安全ッスから、俺たちがそれをちゃんとこなさないと」
「信頼、されてるのですね。お互いに」
「だといいんスけどねぇ……結局、これはただの意地っスよ」
「意地、ですか?」
「あいつ自身を守れなかった。
だから、代わりに妹さんだけでも守る。
それくらいの意地は張らないと……今の俺たちは何もできなくなるッスから」
苦々しい顔でそんなことを呟く戒斗
それをみて麗奈は悲し気な表情をする。
「――その意地は、大事なものだ」
「「え」」
その声に、麗奈と渉は驚いて振り返る。
「それ無くして、誰しもが立ってはいられない。
それがある限り、負けてはない」
チーム竜胆のメンバーの一人・谷川大樹
防御主体のナイトである。
「た、大樹さんが普通に喋ってる……」
「麗奈ちゃん……気持ちはわかるが、ここは黙っておこう」
普段無口な上に「俺は壁だ」が枕詞となっている仲間の言葉に驚く二人であった。
「……谷川」
「俺は壁だ。だからわかる。お前は銃だ」
「あ、新しい言葉を言いましたよ!」
「麗奈ちゃん、ここ黙るシーン。気持ちはわかるけど」
「お前の意地はまだちゃんと込められている。
今、この瞬間も撃鉄を起こしている。
最高の瞬間、最大の機会を伺っている。お前の意地は、お前が満足する瞬間に撃ち込まれるまで消えることは絶対にない」
「……随分と過大評価してくれるッスね」
「俺は壁だ。そして、お前はそれを打ち破った。
そのお前をどうして侮ることができる」
「…………確かに、お前の防御を崩せたってのは俺にとって数少ない自慢の一つっスね。
感謝するッス。少し自信を取り戻せたッス」
「俺は壁だ。気にするな」
「だからそれ、いいたいだけッスよね?」
そんな風に谷川の言葉を聞きながら、戒斗は武器の素振りをしている椿咲を見る。
「守らないといけないッスよね、俺たちで」
■
東部迷宮学園の近くにて少し離れた場所で停泊状態にある大型のクルーズ船があった。
その内部の豪華に
とても高価な銘柄のようだが、それを味わいもせえずただグラスを傾けるばかりだ。
「まったく…………巫女の集団は本当に甘ちゃん揃いだなぁ」
「ええ、まったくもって。先生の言う通りですっ」
ソファでくつろぐ小太りの男のすぐ横には一人の華奢で度の強い眼鏡をつけた薄毛の男がおり、先生と呼んだ小太りの男のグラスに素早くワインを注ぐ。
「ちょっと特殊な能力を持っているとはいえ、所詮は思春期の男。
サルみたいに発情することしか考えてない相手に、何を真面目に取り合っているのか。
手ぬるい、手ぬるすぎて欠伸が出るわ」
「そうですそうです、まったくもってその通りっ」
「あの周りを見ればすぐにわかることだろうに。
ああいうガキは、好みの女を周りにおいてやればそれで満足するものだ。
その程度のこともわからないとは、やはり女には任せられんな。
……で、その辺りのめぼしはついているか?」
「ええ、もちろんです!
容姿の良いものを厳選して取り揃えております」
「それなら結構。
迷宮学園の卒業生の子供は、入学後も優れた能力を発揮する傾向が強い。
もしかしたら、あの能力を受け継いだ子供ができる可能性だってある。
この際、一人といわずに三人でも四人でもあてがってやろうではないか」
「流石は先生!
小僧一人になんという好待遇!
もはや聖人君主とは、先生のことですなぁ~!」
「ふふふ、よせよせ、当たり前のことを言われても反応に困るではないか」
「何と懐が深い!
これこそ一国を背負う男!
いよ、未来の総理大臣!」
「ふふふ、ふはははははははははははははは!!」
小太りの男
その男は現在この日本において野党派閥の最大勢力を誇る党の中での名の知れた男
西部迷宮学園への国家の介入に初期から携わった政治家の一人であり、歌丸連理を西部へ招こうと考えている強硬派の一派の中心人物である。
「さてさて……高い金を払ってやったんだ。
お手並み拝見と行こうじゃないか」
■
「……朝、か」
事前に決めていた時間にセットしておいたスキルが発動し、すぐに目が覚めた。
僕はすぐに部屋の中にあった洗面台の方へと向かって顔を軽く洗う。
「……酷いクマだ」
鏡に映った僕、歌丸連理の顔は元気とは言えないものだった。
いつもならスキルを解除した途端にすぐに眠れるのに、昨日は眠れなかった。
「……西に行けば、未来が手に入る……か」
機能の神吉千鳥の言葉を思い出す。
あの後、驚愕で固まった僕に対して彼女も、そしてハゲの善光はそれ以上僕に何か言うこともなかった。
『答えをすぐに出せとはいいません。けど、決してこちらも悪いように扱うことはありませんから、よく考えてください』
神吉千鳥はそう言って部屋を出た。
残された僕は、そのまま呆然として、腹の虫が鳴ってから、冷めたご飯を食べた。
……カレイは美味かった。
まぁ、とにかくそのまま一人で色々考えて、あんまり寝られなかったわけだ。
「はぁ……」
今の自分の酷い顔を見てもただ気が滅入るだけなので、与えられた寝間着から学生服に着替える。
すると、腹が鳴った。
気分に関係なく腹は空く。
「……あれ」
そこでふと、あることを思い出す。
「そういえば……シャチホコたちの飯ってどうなってんだ?」
まだ一日しか経ってないから生きてはいるだろうけど、あいつ結構大食いだからこまめにご飯をあげないと機嫌が悪くなるはずだが……
そう考えていた時、部屋の扉がノックされる。
「起きてるな。飯だ」
入ってきたのは、ハゲの善光だった。
「シャチホコ……エンペラビットとドライアドのアドバンスカードはどうしたんですか?」
「お前の学生証と一緒にこちらで預かっている」
「……ご飯、あげました?」
「…………あ」
「あ」って言ったよ。僕も人のこと言えないけど、こっちも完全に忘れてたよ。
「「…………」」
部屋の中に奇妙な沈黙が流れる。
しかし、黙ったままではいられない。
僕はこれからこの人が持ってきてくれたご飯を食べれば空腹が収まるが、シャチホコとララはそうはいかない。
「……あの、別にみんなに連絡とかしたりしないんで、僕の学生証返してもらえませんか?
中にエンペラビットの餌とか、ドライアドが好む果物とか入ってるんで」
「……脱走するような真似はしないな?」
「今迂闊に逃げれば、椿咲に矛先が向くんでしょ。
だったら、動きませんよ」
「……いいだろう。ちょっと待ってろ」
そういって、ハゲは僕の朝食を近くのテーブルに置いてから部屋を出ていく。
鍵はしっかりかけてからだが。
そしてしばらくしてからまた戻ってきて、その手には三つのカードがある。
一つは僕の学生証で、残りはアドバンスカードだ。
「まず先に学生証から食料を出せ。
ただし、通信の操作をすればすぐに取り上げるからな」
「わかってますよ」
言われるがまま、アイテムストレージを操作して大量の野菜と果物をテーブルの空いたスペースに出現させる。
とりあえずこれだけあれば足りるだろう。
学生証をハゲに返して、代わりに二枚のアドバンスカードを受け取る。
カードに巻き付いた黒い帯を外す。
「シャチホコ、ララ、飯だから出てこい」
そう声をかけると、二枚のカードが光を発して、僕の目の前にシャチホコとララが姿を現した。
「きしゃ!」
「だれ……!」
そして二体とも、見知らぬハゲに警戒をする。
「大丈夫、少なくとも僕たちに危害を加えたりしないから」
僕がそうなだめ、ひとまず落ち着いたのを確認してからハゲは僕に問う。
「一応聞くが、そいつらをカードに戻すことはできるのか?」
「シャチホコはできますけど、ララは僕のパートナーではないので無理ですよ。
迷宮生物はカードから自分の意志で出ることはできても、カードに入るためにはパートナーの学生の認証が必要になるので」
「そうか。
……まぁ、アドバンスカードに通信機能はないからそちらについては返しておこう。
まだこの学生証にそいつらの餌は入ってるのか?」
「野菜は多めに入ってるけど……果物とかは数が少ないからそっちで物資があるならもらいたい」
「……いいだろう。
ひとまず、学生証はまだ預かっておくぞ」
そして再びハゲは出ていき、この部屋には僕とシャチホコ、ララが残った。
「きゅきゅ!」
「おっと……なんだ心配してくれたのか?」
すぐさま僕の頭に飛び乗る。
いつもならご飯に向かうのにな……
「ウタマル、ササメ、どこ?」
一方のララは泣きそうな顔で僕の制服の裾をつまんできた。
「紗々芽さんはここにはいない。
でも彼女は今、みんなと一緒にいるから無事だよ」
「そっか…………これから、どうするの?」
「そうだね……どうしようか」
ララのその言葉に、僕は答えを出すこともできずなんとなく窓を見た。
太陽の強い日差しが海面に反射してキラキラと輝いて見える。
「本当に……どうしようか」
今の自分にできる最善のこと。
僕はそれを考えるが、結局答えは見いだせずにいた。
■
「正気か?」
西学区の生徒会
その会議室にて、大まかな作戦の内容を確認して北学区生徒会の副会長である来道黒鵜はその声をあげた。
「ああ、正気だ」
そして自信満々にそう返すのは、西学区生徒会副会長の銃音寛治であった。
「……わざわざこんな大掛かりなことをする必要があるのか?
歌丸のいる船に目星がついているなら、多少のリスクはあっても俺が乗り込んで行けば……」
「盗聴の内容を聞いただろ?
歌丸連理自身が、西部へ行くことに魅力を感じてる。
力づくで救出しても、それで完全に解決するわけじゃなくなったんだよ」
「……だが、何か相応の理由があってのことだろ。
会話の内容だけでは、よくわからないが……」
「そういう不確定の要因ほど怖いものはない。
だから、それがまだあっちに完全に傾く前に、土台の方を先にぶっ壊すのが手っ取り早いだろ」
「……そのために、悪事に手を貸すと?」
「おいおい、勘違いするなよ。
企んでるのは向こうで、俺たちはちょっと目を瞑るだけだぜ」
「バレれば、歌丸が俺たちを信用しなくなるぞ」
「バレやしないさ、俺たちはあくまでも……歌丸連理の身柄の安全を守るために何もできなかっただけだ。
それをちょっと利用するだけで、何の問題がある?」
「そんな詭弁があいつに通じると?」
「生憎俺はお前ほど歌丸連理を知らないし、興味もない」
そう言って、銃音寛治はテーブルの上にまだ湯気の立っているコーヒーに口をつける。
「そもそもさ、数日中に死ぬんだろ歌丸って?」
「だからこそ、すぐに助けなければならないはずだ。
あいつの能力を失うわけにはいかない」
「逆じゃないのか、それ?」
「どういうことだ?」
銃音はコーヒーを一気に煽り、空になったカップをテーブルに置く。
「ハッキリ言って、あいつは直接戦う立場じゃない。
なのに、戦う力を持ったお前が迂闊に接近すれば、向こうもそれ相応の戦力で対応する。
となれば必然的に歌丸連理の近くで戦いが起こる。
そういうのが原因で死ぬんじゃないのか、そいつ」
「それは……」
違う、とは言い切れない。
むしろ、可能性としては十分に考慮に値する意見である。
「西部学園もあいつが欲しいのなら、数日中に殺すとは到底思えない。
なら逆に、ここ数日はさらわれたままにしてもらおうじゃないか。
俺たちがすべきは、当初の予定通りのことだ。
どうせこの期間中に船で連れ去ることを許されないのなら土曜日……
「だが……明らかに明日の内容はやり過ぎてないか?」
「四学区全部の予算が使えるんだ、これくらい派手にしても大丈夫だろ。
だいたい、北はこの間のドラゴンの骨で儲かってるだろ?」
「普段から怪我人の治療の補助とか何年も前から続く空き家の管理維持費とかで余裕があるわけじゃない」
「そうかー……じゃあ、ほら、そっちの虎の子の一人である二年のアークウィザードいるだろ?」
「瑠璃のことか?」
「そうそう。で、そいつにこの演出部分とか協力してもらって、それでさらにこの辺りとか色々やってもらうと……これくらい削減できる見積もりなんだが?」
「…………ふむ、なるほど」
「東の技術力と体力有り余ってる南のマンパワーも合わさればかなり派手になる。
これ以上ないくらいの、絶好の目くらましになるとは思わないか?」
「……百歩譲って、そのプランを実行したとするが……そこまで必要あるのか?
すでに歌丸の居場所がわかっているのに…………お前の計画では……今、この学園の近くに停泊しているすべての船が標的となる。
無駄が多いとしか思えない。明日の一件で、標的となる船はわかるはずだろ?」
「まず前提が違うな。
俺の目的はただ一つで、救出も護衛も二の次だ」
「だったら、お前は何が目的だというんだ?」
そう言ったとき、銃音寛治の目には黒い炎のような感情を来道黒鵜は垣間見た気がした。
「この学園に……いや、日本に潜む犯罪組織の母体。
そのパイプを持つ西部学園の関係者を炙り出すことだ」
「…………初めから、それを狙って、歌丸を餌にしたのか?」
「それは成り行きだが……まぁ、正直いい気味だとは思ってる。
あいつが勝手に死体を迷宮から持ち帰って、犯罪組織と対立なんかしてくれたおかげで、こっちの学園で把握してたパイプは全部潰されて、手掛かりはパァだからな」
憎しみ、とまではいかないが……銃音寛治が歌丸連理に大して抱いている勘定は、苛立ちだった。
元々、彼は歌丸を快く思ってすらいなかったのだ。
「歌丸を、お前の目的のために囮に使うというのか?」
「最初に言ったが、別に危害を加えるわけじゃないんだから目くじら立てるなよ。
寧ろこれは俺だけじゃなくてこの学園、延いては日本全体のためにつながることだ。
何より作戦が無事に成功すれば、あいつの西部学園に強い不信感を植え付けられる。
万々歳だ。何も問題はない。
……今さら文句言うなよ。契約書に署名したのはお前だぜ」
戦闘能力では、間違いなく来道黒鵜の方が強い。
だが、その気迫に今、来道は脅威を感じずにはいられなかった。
「さぁって……それじゃあ世のため人のため、正義のために、犯罪組織の尻尾を掴ませてもらおうか」
その眼はとても正義を語るものとは思えない、私怨にまみれたものだった。
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