第160話 善意の裏切りと悪意の信頼



歌丸連理が誘拐され、二日が経過した。


チーム天守閣の面々は現在、迷宮上層、第一層に来ていた。



「昨日の訓練から見て、一番動きが良かったのはメイスと盾の組み合わせね。


私も盾は使うけど、防御というよりはカウンターのための受け流しに使うからあんまり参考にせず、昨日の谷川みたいに徹底した防御を意識して。


彼の防御方法はとても参考になるわ。理想形といってもいい」


「ですけど、その場合攻撃はどうすればいいんでしょうか?」


「メイスはリーチが短いから、貴方の場合は実際は攻撃に使うわけじゃないわ。


私がそれが一番良いと思ったのは、貴方が牽制にメイスを使う動きを見せたからよ」


「牽制……ですか」


「そう。メイスは儀礼用のものでもあるけど、使い方によっては鎧ごと相手の頭を潰せるくらい強力な武器なの。


それを見せて防御しやすい距離を保つのが椿咲さんは上手いわ。


前衛の、特にタンク役として優秀よ。


学生証の恩恵が受けられるようになれば男女の体格差とかも改善されるし……今日の上層なら相手は体重の軽いゴブリンとかハウンドくらいしか出てこないからその当たりも気にしなくて大丈夫よ」



今回の迷宮攻略の主役である椿咲に迷宮の立ち回りについてレクチャーするチーム天守閣のリーダーである三上詩織は至って真剣だった。


それを近くで聞いている他の面々は周囲を警戒している。



「迷宮内部は何が起こるかわからないッスけど……よく考えると連理がいない状況で入るのって久しぶりッスよね」


「そうだね……マッピングしっかりやらないと遭難するかもしれないから気をつけないと」


「俺、正直それ苦手なんスよねぇ……」



普段は連理……というかシャチホコという超絶優秀なナビゲーターがいるのだが、今はそれもいない。


迷宮において危険なのは迷宮生物だけでなく、迷宮そのものも遭難によって死を招く要因となる。


上層ならば正確な予測図も制作されているが、万が一を想定してしっかりとマッピングをしていかなければならない。


だが、シャチホコがいた弊害でチーム天守閣はそれに慣れていない節がある。



「それは私に任せて」



そう言って、色々な道具を取り出して腰に付けたポーチに入れている英里佳だった。



「元々私は卒業までソロで活動することを想定して、銃火器免許のほかにマッピングの技能検定で一級とってるから」


「凄いッスねぇ……まぁ、本来ならそれ俺の役割なんスけど……面目ないッス」



戒斗はアタッカーとしてとても優秀だが、ハッキリ言って迷宮の探索技術は壊滅的だった。


シャチホコがいるからこそチーム天守閣では問題にはならなかったが、それ以前はシーフとしてその技量の無さからパーティからはぶられていたという経歴がある。



「そこは気にしないで。


代わりに椿咲さんの傍にいてあげて。


私じゃそれはできないから」


「お願いね、日暮くん」



二人の女子からそう言われて、戒斗は今も詩織からのレクチャーを真剣に聞いている椿咲を一瞥した。



「任せるッス」



そして一通りのレクチャーを受けてから、いよいよチーム天守閣は迷宮へと入っていく。


英里佳を先頭に、紗々芽、そして戒斗と椿咲、最後に詩織という順番で第一層を進んで行く。



「……あの、日暮先輩」


「ん、どうしたんスか?」


「えっと……その」



椿咲は何やら躊躇っているような顔をしながら、制服のポケットに触れているような気がした。



(何かを入れている……? 膨らみがないからカードとかッスかね……って、こういうデリカシーの無いのは駄目っスよねぇ……)



護衛対象であるはずの椿咲を観察してしまう自分の癖に反省しつつ、もしかして初めての迷宮で落ち着かないのではないかと考える。



「妹さん、帰るのって日曜日ッスよね?」


「え……あ……は、はい。その予定ですけど……」


「その時には流石に連理も戻ってきてるはずッスから……その時バーベキューがあるんスよ」


「は、はぁ……」


「その時に連理のお気に入りの店の人に出前頼もうかって考えてるんスよ」


「兄さんのお気に入り……ですか?」


「そうッスよ。あいつが教えてくれたラーメン屋で、凄く美味しい店なんス。


きっと気に入ると思うッス。


あ……でも女の子ってラーメンあんまり好きじゃないッスか?」


「一般的に得意ではないと思いますけど……私は好きですよ、ラーメン」


「それならよかったッス。楽しみにしててくれッス。本当に美味いッスから」



緊張状態にある椿咲を安心させようとそんな話をすると、椿咲は嬉しそうに微笑んだ。



「……先輩は、兄さんが戻ってくるって信じてるんですね」


「もちろん。あいつがいないと始まらないッスよ」



そう戒斗が言うと、椿咲は何か決心したように頷いた。



「先輩」


「ん?」


「戻ってきたら、兄さんのこと、お願いしますね」


「おう、任せるッスよ」



戒斗の言葉に安心したような顔をしながら、椿咲はポケットに触れていた手を放したのであった。





『蛇、お前は動かないのか?


こっちは退屈で死にそうなんだが、なんか面白いことはないか』



通信機越しに聞こえてくる退屈そうな声


その声に、フードで隠した奥の顔が不快そうに歪む。



『鼠、そんな下らないことのために通信を使ったのか?』


『そんなわけねぇだろ。


テメェなんかと会話するために通信するくらいなら、コレクションで楽しんでるつぅの』


『下種が』


『同じ穴のムジナだろうが。自分のお手々がお綺麗なつもりかよ』


『黙れ、これ以上俺をイラつかせるな。さっさと用件を言え』


『じゃあ言うがよ……お前“ブラックカード”持ち出したか? 家守ヤモリの旦那に返す予定だったんだが』


『それならそのまま手続きをして俺が持って行った』


『お前ふざけんな、そういうことは一言残しておくもんだろうがカス』


『貴様にかける言葉があると? さっさと死ね』


『けっ……だがなんでお前がそれを?


俺はコレクションに持たせて使うが、お前に必要ないだろ、あのカード』


『俺が使うのではない』


『は?』



蛇と呼ばれたアサシンの言葉に、通信機の向こうで鼠と呼ばれたネクロマンサーが素っ頓狂な声を出した。



『もう切るぞ』


『ん? おい待て、なんか騒がしいが今お前どこにいる?』


『居場所をお前に教えろと? ふざけるな』


『お前のことはどうでもいい。なんの騒ぎかって聞いてんだ。


なんか……やけにテンションの高い男どもの声援っぽいのが聞こえる理由を聞いてんだ』


『……例のディーヴァ様のゲリラライブがこれから行われるらしい』


『はぁ? ゲリラライブ? あの歌姫一応生徒会の関係者だろ。


歌丸連理が誘拐された状態でやるとか、やっぱ狂ってるんじゃないか、あのアイドル』


『興味もない。もう切るぞ』



そうやって蛇――アサシンは通信機を学生証へとしまって隠密のスキルを発動させたまま周囲を確認する。



周囲には多くの人があわただしく動き回っていて、広場の中心辺りでは急ピッチで簡易ステージが作られていく。



『……あのアイドルだけでここまで物資と人材が揃うものなのか?』



急ピッチで、そして無駄もほとんどなく作られていくステージを眺めながらアサシンは違和感を覚えた。


だが、それだけだ。



『まぁいい、合流には都合がいい。


精々馬鹿騒ぎをしてるがいい、生徒会。


もうお前たちでは手遅れなのだからな』



フードに唯一隠れていない口元が、小さく吊り上がる。


そして次の瞬間には、その場からアサシンの姿は完全になくなっていた。





「はぁ……はぁ……」



迷宮一層


そこで椿咲はゴブリン一体を自力で倒していた。



「流石ね」



監督役の詩織は椿咲を動きをそう評した。



「ありがとうございます。


でも……やっぱり倒すのに今のスタイルだけ時間がかかってしまいます」



ただの中学生で戦闘経験の乏しいことを考慮すれば間違いなく善戦しているといえる。



「最初はそれでもいいの。大事なのはケガをしないこと。


迷宮では長時間の活動が必要だから、そのために防御が必要よ。


急いで倒すのは二の次。それができるのは熟練者なわけで、椿咲さんくらいならそこは考えなくていいわ」


「……はい」



返事はしつつも、まだどこか不満そうだ。



「……そろそろ戻ったほうがいいんじゃないかな?」



そう提案したのは、マッピングと周囲の警戒をこなす英里佳だった。



「今日は初日だし、あんまり奥に行ってもこの階層の成果はしれてる」


「まぁ、それもそうね……明日もあるわけだし、無理して体調崩させるわけにもいかないし。


じゃあ、戻りましょうか」


「ま、待ってください。


あの、もう少しだけ、戦わせてくれませんか?」



椿咲のその意見に、詩織は少し困ったような表情を見せる。



「積極的なのは良いけど、今のあなたは明らかに疲れてるわ。


これ以上無理してもいいことは無いし、学生証がない貴方は強くなれるわけじゃないのよ」


「分かってます。


それでも、今日、最後にもう一回お願いします。


……できれば一対一じゃなくて、集団で」


「集団……っていうと……私たちもってこと?」


「はい。兄が普段、どういう風に皆さんと一緒にいるのか知りたいんです」



そう言われて、詩織は他の者たちと顔を見合わせる。



「良いんじゃないかな。それならあまり負担にならないと思うし」


「私も、いいと思う」



紗々芽と英里佳の言葉を受け、詩織は最後に戒斗の方を見た。



「戒斗は?」


「うーん……あんまり参考にはならないとは思うッスけど…………」



戒斗はあまり気が進まない様子である。



「先輩、お願いします」


「…………まぁ、わかったッス。


集団だと何が起こるのかわからないから、離れちゃ駄目っスよ?」


「はい」



というわけで、結局集団戦をするということになった。


といっても、この階層での集団などゴブリンかハウンドの群程度しかいない。



「確かここに来るまでで鳴き声がたくさん聞こえてくる小部屋があったから、そこかに行こう」



英里佳に案内されて移動する。


小部屋の前まで移動し、まずは英里佳が内部を見て確認する。



「……数はゴブリン7、ボブゴブリンが1」


「この階層では珍しいね……」


「私達なら問題ないわ。


普通に戦うだけじゃすぐに終わるから、スキルの使用は最低限ね。紗々芽も、椿咲さん以外に付与魔法は使わず、基本的に行動阻害だけ」


「わかった」「うん」


「戒斗は接近してきた敵以外は倒さないように。


椿咲さんが倒しやすいように援護するだけでいいから」


「わかったッス」


「よし、それじゃあ行くわよ」



そして全員が武器を構えて小部屋へと入っていく。



「GYA!」

「GAYGAGYAGA!」



部屋へと入ってきて集団に反応するゴブリンたち。


特に連携、といううことはなく、一番近くにいるゴブリンが標的に飛びかかるというだけだ。



「しっ!」

「ふっ!」



それを軽く叩き落とす英里佳と切り払う詩織



「ルートバインド」



そして迫ってくるボブゴブリンの動きを阻害する紗々芽



「……すごい」



それらを見て、そんな感想を口にする椿咲


自分が時間をかけ、全力を出してようやく倒せたゴブリンを軽々と倒してしまう。



「おっと、やっぱりこっちにも来たッスね」



接近してくるゴブリンを見て銃を構える戒斗



「……先輩たちは、本当に強いんですね」


「疑ってたんスか? ちょっとショックッスねぇ」


「そういうわけでも……いいえ、少なくとも私は……先輩以外の方を疑ってます」



ゴブリン相手に対処をしている三人の少女を、椿咲は懐疑的な目で見ていたのだ。



「あれだけ強くても……兄さんは攫われたんですね」


「それは……っと」

「GYAU!?」



接近を許したゴブリンが飛び掛かってきたので、肩を撃つ。



「本当は、わかってます。


仕方ないって。兄さんは弱くて、皆さんは強い。だけどそれでも結局普通の高校生なんだって……わかってます」



そう言いながら、椿咲はポケットに手を入れた。



「妹さん、今戦闘中だからポケットから手を…………は?」



一応戦いの中、そういう行為は良くないと戒斗が注意しようとした時、目を疑った。



「ちょ……え……それ、まさか……!」



椿咲の手に握られているそのカード


それは色こそ違うが、見間違えるはずもない。



「普通の……ただの他人であるあの人たちに、兄のことを任せることなんて、初めからできるはずなかったんですから」



それは――――……!





時間をさかのぼる。


北学区の校舎の一室。


その仮眠室で、椿咲は一人で泣いていた。


兄がさらわれ。信じてた人たちに裏切られた。


まだ中学生でしかない少女にとって、それは決して小さくない心の傷となった。



「兄さん……」



呆然と、ベッドに横たわりながら小さな窓から見える茜色の空を見上げる。



『歌丸連理を助けたいか?』



そんな窓から、声が降ってきた。


男か女かもわからない、若いかおいてるかもわからないそんな声だ。



「誰……?」


『あまり大声を出すな。騒ぐなら俺は去る。


だが同時に、お前は兄を助ける機会を失うと思え』


「…………誰、なんですか?」



小声で訊ねる。


隣の部屋には戒斗と詩織がまだいるはずだ。


声が漏れないように、窓際まで近づく椿咲



『実行犯さ、お前の兄を誘拐した』


「っ!」



驚きで声を出しそうになったが、どうにか堪える。


しかし、恐怖から思わず窓から離れた。



『時間もないし、単刀直入に言うぞ。


お前の兄の身柄はこちらで抑えている。


返して欲しいなら、お前が代わりにこっちに来い』


「……私を……どうするつもりですか?」


『知らんし、興味もない。が、西の学園はお前の身柄を押さえたがっている。


その目的は、もう知ってるな?』


「…………」


『別にそう深く考えることでもないだろ。


ただ兄がここから西の学園に転校するだけの話だ』


「転校する……だけ」



そう言われて、椿咲の顔に兄と、そして今日まで一緒に行動したチーム天守閣の人たちの顔が思い浮かぶ。



『この学園に、お前は家族がいてもいいと、本気で思っているのか?』



その言葉に、椿咲はこれまでの傷つく兄の姿を思い出す。


モニター越しで、どうしようもなかった兄への不安を思い出す。


そして、そんな兄の近くにいるのに、助けられない仲間たちに腹立たしさを覚えたことも思い出す。



「……どうしたら……いいんですか?


私は今……護衛の先輩たちが一緒で、貴方のもとへはいけませんよ」


『――これを使え』



その言葉と共に、小さな窓から一枚の黒いカードが降ってきた。



『それがあれば、お前は――――』





「――黒い、学生証?」



椿咲の手にある学生証を見て唖然とする戒斗


そんな戒斗に、椿咲は申し訳なさそうな顔を見せる。



「ごめんなさい。そして……さようなら」



学生証が光ったかと思えば、椿咲の姿が変わる。


それはまるで戒斗と同じようなマントを纏った姿になったのだ。



「妹さん!!」



まずいと思った戒斗


すぐに手を伸ばそうとするが、足が止まる。



「GYA!」


「邪魔だ!!」



脚に絡みつくゴブリンを即効で撃ち殺す。


そして前を見たが、そこにはすでにもう椿咲の姿はなかった。



「――――」



現状、何が起きたのかわからず放心した戒斗だが、ギリっと奥歯が軋む。


理性が理解する前に、感情があふれだす。



「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉおぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!」



一人の少年の慟哭が、迷宮の中に響き渡った。

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