第210話 何が、一番大事?

巫部かんなぎ



僕は誘拐されたあと、少しだけ気になって意味を調べた。


基本的に今は名字として使われたりしていて、一般的な意味ではほとんど使われてはいない。


しかし、神の意志を人に伝えるための役割


昔はそういう意味でこの言葉は使われていた。


南米ではシャーマンとかが当てはまり、古く歴史を紐解いていけば日本においては弥生時代、邪馬台国を収めたという女王の卑弥呼も、神の意志を人に伝えるという信仰で国を治めたという。


それと直結するとは流石に思っていないが、少なくとも目の前の少女、神吉千早妃のルーツとなっている力は日本だけでなく、世界的に見てもかなり歴史の重みがあるものと考えるべきだろう。



「はっ……痛々しい女」



あるのだろう……が、どうやら僕の隣にいる英里佳にはそうは思えなかったらしい。



「……は?」


「そういうのカッコいいと思ってるの?


わぁ……そういうの、今時中学生でもやらないと思う」


「……まったく、浅学ですね。


私はれっきとした、由緒正しい巫部です。


どこぞの見苦しい中学生の思春期特有のアレと一緒にしないでもらいたいですわね」


「へぇ~……すごーい」


「…………あまり調子に乗っていると痛い目に遭いますよ」


「もう遭ってるかな。


もう見てるだけで痛々しくて……ああ、ごめんなさい、こっち見ないで、痛いのが移る」


「「…………」」



お互いに無言のままアルカイックスマイルの二人


しかし、表情とは裏腹に途轍もない威圧感を両方から感じる。


怖い。



「英里佳、ちょっと落ち着いて。


彼女は別に僕たちにとって敵ってわけじゃないから。


むしろ大事な協力者になってくれる人だから」


「でも……」



英里佳は未だに目の前の神吉千早妃を睨む。


しかし、それは困る。


ドラゴンを倒すには、どう考えても最高位のノルンである彼女の協力が必要不可欠なのだ。


ここで下手に機嫌を損ねるのは、非常にまずい。


英里佳だって少し考えればそれくらいわかるはずなのだが……?



「とにかく、落ち着いて。


英里佳だって、別に敵対したいわけじゃないでしょ?」


「……………………………………………………………………そうだね」


「結構考えたね?


こほんっ……まぁ、そういうわけで……こっちとしては別に敵対は望まない。


そっちも、体育祭前に攻撃を仕掛けにわざわざこんなところに来たってわけじゃないんでしょ」


「その通りです。連理様。


流石、どこかの頭の中に筋肉しか詰まってない戦闘狂とは違いますね」



ちょっと……せっかく大人しくなったのに……



「――メンヘラ」

「――アバズレ」



アルカイックスマイルしたままお互いを罵る英里佳と神吉千早妃


どんだけ仲悪いの?



「それで、えっと……千早妃がこっちに来た理由は?」


「ああ、そうでしたね。


……まず、私は連理様にお願いをしに来たのです」


「お願い、というと?」



千早妃は表情を変えずに英里佳から僕を見る。


ただし、威圧感はなくなるのだが、何か探られているような気分になる。



「連理様、ドラゴンの討伐を在学中に実行しないこと。


それを約束して頂きたいのです」



その言葉に、僕は少なからず動揺はした。


そして僕以上に、隣にいる英里佳は大きく目を見開いていたのが見えた。



「――どうしてそんなことを?」



英里佳を見て、少し冷静になってそう問うと、彼女は想定通りと言わんばかりに続ける。



「何か疑問でもありますか?」


「ある。


僕と英里佳、そしてチーム天守閣は、本気でドラゴンを倒すために今ここにいる。


君もそれを知らないわけじゃないはずだ」


「ええ、存じております」


「なら」

「ですが、常識的に考えておかしいのはそちらだという自覚はないのですか、連理様は?」



確信をもって、千早妃は語りだす。



「ドラゴンはいわば、地震や津波と同じです。


対処しようと思うならまだしも、本気でそれらを無くそうとすることが、どれだけ愚かなことか……語るまでもないことですよ」


「――っ!」「英里佳」



千早妃の言葉に反応して立ち上がろうとした英里佳


僕は咄嗟に彼女の肩を掴んだ。



「歌丸くん、でも、こいつ」

「落ち着いて。君の言いたいことは、僕が伝える」


「……わかった」



ひとまずは落ち着いたようだが、英里佳の千早妃に対する感情がかなり嫌悪の方向に傾いている。


これはまずいと思いつつも、こればっかりはハッキリと伝えなければならない。



「そんなことは、ただの思考停止だ。


自分たちにとって都合のいい諦めの理由を適当に並べているだけに過ぎない。


確かに地震や津波は無くせないけど……ドラゴンは倒せる。


僕たちはそれを証明した」


「ドラゴンがもたらした情報を本気で信じていると?」


「可能性があるのなら十分に試す価値がある。


何もしないことが賢いと勘違いしているから、一方的にあいつらに大事なものを奪われる。


僕はそれを実感したし、英里佳は家族を奪われた」



そうだ。


あいつは、下らない思い付きで、僕の妹の椿咲が危険な目に遭ったのだ。



「あいつらは自我がある。


何か下らないことを思いついて、自分の快楽のためなら人だって簡単に殺す。


地震や津波みたいに予兆もなく……むしろ、対策をするこっちの裏を取ってさらに大きな被害を出す。


あいつは倒す。絶対に倒すべき存在だ。


自分で諦める奴は勝手に諦めていればいいけど……その理由を他人に押し付けて、自分の諦めを正当化する奴を僕は心から軽蔑する」



もしかしたらこれで千早妃との関係が険悪になるかもしれないが……こればっかりは譲れない。


ドラゴンを倒すという目的は、僕にとっては絶対に譲れないものとなっているのだ。



「素晴らしい慧眼です」


「……は?」


「少々、試させていただきました。


不快な想いをさせてしまったことは申し訳ございません。


ですが、連理様が正しい見識を持っている確認ができました」



予想外の言葉に僕は困惑する。



「勘違いさせるような言い方をしたのはこちらですが、私もドラゴンを倒すことは賛成です。


ただ、在学中……つまり連理様自身がそれを実行することを止めていただきたいのです」


「それはできない」


「何故?」


「英里佳と約束したんだ。ドラゴンを倒すと。


そのために僕はここにいる」


「つまり……そこにいる榎並英里佳が戦うから、連理様も戦うと?」


「そうだ」



僕がそう告げると、千早妃は表情を一瞬で責めるような険しいものに変えて、英里佳に向けられた。



「つまり、貴方が連理様を確実に死地に追いやっているわけですが……それについてはどうお考えで?」


「っ……そ、それは」

「英里佳を責めるのはお門違いだ。


これは僕が自分の意志で決めたことだ。


それに、あくまでもきっかけであって、ドラゴンを倒すという意思は僕もちゃんと持っている」



そうだ、これは間違いなく僕の意志だ。


それを捻じ曲げて英里佳を咎めるようなことは絶対に認められない。




「ですが、連理様自身は榎並英里佳がいなければ在学中に無理してでも倒そうとは考えなかったのではないですか?」


「…………現時点で、英里佳の力が一番ドラゴンを倒すのに有効的だ。


英里佳が全力で、何の制限もなしで戦える在学中が一番可能性がある」


「苦しい言い訳ですね。


連理様の能力なら、それらの力を全部後輩へと引き継ぐことが可能となっているのでは?


そろそろ、そういうことに特化した能力を得ているころだと思うのですが……」



能力贈呈プレゼントのことを言っているのだろう。


生徒会には報告しているが、西へその情報はまだ漏れていないはずなのだが……これがノルンの力というわけか。



「私は、連理様を含めドラゴンを倒すのに有効な力を後輩へと引き継がせ続け、そして連理様の能力でより優秀な学生を育成し、最終的にそれらの力を集めた優秀な学生を……英雄を作り上げ、ドラゴンと戦わせる。


これがもっとも確実で、犠牲も少なくドラゴンを倒せる最良の選択であると考えます。


誰でも思いつきます。


これと同じことを、すでにお二人は他の方からも聞かされた覚えがあるのではないですか?」



生徒会では氷川に同じことを言われ、英里佳も模擬戦では鬼龍院麗奈さんに似たようなことを言われていたはずだ。



「特に、榎並英里佳……あなたは全国中継された模擬戦で、鬼龍院麗奈に問われたはずですよね。


対して、あなたはただ、連理様の隣にいるのは自分がふさわしいと答えていました。


でもそれって…………あなたは彼女の問いから逃げたように映ったのですが、どうなのですか?」


「っ……」



千早妃の言葉に、英里佳が机の下でぎゅっと拳を握ったのが見えた。



「それは僕が」「連理様」



千早妃は、とても真剣な目で僕に視線を戻した。



「彼女を庇いたいという、あなたの優しい気持ちはわかります。


ですが、これだけはどうか口を挟まないでいただけませんか。


この榎並英里佳への問は、貴方にとってとても大事なことであり……なによりも榎並英里佳にとっては避けては通れない……いいえ、絶対に避けてはならないなのものです」


誰が聞いてもわかるくらいに真剣なその言葉に、僕はそれ以上の言葉を出せなかった。



「答えなさい榎並英里佳。


歌丸連理という男性を大事に想いながらも、彼をドラゴンとの戦場へ駆り立てようとするのか、その理由を」


「わ、私は……」



英里佳はそれ以上何も言わなくなってしまい、俯いた。


そんな英里佳の態度を見て、千早妃の目に軽蔑の色が見えた。



「今の自分がどれだけ矛盾の中にいるのか自覚しなさい。


そして理解しなさい。


あなたは守ってなどいない。


連理様に守られていて、それに甘えてただ寄り添っているだけなのだということを」



そしてその声に怒りが滲み出ている。



「連理様に必要とされているからとはしゃぎ、自分のことを棚に上げてただ力任せに鬼龍院麗奈を倒した。


子どもの癇癪かんしゃくそのものです。


彼女や周りが黙っているのは、ただあなたが究極的に暴力で自分の論を通そうとする幼稚さを無意識ながらもわかっているからです。


断言します。


あなたがいくら強くなって実力をつけようと、あなたは連理様を本当の意味で守れない。


だって、あなた自身が一番連理様を害しているのだから」



僕の隣にいる、榎並英里佳という女の子


僕にとっては一番大事で、小柄ながらに、とても頼りになるはずのそんな彼女が……今は普段よりもずっと小さく、弱く見えたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る