第209話 あ、そういえばそんな初期設定でしたね……



「はぁー……これで耐久力だけなら学生服と同じ性能って地味に凄いッスねぇ」



そんなことを言いつつ、戒斗は半袖のシャツとカッターシャツに、デニムとスニーカーを身に着けたラフな自分の格好を見てそんなことを呟く。



「わざわざ用意してくれた白木先輩に感謝しないとね」



そして僕も、学生服ではなく白いシャツにカーディガン、そして裾の広いワイドパンツにサンダルという装備である。



これらすべて、出店のリハーサルの時に僕がお世話になった西学区の生徒会役員である白木小和先輩が用意してくれた服だ。



迷宮学園の服で街中をであるのは凄い目立つから、それを回避するためのものだ。


万が一危ない目に遭いそうなときは、学生証を操作で即座に学生服に着替えられる。



「フルパックコーディネートシステム、だったわね……状況の変化で即座に衣装を変えられるとか、戦闘にも役立ちそうね」



そんなことを言いながら一応は別室で着替えを済ませた詩織さんが出てきた。


上はシンプルなシャツに、裾の長いカーディガン。


デニムのショートパンツから生える健康的に引き締まった足にロングブーツ


女の子の可愛らしさとアクティブな雰囲気が良い感じに混ざっている。



「港に降りたらまず朝食だよね。


港だし、やっぱり海鮮かな……あ、でも少し歩いたところにパンケーキのお店もある」



もうすぐ上陸ということでテンションの上がっている紗々芽さん


涼し気な淡いブラウスに、通気性の良さそうな装飾の施されたレースのロングスカートで、どこかのお嬢様と言われても信じてしまいそうになる。



「…………えっと……なんか、こういうの初めて着るんだけど、似合ってるかな?」



少し不安そうな表情で最後に部屋を出てきた英里佳



「おぉ……」



感嘆をこぼす僕、そして隣で口笛を吹く戒斗


ひざ下くらいまで丈のあるワンピースに、パーカーを上に羽織る。


細身であるが故にスラリとした足にはストッキング装備


普段の色白な肌が黒いストッキングで覆われているという普段とのギャップ



「可愛い(確信)」


「えへへ……」



僕の言葉にはにかむ英里佳


可愛い(確定)



「ふぅん……英里佳だけかしら?」


「歌丸くんは英里佳のことしか見えてないんだ~」


「え、あ、いや、二人とももちろん可愛いです!」


「取ってつけたような感想ね」


「別にいいけどね」



なんか二人とも不満げな表情をする。




「あ、いや、本当に似合ってるし、可愛いと思うよ!


ちょっとタイミングを逃しただけで、本当に可愛いよ!」


「お前テンパッて同じことしか言ってないッスね」



戒斗が呆れているが、こっちはそれどころでは……



「ぷっ」

「ふふっ」


「って、え……あの、二人とも?」



不機嫌そうにしていた二人の顔が急に笑い出した。



「冗談よ、本気で慌てすぎ」


「そ、そんな…………」



愕然としていると、紗々芽さんが近づいてきて「でも」と僕の額を指で押される。



「そういうことは言われなくてもしてくれなきゃ駄目だよ?」


「う、ウッス。


以後気をつけます」


「うん、そうしてね」



なんか、こう……紗々芽さんに注意されるのって悪くない気がする。



「むぅ……」


「はっ!」



なんか今度は英里佳がむくれてる!



「無限ループに入りそうッスから話進めてもらえないッスか?」


「そうね」



戒斗がなんかわけわかんないことを言い出し、それを何故か理解した詩織さんが咳払いをする。



「まず、現代において高校生が迷宮学園の外を出歩いてることなんてありえないから、私たちは中学生って設定で行きましょう。


まぁ、私たち三カ月前まで中学生だったわけだし大丈夫でしょう」



うーん……詩織さんと紗々芽さんはちょっと怪しい気がする。


……英里佳は大丈夫だろうけど、言ったら拗ねられそうだから黙っていよう。



「視察である以上、目立つようなことはしないように。


連理、紗々芽、緊急時以外はアドバンスカードからパートナーは出さないようにね」


「了解」

「わかった」


「それ以外は基本自由だから……まぁ、観光でもしましょうか。


というわけで、迷子になったら学生証は目立つからスマホで連絡よ。


GPSでそれぞれの位置がわかる様に設定もしてあるから、迷子になったらすぐ連絡するように。


連理、良いわね?」


「歌丸くん、スマホの使い方わかる?」


「基本は学生証と一緒っスよ」


「歌丸くん、はぐれないようにしようね」


「そんなに僕頼りないですかねぇ…………」



なんか泣きたくなってきた。


今までの積み重ねがあるとはいえ、そんな小さい子どもみたいな扱いを受けるというのは辛い。


そして何より自分でも今までのことを考えると反論できないのがなお悲しい。


まぁ、そんなこんなで僕たちの乗った船は東京湾へと到着するのであった。





そして……一時間後



「なんであいつの方が迷子になってるのよ」



愕然とした表情でスマホを眺める詩織さん。



「まさか、こんなことになるなんて……」



そして予想外の事態に何とも言えない表情になる紗々芽さん。



「そういえば……もともと日暮くんってシーフ系なのに迷子になることで有名だったよね」



と、今更ながら出会った当初のことを思い出す英里佳



「ああそっか……迷宮だと基本的にシャチホコに案内してもらってたし、人ごみとかここまでなかったもんね……」



そして納得する僕。



そう、僕は今回何も問題はなかった。



迷子になったのは僕ではなく、戒斗であった。



忘れていたのだが、戒斗は迷宮で僕たちの前の仲間から見捨てられるほどの方向音痴だったのである。



今はもう学園の地理を覚えたので問題はなかったのだが、見知らぬ土地な上に、学園にいた時ではそうそうお目に掛かれない足早な人の多さにはぐれてしまったのだ。



「とりあえずスマホに掛けてみるね」



僕は支給されたスマホを操作し、戒斗の登録していた番号に掛ける。



そして数回コールが鳴ると、すぐにつながった。



『あ、連理、お前今どこにいるんスか!』


「いや、こっちのセリフ」


『またお前勝手にどっかに行って、しかも他のみんなも見当たらないし……たくっ、いったいどこに迷子になってるんスか』


「いや、それ君」


『は?』


「僕は最初からずっと他のみんなと一緒で……迷子になってるの戒斗だよ」


『…………いやいやいやいやいやいやいやいや、冗談キツイッスよぉ~』



迷子になる人って、意外と自覚がないっていうの本当だったんだなぁ……


そんなことを漠然と考えながら、僕は通話をスピーカーモードに切り替える。



「戒斗、今どこにいるの?」


『え、し、詩織さん?』


「私だけじゃなく、紗々芽も英里佳もいるわよ」


『……えぇ~』



電話の向こうで愕然とした表情をしている戒斗の顔が目に浮かぶ。


この時点でようやく自分が迷子であると悟ったらしい。



「まったく……とにかく、その場から動かないでしばらく待ってなさい。


GPSで追跡するから」


『わ、わかったッス……』



そこで通話を終わり、僕にスマホを返す。



「私が戒斗見つけてくるから、みんなは……あそこで待ってて」



そう言って詩織さんが指をさしたのは学園でもよく見かける人気のチェーン店のカフェだった。



「私も一緒に行くよ。


一人だと変に声かけられると思うし」


「……そうね。


英里佳、連理のことお願いね」


「わかった」



なんか話がどんどん進んで行くのだが、実際問題、守られる立場の僕が偉そうなことを言えないので黙って従う。


ひとまず二人を見送り、僕と英里佳はカフェに入店する。


とりあえず無難なものを注文し、テーブル席に向かい合って座る。



「まさか戒斗の方が迷子になるとはね……」


「うん、すっかり忘れてたかも」



僕も英里佳も苦笑いしながらコーヒーを飲む。


幸い、朝食はもう済ませた。港の近くに海が見えるお洒落なサンドイッチが評判のお店があってそこに入ったのだ。


だが店を出た直後に戒斗とはぐれてしまい紗々芽さんの当初のプランの観光が出来なくなっている状況だ。


おそらく戒斗を見つけたらその辺のことをネチネチと責めるに違いない。



「しかし……東京か」



ここは人通りが比較的に少ない場所なのだろうが……それでも十分に人が多い。


そんな街中を眺めている自分に不思議な感覚を覚える。



「東京、初めてなの?」


「一応来たことはあるらしいけど、ほとんど寝てたから覚えてないな。


名医って言われる人の手術を受けにこっちに来たらしいんだ……結局完治はしなかったけど、そのおかげで今も生きてられるんだろうね」


「そう、なんだ……」



あ、やばい、英里佳が暗い表情に


そりゃそうだ、明るい話題とは到底言えないもん。



「え、英里佳はどう? 東京は?」


「うーん……私も覚えてる限りはない、かな。


物心ついたことには青森にいたし」


「なら二人とも実質初めてってことだね。


……にしても、噂通り人の通行が速いや……もっとゆっくり歩けばいいのに」



そんなことを何気なく呟いた、その時だ。



「――まったくもってその通りですね。


心の余裕がないのは、いけないことです」



誰かがそんなことを言った。


一瞬、偶然に会話が一致してしまったのかと思ったが、それにしては距離が近い。



「歌丸くんっ!」



英里佳が急に慌てたかと思えば、その手には拳銃を出して構えていた。



「え、英里佳!?」



急に一体どうしたんだと思ったら、その銃口は僕ではなく、僕の隣に向けられていることに気付いてそちらを見た。



「あらあら、はしたない」



そこには、長い黒髪を後ろで緩くまとめた、学生服の少女がいた。


その学生服は普段僕たちが身に着けているものにとても良く似ているのだが、微妙に装飾が異なっている。



「君……まさか」



西部学園の生徒


それはすぐにわかった。


そしてもう一つ……彼女の顔がどことなく見覚えがある。



――神吉千鳥



椿咲の一件で僕を保護したと言って誘拐してきた、西の穏健派


どことなく彼女に似ている。



「神吉、千早妃?」



恐る恐る名前を呼ぶと、彼女は目を輝かせて僕の方を見た。



「一目でお分かりになるなんて、流石は未来の旦那様ですねっ」



弾んだ声でそう言いながら、彼女は僕の手を取ろうとしてきたが……



――パァンッ



火薬の炸裂音が店内に響き、神吉千早妃の動きが止まる。


僕と彼女の間、その左側――つまり、座っていたソファーの背もたれに小さな穴が空いていた。



「次は当てる」


「無作法、ここに極まれりですね。


――綾奈あやな、黙らせなさい」



神吉千早妃がそう言うと、英里佳の隣に突如人が姿を現した。


隠密スキル!


不味いと思ったが、僕が言うより早く状況は動く。



「遅い」

「っ」



突然姿を現した女子生徒の手には刃物が握られていて、それを構えるのだが、それよりも早く、英里佳が右腕の袖から飛び出した小型の拳銃が構えられる。


結果、英里佳が両手に拳銃を構えた状態で二人を牽制し……



文奈ふみな

「はい」



さらに、もう一人。



「っ……!」



これは流石に予想外だったようで、英里佳は自分の首に向けられた刃物――よく見たら苦無くないと呼ばれるものだった――を突きつけられる。



「英里佳!」


「――旦那さま」



立ち上がろうとしたが、隣から神吉千早妃が落ち着いた声で話しかけてくる。



わたくしはただ旦那さまとお話がしたいだけなのです。


そちらの護衛の方の無作法をお止めになってくださいませんか?」


「っ……」



英里佳の首に突きつけられた苦無


それを見て迂闊な行動は危険だとすぐにわかる。


そんな僕の顔を見て、英里佳が口を開く。



「歌丸くん、私はいいから」「黙りなさい」



僕に対して語り掛けてきた時とは違って、かなり冷たい無機質な声


そんな声を神吉千早妃は英里佳に向けていたのだ。



「あなた如きがこの場で許可なく口を開く権利はない。


控えなさい」


「――控えるのは君たちの方だ」



その物言いに、僕は意見する。


考えれば、英里佳が銃を向けているのは、突然現れた二人にとっての護衛対象


心理的な有利はむしろこちらにあるはずだ。



「突然現れて、僕の大事な仲間へのこの仕打ち


無作法なのはどちらかな」


「そうですよね。


私はもっと普通にと言ったのにそこの二人が姿はギリギリまで隠れるべきだって」



「千早妃様?!」


「ふぁーすといんぱくと、とか言ったのに!?」



まさかの主からの裏切りに驚愕する二人


よく見ると同じ顔だ。


双子かな?


それに……今のところ死線スキルの発動もしないし、敵意はないのかな?



「……そっちがその刃物を下すなら、英里佳も銃を下す。


英里佳、それでいい?」


「……わかった」



渋々と言った様子で頷く英里佳



「だそうです。


二人とも、しまいなさい」


「「はい」」



神吉千早妃の言葉に、双子は武器をしまう。


英里佳もそれを確認して銃を下す。



「さて、それでは旦」「歌丸くん」



神吉千早妃が何か言う前に先に口を開く英里佳



「だから」「先に席替えしよう」



神吉千早妃の言葉など一切無視して僕にそう提案する英里佳


まぁ、確かにこの席位置は落ち着かないよね。



「……あ、ああ……そうだね。


流石に初対面なわけだし、話をするならお互いに対面の方がしやすいと思う」


「むぅ……旦那様がそうおっしゃるのなら、仕方がありませんね」



ややむくれつつも、僕の言葉に従ってくれる神吉千早妃


彼女が席を立ち、そして英里佳も警戒を維持したまま、一度通路の方に出てこちらの席にやってくる。



「あまり図に乗らないことですよ」

「どっちが」



すれ違う一瞬でこのやり取り。


君たち、初対面でいきなり仲悪すぎませんか?


そんなことで内心ビクビクしながらも無事に席は移動し、僕の左側には英里佳がいて、対面には神吉千早妃と、それを挟むようにおそらく護衛と思われる双子がいる。



「というか……今更だけど店に残ってて大丈夫?


さっき発砲したし警察とかに通報されてるんじゃ……」


「それなら大丈夫です。


こちらの二人が消音スキルと隠密スキルを使ったので周囲にはバレていませんよ」


「……ってことは、その二人はエージェント系ってこと?」


「厳密には違います。


わたくしの専属の護衛で“クノイチ”です。


一応、特殊職業エクストラジョブの一つで、エージェントとシーフ系の良い所取りです。


修得条件は日本国籍持ちの女性であり、そして主君と仰ぐものに仕える強い意志を持ち、その上でエージェント系とシーフ系職業を習熟することで成れるようになります」



あまりにあっさりと、その上で此方の知らない特殊条件を伝えられて僕も英里佳も面食らった気分になる。


すると、護衛の片方……たしか、綾奈と呼ばれた方の少女が戸惑っている。



「千早妃様、あまり情報を簡単に伝えるのは……」


「あら、私の未来の旦那様に隠し事などできませんわ」


「――は?」



そしてその言葉に英里佳が反応。


見るからに苛立っている。


そしてなんだろう……なんかどす黒いオーラが見える気がする。


幻覚なんだろうけど、隣に座ってるだけで肌がざわつくほど威圧を感じる。


確実に怒っている。



「あらあら、またそうやって邪魔するのですか?


話が進みませんね。


まったく……旦那様、護衛にもある程度の品格というものをお持ちになったほうがよろしいですわよ」


「とりあえずその旦那様っていうのやめてくれる……ほんと、お願いします」



彼女が僕をそう呼ぶ度に英里佳が苛立っているのがわかる。



「むぅ……では、名前で呼び合いましょう。


その方が学生らしいお付き合いっぽくていいですね。


それに、将来そう呼べば済む話ですし」


「――――――」



英里佳がめちゃくちゃ不機嫌で、威圧が増した。


神吉千早妃はどこ吹く風と平然としているが、護衛の双子は冷や汗を流すほどに緊張している。



「……将来云々はともかく、君のことは千早妃と呼ぶよ。


それで……まずは自己紹介からしないかな。


そっちの二人のことも知りたいんだけど」


「この二人は私の護衛。


この場では黒子としていないものと思っていただいて構いません」


「そういうわけにはいかないかな。


面と向かって話してる相手の名前を知らないって言うのは流石に失礼過ぎる」


「なるほど……まぁ、そうですね。


一応、連理様はこの二人の兄と出会っています」


「兄……?」



西学区の関係者で……この二人の兄に該当する人物って言えば……



「……ああ、あのハ――げふんげふん――……確か、善光っていう人だっけ」



目の前の少女――千早妃の姉である神吉千鳥


西の穏健派に誘拐された時に出会った、彼女の護衛のハゲ


それがこの双子の兄なのだろう。



「姉の日下部くさかべ綾奈あやなと申します」


「妹の日下部くさかべ文奈ふみなです」



僕から見て左側が姉で、右側が妹らしい。


髪型がサイドテールとなっていて、姉の綾奈さんが左側、文奈さんが右側となっている。


逆に、それ以外ではちょっと見わけがつかないかもしれない。



「えっと……もう知ってるみたいだけど……僕は歌丸連理。


東の迷宮学園に所属していて、北学区で迷宮攻略をしてます。


で、こっちは」


「……榎並英里佳。


歌丸くんのパートナーです」



なんか含みのある言い方だが、あながち間違ってはいない。



「はいはい、ビジネスパートナーですね」



対する千早妃は一切動じず、英里佳の不機嫌度が上がる。



「では、改めまして。


私は神吉千早妃。


西の学園に所属し、若輩ながら、巫部かんなぎの一団である“惟神かむながら”の筆頭巫女を務めております」

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