神吉千早妃は見て欲しい。

第208話 まずは状況確認だ。

揺れる船


聞こえてくる波の音


潮の香り


そして……



「ぉぇえ……」




込み上げてくる吐き気。



「歌丸くん、大丈夫?」


「……セーフ、まだ……セーフ……」


「それ限りなくアウトに近いやつッスよね?」



必死に吐き気と戦う僕を心配する英里佳


そしてそんな僕を呆れた目で見ている戒斗



「まったく、大袈裟ね……」


「歌丸くん、前にこれよりずっと酷い波の上を走ってたよね?」



詩織さんと紗々芽さんはそんなことを言いながらも手元にある“スマホ”の設定を続ける。



「……これでよしっと。


はい、これ、東京にいる間ちゃんと持ってるのよ」



五台全部の設定を確認し、僕たちへと手渡す詩織さん。



「学生証あるのに、いまさらスマホとか持たされてもどうすんスかねぇ……」



受け取ったスマホを眺めながらそんなことを呟く戒斗


確かに、学生証にはスマホでできることはほとんど代用可能だ。


いまさらスマホが必要になるとは思えない。



「万が一の時のものよ。


学生証での通信不可能な距離に転移させられた時とか、GPSを使っての足取りを追うためとかね。


特に後者。学生証にはGPS機能がないからむしろメインはこっちね」



「「「なるほど」」」



詩織さんの言葉に、納得したように頷く英里佳、紗々芽さん、戒斗。


そして四人の視線がある一方向へと集まり……



「……何故みんな僕を見るんだい?」


「言った方がいいかしら?」


「結構です……」



薄々は自覚あるし、今は気持ち悪いから僕は大人しく黙った。




「さて……それじゃあ、港に着く前に状況を整理しましょうか」



こほんと軽く咳払いして、この船室に備え付けられているホワイトボードの前に立つ。



「まず、私達チーム天守閣は、他の生徒会関係者より遅れて、体育祭前日――つまり今日、日曜日に体育祭の開会式が開かれる東京に向かうことになってるわ。


今日の夕方には顔合わせがあるけど、港に到着するのは午前8時半頃の予定。


顔合わせが行われるホテルには午後5時までにチェックインするように言われているけど、それまでは自由時間が与えられているわ」


「東京観光できるねっ」



紗々芽さんはとても楽しそうにパンフレットを見ていた。


出発前、西学区の早朝から営業しているコンビニで購入していたものだ。


意外とそういうの興味あったんだね。



「許可は受けてるけど、体育祭三日目以降に開始される戦闘系の競技会場の視察であることも忘れないように」


「はーいっ」



テンションが高い紗々芽さんである。



「体育祭の初日と二日目は中学でもやったような定番種目の他に、二つの学園共通競技の部活動から選ばれた種目の予選と決勝……人数規模も多いから、日本全国の競技場を使って一斉に開催。


転移魔法で学園から各競技場へ送って、勝ちあがった選手で東京か大阪でそれぞれの競技種目の決勝。


やることは普通なのに、大掛かりッスよねぇ……」



一方の戒斗は明日から開催される体育祭の規模にちょっとげんなりしている。



「やっぱり問題は三日目以降かな……最初は全国の会場での戦闘競技……市街を使ったフラッグ戦に、私たちがやったような防御陣地を自分たちでつくる攻城戦。


他にも、解き放たれた迷宮生物を追う狩猟戦に……一般人も参加するレイド……他にも細かい競技が色々ある」



不安そうにつぶやく英里佳



「いくら死んだことをなかったことにする結界があるからって……やっぱり危険な気がするかな」


「そうね……まぁ、今更言ってもどうにもならないんだけど」


「実際、本当に死んでも無事な俺らじゃあまり説得力もないッスけどねぇ……」



模擬戦の時に実際に死んでる三人である。



「こほん……まぁ、それはそれとして……私達、東部迷宮学園と、対戦相手の西部迷宮学園は今回、体育祭の勝敗によって、お互いに指定した学生を優先的にトレードできることになってるわ。


トレードである以上、学生はそれぞれ行き来はするけど、私たちの場合、負ければ連理が西に持って行かれて、向こうの一般生徒がこっちに来る。


でも、逆に私たちが勝てば……」



「ノルン、だね」



僕の呟きに、詩織さんが頷く。



「そう。


現段階の私達……いいえ、この学園全体で必要な情報。


迷宮のどこに存在してるのか不明とされているドラゴンの本体。


それを見つけ出せるという唯一の存在であるノルン。


その職業の生徒であり、私たちと同い年の神吉千早妃かみよしちさきをこっちの学園に招くことが出来る。


ドラゴンへの攻撃手段を限定的とはいえ確保した私たちにとって、次に必要になる能力の持ち主よ」


「あと、彼女の予知能力が得られれば学園全体の死亡率も下がるんだよね。


西の死亡率が東より低いのもそれが理由だとか」



紗々芽さんの補足の言う通りならば、本当に規格外の能力と言えるだろう。



「で、問題はそのノルンも連理のことを西に招こうとしているってことッスよねぇ……ってことは、この体育祭でその予知能力とぶつかるのは確定ッスねぇ」


「まぁ、現状相手がどういうことをしてくるかわからないし……私たちはただ、全力で勝ちに行くだけよ」



詩織さんはかなりやる気を見せているようだ。


なんとも頼もしいのだが……



「うぷぅ……」



マジでキツイ。



「歌丸くん、横になったほうがいいんじゃない?」


「そう、だね……そうしようかなぁ……」



今、僕たちの貸し切っている船室には確か奥に仮眠ベッドがあったはずだ。


そこを借りようかと思っていたら、英里佳が僕の肩に手を置き、そのまま引っ張られる。


そしてされるがまま、僕は横にされる。



「はっ」

「なっ」

「わぉ」



詩織さん、紗々芽さん、戒斗が一様に声を上げた。


何が起きたのかと混乱する僕は、やわらかな感触を頭に感じていた。



「え、英里佳?」


「どうしたの?」


「いや、どうしたのって……」



見上げれば英里佳の顔がそこにあり、僕は膝枕されていた。


そして当の英里佳は僕が若干戸惑っていることを不思議そうに見ている。



「嫌だった?」


「そういうわけでは……ないんだけど……」


「なら、このまま」


「う、うん」



そのまま英里佳は上機嫌な様子で僕の頭を優しくなでてくる。


……なんか恥ずかしいけど、すげぇ安らぐ。



「……英里佳、人前でそういうのはどうかと思うわよ」



詩織さんから怒りのオーラを感じる。


でも正直今は気持ち悪いのでいつもみたいに対応できない。



「歌丸くん、起立」


「ウッス」


「あ……」



義吾捨駒奴ギアスコマンドは健在。


普通に発動して英里佳の膝枕で安らいでいた僕は強制で立ち上がる。


その際、英里佳が寂しそうな声を発したようだ。



「紗々芽ちゃん……」


「英里佳、自重して」



不満げな英里佳に対して、紗々芽さんは親が子供を叱るみたいな態度である。



「なんやかんやあったけど、仲直り……むしろ前より良くなった感じッスか?」


「まぁ……そうだね……おぇ……」


「あ、苅澤さん、連理ガチでヤバいみたいッスよ」


「歌丸くんは休んでて」


「う、ウッス……」



大人しく仮眠室に向かおう。


そうして僕は背後に英里佳から視線を受けつつも、乗り物酔いが酷いのでさっさと仮眠室に向かったのであった。





「むぅ……」


「英里佳、やり過ぎ」



紗々芽に注意されるも、英里佳は不満げな顔のままである。


自分でも少し非は認めつつも、反省するところまでは言ってないようだ。



「まったく……英里佳、ここ最近連理と距離取ってたからっていきなり縮め過ぎじゃないの?」


「別にいつも通りだよ」


「バレバレな嘘つかない。


前はあんなことしてなかったでしょ」


「でも歌丸くんも嫌じゃないって言ってたし……」


「私たちが不快なのだけど」


「うっ……」


「そうだよねぇ……私は確かにそう言ったことを勧めたりしたから強くは言えないけど……英里佳も私たちの気持ち知っててそういうことするのは、ちょっとどうかなって思うかなぁ」


「うぅ……」



女子三人のそんな会話を繰り広げている。


ちなみに、戒斗は気まずそうになることを先読みし、ちゃっかりスキルを使って気配を消しながらその場から離れていた。


連理の護衛をしているのだろう。



「まったく……わかってはいたけど、本命だからってあんまり調子に乗ってると痛い目遭うわよ」


「別に調子の乗ってるわけじゃ……」


「「乗ってる」」


「…………」



二人から断言されて閉口する英里佳


まぁ、彼女も薄々は自覚があったのである。



「でも、結局保留にしたんだよね」


「……まぁ」


「なら、その一線は守るのがマナーだと思うんだよね。


保留するように言った本人がそれじゃ示しがつかないでしょ」


「で、でも……」


「でも、じゃないよね?


意地悪言ってるわけじゃなくて、自分で決めたことなんだから英里佳が守らないとおかしいって私は指摘してるだけなんだけど……私何かおかしいこと言ってるのかな?」



紗々芽は冷静な口調であるのだが、その眼は笑っていないし、怒りマークっぽいものが幻視できた。



「……ごめんなさい」


「まったく……落ち込むくらいならさっさとOK出せばよかったじゃない」


「本当にね。


その方が色々と楽だったのに……」


「…………二人は、私と歌丸くんがそういう関係になったら嫌じゃないの?」



恐る恐る訊ねる英里佳


その質問に、詩織も紗々芽は冷静だった。



「今の私にとっては、連理が笑っていられることが一番大事なのよ」


「私も……歌丸くんが無事ならそれでいいかな」



そう言って……紗々芽はさらに続けた。



「それに歌丸くん、最近ハーレム願望持ち始めてるみたいだし、それならそれで別にいいかなって」


「「え」」



驚く英里佳と詩織



「あれ、二人とも知らないの、あのカップルコンテストの後のこと?


歌丸くん、ハーレム作りたいって内容のことを大声で叫んでたんだよ。


だから私としては予定通りって感じだし……もともと歌丸くんの本命は誰かさんだってわかってたから、今となっては別にいいかなって」


「「………………」」



紗々芽の発言になんとも言えない顔を見せる英里佳と詩織


別にお互いにお互いのことは嫌いではないのだが、連理のハーレム云々については話は違うというか、なんというか……とにかくモヤっとするのである。



「まずは歌丸くんの身体のこととか色々解決しなきゃいけない問題も多いし……一通り終わるまで、お互いに節度は守ろうよ。


私たちの身の振り方も、その後で決めても遅くないと思うし」



紗々芽からの提案に、英里佳も詩織も頷く。


なんやかんやで、男女関係……もとい、人間関係全般の問題は紗々芽の方が対処能力に優れているのであった。





「あー……」



仮眠室のベッドにて、僕は横になっていた。



「そういえば……結局これ渡せなかったな」



さきほど受け取ったスマホを見て思い出した物を学生証から取り出した。



――出店のリハーサルにて手に入れた、兎の手のひらサイズのぬいぐるみ


頭部の部分に紐が付いていて、キーホルダーとしても使えるだろう。



英里佳に渡そうと思って、そのまま渡せずじまいだ。



「スマホを受け取ったときに渡せばよかったな……」



気が付くのが遅かった。


今更渡すのもなんか変だ。


こういうのって、こう……一回タイミングを逃すと凄い渡しづらい。



「はぁ……」





一方、少し経過して……



「……これ、どうしよう」



榎並英里佳は一人、女子トイレの洗面台の前で、一枚のチケットを手に持っていた。



「MIYABIさんの、ライブチケット」



今回の体育祭の七日目……最終日の夜、東京のど真ん中で開催されるライブのチケット


売るところに売れば6桁は下らない価格が付く、プレミアムチケット


それを貰ったのだが……



「やっぱり……歌丸くんに渡すべきだよね」



もともと、歌丸はあのカップルコンテストに参加を了承したようなものだった。


英里佳自身、そこまで強くMIYABIのライブを見たいというわけでもないのだから譲っても良いのだが……



「……誰と行くんだろ」



ふと、そんなことを考える。


これはペアチケット。


つまり、二人で一緒に行くためのものだ。


本来のチケットを取るために一緒に参加した稲生薺だろうか?


三上詩織だろうか?


苅澤紗々芽だろうか?


もしくは大穴で日暮戒斗だろうか?


はたまた、日本にいるということで妹である歌丸椿咲であろうか?



「うーん……」



後半二人なら問題はないのだが……


前半の場合は……モヤモヤするのである。



榎並英里佳は、歌丸連理へ告白をし、そしてもらう予定の返事を保留した。


つい先ほど、詩織や紗々芽からもその辺は指摘されたわけだが……



(私が一緒……って、駄目かな)



気持ちを伝えたことにより、今まで意識していなかった感情が目に見えるようになったのだろう。


つまりは嫉妬、独占欲とも言う。


告白して、無意識にかけていたタガが外れているので、その辺りの感情が素直に出るようになった。


つまり、デレ期である。


もともとデレていたが、一層にデレ期である。



「……歌丸くんが、ハーレム……か」



――もうその辺りは仕方がないのではないだろうか?


ふとそんなことを考える。


元々、彼を一人では守り切れないということはこれまでの結果で分かりきっている。


意志は強いが、とにかく弱い。


力づくで押しかけられたら、彼は為されるがままに流されるか、耐えた末に折れて死ぬの二択だ。


歌丸連理という少年を守るためには……万全を期すならどう考えても仲間である二人は必要不可欠だろう。


卒業後にもその関係が続くかどうかはともかく……在学中はもうそれでいいだろう。


だが、問題は……



「一番……正妻……」



そう、ポジション


これは重要


自分の想いに素直になった英里佳にとっては、譲れないものである。



「…………私がもらったんだし、私が誘うのはアリ、だよね」



この体育祭の期間中に、歌丸連理をライブに誘う。



そんな目標をひそかに立てる榎並英里佳


入学当初はドラゴンを殺すために手段を択ばないストイックな少女であったが……


今そこにいるのは、どこにでもいるような恋する乙女だった。





その心の変化が、彼女を苦しめる。



彼女は忘れていたのだ。



本島に――日本に戻るということはどういうことか?



過去と、そして己の起源と向き合う時が、刻一刻と忍び寄ってきている。

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