第207話 答えは聞かない。今は。
■
「はい、あーん」
「あ、あーん」
先ほどからずっとこの調子で紗々芽さんから焼いた肉を食べさせてもらっている。
なんというか……恥ずかしい。
周囲の男子生徒からの嫉妬の目線ならまだいいが、生温かな目を向けられるとなんとも居た堪れない気持ちになる。
正直、そろそろ勘弁してもらいたいのだが……
「ふふっ」
なんか紗々芽さんがめっちゃいい笑顔で言い辛い。
ここ最近での一番の笑顔なのではないだろうか?
これ見たらやめて欲しいとかとても言えない。
「あの……紗々芽さんは食べなくていいの?」
「私は大丈夫だよ」
いや、君はそうなのかもしれないけど僕はもうそろそろキツイ。
ここは、なんというか気が引けるけどそろそろやめてもらうように言うべきか……
「そ、そう……あの、僕そろそろお腹が」
「え……」
「ま、まだまだお腹減ってるかなぁー!」
そろそろキツイのだが、そう言おうとしたら物凄く寂しそうな顔をされてつい嘘をついてしまう。
ああもう、僕って本当に馬鹿っ!
「――歌丸くん、紗々芽ちゃん」
内心で自分の発言に後悔していたら、声を掛けられる。
「あ、英里佳、用事は済んだの?」
「うん。
それで……ちょっと歌丸くんと話あるんだけど……いいかな?」
「いいよ、からかって遊んでただけだから」
「え……?」
紗々芽さん、今なんと?
「……あの、紗々芽さん?」
「なに?」
「……今、からかったって……」
「何のこと?」
「いやいやいやいやいやいやいやいや、確実に言ったよね、からかったって!」
「うんっ」
「わぁ、めっちゃいい笑顔」
もう可愛い過ぎて普通に許してしまいそうだ。
「あ、でも……――こんなことしてあげるの歌丸くんだけだからね」
耳元でそっとささやかれるその声に、頭の中が真っ白んなる。
そうでなくても小さくなっていた怒りが完全に吹っ飛んだ瞬間である。
「それじゃあ私、詩織ちゃんのところ行ってくるね」
そしてそのまま紗々芽さんは僕と英里佳を残して去っていく。
「……くぅ……!」
完全に遊ばれてる……!
悔しい……けど、嬉しいと感じちゃう自分がいる……!
「……あの、歌丸くん、大丈夫?」
「大丈夫……うん、大丈夫…………って、そうだ……英里佳、試合中に言ってたことなんだけど」
「うん……私も話したいことあって……少し、いいかな?」
「もちろん」
ひとまず立ち上がろうとした僕。
「あ」
が、僕の意志とは関係なく体はまともに動かず前のめりに倒れてしまった。
「う、歌丸くん?」
「……ごめん、ちょっと足が痺れて動かないかも」
僕のスキルには
相変わらず地味に使えないな僕のスキル。
「大丈夫?」
「大丈夫大丈夫……あの、少し待って、痺れが取れると思うから」
「……歌丸くん、ちょっと動かすね」
「え、あの……あれぇ?」
英里佳が僕の前で膝をついたかと思えば、そのまま僕の頭を上げてそのまま英里佳の膝に乗せられた。
……これはいわゆる膝枕というやつでは?
「首、痛くない?」
「い、いえ……大丈夫です」
むしろ柔らかい。
一生このままでもいいくらい。
「……というか、なんで……膝枕?」
「地面に顔つけっぱなしはどうかなって思って…………嫌だった?」
「全然嫌じゃない」
そこは即答。
むしろ最高。
「「…………」」
なんとなくお互いに黙ってしまって沈黙が流れる。
しかし、それは不思議と嫌な沈黙ではなかった。
頬に感じる英里佳の膝枕の温もりがなんというか……凄く愛おしかった。
「…………はっ!」
そしてなんとなく周囲を見回して気が付く。
ここはBBQの会場
当然他にも生徒はいるわけで……先ほど紗々芽さんに「あーん」されていた時以上に注目を集めていた。
そしてなんか女子の視線が冷たい。
まるで下種野郎を見る様な…………そうりゃそうですよね、さっきとは違う女子に膝枕されてたらそうなるよね!
「え、英里佳!
痺れは抜けたからちょっと移動しようか!」
「え、まだ無理しなくても」「いいから!」
周囲のプレッシャーに耐えられなかった僕は足の痺れを我慢しながら立ち上がり、英里佳の手を少々強引に引いてその場から離れる。
■
歌丸に手を引かれながら、英里佳は自分の手を握る歌丸連理の手を見た。
見た目は以前と同じようだった。
しかし、こうして直に触れていてわかる。
(豆、固くなってる)
槍や棒など、今も様々な武器を使えるように素振りだけは続けているという。
その成果が手に出ていた。
最初に彼から手を握ってもらってから、もう二ヶ月以上経つだろうか?
あんなにプニプニだった手のひらは、歌丸連理が成長したのだということを教えてくれる。
「……歌丸くん、背、少し伸びたね」
「え? そう……かな?」
「うん、そうだよ」
周囲の人気はなくなり、歩くスピードを落とし自然と並んで歩く。
隣にいる歌丸連理を、以前よりほんの少しだけ見上げるようになったのだと今になって気が付く。
ゴーグルを着けていた時は全然気が付かなかった。
彼とこうしてちゃんと向き合う。
それを心に決めただけでこんなにいろんなことに気付けるのだなと思うと、嬉しいと思う反面、どうしてもっと早く覚悟しなかったのだろうと悔しくも思った。
■
「まぁ……このあたりでいいかな」
周囲に人気はなく、ここでなら落ち着いて話が出来そうだ。
一度向き合うために手を放したつもりだったが、僕の手から英里佳の温もりは消えずに残ったままだ。
見れば、僕の方は話しているのだが英里佳が僕の手を握ったままだった。
「……あの、英里佳?」
「もう少しこのままで……いいかな?」
「あ……う、うん」
……というかなんか自然に手をつないでいるけど……なんか今更ながら少し恥ずかしくなってきた。
「……なんか、こんな風にちゃんと歌丸くんと顔見て話すの久しぶりな気がする」
「そうかな…………そうかも。
鬼龍院たちと模擬戦から色々あったしね……」
「あの時から歌丸くん、急にゴーグル着けてたよね。
模擬戦の後も着けてた」
「それを言ったら英里佳こそ、ついさっきまで着けてたじゃん」
「うん、そうだね」
お互いに人のことが言えないことに今更気付いて思わず笑ってしまう。
「――まず、僕は英里佳に謝らなくちゃいけない」
しかし、僕はちゃんと話さなければならないことがある。
そうでなくては、稲生に申し訳が立たない。
「前に、僕は君の言葉を誤魔化した。
本当に、ごめんなさい。
だから……今度は僕の方から言わせて欲し」「待って」
思いを告げようとしたら、英里佳が制してきて、僕の手をぎゅっと握る。
「歌丸くんに、ちゃんと伝えたいことがあるの。
だから……聞いてください」
「……わかった」
本当なら僕の方から話したいところだが、何か思いつめた顔をしていたので、僕は頷く。
「昨日の……カップルコンテストのことなんだけど」
「うん」
「………………私は、あの時……会場にいて……稲生さんに、嫉妬した。
だから……彼女を威圧して…………あの場で転ばせてしまったの」
「……そっか」
驚きよりも、納得の気持ちの方が強かった。
「やっぱり……わかってた?」
「そういうわけじゃないけど……納得はできるかな。
……もしかして、さっき言ってた用事っていうのは、稲生に会ってた?」
僕の質問に、英里佳は頷く。
この様子なら、すでにもう話はつけてきたと見るべきだろう。
「稲生はなんて?」
「…………許してくれた。
私が悪いのに…………私と、友達になってくれた」
「そっか……あいつらしいな」
「……歌丸くんも、私を責めないの?」
「稲生が許したことを僕がとやかく言うつもりはないし……そもそも、英里佳にそうさせてしまったことには僕に原因がある。
それくらいの自覚は持っているつもりだよ」
僕の言葉に、英里佳はうつむいてしまった。
今どんな顔をしているのか見えないが、つないだ手はそのままだった。
今しかない。
そう思った。
「英里佳、僕は」「待って」
思いを継げようと思ったらまた止められた。
出鼻が挫かれたような気持になるが、英里佳は再び顔をあげて僕を見る。
その表情は、とても真剣で……彼女が戦いのときに良く見せる、本気の顔だった。
「私は歌丸くんを守りたい。
この命をかけて、絶対に……君を守りたい」
そしてその眼には、これまで見たことのない……ドラゴンや迷宮に対する憎しみとは違う、何か別の決意のようなものが見えた気がした。
その眼があまりに綺麗で、僕は吸い込まれそうな気持ちになる。
「歌丸くんが、好きです」
そんな言葉がすっと胸の奥に入ってきた。
「大好きです。
初めて、こんな気持ちになりました」
そうでなくても色白なため、顔が耳まで赤くなっているのがわかる。
それでも彼女は精一杯に僕に気持ちを伝えようとしてくる。
「私は、歌丸くんに恋をしました」
ぎゅっと握る手に力がこもる。
言葉だけでなく、掌からもその想いを伝えようとしているかのようだった。
「歌丸くんの傍に、これからもいさせてください」
その言葉に、僕は胸の奥が温かくなっていくのを感じた。
その温もりが全身を駆け巡っていき、僕の中で歓喜へと変わっていく。
彼女の気持ちに答えなければならない。
そう思い、僕は今この胸の内をすべて打ち明けようとした。
「――英里佳、僕は」「待って」「え~……」
二度ならず三度も止められた。
「え、なんで、なんで?
今完全に僕が返答するところだよね?」
「そ、そうなんだけど……その…………返事はしないで欲しい」
「ど、どうして?」
もしかして僕が他の人好きとか思われてる?
…………思われる可能性があるようなこと結構してた!!
「あ、いや、英里佳、紗々芽さんとのあれは、その、ちょっと誤解があるというか、僕にとって一番は」「待って」
四度目
もうなんか躾の成ってない犬のような扱いされてないかな、僕?
「違うの……歌丸くんの気持ちどうこうじゃなくて……私の一方的な、我儘な問題があるだけ」
「我儘って…………どういうこと?」
「…………私は、今のままで歌丸から答えを貰えるような立場じゃないと思うの」
「そんなことは……」
「ううん……ある。
だって…………きっと、私は甘えちゃうから。
そうなったら、私はもう今まで見たいに強い自分で……ううん、強くなろうとすることを止めてしまうかもしれない。
私は、歌丸くんを守れるくらい、強くなりたい。
だから……私が、私を認められるくらい強くなるまで……今は、何も言わないで」
そういって、今まで握っていた手が離れていく。
「それでも、私の気持ちを知って欲しかった。
だから……私の我儘。
……図々しいけど、歌丸くんにそれを許して欲しいの」
「………………わかった」
彼女の気持ちを知っていて、それを誤魔化したのは僕だ。
だったら、その気持ちを受け入れるのは当然のことだろう。
「待つよ。
英里佳が自分を認められるまで、ちゃんと待つ」
稲生には怒られるかもしれない。
というか怒るだろう。
それはもう受け入れよう。
だけど……
「だけど、一つ僕からもいいかな」
「何?」
「僕も、強くなるよ」
僕自身、彼女を守りたいという気持ちはある。
せめてそれだけは伝えたかった。
「強くなる。
英里佳と一緒にいられるように……君と一緒に、強くなる」
一度離れた手を、僕は握り直す。
「一緒に強くなろう。
強くなって、生き残って、そして勝とう」
この日、僕たちの絆はさらに強まった。
そんな気がした。
■
「ところでさ……英里佳、明らかに僕の気持ち知ってるよね?」
「……え?」
「いやだって、僕の気持ちを知ってる風な言い方じゃん」
「………………な、なんのここここと?」
「めっちゃ動揺してるよね。
ちょっと、あの、どうして知ってるのか、それだけは教えてくれない?
英里佳の場合、なんかこう、決定的な証拠がないとそこまで踏み込んだ発言しないでしょ」
「……あ、よ、用事を思い出したー(棒)」
「誤魔化し方が雑っ!
ちょっと、英里佳、英里佳さーん!」
小走りで逃げていく榎並英里佳を追いかけていく歌丸連理
そんなとても仲の良い少年少女を上空から見守る存在がいた。
「ふ、ふ、ふ……青春ですねぇ~」
この学園の主にして、人類の天敵
ドラゴンである。
「さてさて、いよいよ体育祭の開幕……どうなるかワクワクですが」
不気味にニヤリと笑ったその口から、鋭く禍々しい牙が見える。
「やはり、開幕は派手にしないといけませんねぇ~
よし、西の方と一緒に何か考えましょう!」
――誰も死なない体育祭
それが今回行われることとなるのだが…………
――波乱が無いとは、一言も言ってない。
その事実を日本国民全員が思い出すのに、そう時間はかからないのであった。
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