第206話 誇らしく笑おう。
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「ふむ……」
BBQで少し腹を膨らませたのち、会場の隅で学生証片手に難しい顔をしている来道黒鵜がいた。
「先輩、どうしたんですか?」
「ん? 氷川か。
もうあっちに参加しなくていいのか?」
「あはは……もう大丈夫です。
ちょっとはしゃぎすぎちゃいましたので、少し落ち着いておこうかと思いまして」
氷川明依は照れたような表情でそう言う。
模擬戦が無事に女子で勝利したことで浮かれまくっていたが、時間をおいてようやく落ち着いたらしい。
「それで、先ほどから難しい顔をして何を見ていたんですか?」
「模擬戦の全体の構図の録画だ。
学長に依頼してあの会場内部で起きたことをすべて全角度の映像で見られるようにしてもらっていたからな」
「そんなことして何か対価を要求されたりしなかったんですか?」
「足柄牛を使ったレトルトビーフシチューのパック一か月分だ」
「……安いのか高いのかよくわからないですね」
「結果を見れば安かったと言えるだろう」
そう言いながら、学生証から空中に投影されるディスプレイを眺める来道。
氷川も対面から反転した映像を見る。
映像では歌丸連理がマーナガルムを封じた時の映像が映っている。
「やはり一番目立つのは歌丸の成長だな」
「それ、基点の良さは評価できますが、南学区の土門元会長の力と、東学区からの新しい武装のおかげでは?」
「そうだが……その土台として、歌丸が独自の力でマーナガルムの動きに対応できているという前提がある。
以前のこいつなら、ここまでできていなかったと思うぞ」
「……まぁ、そうかもしれませんけど」
「自分の能力に驕ることなく修練を重ねてきた自負を感じる。
流石としか言いようが無いな」
「あれがですか?」
「ん?」
氷川に促され、来道は顔をあげてある方向を見た。
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「はい、あーん」
「あ、あーん」
顔を真っ赤にしながら箸で一口大の肉や野菜を順番に食べさせてもらっている。
傍から見れば初々しいカップルに見えるのだが、男――歌丸連理は後ろ手に縛られた状態で正座しており、明らかに動くのに不自由という感じだ。
そしてそんな男に、手間を惜しむことなく食べさせてあげている少女――苅澤紗々芽は誰がどう見ても上機嫌という様子である。
「はい、あーん」
「あ、あーーーーーーー……あ、あーん」
「ふふっ……ほら、こっちだよ、頑張ってー」
時折、フェイントを入れて歌丸で遊ぶ苅澤。
その時の嗜虐的な笑みはもう、心底楽しんでいることがうかがえる。
学生にはちょっと過激な男女交際に見えなくもない、危ない構図である。
■
「あれがですか?」
「……………………」
「あれがですか?」
三度同じ質問をされ、来道は苦い顔をする。
そして周囲を見渡してから、咳払いをする。
「まぁ……あれだ、普段の生活態度と、実際の実力は必ずしも比例するものじゃないだろ」
「いえ、いくらなんでもそれは……」
「あれを見ろ」
今度は来道に促されて氷川がある方向を見た。
■
「大地くん」
「なんだ?」
「ふふっ……呼んでみただけ」
「まったく、こいつめ」
「やんっ」
周囲に人がいることなどまるで知らないと言わんばかりに密着している金剛瑠璃と下村大地
どちらも北学区のトップクラスであり、次期北学区生徒会の主力を担う人材と内定されている。
そんな二人が、もはやBBQであるのに食べることも忘れて密着してイチャイチャしていた。
「瑠璃」
「なーに?」
「可愛いよ」
「……ふぇ」
「名前呼ぶだけだと思ったか?」
「……も、もー、大地くんのばかばか、こんなところで言わなくても……」
「こんなところでも、言いたいんだ。
今までずっと、我慢してたけど……お前とすれ違うくらいなら、もう我慢したくないって、そう思ったんだ」
「大地くん……」
「瑠璃……」
周囲にいる者たちは当然、この二人のやり取りに気付いているのだが、もう完全に二人の世界に入っているので止められない。
というか止める止めない以前に関わりたくない。
余りに甘ったるい空気に胸焼けを起こしそうで、周囲との距離が徐々に開いている真っ最中である。
■
「…………」
「な?」
来道の言葉に、氷川は何も言えなくなってしまう。
それどころか、ある恐怖がよぎる。
「…………来年、下手したら一年間ずっと、生徒会室で私はあれを眺めていなくてはいけないんでしょうか?」
「いや、まぁ……でも、ほら、あいつら仕事はできるし、下村も事務出来るだろ」
「あの会長に比べれば誰でも役に立ちますよ」
「……確かにな」
そう頷き合いながら、二人はある方向を見た。
■
「はぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐ」
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
一つのコンロを対面にして、ひたすら肉だけをむさぼる男女がいた。
これまでの二組と違って、色気など皆無。
むしろ、今まさに戦いの火ぶたが切って落とされんのではないかと不安になるほどに互いに気迫を身にまとっている。
女子――北学区生徒会長の天藤紅羽
男子――対人最強の灰谷昇真
模擬試合の結果が不満があるこの二名、来道の必死の提案で大食い勝負で決着をつけることとなり、今まさにその真っ最中
そしてその勝負に熱中するあまり、まだ完全に焼けていない生肉すら食べるほどに互いに勝負にのめり込む。
生焼けなのに勝負は白熱とは、これいかに。
■
「むしろ、あの二人のせいで仕事増えたことが一度や二度ではありませんでしたよね」
「ああ。だが、それでも大人しくなった方だ。
俺が二年のころはあの二人から週に五回くらい襲撃を受けた時期がある」
「ご愁傷様です……」
「まぁ、とにかく…………お前も無自覚に色んな連中と関わってるんだから、歌丸ばっかり敵視するのもほどほどにしておけ」
「善処はします」
「……まぁ、話を戻すとして……」
再び来道は学生証を操作して映像の中の時間を進めていく。
「全体としての二年や三年の成長率は想定通りだな。
氷川も、弓の技術が上がったな」
「ありがとうございます。
でも……会津先輩には全然及びませんでした」
「あまりそう自分を卑下するな。
状況を客観的に見直せばお前らが勝てそうな場面がいくつもある。
そこを踏み込めば勝機はあったが……武器に意識を割き過ぎて清松の様子を見逃してるな」
「そうですね……歌丸連理の補助を受けてあからさまに元気になるまで気付きませんでした」
「その辺りは歌丸のタイミングだろ。
あと少し出てくるのが遅れてたら、気付けたはずだが……あのタイミングで出てこられたら清松の様子に気を回すというのが無理なものだ」
「くぅ……歌丸連理……!」
無自覚、かつ何気なく勝負を大きく左右してしまっているあたりが本当に始末が悪いと言えるだろう。
「やはり今年の一年の成長は異様だな。
榎並は元から優れていたが……一番の伸びは三上と日暮だな。
鬼龍院兄妹も、例年のウィザード系の一年に比べて明らかに実力が高い。
あまり活躍してないから見落としそうになるが、苅澤のドルイドとしての応用の幅も優れている。
ドライアドから、ドルイドの優れた運用方法をアドバイスされているのだろうな。
上級生がよく使う技術を独学で使いこなしている」
「……認めたくはありませんが、やはり歌丸連理がそれらの中心にいるのでしょうね」
「……まぁ、普通はそう考えるのかもしれないが……俺は最近、実は逆だったんじゃないかとも考えてる」
「逆?
……どういう意味ですか?」
学生証に映る歌丸連理は、苅澤紗々芽の仕掛けたトラップを素早い動きで突破している。
大したものだと称えられるものだが、やはり、他の者たちと比べると見劣りはする。
「世界は広い。
たぶん、歌丸みたいな能力を持っていた学生もその中にはいたはずだ」
「……そうでしょうね」
歌丸の能力は、あくまでもヒューマン・ビーイングという職業の固有能力である。
つまり、極論を言えば学生として最弱に分類されるものであるならば誰にでもなれる。
そんな人物が今までいなかったのかといえば、NOだ。
「そいつらは迷宮を諦めたか……諦めなくても、実力不足で死んだか……今まではだいたいこの二択だったんだろうな。
だが……歌丸は生き残った。
幸運だったのだろう。
榎並が、三上が、苅澤が、日暮が……他にも色んな人たちが……そういう関りが一つでも欠けていたらきっとあいつは今ここにいない。
この結果は、幸運の上に成り立っている」
そう言って、学生証の映像を閉じる。
「歌丸の影響で強くなったのは確かだが……その前に歌丸を守れる実力者が今年は揃っていたんだ。幸運なことに。
少なくとも、歌丸自身はそう考えてるんだろうな。
そうじゃなきゃ自分をあそこまでひたむきに自分から強くなろうとは思わないさ」
「……なるほど」
氷川には実際のところ、歌丸連理が調子に乗っているという風に見えていた。
だが、言われてみれば来道の言う通りな場面があったような気がしないでもない。
「体育祭の勝利が、この学園の未来を大きく決める。
負ければ……今のこの学園の損失は計り知れないものになるだろう」
「……はい。
そうならないために、私達は全力を出します。
歌丸連理を守るため、というわけではありません。
私達の未来のために、絶対に勝ちます」
すぐそこまで迫っている体育祭。
それを前に、二人の副会長は静かに闘志を燃やすのであった。
■
賑やかなBBQ
そこから少し離れた場所で一人静かにジュースを飲む少女がいた。
稲生薺である。
普段は元気で活発な少女であるのだが、今日、この時だけは大人しく穏やかな表情で他のパートナーたちと戯れる、自分のパートナーであるマーナガルムのユキムラを見守っていた。
「……あの」
そんなナズナに、別の少女が後ろから近づいてきた。
「何?」
ナズナは振り返ることなかったが、穏やかな声だった。
そこに誰がいるのかわかっているからだ。
「話したいことが……あるの」
「…………わかった、場所を変えましょう」
立ち上がり、振り返る。
そこに立っていた少女――榎並英里佳はとても真剣な、それでいて思いつめたような顔をしていた。
そんな少女と、ナズナは並んで人気のない場所まで行く。
「「…………」」
互いに、言葉は話さないまま歩く。
そして周囲に誰もいないと確信して、英里佳が足を止め、それに気づいてナズナも足を止めた。
「それで、何?」
「……ごめんなさい」
英里佳は深々と頭を下げ、ナズナはそんな英里佳を静かに見る。
驚きなどなく、ただただ静かに英里佳を見ていた。
「一体何に対しての謝罪?」
「……私、昨日の……カップルコンテストの会場にいたの」
「うん」
「それで、私…………………歌丸くんと一緒にいる、あなたに……嫉妬した」
言葉はとぎれとぎれだが、しっかりとした言葉だった。
肩は震えて、足も震えている。
だが、その声を震わせない様に普段より大きく口を動かす。
「あの時……あなたを威圧して、転ばせたのは………………私です」
一度顔をあげ、その眼はとても怯えていた様子だが、それでも一生懸命に自分の気持ちを言葉にして、再び深々と頭を下げる。
「本当に、ごめんなさい。
謝って済むことじゃないかもしれないけど…………本当に、本当にごめんなさいっ」
「わかった、許す」
「…………………………え」
あっけらかんと放たれたその言葉に、英里佳は思わず自分の耳を疑って顔をあげた。
きょとん、という言葉が似あうような目を丸くした顔の英里佳を見て、ナズナは少しおかしくなって笑ってしまう。
「だから、許すって言ったの」
「……で、でも……私、凄く酷いことして」
「今聞いた。
それで許すって言ったの」
「……どうして?」
「なんとなく、昨日あの後色々考えて察したし……逆の立場だったらって考えたら、しょうがないかなって私も思っちゃったもん」
少し寂し気に、それでもナズナは気丈に笑って見せる。
「で、歌丸とはもう話をした?」
「……話って……ううん、あの後まだ会ってない」
「そう……………たくっ、さっさと話せって言ったのにあの馬鹿」
ナズナはそう呟いてから英里佳に向き直る。
「私にそんなこと切り出したからには、もうちゃんと覚悟したってことでいいの?」
「…………うん。
私は、歌丸くんを守る。
そのためなら、周りから嫌われても構わない。
……たとえ歌丸くんに嫌われることになっても、私はありのままの私を偽らない。
それが、いつも全力でぶつかってきてくれる歌丸くんに対する最低限の礼儀だと思うから」
「馬鹿ね。
あいつがあんたのこと嫌うわけないじゃない」
悲壮なほどに覚悟を決めている英里佳に苦笑いしつつ、ナズナは満足げに頷いた。
「でも、それでいいんだと思うわよ、あんたたちは。
……もういいから、早く歌丸のところに行きなさい」
「でも……まだその、ちゃんと話が……」
「言いたいことはちゃんと伝わってるわよ。
それに……話ならもういつでもできるわよ」
そう言って、ナズナは学生証を取り出した。
「連絡先、まだお互いに報せてなかったでしょ。今交換しておきましょう」
「……いいの?」
「もちろん」
ナズナが頷くと、英里佳は嬉しそうに小さく笑う。
――この日、英里佳に新しい友達ができた。
■
英里佳が去り、その場には一人ナズナが残る。
「……はぁ」
ため息を吐いて、その場にしゃがみ込む。
「GUO」
そんなナズナのすぐそばに、音もたてずに巨体が一瞬で現れた。
「……ユキムラ?」
「BOW」
ナズナのパートナーであるマーナガルムのユキムラがそこにいた。
「私のこと、心配してきてくれたの?」
ナズナの言葉に、当然と言わんばかりに頷くユキムラ
そんなユキムラに、ナズナは無言で近づいてきて、そしてその大きな毛皮に覆われた体に抱き着いた。
「……ごめん……少し……本当に、少しで、いい、から…………このままに、いさせて」
声が震え、肩が震え、足が震える。
そして今まで精一杯に我慢していた感情が、堰を切って流れ出す。
「う、ぅう……う……ひっく、ぅ……う……!」
「GRRRR……」
涙を流す、か弱い少女に、巨大な獣は物静かに、それでも優しく少女に寄り添い、その毛皮を涙で濡らすのであった。
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