第205話 これが、強化フラグだ!



BBQが行われている広場から、少しばかり離れた場所にある林に、英里佳はいた。


そこで用がある……というより、そこにある人物を呼び出していたのだ。



「あ、いたいた」



声を掛けられて振り返る英里佳


その視線の先には、この学園で一番の知名度を誇る人物――MIYABIがいた。



「私を学生証で呼び出す人なんて早々いないよ?


それでどうしたのかな?


もしかして愛の告白かな?」



ニヤニヤと楽し気にそんなことを聞いてくるMIYABI


なんで自分が呼び出されたのか、理由など当然知っているのにこの態度。


性格が悪いと言わざるを得ない。



「あのゴーグル、壊しました」


「ふぅん……どんなふうに?」


「自分で叩き割りました」


「へぇ……大丈夫? あれ結構高いよ?」


「お金なら大丈夫です。


銃火器用の貯金もありますので」


「あっそう。


それで、それをわざわざ私に報告するために来たの?」


「そうとも言えます。


ただ…………歌丸くんには私から、昨日の件は打ち明けます。


他に広めたいのなら、どうぞ……お好きに」


「ほほぉ……覚悟を決めたって顔だ」


「はい」


「いいの? 私、本当にバラすよ?」


「どうぞ」


「みんなに嫌われちゃうよ?


歌丸くんから幻滅されちゃうかもしれないよ」


「受け入れます。


それだけのことをしたのなら、私は嫌われて当然の人間だっただけという話です」



MIYABIを見据える英里佳の目には、揺らぎがない。


真っ直ぐに、怒りも悲しみもなく、ただあるがままを受け入れるという覚悟がある。



「…………」


「…………」



互いに沈黙が流れる。



「あっそ」



そんな短い言葉でMIYABIは頷く。



「壊れたゴーグルについては、私の方で返しとくから今渡して」


「え……いえ、これは私が」


「ううん、渡してくれないと困る。


不正のプログラムとか仕掛けたのバレたくないし」


「……不正?」


「勝手にチップ持ち出したのバレると面倒だもん」



人のことどうこう言っていたMIYABIがそんなことを言い出して英里佳は唖然としてしまう。



「その代わりに、私の方からは何も言わないでいてあげる」


「……え」


「誰にも言わないってこと。


英里佳が自分で言うなら、バラす意味ないし」


「…………いいんですか?」


「自分で言うんでしょ。じゃあ意味がないもん」



そのまま、英里佳は言われるがまま学生証に入れていた壊れたゴーグルをMIYABIに渡す。


それを受け取って自分の学生証に入れたMIYABIはついでと言わんばかりに一枚のチケットを取り出す。



「はい、これ」


「え……あの、これは?」


「昨日の景品のライブチケット。


一応残ってたカップルに渡そうと思ったけど、辞退されちゃったから。


英里佳にあげる。


どう使うのかは、自分で決めてね」


「え、あの、でも……」


「英里佳」



戸惑う英里佳に、MIYABIは真っ直ぐに、とても真剣な目を向ける。



「もっと、今の気持ちを強く持った方がいいよ」


「……どういうことですか?」


「英里佳の場合、マイナスの感情で強くなれる上限はもう来てるってこと。


もっと強くなりたいなら、他の気持ちが必要になる。


そっちの方が多分合ってるんじゃないかな。


私の歌も、気分が良い時とそうじゃない時でノリが全然違うように……今の英里佳と昨日の英里佳では全然違う。今の方が絶対にいい。


その方が強くなれると私は思うよ。心も、体も」


「心も、体も……」


「少なくとも、今日、それを少しは実感したんじゃない?」



その言葉に、英里佳は先ほどの模擬戦での出来事を思い出す。


今までの自分ならば効率が悪いと実行しなかったことだが、今よりもさらに先を見据え、そして何よりも歌丸連理を守りたいという気持ちが自分に実行させた。



「……どうして、そんなことを?」


「ん?」


「私に、それを気付かせるためにどうしてこんなことを?」


「え?」


「え?」


「………………あー……うん、まぁ、うん……そう言う感じもあったかな」



英里佳の問いに目を泳がせる。


そのリアクションに英里佳は目を細める。



「遊び半分……というよりはもっと割合が高かったようですね」


「いやまぁ、これで気付けたら儲けもんだなぁくらいの打算だね、正直。


でもさ……実際問題、英里佳はもちろん、君たち全員には今まで以上に強くなってもらった方がいいとは思ってるんだよ、私だけじゃなく。


今のチーム天守閣って、もう単なる一年生の集まりって言うには特異性があり過ぎるもん」



MIYABIの意見は、ある意味でこの学園全体の想いに他ならない。


チーム天守閣――いや、歌丸連理というある種の特異点はもはや全世界規模で見逃せない能力を持っていることがすでに実証されているのだ。



「そう、ですね」



だからこそ、英里佳もわかる。


自分が弱ければ、きっと歌丸連理は自分の元から離れていく。


より正確に言えば、引き離される。


国や生徒会、もしくは企業が、自分たちとは違う優れた能力を持つ学生をいくらでも斡旋してくるだろう。



「今以上の環境がないから……もしくは、歌丸くんの能力の恩恵を私達以上に受けられる人がいないから今はこうして組んでいられるけど……今まで通りじゃ、一緒にいられない……そういうことですよね」


「なんだ、ちゃんとわかってるんだ」



英里佳の言葉に満足げに頷いて、MIYABIは踵を返した。



「今度の体育祭が、多分その一番の山場だと思うから頑張ってね」


「…………はいっ」



ひらひらと軽く手を振って去っていくMIYABIに、英里佳はその場で深々と頭をさげる。





「ちょっといい」



三上詩織は少し離れた場所で平和にBBQをしている鬼龍院兄妹の元へと向かった。


声を掛けられて肉をほおばっていた鬼龍院蓮山は口の中の肉をしっかりと飲み込んでから口を開く。



「ん? あのバカの相手はもういいのか?」


「今は紗々芽に任せてるわ」


「……イチャついてるようにしか見えないが、いいのか、あれ?」


「連理の場合、厳しくするより甘やかす方が逆に大人しくなるのよ」


「あらまぁ……でも、確かに言われてみるとなんだか少し戸惑っていますね」



その場で蓮山と共に食事をしていた妹の麗奈は紗々芽から肉を食べさせてもらっている歌丸連理を見た。


傍から見ても顔も耳も真っ赤になっており、その一方で紗々芽はとてもいい笑顔


初々しいカップルの様にも見える。



「いや、俺が言いたいのは…………まぁ、いいか」



当人でもないものがその辺りを口出しするのは野暮だと悟る蓮山。



「それより、二人から見て私と戒斗の戦闘について何か意見を聞けないかしら?」


「いきなりそう言われてもなぁ……具体的に何が聞きたいんだ?」


「全部よ」



詩織の即答に、思わずまた聞き返してしまいそうになった蓮山だが、それを言葉にする前に詩織がさらに口を開く。



「私の攻撃の有効性とか、クリアブリザードの活用法、貴方たちならどう対処するのか、もしくは弱点となりえること……全部聞かせて」


「……ずいぶんと熱心だな。


もう少し余裕を持った方がいいぞ」


「理解してるつもりだけど……それでも今は少しでも強くなりたいの。


体育祭までに仕上げられるとは思ってないけど、せめて潰せる弱点は全部潰しておきたいの」



詩織の態度に若干の危うさを覚えたが、その言葉には重みがあり、目には真剣な意志が見えた。


これは言うだけ無駄だなとすぐにわかる。



「……お前のクリアブリザードは、どちらかというと特化型の魔法に分類される。


属性は違うが、攻撃に関しては麗奈の方が参考になる意見が言えるんじゃないか?」


「麗奈さん、お願いできる?」


「まぁ……そうですね、私にできることならば喜んで協力いたします」


「対抗策については……少し待て、状況を整理して今問題点を一通り洗い直す」


「悪いわね、付き合わせちゃって」


「ああいう攻撃をしてくる敵が来た時の予習と思えばいい。


それに、少し腹が膨れてきたところだ、多少頭に栄養使うくらいが丁度いい。


というわけで、少し待て」



ジュース片手に思案に入る蓮山


そんな蓮山の様子に気付いて、萩原渉と日暮戒斗がこちらにやってきた。



「蓮山のやつ、BBQの席で急に難しい顔をしてるけど、どうしたの?」


「はい、詩織さんと日暮さんの戦闘を思い出して、その問題点を洗い直してるんです。


私との魔法の打ち合いも並行でしていたので、正確に思い出すのに集中してるみたいで」


「はぁ……そっちもかなり厳しい戦いだったみたいだな。


それに比べて俺は…………はぁ…………情けねぇ」



誰の目から見てもわかるほどに落ち込んだ様子でため息をつく渉。


そんな彼の反応に、蓮山以外の三人は一様に首を傾げる。



「どうしたんですか?


聞けば榎並英里佳と相打ちだったと……私としては十分な成果に思えるんですが」


「俺もそう思うッスよ。


味方の贔屓目で見ても、榎並さんの戦闘力は並外れッスから、それと相打ちとか誇っても良いと思うッス」


「私も、模擬戦とかたまにしてもらうけど、相打ちに持ち込めたことなんてなく負け越してるわ」



三人の言葉に、渉は渋い顔のまま手に持ったジュースをあおる様に飲んだ。



「……あいつ、戦いの最中に目を瞑ったんだよ」


「……目を?」


「読みの練習、俺でするって宣言して実戦しやがった。


こっちは本気で殺す気で挑んでるのに……あいつは俺のことなんて眼中になかったんだよ」


「まぁ……!」



渉の言葉に、仲間である麗奈は目に見えて怒る。


一方で英里佳の仲間である二人はお互いに目を配せ合う。



「それは…………あー……えっと…………榎並さんに悪気は……悪気は………………すまんッス」



擁護しようとしたが、諦める戒斗である。



「……ごめんなさい英里佳には私の方からよく言っておくわ」



「あー、いや、やめてくれ。


愚痴をこぼしたのは俺だが、この件に関しては他言は無用で頼む」


「いえ、ガツンと言ってやりましょう!


あの子はちゃんと言わないと全然わからないんです!


もう今日という今日は堪忍袋の緒が切れました!


どこにいるんですか!!」


「麗奈ちゃん、やめて。ガチで、やめて」



今にも噛みつきに行きそうな勢いで周囲を見回して英里佳を探す麗奈の肩を掴んで諫める渉。



「愚痴をこぼしちまったのは、まぁ……正直腹の中にため込みたくなかったからで、ただ聞いて欲しかっただけだ。


それに、そんな状態で相打ちにした……いや、相打ちにしかできなかったのは、榎並英里佳が宣言通りに、俺との殺し合いを練習として読みの技術を高めた結果だ。


俺はあいつの練習台にさせられて、そして俺はそんなあいつに全力で挑んで利用された。


それだけの話だ」


「ですけど」「だから」



麗奈の言葉を遮り、渉は網の上に乗っているアツアツのスペアリブを掴んでそのままかぶりついた。



「――ごくっ……この借りは、絶対に何倍にもして返す」


「「「…………」」」



萩原渉は、チーム竜胆において、広い視野を持ち、リーダーの蓮山にとっての懐刀のような存在


あまり他の四人に比べて目立ちにくく、それでいてあらゆる分野をこなす隙の無さ。


故に、あまり感情的にならない人物であった。


しかしそんな彼が今は、幼馴染である麗奈も見たことが無いほどに強い激情をその眼の奥に燃やしている。



「――ああでも、思い出したらなんかムカムカしてきたぁ……!


戒斗、ちょっと肉焼くの手伝え、もうなんか腹にため込んでおかないと気が済まん!」


「お、おう、任せるッス」



普段の渉と違う様子でコンロの前に立つ。


それに気圧されて戒斗は着いてき、肉を焼く。



「……これは、次に戦う時は相当厄介になるわね」


「これも、巡り巡って連理様の影響といえなくはないんでしょうし…………英里佳の態度については、今回は渉さんに免じて黙っておきます」


「……ごめんなさい。私からもさりげなく伝えておくわ」


「くれぐれもお願いします。


さて……とりあえず、あなたのクリアブリザードの件ですが」


「ええ」


「まず基本がなってません」


「……え?」


「あれは単に冷気が暴走しているだけで、剣の軌跡にその冷気が放出されてるだけです。


魔法として見た場合はもう、鼻で笑っちゃうくらいの駄作と言わざるを得ません」


「……そんなに、酷い?」


「逆に、どうして自分で自分を傷つけるような魔法が華麗とか言えるのですか?」


「…………」



麗奈の言葉に、詩織は何にも言えなくなる。


詩織としてはクリアブリザードの超過駆動オーバードライブはルーンナイト状態で使えば問題ない、というくらいの認識だったが……ウィザードである麗奈にとっては違うらしい。


詩織の決死の覚悟の攻撃は麗奈から見て論外だったのである。



「剣術については私は専門ではないので意見はできませんが……あなたの場合は魔力操作を覚えるべきです。


それだけで今回の戦闘、冷気の斬撃や地面を凍らせることがもっと早く、高精度でできるようになります。


そして魔力の操作を覚えれば、例えば氷を発生させず純粋な冷気で相手に不可視の攻撃をしたり、超過駆動の余波で生じた霧や靄を自在に発生させることもできるでしょう。


冷気を身に纏えれば、炎熱系の攻撃を無効化できますし、氷の壁を発生させ、物理的な防御手段にもなります。


今のは所感なので、深めればもっと色んなことが出来るかもしれませんが……魔力操作を覚えるだけでどれだけ戦術の幅が広がるか理解していただけましたか?」



「え、ええ……そうね、私も魔力操作について認識が甘かったわ。


そうね、クリアブリザードが魔法剣である以上、その点は避けては通れないわ」


「あと、盾ですけど」


「え、た、盾も?」


「当然です。


というか、圧倒的に魔力が余分です。


防御に意識を回し過ぎてあまり魔力が必要のないはずの盾の方が魔力を込める量が多くなっていました。


そもそもあの盾はドラゴンの骨を利用してるんですよ?


素材の特性をちゃんと覚えているんですか?」


「そ、素材……えっと……自己修復機能があって……」


「ドラゴンの素材は総じて魔力をため込む性質があるんですよ?


わざわざ戦闘中に律義に魔力こめず、戦闘前とか何気ない開いた時間に魔力込めて置くとかしておけば済む話なんです。


氷川先輩のミストラル・タスクのように複数の効果の魔力をため込むまではできなくても、単なる修復用の魔力をため込むこともできますし、逆に魔力の予備タンクとして盾と剣を利用すればまた別の使い方とかも――――」



この後、蓮山がクリアブリザードの戦闘対策についてまとめ終えるまで、麗奈からの詩織の戦闘にかんする駄目だしと改善点の説明が続く。


詩織の望んだことなのであるのだが……ちょっとだけ詩織が涙目になっていたとかいないとか。

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