迷宮学園アジテーション『WEB版』
白星 敦士
歌丸連理は貧弱だ。
第1話 結局、偉い人の話は長い。
これではいかんと、誰かが言った。
これでは駄目だと、誰かが嘆いた。
こんなのは嫌だと、誰かが叫んだ。
ならばその声に応えようと、傍迷惑な“神”が重い腰を上げた。
■
いつ、誰が、どのようにしてソレを作り上げたのかは科学的に解明されていない。
というか、科学では解明が不可能であると現代では匙を投げられた。
しかし、それが学園であるということだけは割とすぐに認識された。
各国に最低でも一つは出現するその建物の外観は、各国の特色を出した学び舎の形をしていたのだ。
そして中には必ず“教師”がいた。
それを教師と呼んでいいのか理解に苦しめられるが、とにかく教師であることはもう世界共通の認識である。
まぁ、巨大化して、口からレーザーやら火炎やら氷やら吐き出して、空を飛んで、徹甲弾も弾くし、爆薬なんてなんのその、最新式の超電磁砲くらって欠伸をするような超絶的な超生命体を前に「私は教師です」と名乗られてはもう恐怖で頷くしかなかった親世代には正直同情する。
それが各国に最低でも一人……人? 一匹? 一体? ……とにかく一人いれば、もういつ人類が滅ぶかとひやひやさせられたほどだ。
彼らを排除しようとした人類も、最終的には核兵器を使っても無傷で結果一国が滅んだとなってはもうおとなしくするしかなかった。
そうやって一通り落ち着いてから“教師”はまるで争ったことなど初めからなかったかのように穏やかな口調で語りかけてきたのだ。
『私たちの学園に、すべての子どもたちを入学させてください』
一般的な視点でいえば、きっとこれはまったくもって傍迷惑な話である。
かくして、全人類の未来ある子供たちの指定特異点“迷宮学園”への入学が決まった。
外観こそ普通の学校をしているが、その地下には図り切れないほどの広い空間が迷宮として続いており、そしてその迷宮の中にはこの世ならざる怪物が蠢いているのだ。
そこへ入学したら、生徒は何かしらの理由をつけて必ずその迷宮に入らなければならないらしい。
誰もが絶望し、誰もが悲嘆にくれることとなるが、入学してから最低3年は外に出られない事実に親たちは嘆き悲しみ、救出を試みた者たちはすべて“教師”によって迎撃されてしまう。
そして三年後、入学時からガクッと人数が減った卒業生。
それには誰もが驚き、そして誰かが絶望し、誰かが喜び、そして人類文明に光を照らした。
彼らは、現代において入手困難とされている大量の資源や新しい技術や未知のエネルギーを迷宮学園から持ち帰ってきたのだ。
これに真っ先に反応したのは各国の当時の首脳たちだ。
そりゃ、資源が底をつくまであと一世紀も持たないと言われていた中に自称“教師”の最強最悪の生物の登場で絶望していたところにこのビックニュース。
当時の世界は一気に賑わった。
そして、今まで可能な限りこの迷宮学園との接触を抑えてきたものが掌を返すがごとく国家ぐるみで積極的に交流を図るようになる。
……などと、長々とこれまでの歴史を振り返るが……
『――であるからして、皆さんにはこの迷宮学園での冒険、競争、協力、そして創造を通して“青春”を謳歌して欲しいのです』
今、見るからに“どらごーん”な感じの頭で雄弁に語るこの“教師”の話から現実逃避したかっただけである。
もうね、完全に人間じゃないの。
ドラゴンなの。上から見ても下から見ても、横から見ても斜め45度の角度から見てもドラゴンなの。
そんなドラゴンが身長2mのスーツ姿で壇上に立ってスピーチしているとか、もうシュールリアリズムとかでは片付けられない違和感のハーモニーを醸し出している。
『先日卒業した生徒の後を継ぎ、どうか未来ある皆さんがダンジョンの先にある富と、そしてその道程で得られる代えがたい体験を胸に刻み、この学び舎から巣立っていくことを心から願っています』
そう言いながら“ドラゴン教師”もといこの迷宮学園の“学長”は新入生である僕たちを見回した。
『最後に……皆さんにとって、“青春”とはなんでしょうか?』
唐突に何言ってんだろうねこのドラゴン。
『学業、実にいいでしょう。運動、素晴らしい。友情、大変よろしい。恋愛、羨ましいです』
どうでもいいけどドラゴンってオスメスあるの? やっぱり卵生なの?
『青春という言葉の定義は数多くあり、必ずしも「此れこそが青春だ」と一つには絞り切れません。
しかし、これらすべてに共通することは……青春とは君たち自身が体験したことでしか勝ち取りえないものなのです』
話長いなぁ……やっぱり偉い立場の人ほど話が長くなるよね。ドラゴンでもそれって一緒なんだなぁ……
『現代に生きる皆さんは、知りたいことをすぐに教えてくれるインターネットに幼いころから触れてきました。
それは皆さんにとっての財産であり、幸福なことです。
しかし、その一方で皆さんにはその情報に付随すべき経験がありません。
故に、青春の模範解答はできても、君たちのほとんどは“青春”とは何かという答えを持ち合わせてはいません』
飯とかどうするんだろ?
この迷宮学園に食堂とかあるのかな?
『故に、ダンジョンで冒険をしてください』
「いやなんでだよ」
流石に聞き流すことができずに思ったことが口から出てしまったが、周りも同じようなリアクションをしていたので悪目立ちはしてない。よかった。
『インターネットで知ったことを今更体験したところで君たち“超悟り世代”と呼ばれる年代には感動なんてたかが知れていることでしょう。
ですが、ダンジョンは違います。ネットでは到底知ることもできない未知の体験がそこに待っています。
そのすべてが君たちの心に大きな感動を与えることでしょう』
未知との遭遇とか、まずあんたの方が未知なんだが……
『その過程で命を落とす生徒もこの中から出てくることでしょう』
あ、違う“キチ”との遭遇だ、これ。
『ですが、その経験すべてが君たち青春です。
それらはすべて、どんなものとなるのか私にも予想がつきません。
しかし、それでも私は君たち未来ある子供たちに青春を謳歌して欲しい。
だからこそ、もう一度言います。
全力で、ダンジョンで冒険してください』
そういって頭を下げ、校長は壇上から降りて行った。
とりあえず、さ……
「青春って、強制されるものじゃなくね……」
僕のそんなささやかな疑問に答えてくれる者は誰もいなかった。
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