第2話 猿でもわかれ! 迷宮学入門編
「あー……俺がこのクラスを受け持つことになった
学長の話を訊いた通り、君たち新入生はこれから三年間この学園で一般的な教養を学び、そして放課後にダンジョン探索をすることが基本的な生活となる」
講堂から場所を教室に移され、教壇の上に立って説明をしているのは見た目は普通の人間だ。
この人は国からの支援によってこの学校に配属された教師の資格を持っているれっきとした人間である。
「まず知っての通り日本にある“迷宮学園”はうちの“宮城県沖合”と、“鳥取県沖合”に出現した二つあり、大まかに東日本と西日本で分けられている。
希望もできるが、基本的には住んでいる地域で分けられる。
全校生徒で150万近くもいるこの学園は、言ってみれば一つの国のような体系を取っている。
授業終わったらただ迷宮を探索していればいい、というわけでもない」
黒板に一瞬にしてこの迷宮学園の簡略化された全体図が描かれた。
モニターでもないのに一瞬で描かれるとか……妙にファンタジーだな。
「迷宮学園、とは言っているが校舎は複数存在する。
東西南北の四つの学区があり、それぞれ役割が異なる。
東は迷宮で得た技術や新しいエネルギーの研究をしている理工の専門で、頭のいい奴とか研究職希望の奴は基本ここに通うことになる。
現在の世界ではエネルギー問題が死活問題だからな、こっちには特に国からの援助に力が入っていて高価な機器はもちろん、教師という名目で最高峰の研究者も派遣されているほどだ。また攻略の足掛かりとなる道具や薬品もここで造っている。
西は三年間外に出られない学生たちのストレス軽減の名目で外から入ってきた業者と連携した商業施設があり、その運営を学ぶ商業高校だ。
給料も出るし、すぐにでも働いてお金が欲しいというやつはここで学び、卒業後にはそのまま就職だ。外じゃ即戦力扱いで好待遇も保障済みだ。
続いて南側だが、ここは迷宮学園の食を担う。
迷宮で見つけた新しい食材の活用法の研究のほかにも、外から輸入してきた牛や豚、鳥、それに川魚や野菜などの飼育や生産も行っている。ああ、海の幸については学園の周りが海だから直接獲ってるな。
とにかく迷宮で見つけた新しい食材の生育法を確立して外に持ち帰って世界中で食べられるようにするとか、農業漁業関係はこっちだな。
そして……ここ北学区だが、主目的は迷宮攻略だ」
そこまで言って、担任の武中先生は僕たちを見回して断言した。
「この北は他の三つと比べて圧倒的に死亡者と転校を希望する生徒が多い。
なぜかわかるか?」
武中先生がそういうと、クラスの一人の女子が挙手をした。
「うむ、ではそこの君、名前は?」
「群馬県から来ました、
やだー、群馬ってあれでしょ、小学校から迷宮攻略を学ぶガチ勢を大量に輩出してる県じゃないですかやだー。グンマーこわーい。
「よし、三上、理由を言ってみろ」
「はい。それは、この場に入学した多くの学生が迷宮を軽んじているからです」
「ふむ30点だな」
意外と辛口。
「……何か間違っていましたか?」
不満そうなグンマー三上さん。いや、グラマー三上さん。
姉ちゃんいい身体してんなぁ(ゲス顔)
「いや、その理由は基本的にこの時期の新入生の死亡と転校の理由で間違いではない。
だがそれでも全体の3割にも満たない理由だ。
いいか、この迷宮学園において死亡する理由の最たるものは……“運”だ」
「……運?」
唖然とした表情の三上さん。僕も同じ気持ちです。
「迷宮は基本的に何が起こるかわからない。
内部構造も時期によって変わり、そこに蔓延る
迷宮生物の生態系が常に迷宮を攻略する学生たちや、環境によって左右されるためだ。ゲームみたいに序盤は弱いという保証はどこにもない。
熟練の攻略者であっても、何かの拍子であっけなく死亡した例なんて腐るほどある」
その言葉には、どことなく実感がこもっている。
いや、実際にこの人はそれを知っているのだろう。
なんせこの人は少なくとも教師として僕らよりも長くこの学園にいるのだ。
担当していた生徒が迷宮で死んだりしたことがあったのかもしれない。
「あと三上、お前は幼いころから訓練を受けてきたってのは学歴をみればわかる。
このクラスにおいては迷宮攻略のエリートであることは間違いないが……迷宮以前に、周囲の人間を軽んじるような発言は控えておけ。
人間関係の軋轢は、後々に響くぞ。座って良し」
「……はい」
武中先生の言葉を受け、三上さんはそれでもどこか納得がいかないという表情をしている。
まぁ、確かにさっきの発言は聞いていて気持ちのいいものではなかったな。
気持ち良くなるならむしろそれは受け手の方の問題だが……
「……まぁ、そういうわけで最初に言っておく。
この場にいる連中で、すぐにでもほかの校舎に転校したいってやつがいたらすぐに俺にいえ。俺じゃなくても、教師なら誰にでも相談しろ。
スタートダッシュは遅れて不利にもなるし、迷宮での死の危険も完全になくなるわけではないが、死亡率は格段に低くなる。
学長は青春のためなら命を懸けろとか言うだろうが、俺たち派遣された教師は一人でも多くお前らを生きて卒業させるのが仕事だ。
それを忘れるな」
――生きて卒業しろ。
至って当たり前のはずのその言葉が、僕の心に異様に響いた。
「そんな弱気な姿勢で、迷宮に挑ませるなんて……(ぼそっ)」
小声ではあるが、武中先生への不満を三上さんは口にしていた。
……うん、このガチ勢の人とはあんまりかかわらないようにした方がいいかもしれない。
「ってわけで、ひとまず自己紹介からはじめようか」
話題も切り替わって、中学でもおなじみの自己紹介が始まった。
しかし、中学の頃とは異なるんだよな、この迷宮学園の自己紹介。
「
中学は部活で剣道やってたんで、適性は“ソルジャー”と“フェンサー”。よろしくお願いします」
本来なら趣味とか好きなものを話すのだろうが、この迷宮学園ではその部分が“適性”に変わる。
適性とは、RPGとかのゲームで言うところの“ジョブ”だ。
迷宮学園の生徒は、入学してから卒業するまで特殊な力を得る。
それこそゲームのキャラクターみたいに迷宮にて迷宮生物と戦えば戦うほど身体能力はもちろん、手先の器用さ、記憶力、精神力なんてものまで強化されるのだ。
そしてその伸びしろは“適性”によって変わる。
さっきの相田くんの場合、典型的な前衛タイプだから、迷宮で戦えば戦うほど体力や力が上がっていくのだ。
そして当然、その中には“魔法”としか表現できない力もあり、その能力を最低でも卒業するまでの間使用できるようになるのだ。
「――適性は“アーチャー”です」
と、考えてる間に順番がきた。
僕は襟を正して席から立ち上がり、自己紹介をする。
「えー……山形県出身、
中学は一切登校したことがありませんから部活は何もしてませんし運動全般が苦手です。
適性は今のところ何もありません。よろしくお願いします」
なんか周りから驚愕の目で見られた。
解せぬ。
「……何でここに来た?」
おい、教師がそれいうのおかしくね?
「え~……あ~……ごほんっ
まぁ、あれだ……適性はあくまでの最初の段階で、
うん、まぁ……うん、気にするな」
その言い方が気になるんですけど。
「なんでこんな奴が……」
おいこらグンマー三上、聞こえてんぞ。
テメェとは頼まれたって組まないぞ。
「失礼しますよ」
そんな時、唐突に教室の扉が開いて大きな人影……あ、違う竜影が入ってきた。
「学長……どうされました?」
「いえいえ、大した用ではないのです。
隅で見ていますので、どうぞ気にせず続けてください」
いや気にするよ。
もうさっきまでの僕に対する空気なんて吹っ飛んで、スーツを着たドラゴン教師、もとい学長に全員の意識が向けられる。
そんな学長は……なんとなく、僕を見ているような気がした。
あ、いや違うかも。
学長の目って人間と違って横方向を広く見る草食動物っぽい感じに配置されてるから、視線が読みにくいな。
「ふふふっ」
ビクリと、唐突な学長の声に教室にいる誰もが驚いた。
無理だ、この圧倒的な存在感を無視するとか……
「おっと失礼。どうぞ続けて下さ――おや」
教室に、音が響いた。
後にこれが炸裂音であったのだと知り、火薬の臭いが背後からしてきた。
「ふむ」
ポリポリと、学長は自分の顔の鱗をその爪で掻く。
「そこの君……確か自己紹介がまだでしたね。
ついでに、私をその銃で撃った理由も述べてもらってくれませんか?」
背筋がぞっと寒くなるのを感じながら、恐る恐ると振り返る。
そこには、小さな手には見合わない武骨で大きな拳銃を構えた女子生徒がいたのだ。
「……青森出身、
日本人とはおよそ思えない、赤っぽさの強い茶髪での長い髪の毛は一本一本が美しい絹を連想させた。
肌は色白で、白磁器と見間違うほどに透き通った肌と華奢な身体は繊細で細緻を尽くした最高級のビスクドールを思わせる。
同年代にしてはおよそ幼いとしか言えないが、それでも妖精のような現実感のない魅力がそこにある。
しかし、それをおよそ覆すほどの強い意思が、敵意が、殺意がその眼に宿っていた。
「適性“ベルセルク”」
その適性は、はっきり言って歴代最悪のものだといってもいい。
その適正者との行動したものの死亡率がダントツに高いのだ。
別名“味方殺し”
「学長、あなたを殺すために私はここに来ました。
だから撃ちました」
いきなりの殺害予告。
そしてその衝撃は、僕の自己紹介など軽く一変させるに等しいものであった。
緊迫した圧力が教室の空気を凝固に凍り付かせて……
「ふふふっ……大変結構です。
是非とも君の
目が点になる。
緊迫した空気が急になくなり、ただただ虚無感の強い沈黙が流れる。
悠然と殺意を受け止めてなおも優雅に返答しようとした学長も、殺意を滾らせた榎並さんも、緊迫した空気で冷汗をかいてきた武中先生も、何もできずにただ黙っていたクラスメイトも、みんなの視線が一人の生徒に向いていた。
その生徒は、この緊迫した空気に耐え切れず、教室でゲロッた。
そして、そのゲロッた生徒が誰であったのかと考える。
いや、考えなくてもすぐにわかった。
「……ずびまぜん……」
僕だった。
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