第218話 日進月歩 その①


何かが折れた気がした。


それが何なのか、私にはわからなかった。


ただわかるのは、自分が一度死んだということ。


全身の痛みが消えて、ただ虚脱感だけが残っている。



「はい、一回死んだ。これでリセットね」



頭上から声が降ってきた。


先ほどまでは憎く感じていたはずなのに、今は何も感じない。



「……あれ、英里佳? 英里佳ちゃーん?」



何度も私の名前を呼び掛けてくるが、もうどうでもよかった。



――負けた。


――歌丸くんの力を借りて、負けないと自分に誓ったのに、負けた。


――こんな無様をさらして、歌丸くんを守れると思っていたのかな、私は?



「えいっ」


「――がはっ!」



腹部に痛みがした。


どうやら蹴られたらしい。


地面を転がりながら、私は愕然とした表情でこちらを見ている天藤紅羽の顔を見た。



「あの……英里佳ちゃん?」



何やら呟く彼女は少しばかり黙ると、その手に自分の尻尾を変化させた刀を担いでこっちにくる。



「まだ私の質問、答えてもらってないんだけど。


それとも、もう自分が間違ってるって認めてるの?」



その言葉に、私は何も答えない。


答えられない。


私自身、私がどうして戦っていたのか、もうわからなくなってしまった。



「今度はだんまり?


ズルい子ね。


これは先輩として、ちょっとしつけた方がいいかしら」



そう言って、刀を振り上げる天藤紅羽の姿が見えた。



ああ、もう……どうでもいい。



「――英里佳ぁああああああああああああああああああああああ!」



「っ」



そう、思っていたはずだった。


そのはずなのに……今、一番、会いたくないと思っていた、一番大事な人の声が聞こえてきた。





「――この、クソドラゴンがぁあああああああああああああああ!!」

「きゅきゅぅ!!」

「ぎゅう!!」

「きゅるるるっ!!」



英里佳が倒れていて、そのすぐ近くに背中から翼の生えた存在がいた。


即座に僕は相棒たちに攻撃を命令し、その手に握ったレイドウェポンであるレージングも使用する。



「え、ちょ!?」



何やら知っている声よりも高いが、どうでもいい。


その手に握られた武器にレージングを絡め、さらに別々の方向から物理無効スキルを発動させたシャチホコたちが迫る。



「――いったぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


「ざまぁみ…………あれ?」



三匹の突進を受けて痛みに叫ぶドラゴン……と思っていたら、何やら知ってる顔がそこにいた。



「…………会長?」

「きゅ」「ぎゅ」「きゅる」



先ほどまでの怒りが鎮火した。


え、どういう状況?



「痛い、凄い痛いわ、これ……え、物理無効ってこんな、え、嘘、本当に痛い……!


例えるなら素肌に思い切りゴムパッチンされたみたいな、その数倍痛い……なにこれ、痛い……!」



シャチホコたちの体当たりを受けた個所を抑えてうずくまる天藤会長


そしてそのすぐ近くで倒れながら見上げてくる英里佳



「――状況から察するに、天藤会長、あなたが英里佳を傷つけたんですか?」


「え、そうだけど」


「っ」



緩めかけていたレージングを持つ手に力を籠め直す。


そしてその手を思い切り引っ張り、痛みに呻いている天藤会長の手から武器を奪った。



「あ、ちょっと何するの?」


「それはこっちのセリフです!


なんで英里佳にこんなことを!」



冷静になって周りを見れば、地面で無事な場所がほとんどない。


ここで激しい戦闘があったのは明白だ。


それに、今の会長のその姿は……



「……英里佳がやったみたいな、迷宮生物との融合、ですよね、それ」


「あ、わかる? ふー……ねぇ、このスキルって確か呪い効果あったわよね?


痛み全然引かないんだけど……」


「動かないでください」



奪った剣をできるだけ遠くに投げる。


今この人に武器を持たせるのは危険だ。



「あー、ちょっと大事に扱ってよ。


一応あれ、私の身体の一部なんだから」



今は会長の言葉は無視して、英里佳の方を見る。



「歌丸くん……」


「英里佳、大丈夫、何があったの!」



見た所怪我はなさそうだが……なんかおかしい。


制服が綺麗すぎる。


周囲がこれだけボロボロなのに、英里佳だけまるでこの場についさっき来たみたいに何も見当たらない。



「一回死んで生き返ったからもう傷一つないわよ」


「……どういうことですか?」


「言葉通りよ。


というか、この状況見ればわかるでしょ。


ちょっとスパーリングの相手になってもらったのよ。若干物足りなかったけど」



なんでもなさそうに語るが、明らかにそれだけじゃない。


僕はそう確信した。


何故なら、明らかに英里佳の様子がおかしいからだ。


先ほどから目が虚ろというか……僕の方を見ているけど、僕を見ていないような……



「――あ、でも、今君が来てくれて本当に助かったかも」



会長から視線を外し、英里佳の方を見た、その一瞬だった。



「きゅきゅうう!!!!」



突如叫ぶシャチホコ


なんだと思うと、すぐそこまで会長の手が迫ってきていて――



「――素立無場居スタンバイ!」



ほとんど反射的にスキルを発動し、僕はその場から英里佳のすぐ傍へと転移する。



このスキル、特性共有ジョイントでつながっている相手を自分の元へ引き寄せるか、逆に相手の近くに自分を送るかできて、それを使って回避したのだ。



「あ、避けられた」



見れば、さきほどまで僕が立っていた場所に対して貫き手をしている会長の姿がそこにあった。


あのままその場で断っていたら、僕はあの一撃を受けていただろう。



「どういう、つもりですか?」



僕は身構えて問いかけると、会長は特に悪びれる様子もなく、いつも通りの僕が知ってる調子で喋る。



「歌丸くんを殺して見れば、英里佳の調子が戻るかなと思って」


「何言ってんだあんた!?」



あまりにも常識はずれなその言葉に僕はそう叫ばずにはいられなかった。



「――危機一発クリティカルブレイク



そして僕が驚いている間に、いつの間にかすぐ傍らにいたはずの英里佳が会長に向かってスキルを使って攻撃していた。



「あ、流石にこれは反応するのね」



だが、会長は英里佳のスキルを使った攻撃を、それもレイドウェポンで超重量を誇るその一撃を、片手であっさりと受け止めた。


嘘だろ、アレ間違いなく僕をひき肉に変えられるくらいの威力のはずなのに……!


僕がそう驚愕している一方で、英里佳は蹴りのラッシュを行う。



「歌丸くんに、攻撃、させない……!」


「それ、言うだけなら簡単よねぇ。でも」



何が起きたのか、わからなかった。


ただ、気が付いた時には英里佳の身体が宙に浮いていて、遠くへと放物線を描いて離れていく。



「今はお話にならないくらい弱すぎ」



まるで赤子の手をひねるみたいに英里佳が簡単にあしらわれた。



「嘘だろ……」



今の会長が普段よりもかなりヤベェ状態なのはみればわかるが、それでも僕にとって英里佳は現役の三年生にだって後れを取らない実力者だった。


だからこそ、目の前の光景が信じられなかった。



「歌丸くんが死ねば、もう一回怒り狂うのかしらね」



そう言って、会長がこちらを見た。


そして手を伸ばしたかと思えば、先ほど僕が遠くへ投げたはずの武器が勝手に飛んできて会長の手に握られる。



「なるべく痛みは少なくするけど……英里佳の反応が悪かったら拷問方式に変更するわね。


あなたの悲鳴が起爆剤になると思うのよねぇ~」


「っ……!」



本気だ。


この人は、こんないつも通りの調子で僕を殺そうとしてくる。


いくら今の日本では殺傷が無効化されるからって、こんなの狂ってる。



「これ以上は看過できないわね」

「流石に先輩でもこれはアウトッス」



突如、目の前に二人が姿を見せた。



「詩織さん、戒斗!」



二人がそれぞれ完全武装状態で現れたのだ。



「英里佳、しっかりして!」

「BOW」



見れば、英里佳の方には紗々芽さんとユキムラが向かっている。



「今まで様子見だったのに、いきなり出てきてどうしたの?」


「それはこちらのセリフです。


何かあったんじゃないかと、この状況を見て周囲の警戒をしていたら……まさか本当に状況を見たまま会長が英里佳を襲っていたわけなんですか?」



あ、だから一緒に近くまで来たのに三人ともすぐにこっちこなかったのか。



「あら、もしかして私の心配してくれてたの?


ごめんなさいね、私が6割くらいは悪いわよ」


「いやいや、ぜってぇ9割強くらいが会長が原因っスよねぇ」



そう言って戒斗は銃口を会長に向け、引き金に指をかける。



「言っておくけど、今の私にその程度の銃じゃ、たとえ最大火力を受けても痒い程度にしかならないわよ」


「なら試してみるッスか?」



あの銃……ジャッジ・トリガーは戒斗の姉の日暮先輩の造ったものだ。


それを「その程度」と評されたことが不満なのか戒斗の声に静かな怒りが滲む。



「うーん……日暮くんは確かに対人戦の実力はもう三年クラスだけど、今の私ってぶっちゃけそこらのレイドボスより強いわよ?


対人戦特化のあなたが私と戦うのは、スプーンで温泉掘り当てようとするくらい無理があるわね。


灰谷の弟子であっても、今のあなたに興味はないし」



瞬間、銃声が響く。


会長の肩あたりに火花のようなものが見えた。



「……へぇ、実際に見ると思ってた以上に早いわね」



感心した様子の会長に反し、いつものクイックドロウの構えを取っている戒斗の表情は苦々しいものだった。



「まじであっさり弾きやがったッスね……」


「そういうことよ。


ウォルフラム弾とかあるならそこそこ痛いけど、そんな高価なもの都合よく用意してないでしょ。


で、そんなことより……三上さん、今ならルーンナイトに成れるんじゃないの?」


「本気ですか?」


「ええ、本気よ。


本気で歌丸くんを殺すわ。だってどうせ殺しても死なないもの。


なら別に殺しても何も問題ないじゃない。


そうすることで英里佳の本気をもっと引き出せるなら、当然やるでしょ。


あ、それともまだ発動しない?


歌丸くんの危機感が必要なら……………これでいいかしら?」



瞬間、会長の身にまとう雰囲気が豹変する。



「「「っ!」」」

「きゅ!」「ぎゅ!」「きゅる!?」



あまりのプレッシャーに肌が粟立ち、シャチホコたちも毛を逆立てて怯える。


まずい、これ……殺される!



「――騎士回生Re:Knight!」



僕が恐怖に呑まれかけた時、詩織さんがスキルを発動させた。



「戒斗、連理を守ることを優先して」


「……わかったッス」



詩織さんの指示を受け、戒斗がこちらにやってきた。



「連理、シャチホコたち少し借りるわよ。


私一人じゃ対応できないから」


「わ、わかった。


お前ら、詩織さんのフォロー頼む!」



僕の指示を受け、シャチホコたちは若干会長に対して怯えながらも頷いてくれた。



「ルーンナイト、ドラゴンが認めた本来の物理無効スキルの担い手……さて、さっきの英里佳とどっちが強いのか、ちょっと試してみましょうか」


「生憎、まだ物理無効スキルは使えませんけど……簡単に倒せると思わないでください.


――紗々芽、お願い!」



詩織さんの声を受け、紗々芽さんがスキルを発動する。


すると即座に強化魔法が詩織さんに施された。


生存強想Lv.3 慈恵等視射ジェラシィ


視線を向けるだけで修得している補助や回復の魔法を発動させられるだけでなく、その効果も対象に応じて効果を上げるもの。


エンチャンターやクレリック系の人たちにとっては破格のスキルであろう。


それらすべてを受け、剣のレイドウェポンのクリアブリザードと、盾のレイドウェポンのリペアシールドを構える。



「――ドライブモード」



柄に備え付けられたスイッチらしきものを詩織さんが押すと、クリアブリザードの刀身から白い煙が放出される。



「行きます!」


「さぁ、楽しみましょう!」



詩織さんと会長の剣が交差し、ぶつかり合う。





「英里佳、英里佳!」


「……紗々芽、ちゃん?」



声を掛けられて見上げる英里佳


その視界に、仲間である紗々芽の心配そうな表情が飛び込んでくる。



「大丈夫? 今回復してるけど……まだ動けないの?」


「…………」



心配そうに問いかける紗々芽の言葉に、英里佳は目を伏せて何も答えない。


否、答えられない。


本当は体の傷も、大したものではなかった。


ただ投げられただけだったのだから、ベルセルクとして強化された英里佳にとってはかすり傷程度。


回復魔法を掛けられるほどじゃない。


先ほどの大怪我だって、一度死んだことで完全にリセットされているのだから無傷と言っても差し支えない。



「私は……弱すぎる」


「英里佳? ど、どうしたの?」


「こんな……こんな役立たずなのに……私は、歌丸くんを……巻き込もうとしていたなんて……」



そんな弱音を吐露する英里佳に、紗々芽は何があったのかを察して今も笑いながら詩織と剣戟を重ねる紅羽を睨む。



「あの人は……!」



紗々芽はあの会長の性格を知っている。


自分の思ったことを歯に衣着せないどころか、相手の心を的確に抉る形に言葉を選別して言い放つ。


今回も、英里佳にそれを突きつけた上で、その力を真正面からねじ伏せたのだろう。


なまじ、実力があるからこそ自分の歪みから目を逸らしていた英里佳にとっては、全否定をされたようなものだ。


紗々芽もその危うさを認識してはいたが、それも徐々にいい方向へと向かっていると信じていた。



(今回の母親の一件で不安定になっていたのにそこをついてくるなんて、絶対にあの人、人の心なんてない)





なんか紗々芽さんが親の仇でも見る様な目で会長を睨んでいるが、当の会長はどこ吹く風というか、嬉々として詩織さんに攻撃をしている。



「くっ!」


「上手く凌ぐじゃない!」



詩織さんは会長のラッシュを盾で弾きながら、隙を見て剣の刺突で対応する。


だが、どう見ても手を抜いても余裕ですという態度の会長


攻めも普段の英里佳を見てる僕としては温めで、防御も、あのパートナーの飛竜と融合した今の身体には無意味と言わんばかりにノーガードで受けて、そのまま弾いている。


しかし……



「きゅ!」「おっと」


「きゅるるん」「ほいっ!」


「ぎゅう!!」「あ、やばっ」



シャチホコ、ワサビの体当たりを避けて油断したところ、真後ろからのギンシャリの体当たりを受ける。



「いったぁあああああああああああああああああああ!!」



再び絶叫


なんか一昔前のバラエティー番組で罰ゲームを受けている芸人のようなリアクションである。



「――ペネトレイトスティング!!」



刺突系攻撃スキルにより、会長の喉元にクリアブリザードの刀身が叩き込まれる。


普通に人が死ぬはずなのだが……



「はい、ざんねーん」



先ほどのギンシャリの攻撃とは打って変わって、全然効いてない。



超過駆動オーバードライブ

「え」



クリアブリザードの奥の手


冷却機構を暴走させる、詩織さんの必殺技だ。


それを使用する一瞬の手前、詩織さんが僕の方を見た。



「――素立無場居スタンバイ!」



咄嗟に僕がスキルを発動させると同時に、会長の姿が真っ白な煙の爆発に包まれて見えなくなった。


一方、僕と戒斗の目の前には無事な詩織さんが姿を現す。



「今のでよくわかったわね」


「まぁ、ほぼ勘だったけど……間違ってなくてよかったよ。


怪我とかはしてない?」



前の模擬戦であの技使って酷い凍傷になってたと聞いたけど……



「ええ、ルーンナイトの耐久値なら余波程度じゃどうともないわ。


……それより問題は」



未だに詩織さんは警戒を解かずに白い煙の方を睨む。


かなり強力な攻撃なのは間違いないが、あれで倒せるほど会長が呆気無いとは僕はもちろん全員思えなかった。



「戒斗、煙散らして」


「了解ッス」



詩織さんの言葉に弾丸を放つ戒斗


弾丸は奥に行かず、手前で爆発してその風で煙を散らす。


そして煙が晴れたそこにいたのは、口を真一文字に閉じた会長が立っていた。



「あれ食らって無傷とかマジッスか……」



前回の模擬戦であれを受けた戒斗としては今の会長の状態に絶句していた。


だが……なんか様子がおかしくないか?



「ふ、ふひぃ……ひひゃ、ふぉおふぁ」


「は」「え」「ッス?」



口の端を少し開いたかと思えば、なんか妙な声を発する会長



「……あ、もしかして口の中の唾液が凍りついて、口を開けない上に舌が回らないんじゃ」


「「ああ」」



僕の言葉に納得の詩織さんと戒斗



「口を閉じてもらって丁度いいわ、今、あの人の笑い声って癪に障るのよ」


「同感ッス。


とにかくこれで戦法は決まったッス。


連理は俺と一緒につかず離れずの距離で隠密スキルで動き回るッス。


詩織さんは前衛で、踏ん張って、ヤバくなったら連理がスキルで回収。


ヒット&アウェイで行くッス」


「それが無難ね。


連理も良いわね」


「もちろん!


シャチホコ、ギンシャリ、ワサビ!


ドラゴン相手だと思ってガンガン行け!」


「きゅう!」

「ぎゅう!」

「きゅる!」



先ほどの冷気の爆発もしっかりと回避していた兎たちは僕の言葉に答えて頷く。



「さぁ、チーム天守閣!


仮想ドラゴン討伐よ!」


「「応っ!!」」

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