第217話 混迷の狂戦士 v.s. 最狂の竜騎士 その②
■
「はぁ、はぁ、はぁ!」
「連理、ちょっと待つッス!」
ホテルを飛び出した僕は、スキルをフル活用して走っていた。
そして今は先導してくれるシャチホコの後をついて行く。
そして後ろから追いかけてきた戒斗が隣に並ぶ。
「おまえサラッとパルクールとかやるようになったッスね……」
「え、何が?」
「自覚無しっスか……自分がどこ走ってるかわかってるッスか?」
「どこって…………そこらのビルの屋上でしょ」
今僕はとても急いでいる。
そんな中でいちいち建物の路地裏とか走ってる暇はない。
だからこそ、
「お前……いや、それはいいとして、急に走り出してどうしたんスか?
榎並さんに何かあったんスか?」
「わからない!」
「わからないのに走ってるんスか!?」
「わからないけど……英里佳が大変なことになってるのだけはわかる!」
なぜかシャチホコは僕と同じように英里佳の居場所がわかるらしい。
英里佳との融合がきっかけだろうか?
とにかく今は英里佳がいるであろう方向に向かって走っていく。
「――BOW!」
「え?」
後ろから聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきて、振り返ると巨大な狼がそこにいた。
「ユキムラ、それに……」
稲生薺のパートナーであるマーナガルムのユキムラがこちらに追いついてきた。
しかもその背中には……
「連理!」
「歌丸くん!」
「詩織さん、紗々芽さん!」
まさかの二人が乗っていた。
詩織さんと紗々芽さんがここに来るのは納得だが、どうしてユキムラまで、と僕が驚いていると、その背に乗った詩織さんが説明してくれた。
「稲生さんに貸してもらったのよ。
英里佳がもし暴走してたら、私たちだけじゃ危ないもの」
「そう……ユキムラ、その時は頼む!」
「BOW!」
僕の言葉に答えてくれたユキムラ
頼もしい限りだ。
「英里佳……!」
何が起きているかわからないが、とにかく無事でいてくれて……!
■
「その状態で死ぬのはどれくらいかしらね?
激しく動けばそれだけ内臓に負担掛かるし、動くほど早く死に近づいて加速度的に強くなって、それと同じくらい死にそうになるわよね」
「うる、さいっ!」
徐々に強まっていく光を纏う英里佳の攻撃を受け止める紅羽
先ほどと違い鎧を身に纏っていることで受け流すようなやわらかな動きはできないため、その衝撃を逃がせない。
結果、鎧の中で紅羽は自分の腕の骨が砕けたのを実感した。
「くっ――のぉ!!」
だが、そこは最強の竜騎士。
自分と力が繋がっている飛竜のソラのからあふれ出る生命力で瞬時に骨が修復される。
それどころか、壊される前よりも強くなる。
「ふふっ、やばい、超、楽しい!!」
壊され、治り、その度に強くなっていることを実感する紅羽
その手にはランスではなく刀が握られており、それによって英里佳を切ろうとする。
「があ!」
急所などは回避するが、そうでないのならば構わないと言わんばかりにその身で刃を受け止める。
刃は数㎜ほど英里佳の身体に食い込むだけで、それ以上は及ばない。
むしろ傷つくほどに英里佳の身にまとう光が強まった。
「まるで鏡見てるみたいね!
あなたは私よ! 昔の私! 嬉しいわ、本当に心から嬉しいわ!」
「一緒、に、するな!!」
血を吐きながら攻撃のラッシュを叩き込む英里佳
すべてが艦砲並の重量を誇っており、人間の形など本来は残らないはずだ。
だが、紅羽の身にまとった鎧と、飛竜のソラの力によってそれらすべてを受けてなお耐えきる。
その傷は瞬時に修復されて肉体はより頑丈に、英里佳の攻撃に耐えられるようにと徐々に強化――いや、進化し続ける。
「同じよ!
力を求める、強くなるためになんでもする!
そして私はソラと出会った!
誰よりも強くなりたいっていう、その願いを叶えるために!
誰よりも強い力を認めるあの子が私に答えてくれた!
だから私は強くなり続けるの! ソラと一緒に、強くなるの!
あの子が私の相棒でいる限り、私は強さを求め続ける!
あなたは私と一緒! 榎並英里佳! あなたこそ、私の理想の後継者だわ!!」
「私は、違う!!」
「本質は同じよ!
あなたは歌丸連理という力を手放したくない!
だから自分の心すら切り替えた!
自分でも意識せずに、あの子に惚れたフリをした!
そうして目に見えない鎖で歌丸連理を縛り付けた!」
「違う!!」
「ええ、そうね!
だって演じ続けてるうちに本気になってるんだから!
だから今度は父親への愛を切り捨てた!!」
「違う!!!!」
「違わないわよ、いい加減に理解しなさい!
あなたはどこまでも強欲で利己的な“女”なのよ!!」
「馬鹿に、するなぁ!!」
大量に血を吐きながら叫ぶ英里佳
腹の傷からの出血も強まり、さらに光が強まった。
放たれた蹴撃は、紅羽の身にまとう鎧を砕く。
「――がはっ!」
衝撃の強さに、鎧は破棄され、留め具もはじけ飛び甲冑が外れた。
今度は紅羽が口から血を吐き、後方に飛んでいく。
それに追撃を仕掛ける英里佳だが、上空から炎が降ってくる。
「GUOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
飛竜のソラが紅羽を援護してるのだ。
「邪、魔ぁ!!」
対する英里佳はその場で空を蹴ったかと思えば、それは突風となる。
結果、空中にいたソラはそのあおりでバランスを崩されそうになる。
ギリギリで羽ばたいて墜落は防いだが、高度が落ちる。
「はぁ!!」
そこへ畳みかける英里佳
跳びあがった勢いをそのままに、ソラの腹部を思い切り蹴った。
「GURUOO!?」
主人同様に、ソラも吹っ飛ばされて運動場の上を転がる。
「ぅ、ふ……ふふっ……凄い、最高よ、英里佳!」
「気安く、名前を……呼ぶな……!」
互いに満身創痍と言っても相違ない状態でなお戦意を剥き出しにする両者。
「あとね、別に馬鹿にしてはいないのよ。
あなたは女。
私と同じ修羅道を進みながら、私が不要と切り捨てた女としての面を持ち、それで強くなる。
凄く興味深いわ。
だからこそ、もっと戦いたい。
……ええ、これなら、アレを見せても問題ないわね」
まだ何か隠し玉があるのかと身構える英里佳
紅羽はその手に一枚のカードを取り出す。
「ドラゴンナイトは、
でも、殆どのドラゴンナイトは下級の竜種迷宮生物を育成してるだけで、私のソラみたいに初めから強い、特別な子をパートナーにできた人はいないって確信があるの。
何故だかわかる?」
「どうでもいい」
「冷たいわね。じゃあ勝手に話すわ。
ソラの本当の種族名はミィス・ドラゴン
神話を内包した迷宮生物よ」
「神話を……内包?」
「歌丸連理のエンペラビット、稲生薺に用意されたマーナガルム……生まれた理由や状況は様々だけど、人類に力を貸してくれる迷宮生物の種族はいるわ。
その中でもとりわけ強力かつワンオフの迷宮生物。それが“ミィス種”。
世界全体でも百もいない。ソラはその一体。
ミィスの名を持つ種族は他にいたとしても、ドラゴンはこの子だけ。
主と認めた人物にとって、最優の力を手に入れる。それこそ、神話でしか語られないような強力な力もね」
「そんな無茶苦茶な話、聞いたこともない」
「ええ、だって言ってないもの。
ソラと契約したとき、学園長が私に語ってくれたけど、面倒だったからそのまま誰にも言ってないわ。
多分だけどミィス種を使役に成功したのって、私だけだから広まってないんじゃないかしら」
どうでもよさそうに語る紅羽
その情報が、人類にとってどれだけ有益なものなのか理解しているのかと英里佳は内心で戦慄した。
ミィス種
それはもしかしたら、ドラゴンを倒すために必要な存在であるかもしれない。
「まぁ、それはそれとして……そんな特別なソラをパートナーにできた私は、ドラゴンナイトの中でも特別なの。
特別だから……――こんなこともできるのよ」
学生証の操作を終えた紅羽の身体が突然光を放つ。
「――GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
地面に伏していたソラも、急に雄たけびをあげた。
そして、見れば両者共に光を放っている。
「……うそ、まさか……そんな……!」
それらの光に、英里佳は見覚えがあった。
忘れるはずもない。
だって、その光は…………!
「グレンデル」
それはスキル名なのだろう。
その言葉を口にした瞬間に、光は一層強まって、ソラの姿がその場から消失した。
そしてその場に発生した光がすべて、紅羽の元に集う。
「このスキルが発現したのは、ついこの間。
英里佳、あなたがエンペラビットと融合した姿を見た時に発現したものよ。
ミィス種は主に応えて進化する以上、ある意味当然の帰結よね」
光が収まった時、その場に立っていた紅羽の姿が、激変した。
「――――!」
自分の身体の状態も忘れてしまうほどに、英里佳にとって紅羽の姿は衝撃的だった。
その姿、間違いなく自分と同じ領域に踏み入れているものだったからだ。
「ドラゴンメイデン……ね。
ふぅん、それが今の私の
職業で
何でもないように学生証を確認する紅羽
その姿は、もうはや人類ではない。
背中には翼が生え、こめかみ辺りからそれぞれねじれ曲がった双角が生えており、スカートから尻尾のようなものが生えている。
「迷宮生物との……融合……!」
英里佳がシャチホコと融合したのと同じように、紅羽はそれを実行した。
しかも、現在最強の北の生徒と、迷宮生物の中でも最強の竜種の融合
何がおこるのか、まったく予想できない。
「さぁ、やりましょうか。
慣らし程度には頑張って頂戴ね?」
「――なめ、るなぁ!!」
相手の姿が変わったからどうした?
そう言わんばかりにその場から駆け出し、全力の蹴りを繰り出す。
「
ベルセルクの最上位攻撃スキル
今は物理無効の効果もないのが、これを受ければただでは済まない。
だからこそ、これは避けるだろうと英里佳は予想した。
(スキル発動後の硬直も、歌丸くんのスキルでなくなってる。
避けて油断したところに、連撃で一気に畳み掛ける)
それは間違いではない。
この一撃は、今までの蹴りと一線を画するものだ。
そんなものを、普通は受けようとは思わない。
そう、普通なら。
「ふふふ、ふははははははははははははは!!!!」
「――なっ!?」
紅羽は予想に反し、狂気に笑いながらその手に握った刀を振るってきた。
当然、英里佳のブーツによってそれは即座に折られたのだが――続く、刀を振ったときの勢いに追随してきた尻尾が、英里佳の攻撃を受ける。
「ぐ、ぅううう!!」
異様なほどに堅く、その一方で粘り強い。
そんな不思議な感触をブーツ越しに感じつつも、一切力を緩めることはない。
「あははははははははははははははははははははははははは!!」
力と力がぶつかり合って空気がはぜる中、紅羽は狂ったように笑い続ける。
そして英里佳は今の紅羽の目が、あの憎きドラゴンの目と重なって見えた。
「――死ぃぃぃぃいいいい、ねぇぇえええええええええええええええ!!」
怒りを爆発させ、全力で蹴りぬく。
結果、両者の身体は衝撃に耐えきれずにそれぞれ反対方向へと吹っ飛んだ。
「ぐっ……!」
受け身を取って、どうにか立ち上がる英里佳
しかし、腹の奥が異様に重い。
「ぁ……げほ、ごほ、ぇほ……!」
口から大量の血が流れていく。
そして全身に纏う力がさらに強まっていき。
(もう、長くない……)
自分の死が徐々に近づいていることを悟る英里佳
あと半刻もしないうちに自分は死ぬ。
「いたたたた……あー、これ再生するのかしら?」
一方聞こえてきたのはそんな暢気な声だった。
顔をあげれば、紅羽は先ほど英里佳の蹴りを受けた尻尾をその手に持つ。
ただし、それはもうスカートの奥から生えている状態ではなく、英里佳の蹴りを受けた部分で千切れていて、紅羽の手でぶら下げられているだけだった。
(尻尾だけだけど……効いてはいる。
今の私の力なら、倒せる)
そう確信し、構える英里佳。
一方で紅羽は自分の手にある尻尾を見て何か気が付いたようだ。
「……ん、あ、なるほど、こうなるのね。
――ドラゴニックウェポン」
その手から尻尾に向かって光が発生したかと思えば、紅羽の手にあった尻尾が一振りの刀へと早変わりした。
「なっ……!」
「へぇ、これってあっさり切れると思ってたらこういう風に利用できるんだ。便利ねぇ~」
英里佳の驚愕をよそに自分の尻尾が変化した刀を興味深そうに観察する紅羽
その刀を構えて、再び英里佳に向き直る。
「今の私、相当強くなってるみたいね」
「そういうアピールは聞き飽きた」
「あらごめんなさい」
やれやれと呆れたように語る紅羽
「でも今のあなたも、力だけならこれまでみた誰よりも強いし、今の私にも確かに有効な攻撃は当てられるみたい。
だけど……そこが限界ね。
私と相対することで高まり続けた力に体が追い付いてない。
気付いてないみたいだけど……あなた、出血の酷いのお腹だけじゃないわよ」
「は……」
紅羽の指摘に、英里佳は視線を改めて下げて自分の状態を確認した。
腹部の出血は確かに酷いが、今はそれ以外も酷い。
体全体から血が流れているかのように、白を基調としていた制服が、赤く染まっているのだ。
「全身の皮膚が裂け、筋肉も断裂し、骨も砕ける。
筋肉については即座に修復されてるみたいだけど……骨はだめっぽいわね。筋肉で無理矢理固定してるに過ぎないわ。
どう考えても戦える状態じゃなくなってる」
「うる、さい……!」
自分の限界などとっくに悟っている英里佳にとって、そんな再確認は鬱陶しいものでしかなかったのだが、紅羽は呆れたように続ける。
「私程度でそこまでボロボロなのに、どうしてドラゴンと戦って倒せると思えるの?」
紅羽の言葉は、英里佳の胸の奥を深々と抉る。
「別に戦うことについては私は大賛成だけど、教えてもらえないかしら?
どうやって、そんな様でまだ勝てると吠えられるのか、教えて欲しいわ」
再び嘲うように問いかける紅羽
「――うる、さい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!!!!」
半狂乱となって、再び攻撃に転じる英里佳
だが、その攻撃はあっさりと受け流される。
柔術によって自分がまた投げられたのだと英里佳は気付く。
「ソラの力、そして私の技術
それら二つが一切損なわれない、それどころかさらに強まってる。
そんな今の私は……いいえ――」
その言葉は、刃と共に胸に突き刺さる。
「今の私が、人類最強よ」
深々と、今度は胸に突き刺さった刃
それは、的確に心臓を刺し貫く。
榎並英里佳は、完全に敗北した。
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