第216話 混迷の狂戦士 v.s. 最狂の竜騎士 その①

うねる空気が束となり、まるで嵐のように吹き荒れる。


その中で火花が散るさまは、まさに人外魔境


そんな空間を作っているのが、黙っていれば……黙っていれば……そう、大事なことなのでもう一回言うが、黙っていれば美しい少女二人によって巻き起こされている。



「があああああああああああああああああああ!!」



ベルセルクの英里佳は、容易く人をひき肉に変えるだけの威力を秘めた一撃を乱舞の如く繰り出す。



「いい、いい、いい、いい、超いいわよ!!」



そしてそれらの連撃を巨大な円形盾ラウンドシールドとランスという大きな得物で受け流しつつ、喜色満面を浮かべている紅羽


どちらも間違いなく最強クラスの実力者である。



「駆け引きもなく、ただただ殺すために何度でも攻撃をしてくる!


わかるわ、気を抜けば私は簡単に死ぬ!


これがベルセルク! いいえ、これが榎並英里佳!


レイドウェポンに歌丸連理のスキル、そして唯一ネックとなった理性の枷を殺意で外した完全無欠のベルセルク!


いいわよ貴方! 私が完全に防戦一方とか本当に久しぶりだわ!!」



そうやって喜びながら、表情とは真逆なことを叫ぶ紅羽


事実、未だに紅羽は攻撃をしていない。否、できない。


歌丸連理のスキルによって肉体的な疲労が大幅に軽減されている英里佳は、常人ではすぐにばててしまうような無茶を容易に達成できる。



「でも、これならどうかしら?」



何を思ったか、紅羽は手に持っていた武装を捨てた。



「死ねぇええええええええええええええええええ!」



そんなの関係ないとばかりに攻撃を仕掛けてくる英里佳。


しかし、次の瞬間、英里佳は暗い空を見上げていた。



「――え?」



すぐさま起き上がって体勢を立て直すと、不敵な笑みを浮かべた紅羽が手招きをしている。



「ほら、かかってきなさい」


「なめ、るなぁ!!」



今度こそ殺す。


そう意気込んで再び接近し、脳漿をぶちまけさせてやると頭部目掛けて飛び蹴りを繰り出した。


だが、その刹那に英里佳は見た。


自分の足を紅羽が掴んだかと思えば、その感触は殆ど感じず、動きを


そしてあっさりと流れる水の如く自分の蹴りが紅羽の頭を避けて、その勢いのまま、一瞬だけ足を引っ張られたかと思えばその反動で頭と足の位置が回転して入れ替わり、地面に激突した。



「がはっ!?」



運動場の地面に激突した英里佳


痛みよりも、驚きの方が上回る。



「今のは……柔術?」


「その通り。


私、こう見えてもランスよりそっちの方が得意なのよ。あと……」



学生証から取り出したのは、一振りの日本刀だった。


そして、地面を蹴ったかと思えば、滑るようにして即座に間合いを詰めてきた。



「剣術も大得意」


「っ!」



ギリギリで海老反りになって回避した英里佳。


少しだけ掠めた刀で髪が数本宙に舞う。


そして返す刀がギロチンの如く英里佳に向けて振り落とされる。



「――ふぅ!!」



それに対して英里佳は体勢を立て直すことを放棄し、逆にもっと体を逸らして後ろに倒れ込む。


そうして頭と足で天地を逆にし、振り落とされる日本刀をブーツで受け止めた。


さらにそこから身を捻ってもう一方の足を振りぬき、日本刀の腹を思い切り蹴って刀身を砕く。



「え、嘘っ!?」



英里佳の動きが予想外だったのか、そんな声をあげる紅羽



「まぁでも、まだまだあるけどね」



そう言って即座にその手にさらなる日本刀を握って振るう。


だが英里佳は紅羽が武器を取り出してる間に距離を取って体勢を立て直していた。



「色んな武術を習ってるとは知っていたけど……まさかカポエイラまで使う人なんて、実際に初めて見たわ」



紅羽が感心する一方で、英里佳は冷め切った目で睨む。



「……模擬戦の時に見せた灰谷先輩との戦い、手を抜いていたわけか」



もはや目の前の相手に敬語を使う気すらなくなった英里佳だが、この数回の紅羽との攻防で感じたことを確かめずにはいられなかった。



「明らかに攻撃の練度が違う。


今までの力任せとは雲泥の差がある」


「んー……それはちょっと誤解があるわね。


今の私は、サムライとして活動していた時の全力で戦っているだけよ」



サムライ、という自分の母親と同じ職業であることを口にした紅羽に、英里佳は一瞬反応したが、平静さを努める。



「ソラをパートナーにして、竜騎士の力を手に入れて今はそっちメインだけど……ほら、ソラって体大きいでしょ?


そんな背に乗っていたら柔術も剣術も使えないじゃない。


だからランスとか盾とか、今まで使ったことのないものを使ったのよ。あとスキルの効果効率も上がるし。


鎧だって、竜騎士のスキルを使う時に効率が上がるから必要なときは付けるわ」



さも当然のように語る紅羽だが、それでも英里佳には納得できない点があった。



「それほどの技術がありながら、なぜわざわざ戦闘スタイルまで変える必要がある?」



紅羽の剣術も柔術も強い。


間違いなく、その技量は自分を凌ぐ。


一朝一夕で身に着けられるものではない。


相当長い時間の薫陶があるはずだ。


それは簡単に捨てられるようなものではにと、英里佳は考えていたのだが……



「その方が効率的だからよ。


特に攻撃力とか防御力とか段違いよ。


何より、私一人よりソラと一緒の方が総合的に強いのは当たり前じゃない」



それはその通りだ。


その通りだが、自分のこれまでの訓練に自信と誇りを持っている英里佳にとって、今までの強さをあっさりと捨てられてしまう紅羽のその言動にはさらなる苛立ちを覚える。



「だったら……なぜ私にはそこの飛竜をけしかけてこない?」



先ほどから紅羽のパートナーである飛竜のソラは、最初に着地した場所から動かずに戦いを見ているばかりで、攻撃をする素振りも見せえていない。



「だってそれじゃ詰まらないもの。


この戦いは私の暇つぶしで始めたのよ。


そこまで本気にして早く終わらせたら台無しじゃない」


「――貴様……!」


「ああ、でも誤解しないで欲しいんだけど……


ソラの力抜きの場合、こっちのスタイルでやらなきゃ絶対に負けるという確信があるの」


「……は?」



まさかの宣言に間の抜けた声を出してしまう英里佳


だが、その直後に紅羽の身にまとう雰囲気が豹変し、即座に身構える。



「だから全力じゃないだけで、本気では戦ってるのよ、私」



そう言って、再び攻撃を仕掛けてくる紅羽


一件、滑るようにして即座に近づいてくる。



(超低空のジャンプ? ――違う、摺り足だ)



対する英里佳は一瞬フェイントを入れて間合いを取ろうとしたが、即座に紅羽が対応してきたのを見てその動きの正体を看破した。


しかも、その間も構えに乱れがほとんどない。



(本来は地面と足をこすらせる歩きだけど、学生証の身体能力に、武術の訓練で極限まで無駄をなくした結果がこの動き……移動中ですらいつでも攻撃ができる)


「ほらほら、逃げてるだけかしら!」


「図に、乗るな!!」



回避でリズムが崩せないならば、やることは最初と同じ。


――ひたすら一撃一撃が即死級のラッシュでリズムを崩す。



「――え」



だが、攻撃に転じた瞬間に英里佳は自分の身体が空中に浮いていることを自覚した。



「はい、残念」



声が背後から聞こえ、咄嗟に体を捻った。


それとほぼ同時に、英里佳自分の右肩あたりから刃が生えてきたのを見た。



「――ぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!」



――苦痛耐性フェイクストイシズムON



「――ふぅ!!」



痛みで思考が潰れる前に歌丸のスキルを発動させ、刃が生えた――いや、正確に言えば背中から日本刀を突き刺された状態でさらに身を捻る。



「あら?」



結果、紅羽の手から剣が弾かれていく。



「ふぅ!」



息を吐くと同時に英里佳は自分に刺さった刀を抜いて、地面に叩きつけてから踏み壊した。



「あーあ、結構高いんだけどなぁ…………まぁ、まだまだあるんだけど」



ニヤ付きながらさらに別の刀を取り出す紅羽


英里佳は右肩の傷を抑えながら自分の判断を後悔する。



(ついさっき投げられたのに、剣術に目が行き過ぎて柔術への対応を怠った……!


蹴り技はどうしても動作が大きくなるから対応されてしまう。


――どうしたら、こいつを……!)



「そうやってすぐに悩むのね、あなたは」



顔をしかめながら熟考する英里佳を、紅羽は嘲う。



「でも本当に切り替えが早いわね。


ついさっきまで、お父さんのことで凄い気迫だったのに、それが通じないと判断したら次の対応を考える。


立派だわー、そうやってすぐにお父さんのことも忘れたんでしょ?」


「――黙れ」


「ちょっとあなたの将来心配してたけど、これなら安心だわ。


だって、どうせ歌丸くんが死んでも」


「黙れ」



それ以上は言わせない。


英里佳は前に出て目の前の女を殺すために蹴りを放つ。



「――すぐにどうでも良くなるんでしょうから」


「だっ、まっ、れぇぇぇえええええええええええええええええええええええええ!!」



傷口から血が噴出するほどに体中に力を入れて放たれる英里佳の蹴り


それは今までと比べると明らかに遅く、大振りだ。



「はっ、怒るって時点でナンセンスなのよ」



そしてさも当然のようにその蹴りを受け流し、カウンターで英里佳の腹に深々と刀と突き刺す。



「――か、ぁ……!」


「それだけ必死になるってことは、自分でも自覚あるんじゃない――の?」



問うた瞬間に、英里佳に突き刺した刀をねじる。


その傷口が大きく抉られ、英里佳は痛みに絶叫を上げそうになるが、代わりに口から血が大量に出る。



「はい、死んだーっと!」



弾んだ声でそう言いながら刀を腹から抜き、その際に地面へと倒れそうになった英里佳の腹を容赦なく蹴り飛ばす。


結果、英里佳は血をまき散らしながら運動場を転がっていく。



「――ぁ……ぅ……」



夥しい血が流れていく。


しかしそれでも英里佳は未だに生きていた。



「その状態じゃ死ぬのは確定よ。


失血死しないだけで、やがて血が潰れた内臓を圧迫し、詰まって死ぬ。


歌丸くんのスキルで苦しいのが無駄に長引くだけだし、さっさと解除して一回死ねばいいんじゃないかしら?」



そんな風に語る紅羽の声を、英里佳はどこか虚ろな意識で聞いていた。


激しい痛みが、歌丸のスキルの許容量を超えて意識が遠のいているのだ。


自分でも、このままでは死ぬということがわかる。





「英里佳」

「ですよねぇー」

「シャチホコ!」

「テメェ!」



歌丸くんのことを思い出した。


いつもみたいに名前を呼んでくれて、自分の弱さに呆れつつも、パートナーと一緒に戦おうとして、許せないものには本気で怒る。


喜怒哀楽の激しい、そんな歌丸連理という少年を、私は思い出した。



「お父さんが帰ってくるの楽しみねっ」

「……英里佳、仇を取って」

「お父さんが殺されたのよ!!」

「――英里佳、一度頭を冷やしましょう。お互いに」



お母さんのことを思い出す。


いつも笑顔だった母が当然笑わなくなって……そして、お父さんの仇を取るために今までずっと一緒に頑張ってきたことを。


そんなお母さんを、私が裏切ってしまっていることを、思い出した。



「わた、しは……」



お腹から熱が流れていく。


明らかに人が死ぬほどの出血量だ。


それでも私は生きている。


何故?


今も、体のどこからか熱が湧き上がっている。


胸の奥から、熱が全身へと運ばれ続けている。



「うたま、る……くん」



事此処に至って、私は改めてそのつながりを感じた。


離れているし、姿も見えないし、声も聞こえないけど……確かに私は彼と繋がっている。



――強くなりたい。



そして今、それが強まったのを感じた。



――もっと強くなりたい。



彼の渇望が、ここにある。



――みんなを守れるくらいに。



彼のありふれた、だけど閉じ込めた想いが流れてくる。



――英里佳がもう泣かなくて済むように



あの日、一緒にドラゴンを倒そうと言ってくれた彼の誓いを、私は知った。



「歌丸、くん……」



涙が出た。


彼の気持ちを知ったのに、私は泣いてしまった。


ああ、私は本当に愚かだ。


彼の気持ちを知って、それで泣いてしまっては本末転倒だというのに……


矛盾している。


本当に、私も歌丸くんも、ちぐはぐで、噛み合わない。


だけど……私は、彼にここまで想われているんだ。


それが、わかった。



「……え、そのまま立つの?」



天藤紅羽の声が聞こえた。


意味が分からなかったが、気が付けば私は無意識のまま立ち上がっていた。


そうだ……負けられない。


私が私のまま負けるのはいい。


だけど、今は負けられない。負けたくない。



「私、は……」



だって、私は想いを受け取っている。


彼が望んだ強さを、私が受け取っている。


だから、負けられない。



「――私は、歌丸連理の、強さだから」


「はい?」


「歌丸くんが、勝ちたいって、強くなりたい……彼が生きている限り……私は」






「……兄さん、なんか胸ポケット光ってる」



英里佳が去った会場で、ひとまず僕、歌丸連理は家族と共に歓談していた時、妹の椿咲がそんなことを指摘してきた。



「え?」



椿咲の指摘を受け、ひとまず学生証を取り出すと、いつぞや見たのと同じような感じで学生証が光を放っていた。



「は」「嘘」「マジスか」



その光に見覚えのある詩織さん、紗々芽さん、戒斗が驚く。


他にも遠目からこちらの学生証の光を見て驚いてる人がいた。


とりあえず僕は急いで学生証を操作し、内容を確認した。



「――これ……まさか…………英里佳!」



僕は居ても立っても居られず、その場から走り出した。





「――負けるわけには、いかないのっ!!」



叫ぶ英里佳


その瞬間、体がなにやら光を纏った。



「生存強想Lv.5」


「っ!」



英里佳の言葉を聞いた瞬間に、紅羽は最大限に警戒して身構えた。



刃羅怒衝守パラドックス

「――な!?」



紅羽はから聞こえてきた声に驚きつつも、ギリギリ体をねじって見せた。


瞬間、彼女は自分の左肩が砕かれたのを感じた。




「――あ、ぁああああああああああああああ!!」



余りの激痛に悲鳴をあげそうになるが、体をねじった勢いを殺すことなく刀を振るう。


しかし、その刀を空を切り、気が付けば先ほどまですぐ近くにいた英里佳が今では10m以上離れた場所にいた。



「ふぅー……ふぅー……!」



腹の傷を抑えて肩で息をしている英里佳


明らかに瀕死。


しかし、その速さは今までとは格が違う。


下手をすれば、一番の脅威だと思っていたエンペラビットとの融合すらしのぐほどの速さだ。



「まだ……上がるって言うの……?」



左腕が完全に使い物にならなくなった紅羽は、にやけ面が痛みに歪んだ苦笑に変わる。



「ソラ、お願い!」

「GUOOOO!」



このままでは確実に負けると判断し、控えていた飛竜のソラのスキルを使用。


ドラゴンの迷宮生物の持つ強靭な生命力による超速再生で、肩の修復を開始した。



「すぅ……――はああああああああああああああ!」



同時に、英里佳の身にまとう光がさらに強まるのを紅羽は見た。



「っ、まず!!」



生徒会長という、北学区最強の勘から即座につなげたはずのソラとのつながりを解除した。


だが遅い。


その頃にはすでに、紅羽でも対応しきれないほどの速さで自分に迫り、蹴りの構えを取っていた。



「――斬鉄一閃!!」



回避は無理と判断し、ならばと即座に攻撃に切り替える。


その結果――紅羽の刀はいともたやすく破壊され、そのまま英里佳の蹴りを腹部に受けた。



「が、ぁ、ぐっ!!」



今度は紅羽が運動場の地面の上を転がっていく。



「そうでなくても、速いのに……そこからさらに速くなるとか、デタラメ、にも……ほど、が、あるでっ、しょ……!」



痛みに耐えつつ立ち上がる紅羽



「ぅ、ぁ……く……!」



一方の英里佳は今の攻撃の反動で腹部の傷から血がさらに大量に流れ、痛みからその場で跪く。


身にまとう光が、先ほどより弱まっている。


――否、確かに先ほどより弱いのだが、徐々に光が強まってもいた。


その様子を見て、自分の勘が間違いではなかったことを紅羽は悟った。



「そのスキル……相手が強化されるほど自分をより強化…………いいえ、違うわね。


不利な状況になるほど、それを埋めてなお有り余るほどに絶大な力を与えるスキル、かしら?


パラドックス…………確かに矛盾してるわ。


不利な状況にあるほど、有利になるとか…………歌丸連理の今までのスキルの中で一番規格外なスキルね」



言葉とは裏腹に、楽しくてたまらないという感情があふれ出て苦笑いがにやけ面に戻る紅羽。



「あなたのその状態を鑑みるに……死ぬ直前が一番強くなるってことよね?


いいわ、やりましょう。


ここからは私も全力の本気でやらせてもらうわ」



そう言って、紅羽は鎧を見に纏う、再びソラとのスキルによって自分を強化する。


それらを行う度、英里佳の身にまとう光が再び強まるのを見た。



「負け、ない……絶対に……!」



血を吐きながら咆哮する英里佳


それに応えるように、その身にまとう光がさらに強まる。



「その強さを、私は……私たちは超える。


行くわよソラ!


灰谷よりもずっと強いから覚悟しなさい!」


「GUOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」



「絶対……勝つッ!!!!」



最強の封を切ったドラゴンナイト


限界を超えたベルセルク


今、その第二ラウンドが開始される。






――ちなみに、この時点ですでに運動場には大小さまざまなクレーターが出来ていた。

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