第82話 焼肉定しょ――弱肉強食の戦場!

ララと苅澤さんが契約を果たし、無事に地上へと戻ってきた僕たちチーム天守閣


ほぼ徹夜した状態で戻ってきたばかりだった僕たちは、地上に戻るやすぐに生徒会で用意してもらった仮眠室でお昼近くまで眠って再度集合した。



「皆さんお帰りなさい。


全員がご無事で何よりです」



そういって僕たちをねぎらったのは、生徒会副会長の氷川明依であった。



「けっ」

「「「ぺっ」」」



僕とエンペラビット三匹が揃って唾を吐くようなジェスチャーを見せる。


もちろん室内なので実際にはやらないが、気持ち的には本人にぶつけてやりたいくらいである。



「……歌丸連理、言いたいことがあるならハッキリ言いなさい」



若干額をかすかに痙攣させながらメガネ越しにこちらを睨んでくる氷川



「別に何でもないですよぉ~、学園一のスナイパ~


そっちこそなんか僕たちに言わなきゃいけないことあるんじゃないですかぁ~?」


「きゅきゅきゅ~?」

「ぎゅぎゅぎゅ~?」

「きゅるる~?」



「………………」



「氷川、無言で弓矢を番えるな」


「大丈夫ですよ、どうせエンペラビットには当たりませんし当てる気もありませんから」


「歌丸にも当てるな」



半ば強引に弓を奪う同じく副会長の来道先輩


まったく、何度も止められているのに本当に懲りないやつだなまったく。



「話が進まないから歌丸、エンペラビットたちをカードに入れておいてくれ」


「嫌です、これが僕の最後の砦なんですっ! こいつらがいないと、安心して氷川を煽れません!」


「そもそも煽るな」


「連理、副会長のいうこと聞きなさい」

「うっす」



べ、別に詩織さんに叱られたとかそういうわけじゃないんだからね!


ただここにはほかにも僕を守ってくれる人が多いと思ったからであって、全然怖いから従ったとかそういうわけじゃないんだから!


…………うん、我ながらキモい。



「まぁ、とりあえず犯罪組織との接触はこちらの予想の範囲内のことだ。


事前の連絡がなかったことで氷川に文句があるのなら、伝えなかった俺も同罪だ。


すまなかった」


「歌丸連理はともかく……ほかの皆さんには、危険な目に遭わせてしまってまことに申し訳ございませんでした」



おい、と文句を言いたいところだが、話がややこしくなるので黙ることにした。


決して詩織さんから睨まれたからではない。ないったらない。



「そして、迷宮で昨日お前たちが捕縛した生徒についてだが……全員死亡していた」



……え?



「あの、ちょっと待ってください、僕ら生け捕りにしてましたよ?


もしかして捕まってる間に迷宮生物モンスターに襲われてたんですか? 全員が?」



僕らは一度地上に戻ったが、安全な場所に来てすぐに来道先輩はシャチホコとワサビ、つまり僕らを襲った生徒を捕縛した位置を知っているエンペラビットを引き連れてもう一度迷宮に戻ったのだ。


てっきり、僕らが眠ってる間に全員捕まえたものだとばかり思っていた。



「いいや、全員“呪殺じゅさつ”されていた」


「……呪殺?」



耳なじみのない単語に思わず英里佳の方を見た。


英里佳は僕の視線に気づいて即座に説明してくれた。



「呪殺っていうのはウィザード系が行う殺害方法の一種だよ。


実行の方法は多々あるけど、共通しているのは時間制限があるか、特定条件下で発動するっていう発動直後じゃなくて時間を置いて発動する魔法であること。


呪殺用のチョーカーとかだったら、どんどん首が締まっていくみたいな感じかな。


犯罪組織が自分たちの存在を生徒会に知られないように口封じで仕掛けていたのかもしれない」



そう英里佳が語った情報になんだか背筋が寒くなった。



「今回の場合、肺の内側の血管が破裂するような仕掛けだな。


肺の中が血で満たされて満足に呼吸ができなくなり、全員生きたまま自分の血で“溺死”したような状態だ」


「……ここ、迷宮があるとはいえ学園だよ……?


いくらなんでも、やりすぎだよ……学生にやる仕打ちじゃない……」



僕がそうつぶやくと、来道先輩は否定した。



「実感はないだろうが、すべての迷宮学園は一国家にとって生命線だ。


そこからいかに資源と新技術を持ち帰られるかで国勢を大きく左右する。


世界中の資源が枯渇した状況で、独自の資源が乏しかった日本が今までのように平和に人が暮らせるのも迷宮学園があってこそ。


ここでの利権の獲得は、日本に戻ってもそのまま……いいや、下手をするとその何倍にも大きな価値となって今後の生活を左右する。


一生を決めかねない三年間……その重みの受け取り方は様々だが、命を懸けるやつはお前らも含めて少なくはないだろ」



そういわれると、思わず黙り込んでしまう。


迷宮攻略のために命を懸けるのは北学区所属なら当たり前って意識だった。


一方で人同士で命のやり取りをするのはどうなんだろうって思ってたけど、傍から見たら僕らも大きな違いはないのかもしれない。



「話を戻すぞ。


捕まえた連中は全員が死亡している。


それだけ相手が本気なら、ドライアド……ララの命を狙うことをそう簡単にあきらめるとは到底思えない」



来道先輩の言葉に、僕たちの視線は一人に集まった。


――苅澤紗々芽


なし崩し的に、あの場でララのパートナーに選ばれてしまった彼女は顔を青くしたまま肩を震わせていた。


その方に詩織さんが手を置いているが、一向におさまる気配はない。



「少なくともララの発言が公式で行われて認められるまであの場にいた全員があのアサシンの標的となりえる。


三上、榎並、そしてギリギリで日暮までなら対処はできるだろうが……歌丸と本命の苅澤じゃどうあがいても対処は不可能だ」


「……カ、カードを……ほかの人に渡すだけじゃダメなんですか?」



蒼い顔をしながら、恐る恐るララの入っているアドバンスカードを差し出す苅澤さん


そんな彼女を憐れむように、来道先輩は顔を横に振った。



「万が一カードが敵の手に渡れば、次に狙われるのはお前だ。


一度カードに入った迷宮生物は自分の意志で出てくることも可能だが、基本的にカードは迷宮生物が入っている状態では破壊不可能なオブジェクトとなる。


ララにとっての要塞を、自分の意志で手放すとも思えない。


しかし契約者なら迷宮生物の意志に関係なくそこから出せるんだ。


カードを渡してもララが出てこなければお前を狙うのは確実だ」


「そ、そんな……」


「そしてララを手放すような真似は生徒会として容認できない。


もしそんなことをするのなら、こちらも厳正な態度をもってお前を罰する。


その時は犯罪者として裁かれる程度は覚悟しろ」


「な…………!」



来道先輩から受けたその宣告に、そうでなくとも真っ青だった苅澤さんの顔が死人みたいに白く変わった。


そして口を微かに震わせながら、目に涙をためて声を絞り出す。



「な、なんで私ばっかり、そんなこと……そんな、なんで……!!」



その先はもう言葉にならずに、頭を抱えて泣き崩れてしまう。


詩織さんはそんな苅澤さんを抱きしめながら来道先輩を睨んだ。



「あの、もう少し優しくいってあげてもいいんじゃないですか」


「この場で事実を誤魔化して事態を軽視されることのほうが問題だ。


俺が気に入らないなら好きなだけ罵倒してもいいし、殴ってもらっても構わない。


だから事実はしっかり受け止めろ」



一切悪びれる様子もなく宣言する来道先輩


だが、決して先輩が間違えているわけではないので、詩織さんはそれ以上何も言わなかった。


場の空気が重くなっていく。


それを少しでも改善したかったのか、氷川が咳払いしながら話題を切り替える。



「ん、んんっ……まぁ、とにかくそういうわけだから皆さんには今日から寮に戻ってもらうのではなく、護衛を付けてこちらで用意した安全な場所でしばらく生活してもらうことになります」



「……皆さんというと……私たち五人全員ですか?」



「ええ、そうです。


信頼できる人を選んで護衛についてもらいますが、今日のところは来道先輩が引き続き護衛をしてもらいます」



そういわれて、自然と苅澤さん以外の視線が来道先輩に向かう。



「とりあえず全員集団で寮に言って、荷物を取りに行く。


その後で所定の場所に移動だ」







「とりあえず着替えと、あと勉強道具をアイテムストレージに入れて持っていきましょう」



寮の部屋に一時的に戻ってきた三上詩織と苅澤紗々芽はこれからしばらく部屋に戻ってこれないということで最低限の荷物をまとめていた。


もともと普段から身の回りの片づけはしっかりこなすので、大した時間はかからなかった。



「…………」




しかし同室の紗々芽の表情は暗く、普段自分が使うベッドに腰かけた状態で座っていた。


そして彼女の手にはドライアド・ララのアドバンスカードがあった。



「……どうして……私なの?」



カードに向かってそう問いかけるが、この状態ではララは何も答えることはできない。


そもそも現状のララは本体が巨大すぎてこのような場所で出すことも原則禁止されているので、迷宮から出て以降は一度も会話をしていない。



「紗々芽…………その、ララに悪気はなかったと思うの。


あの子、金瀬千歳さんのためにすごい一生懸命になっていたし……少なくともあなたを困らせようとかじゃないはずよ」


「だけど……私、このカードのせいで、私…………」



紗々芽の手に力が込められてカードがひしゃげるが、それだけだ。


カードはそれ以上いくら力を入れても変形しない。



「大丈夫よ、私が紗々芽のこと守るから」


「……歌丸君が、危ない時でも?」


「え……」



なぜそこで歌丸が引き合いに出されたのかと驚く詩織


一方で、紗々芽も自分が余計なことを言ってしまったのだと言葉にしてから気が付いた。



「……ごめん……今の、忘れて


それと……少しだけ……本当に少しだけでいいから、一人にして」


「…………わかったわ。


ちょっと待ってて」



詩織は部屋の窓をよく確認し、鍵が締まっていることを確認し、外に誰もいないことを見てからカーテンを閉め切った。



「部屋の前で待ってるから……五分くらいしたらノックするわね」


「……うん」



本音を言えば、もっと一人でいたかった。


だが、この状況下で一人でいる方が危ないと判断して、紗々芽は一人になった部屋で静かに涙を流すのであった。







――じゅぅぅぅぅぅーーーー!






むせかえるような熱気……


鼻の奥に突き刺さる香ばしい匂い……



――ごくり……!



無意識に出てくる唾を飲み込みながら、僕たちは長テーブルに並んでその中心に据えられた網を睨む。



「よし、それじゃあ今日は俺のおごりだ、好きなだけ食え」


「「ゴチになりまーす!」」

「い、いただきます」

「ありがとうございます」

「…………」



許可が出た瞬間、僕と戒斗が我先にと肉を狙う。



「ああ、これが上カルビ…………美味いッ!」

「ハラミ、ハツ、ハチノス……おぉ、ホルモンとか普段食う機会なかなかないんッスよねぇ!」



僕が高い部位を中心に攻めていく一方で、戒斗は何故かホルモン系を中心に攻めている。


まぁ、どっちにしても美味いからいいけどね!



「飯屋といえば西学区のほうが一番なんだが、こと焼肉に関しては俺は南が一番だと思ってるんだ。


なんたって牧場からの直売だし、熟成の研究もしてるからな。


しかも肉評論家も講師としてここにやってきて指導までしてくれるから下処理も丁寧にやってくれてるんだ」



そう言いながらホルモンを食べる来道先輩


一口食べてから炭酸飲料を飲んでオヤジ臭く「ぷはぁー!」と言っているが、気持ちはわかる。



「連理、肉ばっかり食ってないで野菜も食べなさいよ。ほら、こっち玉ねぎ焼けてるわよ」


「あ、うん、ありがと」



半ば強引に僕のさらに野菜を乗せてくる詩織さん


いやまぁ、別に玉ねぎ嫌いじゃないからいいけどね。



「…………」



「英里佳? それ焼けてるよ?」



一方、英里佳は網の上で焼かれている肉を見て困惑してる感じだった。



「その……焼肉って初めてで、どう食べていいのかわからなくて……」


「僕も実際に食べるのはすごい久しぶりだけど、好きに取ればいいんじゃないかな?


というか焦げちゃうからいただきますっ!」


「あ」



焼肉定食やきにくていしょく


あ、違った、弱肉強食じゃくにくきょうしょく



「たとえ相手が英里佳でも、こと焼肉となれば敵同士……!


いかにおいしい肉をたくさん食べられるか……ここは戦場なのだ!」


「戦場…………わかった、私も、頑張る」



そう言いながら袖をまくった英里佳


そして即座に火が通っている焼肉を見つけて、箸でかすめ取る。



「あっ!?」



その肉を育てていた戒斗が悲鳴をあげたが、構うものかと英里佳が口にハラミを放り込む。



「うく、あふい熱いっ…………あ、おいしい……!」



そうと分かるや否や、今までのペースが嘘のように英里佳は箸が進む。



「ぬぅ! 負けられないッス!」



一方で戒斗も何を考えたのか両手にそれぞれ箸を握り、並べられている肉を次々掬い上げていく。


り、両利き、だと……!?


前から思ってたけど、なんで戒斗ってこんな無駄に器用なんだ……!?



僕のそんな戦慄をよそに、戒斗はどんどん両手で網から肉を自分の皿へと乗せていく。


カルビにロース、タンにホルモン、とにかく目につく肉を奪っていく。



「させ、ないっ!」



英里佳も負けじとスピードアップ


ベルセルクとしての強化は今は施されていないが、それでも常人を優に上回る速度で肉を集めていく。


まさに二人で一進一退だが……



「その隙もらった!」



「「あぁ!」」



二人がけん制し合っている間に横から肉をかっさらう。


気分ははやぶさ


圧倒的な強者たちが、横から弱者に文字通り美味しいところを持っていかれる様を見て、そして肉を食べて二度美味しい!


網の上で繰り広げられる高速バトル


片腕ではあるが誰よりも早く動く英里佳と、英里佳を牽制しつつ的確に肉を集めていく戒斗、そしてその間に入り、網の中央で焼かれた肉をこっそり、それでいて堂々ともっていく僕



いま、三勢力が網の上でぶつかり合う。



となったところで三人して頭を叩かれた。



「行儀悪いから普通に食べなさい」



「「うっす」」

「……はい」



詩織さんに怒られてしまったので、おとなしく網の上でそれぞれ自分の陣地をそれとなく仕切って肉を焼いていく。


これぞ、彼の諸葛孔明で有名な天下三分の計か……!



「……お前ら、いつもこんな感じか?」


「い、いえ……前は一緒に食べることはあってもこんな風には…………騒がしくてすいません」


「いや、別にいいさ。にぎやかなのは嫌いじゃない。


寧ろ頼もしいくらいだ」



と、朗らかに笑っている来道先輩だが、この人ちゃっかり別の網で自分用の肉を焼いていた。


まぁ、六人もいるから別の網で焼きますよね、そりゃ。



「紗々芽も、はい」


「え……あ、うん……ありがとう」



肉と野菜が見栄えもいい感じの盛り付けられた皿を受け取る苅澤さん


相変わらず元気はないようだが、高い肉ということもあってちゃんと食べている。



「って、連理、野菜もちゃんと食べなさいって言ってるでしょ」


「食べてる食べてる」


「さっきから机の下にいるシャチホコたちに分けてるの丸わかりよ」


「バレた!?」

「きゅう」

「ぎゅう」

「きゅる」



ちなみにこいつら、来道先輩が頼んだサンチュの山盛りにかぶりついている。


一応肉も食えなくはないが、やっぱり野菜のほうが好きらしい。



「いいから野菜食べなさい!」


「くっ、い、嫌だ、高級肉をたくさん食べるんだ! 胃の容量を野菜の分も肉のために使うって決めたんだ!」


「……仕方ないわね。


じゃあ、とりあえず食後にこれを――」



そう言いながら、詩織さんがポケットから取り出しかけたケミカルグリーンなラベルの張られたゼリーパックを見て僕は戦慄した。



「飲んで…………ちょっと、いきなりどうしたのよ? 急に野菜ばっかり皿にとって」


「いやぁ、やっぱり野菜も美味しいなぁ!!」



とにかく野菜を食べた。


シャチホコたちは焼いた野菜が来なくなって悲し気に僕の足に縋り付いてきたが、今はもうそんなの気にしてられない。


あんな劇物青汁グゥレィトゥを飲むくらいなら、焼いた野菜で腹いっぱいになったほうがマシだ!



「お前ら本当ににぎやかだな……」



来道先輩はそう苦笑しつつも、美味しそうに野菜を食べるのであった。

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