第296話 シャチホコ、進化への道! ⑱Be The Best
先に動いたのは、鬼だった。
『はあああああああああ!!』
雄叫びと共に振るわれた魔剣は、無機質な天使の首を狙う。
対する天使は攻撃を避けようとはしない。
そして、その刃によってその身が傷つくことは無い。
「■■■■■■■■■■■■■■■■」
『舐めんなぁ!!』
天使から発せられた音に鬼――歌丸連理は怒りの形相でさらに剣を振るう。
そして、その目から更に出血がひどくなる。
「歌丸!」
その光景を見て、ナズナは悲鳴のような声で呼ぶ。
その時、天使の右腕が切り落とされる。
「え――」
その光景に思わず目を疑うナズナ
歌丸連理は、アタッカーではない。いつぞや銃音寛治が言ったように、サポーターに特化した存在だ。
そんな彼が、明らかに硬そうな天使の右腕を切り落としたのだ。
『そウカ、攻ゲき、にハ、こうつ、かかぅノか』
鼻からも出血させながら、ニヤついた表情で剣を振るう。
連理本人は何やら光明を見出したような感じだが、ナズナから――いや、誰の目から見ても今の状態は普通じゃない。
命を削って戦っていると言われても納得してしまうくらいに、異常だ。
「――あいつ、何やってんだ!」
そんな中、先ほどまで離れた位置にいた鬼龍院蓮山がこちらに気付いてやってきた。
■
――視界が何重にも重なる。
僕の攻撃は、このマネキンみたいな天使モドキには殆ど通じないようだ。
何度か鬼形の刃を当てているのだが、手ごたえからして半端なく硬い。
だけど……どうしたら切れるのかだけはすぐに分かった。
いや、何度もトライして理解したのだ。
先ほどまでは回避にしか使えなかったヴァイスとシュバルツのスキルだが、今では攻撃の際も使える。
そのスキルで奴の前身を攻撃した未来を見て、その中から有効打となるものを選び、それを続けて行く。
頭は痛いし、眼とか鼻から血が流れまくるが……今はそんなこと気にしてはいられなかった。
こいつ、さっきから稲生を狙っている。
わかっているのだろうか、もし僕が一人だったなら、とっくに逃げているってことを……?
――こいつは、異様だ。
今はこうして僕は一対一で戦えているし、攻撃だってダメージを与えられている。
にもかかわらず、こいつの存在が危険だと、僕と融合している二匹が訴えている。
本当だったら僕以上にこの場から逃げ出したいのに、母親だと思っている稲生を守るためにこうして僕に力を貸してくれているのだ。
その気持ちに応えたいところだが……それでもやっぱり、目の前のマネキン天使に勝てるイメージがまったく湧いてこない。
「歌丸、右だ!!」
『っ』
背後から聞こえてきた声に反応し、咄嗟に右に飛ぶ。
すると、氷の飛礫が天使に向かってぶつけられた。
『き龍、イン……!』
「おまっ――何やってんだ、さっさと下がれ!」
『だ、目だ……こイツ、さっキから、稲生ヲ狙って――ごほっ!』
急にむせたので咳き込むと、口から血があふれてきた。
自分でもいきなり吐血してしまって驚く。
――どうやら、今のこの状態で使うスキルは、僕の想定以上に体に負担がかかっていたらしい。
「いいから下がれ馬鹿! 死ぬぞ!!」
そう叫びながら鬼龍院がこちらに駆けつけようとして来る。
『
マネキン天使の頭上にある光る割っかから聞こえてくる音が、声として聞こえる。
そして、先ほど僕が与えた筈の傷が、一瞬にして修復された。
『――あ、っ』
頭痛がして、次の瞬間の光景が見えた。
あと一歩、鬼龍院が近づけば――
『シャチホコ、止メろ!!』
「きゅ!!」
攻撃の機会を伺っていたシャチホコは、僕の指示を聞いてすぐに動いてくれた。
「なにを」『来ルナ! こイつは、僕以外のヤツを確じツに殺す! お前がくると今よりズっと強クナる!!』
シャチホコの体当たりでよろけた鬼龍院が叫ぼうとしたが、僕が先に叫ぶ。
間違いない。
こいつの本来のポテンシャルは、今よりもずっと上だ。
戦う相手に合わせて実力が調整されるという仕組みなのか?
今こうして戦えているのは、僕だけが戦う相手だと認識しているからだ。
しかし、ここで鬼龍院が加われば、今の数倍は強くなって、僕も鬼龍院もまとめて蹂躙されて終わる。
『――ごほ』
軽く咳き込んだだけなのに、ビチャビチャと音が聞こえるほど血を吐いた。
ちょっと自分でも引く。
『はな、レロ! もっと、遠ク! じゃ、ないト、まけル!!』
返事も待たず、僕は鬼形を構え直し、少しでも稲生たちから距離を取るためにマネキンに向かって体当たりを当てる。
見た目よりは軽いようで、僕の体当たりでマネキン天使は数mは後方に行く。
かと思えば、その金属板の寄せ集めのような翼がうごめき、先ほど稲生に向けて放たれたものと同じ槍が射出される。
『遅い!!』
スキルを使うまでもなく、今の僕の身体能力なら捉えられる。
空中で掴んで、そのまま思い切り投げ返してやった。
とはいえ、相手も間抜けではないのでその翼を動かして槍を弾く。
『――あああああああああああああああああああああ!!』
自分を鼓舞する意味をこめて雄たけびをあげて再び切りかかる。
その一報で冷静に相手を観察してわかったことだが……この人型、というかマネキン部分を攻撃しても意味が無い。
つい先ほど切り落としたはずの上でが、鬼龍院を攻撃しようとした時に修復されてるし、全身の鬼形で付けた傷だってなくなっている。
翼は、硬すぎて攻撃が弾かれる。
つまり、この二つはいくら攻撃しても天使モドキを倒すには至らない。
ならば、どこを狙うべきか?
そんなのは決まっている。
そう思って、僕は動作だけマネキンの首を狙う振りをして、瞬時に狙いを変えた。
ガンと、音が聞こえ、手には硬質な手応えが帰ってくる。
『やっぱり、そこがお前の弱点か!!』
僕が狙ってのは、マネキンの頭上に輝く光の輪っかだ。
そこを狙った途端に、今までよりも遥かに天使モドキは素早い防御を行った。
こちらの攻撃を受ければ容易にカウンターできたのに、わざわざ攻撃手段である翼を動かしたのが何よりの証拠だ。
『――シャチホコ!!』
「きゅきゅう!!」
僕の声に、待ってましたと言わんばかりにシャチホコが動く。
その額に物理無効スキルの光を灯らせ、光の輪を狙う。
『
天使モドキがシャチホコを認識したが、何やら意味の分からないことを言っている。
しかし、鬼龍院と違ってシャチホコが戦線に加わっても強くならないことが分かれば儲けもんだ。
『はぁあああああああああ!!』
「きゅうぅぅぅぅぅぅううう!!」
コイツを
■
文字通り、血を吐き散らしながら戦う歌丸連理
あの天使モドキからの攻撃は奇跡的に回避していてかすり傷が精々だが、先ほどから口や鼻、目、さらには耳からも出血が止まらない。
「なん、なんだあれは……」
あまりにおぞましい光景に、鬼龍院は恐怖を覚える。
最初は助けようと思ったが、つい先ほど、鬼龍院は実感した。
迂闊に自分が攻撃すれば、確実に殺される、と。
理屈ではない。
自分の中にある、魔法という力そのものが、あの存在には勝てないと自分に警告を発したのだ。
何がどうしてそうなるのかわからないのに、迂闊に攻撃すれば死ぬと、あまりに不条理な実感が蓮山の焦燥感を駆り立てる。
「ちく、しょう……!」
そんな自分のありように、怒りを禁じえない。
また自分は、助けられた。
あの、誰よりも弱いはずの、一番気に食わない男に。
「――下がるぞ」
「なっ……蓮山くん、どうし」「お前もわかってるだろ!」
手を引いて下がろうとしたが、ナズナが抵抗する。それに対し、蓮山は感情を抑えられずに叫ぶ。
「俺たちは邪魔だ! あの天使は、俺たちが居ると余計に強くなる!」
「それは、どういうこと……?」
鬼龍院と違って、ナズナはその感覚がわからなかったのだろう。
そして頭の回転の速い鬼龍院は、理解した。
「あの天使は、おそらく戦う相手の学生証――ステータスに応じて戦闘力を高める。
今は歌丸だけが相手だからあの程度で済んでるが、俺が迂闊に攻撃を仕掛ければその分余計に強くなるはずだ」
「そんな……」
「とにかく、今は離れろ! 俺たちがここにいれば、あいつの足を引っ張る!」
「でも、それじゃ……それじゃあ歌丸は……!」
――誰が助けてくれるの?
その言葉は出なかった。
蓮山の唇からは血が出ている。歯を食いしばり過ぎて、唇が切れていることに気が付いていない。
『――がは』
しかし、離れる直前に、稲生は見た。
見てしまった。
子兎との融合が解除された連理が、膝をつく姿を。
■
『はぁあああああ!』
「きゅきゅうう!!」
天使モドキはシャチホコを警戒し、此方への攻撃の手が弱まる。
よし、行ける、ここだ!!
視界が何重にも重なり、その中から有効的な攻撃ができるものを選ぶ。
そして、見た。
この天使の輪を破壊できる光景を。
――
そう確信し、僕は鬼形を振るおうとした――その直後、視界が真っ暗になる。
「きょぽ!?」
「きゅぷ!?」
強烈な頭痛と共に、視界が一瞬真っ暗になって力が抜けて、思わずその場で膝をつく。
待て、待て待て待て……! まだ三十分経ってないぞ!
僕が最初にヴァイスと融合してからまだ一五分程度出し、シュヴァルツと融合してからは十分程度……半分も経ってないが、二体同時の融合だからか、もしくは――
「――ぅ、ぉおぇええ……!!」
強烈な吐き気に耐え切れずにその場で嘔吐する。
出血は少ないし、毒を盛られたわけではないが……吐き気が止まらない。
これ……スキルの、副作用だ。
頭を酷使するスキルだと思ったが……体が、言うことを利かない。
立って、戦わなくちゃいけないのに、足に力が入らない。
握っていたはずの鬼形が手彼零れ落ちるが、体が完全に倒れないように支えるのに精いっぱいで、拾えない……!
『
「勝手な、ことをぉ……!」
頭痛が止まらないが、少しずつ、手足に力が入るようになった。
もう少し、もう少し時間が経てば……!
「
「っ!」
天使モドキが翼を広げ、僕に迫る。
まずい、まだ動けない……!
「きゅきゅう!!」
シャチホコが素早く、天使の輪を狙って攻撃を繰り出す。
だが、駄目だ……
「きゅ!?」
シャチホコの額から、物理無効スキルの光が消えた。
ああ、くそ……あのスキル、魔力も使うのか。
シャチホコ単体の魔力は多くなく、僕の普段あんまり使わない魔力を使っていたのだが……それが尽きた。
そんなシャチホコの攻撃は、天使モドキには通じない。
光の輪っかに体当たりが当たるようになったが、何にも反応を示さないのだ。
そしてシャチホコの攻撃は完全に脅威じゃないと判断したのか、光の輪を守りながら天使モドキは僕に接近する。
まずい、まずいまずいまずい……!
まだ動けない。
身体が不自由になったわけじゃない。ただ、頭が、脳が、体を動かすという信号を届かせられてない。
身体に力はまだ残っているのに、動けない。
『――
「あ……?」
この天使モドキ、何を言ってるんだ?
そう思った直後、僕の朦朧とする意識の中で、誰かが近づいて来る気配を感じた。
「お願い、力を貸して!!」
「きゅぷ!」「きゅぽ!」
猛烈に、嫌な予感がした。
だが、それが何なのかを確認するより先に、その事実が視界に入ってくる。
『はぁぁあああああああああああああああああああ!!』
黒と白の、左右で色の違う兎耳を生やした稲生が、天使モドキに向かって飛び蹴りを放つ。
「な、にぉ……逃げろ、馬鹿……!」
『どっちが馬鹿よ!! あんた何にもわかってない――デ、しょ!!』
稲生の表情が一瞬曇り、そしてまるで初めから知っていたかのように天使モドキの翼から放たれる鋼鉄の刃を回避して見せた。
間違いない、さっきまでの僕と同じスキルを使っている……!
『私がなんとかスる、から、逃ゲて!!』
そう叫ぶ稲生の眼から、血が流れる。
「やめ――っ!」
叫ぼうとしたが、その前に体が引っ張られる。
なんだと思ったが、体が浮いて、後方に転がされる。
咄嗟に鬼形を掴んで膂力を高め、踏ん張ろうとしたが、それでも耐え切れずに僕は床を転がっていく。
「おい、立てるか!」
「鬼龍院……!」
引っ張られる力が消えたかと思うと、息を切らした鬼龍院が傍にいた。
重力魔法で、引っ張ったのか?
「逃げるぞ!」
「待て、稲生が――」
「わかってるよそんなこと! だが、逃げる以外に今は最善策がねぇんだよ!!」
鬼龍院が血を吐くように叫ぶ。
――そんなこと、わかってる。
天使モドキを、僕たちは倒せない。
稲生は、少なく見積もっても十分はあの天使モドキを相手に戦えるだろが、それだけだ。
あの天使モドキの弱点である光の輪への攻撃は、ヴァイスとシュバルツの二匹と融合したところで容易ではなかった。
まして、稲生に攻撃手段があるわけじゃない。
「でも、このままじゃ稲生が――」
言葉の途中で、鬼龍院が僕の胸倉を掴む。
「お前を助けるために、犠牲になろうとしてんだよ!! あいつの覚悟、無駄にすんじゃねぇ!!!!」
間近で叫ばれたその言葉に、血の気がどんどんと引いていく。
犠牲になる。誰が?
――稲生が
犠牲になる。誰のために?
――僕のために
「なんとかできるなら、してみろよ! いつもみたいに、なんとかできるって言うのなら!!」
「そ、れは」
「ここにはお前だけだぞ! 榎並も三上も苅澤も、日暮だっていないぞ!!
それでもなんとかできるって言うならやって見せろよ!! なんとかして見せろよ今すぐ!!」
「僕は」
「仲間がいないと何にもできないって言うなら、だったら、俺の仲間の犠牲を無駄にしようとするな! 逃げろ!!
それが今お前にできる最善策だろうが! 違うのかよ、おい!!!!」
「でも」
「でもじゃねぇ!! 勝機が無いのなら大人しく――ぶほぉ!?」
「鬼龍院!?」
僕を殴ろうした鬼龍院が唐突に倒れた。
「き、きゅきゅきゅきゅうう!!」
見れば、いつの間にかこちらにやってきたシャチホコが大層立腹した様子でそこにいた。
「きゅ、きゅきゅ――きゅうきゅきゅうう!!」
「……え」
蹴り飛ばした鬼龍院に目もくれず、シャチホコは僕の目を見て何かを訴えかけている。
「きゅう!」
『いって!』
声がした。
その時、兎語スキルというエンペラビットとのコミュニケーションのために修得したスキルが今、発動しているのだと理解した。
しかし、今までシャチホコは幼すぎてうまく言葉を発せなかったはずだが……
「きゅう、きゅきゅきゅう!」
『ウタマル、どうしたい!』
「僕は……」
「きゅう?」
『かちたいの?』
「きゅきゅう?」
『いきたいの?』
「きゅっきゅっきゅう」
『たすけたいの?』
その問いに、僕は思ったままのことを口にする。
「全部だ」
「勝ちたい」
「生きたい」
「助けたい」
「だから――」
そうだ、どうすればいいのか、どうしたいのか――答えはわかり切っている。
一人でできることなんて、たかが知れているのだ。
それは今も、そしてこれからも変わらない。
だったら、だったら僕が求めることはただ一つ。
「仲間が欲しい!!」
『わかった』
光が、全てを飲むこむ。
そうと錯覚するほど、強い光が発生した。
「――じゃあ、わたしが、たすけてあげる」
「え……!?」
「な……!」
そして光が収まった光景に、僕も鬼龍院も目を剥く。
「わたしが、ウタマル、たすける」
「……お前……まさか」
そこにいたのは、小さな女の子だった。
――英里佳とシャチホコが融合したときの姿
それを髪を真っ白にして幼くしたような、可愛らしい女の子が、そこにいたのだ。
「わたし、ウタマル、なかま!!」
そして、この女の子の正体が何なのか、もはや語るまでもなかった。
――シャチホコが、人間になった。
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