第297話 シャチホコ、進化への道! ⑲蹴った、勝った、やった!



『あ、ァ……!』



強烈な頭痛に、稲生薺は意識が朦朧とする。


できるだけ攻撃はせず、時間を稼ぐために回避に徹している。


それでも回避しきれない場合は、時折発動する視界が何重にも重なるスキルが発動することで事なきを得るが、そのスキルが発動するたびに頭痛で意識がもうろうとする。


現在、ナズナは歌丸の範囲共有ワンフォーオールの効果で、超呼吸、万全筋肉、意識覚醒の三つであり、そのおかげでいまだに気絶はしないが、それでも体が重く感じるほどに意識が定まらなくなってきた。



(あイつ、こンナ状態でずっト戦っテタの…………?)



先ほどまで、果敢に自分が今退治している天使と戦っていた歌丸連理のことを思い出し、素直に驚嘆する。


能力値だけを見れば、おそらく自分より低いはずの彼は、少なくとも攻撃をしていた。


鬼形という魔剣の補助はあったとしても、それが自分にはそれができる自信はない。



『■■■■■■■■■■■■』



天使が何らかの意味の分からない音を発する。


何か攻撃がくると、身構えたナズナだが――その直後に、体から力が抜けた。



「――え」


「きゅぽ!?」

「きょぷぅ!?」



融合していた二匹が空だから飛び出てきたのだ。



「な、んで――!?」



融合の解除がいくら何でも早すぎる。まだ五分も経過していないはずだと思ったが――



「まさか、クールタイム不足……!?」



そういえばと、自分はすでにシュバルツと一度融合し、それが強制的に解除されたばかりだったのを思い出す。


本来は使えないはずだったが、気合でどうにか発動したのだろう。とはいえ、そんな無理が長続きする通りなど当然ない。


先ほどの歌丸同様に立ち上がろうにも力が入らず、動けなくなってしまう。



「きゅぷ、きゅうぷぷぷ!!」

「きょっぽきゅぽきゅっぽお!!」



二匹の子兎が必死に自分をおこそうとしてくれるのだが、ナズナはそれでも動けなかった。



「にげ、て……!」



辛うじて絞りだしたその言葉。


そして視界の端で、天使のマネキンのような無機質な足が迫ってくるのが見えた。



「くっ……!」



せめてこの子たちだけでもと、咄嗟に自分を引っ張る二匹を守るように覆いかぶさる。



『■■■■■■』



天使が発する音が傍で聞こえる。


死が、すぐそこまで迫っている。



『■■■■■――!?』



そう実感した直後のことだ。


音が止み、まるで息を呑むような微かな息遣いらしき音がして、驚きの感情が耳に入る。


遅れて、何か小さな足音がして、見上げる。


するとそこには、本来この学園にはいないはずの、小学生くらいの小柄な女の子のいた。


さきほどまでそこにいたはずの天使は、なにやら距離を取っている。




「……え……」



状況が分からず混乱するナズナだが、その直後にすぐに自分の傍らに体温を感じる。



「稲生、立てるか!」


「歌丸……どうして……?」


「いいから、動けるか?」


「……ごめん、まだ、無理」


「わかった――鬼龍院!」


「――俺に命令するな!」



そんな言葉が聞こえた直後、自分の身体が後方に引っ張られるのを感じたナズナ


自分が下に隠していて子兎たちもびっくりした様子でこちらを見ていたが……



「お前たちも、一旦戻って休め」


「きゅぽ」「きゅぷ」



そちらもすぐに歌丸がアドバンスカードにて回収し、そして自分は背後から誰かが受け止めてくれたのを感じた。



「大丈夫か、稲生」


「蓮山……くん……一体、何が……?」


「……また、あいつの力に頼るしかなくなった」



そう、悔しそうに語る蓮山の言葉に促され、少し遠く離れた歌丸の背中を見る稲生。


当の歌丸はその手に鬼形の刀を握り締め、先ほど、おそらく自分を助けたであろう幼い女の子に並び立つ。



「ウタマル」


「ああ」


「じゃま、だから、さがって」


「ああ…………え?」


「じゃま」


「あ、はい」



と思ったが、短いやり取りですぐに三歩下がった。





自分の相棒にいきなり心を傷つけられた。



「シャチホコ、どうするつもりだ?


あの天使、お前の攻撃全然効いてなかっただろ」


「いま、できる」



今の姿は、英里佳に凄いそっくりだけど……何か特別な力があるのか?


稲生を助けるためにその辺り確認してる暇はなかったけど……だが、やはりあいつを一人で倒すのは無理だろ。



「……わかった、信じる。僕はどうすればいい?」


「じゃま」


「………………」


「じゃま」


「なんで二回言った!?」


「ウタマル、おとなしく、させる、はっきり、なんどもいう。


ササメ、やってる」



そっかー、紗々芽さんの影響かー……そうだね、紗々芽さん、普段は優しいんだけどいつもここぞってところは凄く厳しいもんね。言葉も選ばないし。



■■■■■ERROR■■■■■ERROR


■■■■■■■■■■■■■■■■■汚染濃度:0、脅威度は87%、ERRORERROR



それはそうと、なんかあの天使モドキ、凄いバグってる。


動きを止め、何やらシャチホコの様子を見て凄く混乱してるようだが……



「ウタマル、カード、そうさ」


「え、カードって……アドバンスカードか?」



今丁度子兎二匹を回収したばかりで手に持っている。


どういうことかと思ってカードを確認し……目を疑った。



「え……なにこれ?」



シャチホコ:ヴィーナスドウター


メイン:榎並英里佳

サブ :未設定

選択可能

・三上詩織

・苅澤紗々芽

・神吉千早妃

・稲生薺



“ヴィーナスドウター”というのが種族名なのだろうが……このメインとサブってので並んでるみんなの名前何?


英里佳たちはまだわかるけど……千早妃や稲生の名前があるのはなんで?


そんな疑問を抱いたが、ヴィーナスドウターの説明欄にその理由らしきものが書いてあった。


・ヴィーナスドウター

――愛の守護者、恋人たちの想いを引き継ぐ者。

――対象:歌丸連理に懸想する異性の容姿、能力を模倣する。



…………なんか、とんでもないことが書かれている気がする。


……えっと……うん……まぁ、薄々わかっていたけど、ここに名前があるってことは……え……つまり、え……そういうことで――――いやいやいやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃない!!



「――この設定、シャチホコは自分の意志で操作できないのか?」


「サブは、むり」


「そうか、わかった――じゃあ」



メイン:榎並英里佳

サブ :三上詩織


仕組みはよくわからないが、少なくとも絶対に外れない鉄板の組み合わせはわかる。


我らチーム天守閣が誇る二大巨頭アタッカーを選択。


シャチホコの姿に変化はないが、その手に何やらクリアブリザードを模した玩具みたいにデフォルメした剣が現れた。



「やる」



そう短く言って、踏み出したシャチホコ


踏み出したその動きは、英里佳を彷彿とさせるが、手に持ったその剣を振る動作は、詩織さんを連想させる。


天使モドキはその接近に反応し、確かな回避行動を取った。


さきほど、兎の姿のシャチホコの素の攻撃には見向きもしなかったのに、だ。


つまり、今のシャチホコの攻撃を、あの天使は明確な脅威として認識しているということだ。



「ふきゅぅ!!」



兎だった時の名残なのか、鳴き声みたいな気合の一声と共に振り回す剣


見た目通り、クリアブリザードの能力まで模倣しているのか、剣の軌跡が冷気によって空気中の水分が一瞬凍って光を反射して輝いて見える。


しかし、奴の鉄の翼を切り裂くことは、流石に厳しいようだ。


天使の頭上の輪っかを狙うと、これまた素早く防御してしまう。


というか、今更だけどやっぱりあのマネキン部分って単なる飾りか?


ついさっき、シュバルツのスキル駆使してその右腕切り落としたけど、完全に無駄だったか……



■■■■■■■■■脅威度更新、更新


■■■■■■■■■対象を排除のため、汚染濃度:25%と仮認定


「っ――シャチホコ、気をつけろ、何かしてくるぞ!!」



一体何が、と思ったら、マネキン部分の僕が切り落とした部分が再生され、その両手をシャチホコに向けた。


そしてそれぞれの手から火炎を発射する。


あれ、そんな機能があったの!?


などと驚いているうちに、シャチホコは軽やかな動き回避し、壁や天井を蹴って文字通り三次元軌道で天使モドキを翻弄する。



「ウタマル、つぎ、きめる、め、えらんで!」


「え、め……目? え、なに、目?」



シャチホコからのそんな言葉に戸惑う。


目を……選ぶ? って……そんなこと言われて唯一該当するのなんて……



――神吉千早妃



手元のアドバンスカードに記載されたその名前しか、すぐに思い当たる者がない。



「ええい、儘よ!」



あの天使、このまま放っておくとさらに強くなるっぽいので、アドバンスカードを操作する。



メイン:榎並英里佳

サブ :神吉千早妃



そして、操作しながらシャチホコの意図が分かった。


本人同士だと誰がどう考えて地雷臭しかしないが……すくなくとも今のこの状況でのこの組み合わせは最適解だ。


詩織さんから千早妃にサブを変更させると、シャチホコの手にあった剣が消える。


しかし、明確にシャチホコの動きが変わる。


――先ほどまでの僕は、シュバルツの能力で自分に取って都合のいい未来を、ヴァイスの能力を通すことで取捨選択していた。


あの天使が言うところの、因果干渉という奴だろうか。


一方の千早妃の能力は、未来予知


相手がどう動くのか事前に察知することができるこの能力は、おそらく僕が使えたところで動きが追い付かず、あの天使モドキには通用しなかっただろう。


しかし、それを察知した上で対応できる身体能力があれば話は別だ。



「きゅふぅうううううううううう!!」



先ほどまでと違って動きが格段に良くなったシャチホコは、天使モドキが放つ火炎や、羽から飛ばされる槍やら針やらを完全に回避し、さらに接近


一瞬真下を股抜けして背後に回り込んだかと思えば、そのまま飛びあがる。



■■排除



天使モドキはそれまで読んでいたのか、羽の形が剣山のようになってシャチホコの身体を突き刺す。



「シャチホコ――――ッ!?」



思わず叫んだ僕だったが……結果的に、それは杞憂に終わった。


後ろに回り込んでいたはずのシャチホコが、なんと天使モドキの足元にまだいたのだ。



二兎ヲ追ウミラーステップ



分身を作り出すスキル。


それを使って、天使モドキのあの鉄壁の防御を誘導したのだ。


そしてその場で再び飛び上がったシャチホコは、がら空きとなった天使の輪っかと同じ高さにて、腰を捻る。



危機一発クリティカルブレイク



その小さな身体から放たれた一蹴が、天使モドキの輪っかを破壊した。





「っ――この気配……まさか」


「……ああ、どうやら、終わったようだな」



自分たちの天敵が消えたという事実を感覚的に察知した会津清松と、来道黒鵜



『…………』



一方、黒いシルエットは動きを止め、何やら天井を見上げていた。



「よぅよぅ、どうしたんだよ?


お前の奥の手、歌丸のヤツがどうにかしちまったみたいだけど……まだなんか切り札があるならさっさとやってみたらどうだ?」



清松はそう挑発の体を取りつつ相手の出方を伺うが、シルエットは特に興味を示さず、静かに頷く。



『……なるほど、ようやく理解した』


「……なにをだ?」


『歌丸連理の、存在価値だ。


あれは、どう考えても単独の器としては不適合だ。


にもかかわらず、あれほど求める理由が不可解だった。


――しかし、今まさに、証明されたぞ』



その声は、歓喜に震えていることがわかった。



『――奴の力があれば、貴様らのような邪神の汚染などされない、完璧な器が用意できる。


この汚らわしい“竜殺しの器”などとは比較にならない、遥かに優れた最高の器がな!!!!』



その言葉に、来道黒鵜は瞠目する。



「竜殺し……器……っ、まさかとは思ったが、やはり、お前――!」


『あれを育んだこと、褒めて使わすぞ人間


今しばらくは、まだ預けておくとしよう。


こちらも相応の素材を用意しておかなければ――それこそがあのお方に相応しい』


「――何を勝手に、終わらせてんだよ!!」



清松がその手に大剣握り、シルエットに切りかかる。


対するシルエットはそれを剣で一瞬受け止め、回避して距離を取った。


つい先ほどまでなら明確な敵意を向けてきたはずだが、シルエットは清松のことを気にせず興奮気味に手を掲げる。



『やはり我らが神は全能だ!


すべてはこのため! 歌丸連理の力を肉体から引き剥がしたことも、残った肉体にこの力を生み出させることだったのだ!


ああ、これでこそ、我らの悲願が叶う!!』


「何を言ってんだよテメェは!」



来道が追撃を行うが、それらが悉く回避される。


かと思えば、その姿が完全に消え去り、黒鵜も清松も見失う。


周囲を見回しても、姿は見えず、しかしその声だけはちゃんと聞こえていた。



『――ああ、そういえば貴様らは我々のことを犯罪組織と呼んでいたのだな。


盗人猛々しいにもほどがある……我らを“ディー”と呼ぶことを許そう』



「ディー……?」



『ふはははははははは!


邪神よ! 見ているか! やはり我らの神は完全だ!


いずれ貴様を殺す剣を携え、必ず貴様を屠りに来る!


それまで精々足掻くがいい!!


はははははははははははははははははははは!!!!』



その高笑いはいずれ聞こえなくなり、その場から完全にいなくなったのだと二人は理解した。



「……一体、なんだったんだあれは?」


「わからない。わからないが……」



戦いは終わった。


それを実感しつつ、どうにも拭えない不安が二人の内心に刻み込まれる。



「どうやら、犯罪組織――いや、“ディー”は単なる犯罪者の集まりだという認識は改めた方が良さそうだ」



まだ何も終わってない。


ただその事実だけはしっかりと認識できたのだった。

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