第280話 シャチホコ、進化への道! ②絶命の転生者

南学区の植木彌先輩を筆頭に、明らかにヒョロヒョロな東学区の人たちを連れて迷宮に挑む。



「はぁ、はぁ、はぁ……!」

「ふぅ、ふぅ!」



ただ迷宮を歩いているだけなのだが、先ほどから息切れが激しい。


森林エリアの安全地帯から出発しており、このまま下へ下へと向かっていく。


ちなみに今回の護衛対象の中にはまだニ十層に到達してない人もいるので、エンペラビットの集落に到着後はニ十層に向かうこととなっている。


……体力もつのか、本当に?


一応ペースは気をつけているつもりだし、ペース管理をしてる鬼龍院からも何も言ってないので問題はないはずだ。


順番としてはナビが出来る僕とシャチホコが、戦闘を歩き、すぐ近くにユキムラと、それに乗った稲生がいる。


更にその後ろに萩原くんがいて、次にこのグループの瞬間最大火力が出せる麗奈さん


続くのが今回の護衛対象である南と東の上級生グループ


背後にはカバー力に優れた鬼龍院と、背後からの襲撃でも完全に対応可能な壁くん


進む方向に敵がいないののはシャチホコとユキムラのおかげで分かり切っているので、背後の守りに重点を置いた形である。


だから安心して進めるし、ペースも決して上げてないので疲れるのは早すぎる。やはり普段から運動しないと人間駄目なんだな。



「エンペラビットの、実物が……!」

「マーナガルム……先輩方の血と汗と涙の結晶が……私の目の前に……!」

「ぐへへへへへへっ……」


「きゅっ!?」

「BWO!?」



違う、こいつらシャチホコたち見て興奮してるだけだ。


いやまぁ、確かにこの二匹世界的に見ても貴重な存在であるとは知ってたけど……そんな興奮気味に血走った目を向けられたら可哀想すぎるでしょ……どっちもまだ赤ちゃんくらい幼いんだから……



「あの、植木先輩、シャチホコたちが落ち着かないのであの視線止めてもらえませんか?」


「あれでもかなり自重してるのよ。


二匹とも繊細だから、絶対にいつもみたいな調子で近づかないようにって」


「あれでブレーキかけてるとか普段どんだけ危ないんですか?」


「んー……ゴブリン相手でも舐めようとするくらいには迷宮生物のことが好きよ」


「最悪じゃないか」



ゴブリンって、この上層でも出てくる奴でしょ。


この辺り森林エリアに出てくる奴とか体臭がえぐいんだよね……どっちにしてもあんな緑色の肌の奴を舐めるとかすごい嫌だ。



「KUuuuuuuun……」



「ユキムラ、大丈夫だよ、私がそんなこと絶対にさせないから……!」



稲生が励ましているが効果が薄い。


あの勇ましいユキムラが尻尾を内股に引っ込めるほどテンション下げている。



「きゅきゅきゅ……」



シャチホコも頭の上で小刻みに震えている。


そして気のせいか手足に力が込められた。


この場から動かないことで奴らとの接触を避けようとしているのだろう。



「この調子じゃ集落についてもみんなが出てきてくれるか不安なんですけど……」


「そこは……まぁ、自重させましょう。


いざとなったら鬼龍院くんには拘束してもらうように既に頼んでるしあいつらにも念書してもらってるから大丈夫よ」


「そんなことまでさせてる時点で大丈夫な集団ではないですよね、この人たち?」



僕の言葉に「あはは」と苦笑いする植木先輩



「というか、植木先輩この人たちと普段から交流あるんですか? なんかかなり気安い感じですけど」


「まぁね。私南学区の生徒会所属だけど研究職だから、東学区にも頻繁に顔出すのよ。というか東学区にも籍置いてたことあったし」



なるほど……西で制服の性能を一般的な服に再現してた白木先輩と同じタイプの人か。



「それにしても……歌丸くん、ここ最近で大分印象変わったわね」


「え、なんですか急に?」


「最初に会ったときって、ほら、ラーメン食べた時でしょ?


その時から大分私の中で歌丸くんの印象変わったのよ」


「変わったって言ってもまだそんな時間経ってないですよね?」



確か椿咲が学園に来る前だから、まだ一月ちょいくらいしか経過してないはずだが……



「なんていうか、前から無茶する子なんだなって印象はあったんだけど、体育祭とかでかなり色々と大暴れしてたでしょ?


でもちゃんと君なりに理由と根拠あってのことなんだなって思って……正直凄いと思った。同年代でこんなに真剣に頑張ってる人がいるんだなって」


「いや、僕なんて全然……できることが少なくて、周りに置いてかれないように必死なだけですよ」



結局、僕個人の能力って全然高くない。


持っている能力も、他の人たちを補助するばかりで素の能力が高くない僕じゃ、僕自身の能力も生かし切れてないわけだし。



「そんなことないわよ。あなたがしたことは本当に立派だし、凄いカッコいいと思うわ。


あーあ、君が同学年だったら、もっと早く出会えたのになぁ~」


「え、ちょ」



植木先輩は距離を詰めてきて、何故か俺の腕に絡んできた。


急な接近に驚いていると、その間にさらに距離が近く、ほぼ密着した状態になる。



「ねぇ、今からでも、私ともっと仲良くなりたくない?」


「ちょ、え、あの……それ、どういう意味です……か?」


「ふふっ……知りたいなら、今度二人っきりで」「ごほんっ!」「あら?」



強引に俺と植木先輩の間にユキムラが鼻を突っ込んできて強制的に引き離される。



「あらあら、ユキムラったら急にどうしたの、まったく困ったさんね」


「……WOW」



ユキムラの上に乗っていた稲生が、ニコニコとした表情でいるのだが……なんか威圧感半端ない。



「ちょっと、ナズナちゃん、急に何よ?」


「何がですか?」


「何って、私今歌丸くんと」「何ですか?」


「あの、だから」「何がですか?」


「ナズナちゃ」「何がですか?」


「…………何でもないわ」


「そうですか。


まったく、駄目よユキムラ、いくら歌丸が名付け親だからってそんな急にすり寄ったりしたら~!


も~! めー、でしょ、めー!」



と、口では注意しているのだが、ユキムラの頭の撫で方が凄い褒めてる感じの稲生


当のユキムラは、狼で表情よくわからないけど、なんか複雑そうな表情っぽい気がする。



「――歌丸」


「あ、はい」


「あんまりだらしないと英里佳たちに言いつけるわよ」


「はいすいません」



笑顔だけは凄いのに、背後に般若が見えるのはなんでだろう。



「あの三人いないならいけると思ったんだけどなぁ……」


「――先輩?」


「あ、いえ、なんでもないです。はい、なんでも」



なんだろう、この森林エリアって湿気が多くて蒸し暑いくらいなのに、寒くなった気がする。


――そんなトラブルがありつつも、ようやく目的の場所に着いた。


最初に来た時は樹の洞からのスライダー形式だったが、今回に普通に小さい洞窟を通る形式のようだ。



「この先にエンペラビットが!」

「お、俺が先に!」「いや、僕が!」「「「私こそがぁ!!」」」



人一人がギリギリ通れるくらいの洞に殺到しようとする息の荒い研究者集団。


もう不審者の集団にしか見えない。



「――アースバインド」


「「「「ぐぉおおおおおおおおお!?」」」」



鬼龍院の魔法によって動きを封じられた。本当に容赦ないな。



「エンペラビットは臆病な性格なんだから、いきなり行ったらみんな怖がるでしょ。


……歌丸くん、悪いけど先に行って例の長老のエンペラビットに事情を話して来てもらえないかしら?」


「わかりました」


「気をつけなさいよ」


「大丈夫だって、この先にはエンペラビットしかいないし」


「でもあんたってエンペラビットにも襲い掛かられた経歴あるじゃない、二回も」


「いや、そんなもう面識あるんだから襲われるわけがないってば」



稲生から何とも不本意な心配をかけられつつ、僕はシャチホコと一緒に洞の中を通ってエンペラビットたちの集落へと向かって……



「きゅぼぼぼぼぼ!!」

「きゅぷぷぷぷう!!」


「がぽっふ!?」

「きゅぅう!?」



二匹のエンペラビットに襲われた。





「すまないウタ、つい先日生まれたばかりの赤子で、ウタのことを知らなかったのだ」



と、長老は僕にどうしてエンペラビットが僕を攻撃してきたのか事情を説明してくれたが、僕はその内容に別方向でショックを受けた。



「……エンペラビットの赤子に負けた」


「きゅっぽっぽ」

「きゅぷぷぷぅ」



僕の両肩に乗って満足げに鳴く二匹


長老が到着する前にシャチホコより一回り小さいエンペラビット二匹に乗られて倒れた僕


シャチホコはシャチホコで、自分より幼いエンペラビットを見てどう対応すべきか悩んでいて動けなかったらしい。


まぁ、今まで周りには年上しかいなかったから年下への対応が分からなかったのだろうな。あと、こっちの攻撃はまったく当たらないけど正直ダメージとか殆どなかったから危機感もなかったのだろうな。


僕が倒れたのだって痛みじゃなくて足に体当たりされて倒れたのだ。


……でも、正直もう僕自身負けたとしか思えない。完全に良いようにされた。


シャチホコたち相手にスパーリングで少しくらい避けたり防御できたりしたけど……二匹になっただけでこんなに難易度エグくなるの?



「きゅきゅ、きゅきゅ!!」


「きゅぽぽ!」

「きゅっぷぅぷぅ!」



そしてシャチホコは僕の頭の上で幼い二匹に向かって怒鳴っているようだが……僕の頭と両肩で喧嘩しないで欲しい。マジでうるさい。


まだ三匹とも幼いからギンシャリみたいに話せないみたいで兎語スキルも発動しないし……



「おかしいよ……僕かなり強くなったんだよ……ゴブリンだって最近は僕に襲ってこない時が極々稀にだけであるんだよ? なのにエンペラビットの、それも赤子が襲ってくるっておかしくない? おかしいよね? おかしいでしょ? おかしいよ(確信)」


「ウタは我々と同種の気を放つからな……我々は普通の迷宮生物とは異なる感覚機能がある故に赤子のこやつらはウタの持つ実力を把握できなかったのであろう」



結局負けてるからあながち間違いでもないんだよな……って、違う違う。



「前々から思ってたけど……僕の放つ気っていうのは……僕が臨死体験……一回死んでることが関係してるって認識でいいの?」



あの時は詩織さんがいて誤魔化すために深く聞かずにそのままにしてたし、二回目はまだ事情を話してない英里佳たちもいたからなぁ……



「うむ、我々、人間がエンペラビットと呼ぶ種族は“死”を感じ取ることが出来るのだ」


「それは……どこが危ないか、とか……危険な相手がわかるってこと?」



シークレットスキルの“死線”と同じようなものか?



「それもあるが……より正確には死の強制力と抵抗力……が見える、ということなのだ」


「強制力と、抵抗力……?」


「うむ。死の強制力が強ければ強いほどすぐに死に、逆に抵抗力が強ければ強いほど死から遠のく。


普通の迷宮生物が死の抵抗力の高さ……つまりは生命力を感じ取って攻撃を仕掛けるが……我々は死の強制力……そうだな……絶命力、とでもいったところか。その強さを見ているのだ」


「……それって、どっちも結局同じなんじゃないのか?」


「いいや、違う。両方を感じ取れるからこそ意味がある。


……ウタよ、おぬしの場合は……死の強制力……絶命力が死者のそれと同じなのだ」



長老のその言葉に、僕は自分の胸に手を当てる。


ドラゴンの力が心臓の代わりに体中の血を巡らせている今の身体……確かに、ある意味ではゾンビみたいなものだと言えなくもない。



「本来ならば、生命力と絶命力の総量は常に一定で、老人であれ、赤子であれ、それらの力の絶対値は不変なものなのだ。


しかし、ウタの場合はそれがない。絶命力で器が満たされていながら、生命力が徐々に強まっているのだ」


「……うーん……つまり、この二匹は僕の生命力を感じ取れる力が発達してないけど、その絶命力はわかるから……僕が圧倒的な弱者だとみなされて攻撃してきたわけと」


「うむ、そういうことだ」


「じゃあ……エンペラビットたちも僕と同じっていうのはどういう意味?」


「うむ、そう難しい話ではない。


ここにいる我々も、死というものを知っている。


一度死に、そしてエンペラビットという形を得て迷宮に戻ってきたのだからな」


「…………は?」


「故に、ウタの様に死を……絶命力の高いながらも生きていられる存在は同族の様に思えるのだ」


「ま、待って、待って待って待て……いや、ちょっと……言ってる意味がわからないんだけど…………一度死んでってのも気になるけど……それはおいといて……エンペラビットとしての形を得て戻ってきたって、言った?」


「うむ」


「それじゃあまるで……エンペラビットになる前は別の姿で生きていたって意味に聞こえるんだけど……僕の勘違い、かな?」



僕のその問いかけに、長老はゆっくりを首を横に振った。



「我々エンペラビットは、死んだ人間の魂の集積してできた存在だ。


つまりこの学園に生徒として入学して、迷宮で死に絶えた者たちの生まれ変わった姿なのだ」



――予想だにしなかった事実に僕は思考が真っ白になる。

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