第154話 ある意味でこれも補正

歌丸連理が誘拐された。


その事実を知って一同が驚愕する一方、いったいどうしてそうなったのか順を追って、尚且つもっともその状況を理解できる者の視点で語るべきだろう。


時間を少し遡る。





「椿咲!」



この場から一人で走り去っていく椿咲を見て危険だと思って止めようとしたが、逆に僕の肩を掴んで止められた。



「連理、俺がついていくから任せるッス」


「戒斗……いや、でも」


「ヤバそうになったらすぐに声をかけるッス。一応他の自警団とかに連絡通しておくッス。


あと、今無理に呼び止めても話がこじれるだけッスから、少し一人にした方がいいと思うんスよ」


「…………わかった、お願いね」


「おう」



そう言って、戒斗は制服を腕章の効果で変化させ、スキルを使用してその場から姿を消した。


そしてそのまま椿咲を追いかけていった。


この場に残ったのは僕と紗々芽さん、それにシャチホコとララ、そしてユキムラだけとなった。


ゴーグルをつけ直してから僕は紗々芽さんに向き直った。




「紗々芽さん、妹がごめん」


「ううん、私は気にしてないから。


……それより、本当に日暮くん一人で大丈夫かな?


今からでもユキムラくんをつけた方がいいんじゃないかな?」


「戒斗もその辺りは冷静だから大丈夫だと思う。


それに……ユキムラだとちょっと目立ちすぎるし、稲生が一緒じゃないと牧場から出っちゃ駄目だった気がする」


「うーん……まぁ、確かに日暮くんに勝てる人もそうはいないし……今は任せるしかないよね」



どうも戒斗って紗々芽さんからの信頼が若干薄い気がする。



「ところで、いい加減そのゴーグル外さないの?」


「うーん……まぁ、うん、今はちょっとこれが必要な事情がありまして」


「ふーん……まぁ、私は別にいいけど、詩織ちゃんと英里佳のことはちゃんと考えてよね」


「……すいません」



――当初は、キスの一件とか有耶無耶にするために身に着けたゴーグルのはずが

今では死人を認識するための道具として活用しているわけで……


――でも……どうにもそれがうまく行っているとは思えない。


――現にこうして紗々芽さんから指摘を受けている以上、答えを出さなければならないわけで…………でも



自然と僕は自分の胸に手を当てる。


血潮が湧き上がっているが、鼓動のない自分の胸


この血潮も、何もしなければ卒業と同時にれて、僕は死ぬ。


そんな状態で軽々しく、僕は彼女たちとこれ以上下手に親密にはなれない。いや、なってはいけない。



「…………歌丸くん、詩織ちゃんに言ってないことあるよね?」


「え?」


「私も英里佳も聞いてないし、詩織ちゃんも自分が話すべきじゃないっては言ってた。


そしてそれ以外に、まだ君は話してないことがあるよね」



詩織さんのはおそらく入院生活のことだろう。


僕は第十三層で遭難したときに詩織さんにそれを話してるから…………そうか、詩織さんは黙っててくれたのか。



「…………まぁ、うん」


「詩織ちゃんや英里佳のこと……はぐらかす理由はそれなんでしょ」


「………………」


「やっぱりそうなんだ」



何か言い訳をしようと思ったが、咄嗟に言葉が出ず無言になってしまう。


その沈黙を肯定として受け取られてしまった。


いやまぁ、そうなんですけどね……



「それは私たちには言えないことなの?」


「…………ごめん……その、今はまだ伝えないほうがいいとは思ってる」



言葉というのはなんとも歯がゆい。


いや、この場合は自分の語彙力が、かな。


一番伝えたいことを上手く伝えられそうにない。



「じゃあ、いつか話してくれるんだ?」


「少なくとも……在学中には必ず伝える」


「そっか。通りでおかしいと思ったんだ。


歌丸くん、決断力無駄に早いのにすごくじれったいから」


「だけって……それはちょっとひどくない?」



滅茶苦茶「だけ」の辺りは強調されてしまった。地味に傷つく。



「……はぁ……本当、紗々芽さんはこっちのことすぐに見抜いちゃうよね……」


「歌丸くんが分かりやすいからだけど……実際のところ、二人は優しいから、歌丸くんがそう思ってるだけ」


「え?」



この場合の二人って……英里佳と詩織さんのことだろうか?



「歌丸くんが隠したいと思ってること、詩織ちゃんも英里佳も、無理に聞き出そうとしないだけ。


そして歌丸くんはそれに甘えてるだけで隠せてないよ」


「…………手厳しいね」


「ここまで言わないと改善しそうにないもの」



こうまではっきりと言われたら、もう誤魔化し切ることはできないのだろうな。



「……僕はさ、今のチーム天守閣が好きなんだ。


だから……変わるのが怖い」


「…………だから、詩織ちゃんの気持ちに気付かない振りを?」



僕がゴーグルを外して、紗々芽さんの方を見た。



「英里佳にも……そして、紗々芽さんにも、ね」


「なっ……」



すると彼女は少しだけ顔を赤くしてそっぽを向いた。



「…………最低」


「ごめん」



本当に吾ながら最低というか、クズだな。


でも、まさか友達もろくにできなかった自分が可愛い女子三人から好意的に思われる状況何て夢にも思わなかったんだからその辺りの動揺は考慮してもらいないのだが……言い訳だね、これは。



「前に、下村先輩と一緒に瑠璃先輩と日暮先輩が、パーティでの恋愛関係について話してるところに居合わせたことがあった。


瑠璃先輩は賛成で、日暮先輩は反対だって言って結構もめてさ、下村先輩が凄い困ってた」


「それは……なんとなく目に浮かぶかも。


それで……歌丸くんはどっちに賛成だったの?」


「どっちも正しいと思えたけど……結局は個人の気持ちが一番だと思う」


「じゃあ……瑠璃先輩の方? パーティ内での恋愛に賛成なら、どうして……」


「…………そうでもないんだ。


気持ちを大切にすることって、必ずしも寄り添うことだけじゃないと思う。


ヤマアラシのジレンマって、聞いたことない?」


「えっと……確か、寒い日に二匹のヤマアラシが近づいて暖を取ろうとして……でも近づきすぎるとお互いの棘で傷ついてしまう……って話だよね?」


「たぶん……今の僕がこれに近い状態だと思う。


本当は…………その…………………えっと……あの……うん、イチャイチャ……したいんだと思う」



うわ……うっわっ……言っちゃったよ……マジで言っちゃったよ……!


うわ、うっわっ……なんか、すっげぇ恥ずい!!



「そ、そうなんだ…………えっと……あの…………~~っ」



やめて、紗々芽さんも照れないで!


余計に恥ずかしくなるから!



「きゅきゅ~」

「おぉ~」

「GR~」



そしてギャラリーはちょっと黙ってて、というか見ないで!!



「ん、んんっ……!


その……だけど……少なくとも今の僕がそう言う風に……不用意に近づくことによってみんなを傷つけることになる。


…………少なくとも、英里佳や詩織さんは危険な目に遇う可能性がある」


「私は違うの?」


「紗々芽さんはその辺りは分別ついてるから……だからここまで話せる」



正直、英里佳と詩織さんには無茶をする前科がある。


僕も人のことは言えないが…………僕の無茶は僕の負う範囲内で済ませて皆にはしてほしくない。我儘な話かもしれないけど。



「だから……僕はみんなの気持ちに応えられない……本当にごめん。


殴られても、嫌われても…………正直仕方ないと思ってる。


でも…………その……都合良すぎるだろうけど、僕はみんなを大事に思ってることは嘘じゃないんだ」


「……なんか、言ってることが凄い軟派というか、軽薄な男っぽいね、今の歌丸くん」


「ぐふっ……!」



た、確かに今の言動はそれっぽい。


三股のバレたチャラ男みたいな……いや、そもそも交際してるわけではありませんんけどね!



「……わかった。じゃあ、待ってる」


「え?」


「いつか話してくれるんでしょ?


それまで待っててあげる」


「……いいの?」


「みんなと一緒にいたいっていうのは、私も詩織ちゃんも英里佳も……それと日暮くんも同じはずだもん。


そこまで真剣に悩んで、その上で話せないっていうなら仕方ないよ。


ごめんね、私の方こそ歌丸くんを悩ませるようなことして」


「い、いや……僕こそその、ハッキリしてないのが悪かったし……そういうのを責められても仕方ないというか…………それに……紗々芽さん、僕のことちゃんと待っててくれてた。


やろうと思えば、命令で話させることもできるのに」



義吾捨駒奴ギアスコマンドで僕の隠し事を喋る様に、彼女は僕に命令を一度も下すことはなかった。



「歌丸くんが本気で嫌がると思ったから……その場合はどうせ発動しないだろうし」


「そうかもしれないけど……それでも、僕のこと待っててくれて…………それなのに、その気持ちにちゃんと応えられなかったから…………それだけは謝らせて欲しい。ごめん」



しっかりと頭を下げる。


許されたからと言って、その辺ははっきりしないといけない。



「わかった。


でも、ちゃんと二人のことは考えてあげてね」


「うん。わかった」



英里佳と詩織さんのことも今後はしっかり考えないといけないな。


あと、紗々芽さんのことも。


口では自分のこと気にしてないみたいに言ってるけど、ちゃんと彼女のことも考えていかないとな……



「はぁ……これからどうしようかなぁ」


「どうしようって、何が?」



急にそんなことを呟く紗々芽さん。


状況的にそれって僕のセリフでは?



「うーん……この際だからもう言っちゃうけどね、歌丸くんを私たち三人の内の誰かが落とそうって話を何度かしてるの」


「なにそれ?」



いや、本当になにそれ?


なんでそんなことになってるの?



「私達の誰かと親密な関係になれば、歌丸くんが迷宮で無茶をすることが減るかなって思ったんだけど……どうもそういうの無理みたいだし」


「まぁ……無茶をする自覚があるから、僕もそういう関係に踏み込まないようにしてるからね」



卒業後も生きていられるようにするために今は無茶をしてるわけで、その無茶を止めてしまったら、卒業と同時に死んでしまうというジレンマが……



「で、どうしようっか?」


「それ僕に聞くの?」


「だって当事者だし」


「僕ついさっきまで知らなかったんですけど?」


「もういっそまとめでみんなで付き合ってチャラ男的になればいいんじゃない?」


「投げやり過ぎる上にそれなんの解決にもなってないよ!」


「ごめん、正直もう面倒くさくなってきて……本当に何とかしてくれない?」


「自分で言ってて悲しいけど、僕が面倒ごとを自力で解決したことってほとんどないよ?」


「………………………………どうしようっかなぁ」


「ごめん、そういう初めからなかったことにするみたいなリアクションはキツイからやめて」


「もー……歌丸くん面倒くさいなぁ……」


「なんで僕が悪いみたいな反応っ!?


僕悪くないよね! というかそんな提案したの絶対に紗々芽さんでしょ! 発案者でしょ!」


「何を証拠に?」


「そんな提案をあの二人がするとは思えないからだよ」


「歌丸くんがそう思うならそうなんだろうね、歌丸くんの中では」


「開き直り方が面倒くさいね紗々芽さん」


「歌丸くんのおかげでね」


「ことあるごとに僕に責任押し付けないでよ……」



お互いに、自然とそんな風に言葉を交わしていると頬が緩む。


ああ、なんか楽しいな。


別に特別な何かがあるわけじゃないけど……こうして普通に会話できることが楽しい。


そう思えるこの場所を、大事にしていきたい。



「きゅ?」

「――GR?」



そんな中、突然シャチホコとユキムラが耳をピンと立てた。



「……ささめ、なにかくる」


「え?」



そしてララがそんなことを言って指さした方向を僕たちも見る。



「あれは…………牛?」



見たところ乳牛だろうか?


それが集団で結構な数が走っている。



「乳牛は別のエリアで柵に区切られていたはずだよね、たしか?」


「そのはずだけど……まさか脱柵?」



何やらきな臭い。


そう思い、僕たちは身構える。



「ユキムラ、あのままにはできないから牛を追いやって元の柵まで戻すことってできるか?」


「BOW」



牧羊犬の牛バージョンみたいな。


まぁ、正確には狼なんだけど。



「ユキムラくんを行かせて大丈夫かな?」


「このままの進路なら多分僕たちの方にやってきて危ないし……このまま見過ごすわけにはいかないよ。


ユキムラ、頼む」


「BOW!」



迫り来る牛目掛けて走り出すユキムラ。


流石はマーナガルム。


その俊足で一気に距離を詰めて、その迫力からこちらに向かって走ってきていた牛たちが足を止めて方向転換していく。



「…………ひと、たくさんくる」


「は」「え」「きゅ」



ララの言葉に驚く僕と紗々芽さんとシャチホコ


僕と紗々芽さんはともかく、シャチホコまで気付かないというのはおかしいのではないか?


こいつの耳はとてもいいはずだし、それが気付かないなら接近してくるはずがない。


そう思った直後、僕の視界にカゲロウが揺らいでいくように人が姿を現した。



「なっ――!?」

「うそっ……!」


「きしゃあーーーーーーーーーー!」

「っ……!」



一人や二人ではない、少なくとも僕たちを囲むような形で八人


顔は見えないし、そこにいるとわかっているのに何故かよく見えない者たちばかりだ。


僕は素早くゴーグルを身に着けてそいつらを確認する。


どうにも肉眼で見るとスキルの影響を受けるみたいだが、このゴーグル越しなら問題はないらしい。


足音は消音スキルで消して、姿が見えにくいのは低レベルの隠蔽スキルを使っているからだろうか?



「――……まさか」



嫌な予感がして顔を凝らして見てみると……ヒット!



「こいつら、死体だ!」


「え? ど、どういうこと?」


「犯罪組織の死霊魔術士!


こいつら、何年も前に行方不明になってる学生なんだ!


しかも全員シーフかエージェント、もしくはその上位職! その死体を利用してる!」



すぐにゴーグルのスイッチを押してから僕はその場で構える。


ララ周囲を警戒し、紗々芽さんを守る様に蔦や根を周囲に巡らせ、シャチホコも小さな前歯を構える。



「なんで、こっちに……椿咲さんを狙ってるはずじゃ……?」


「理由はあとで! とにかく、みんなが戻ってくるまでなんとかこの場を凌ぎきるんだ!」

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