第155話 ある意味一番ベルセルク
現状はハッキリ言って最悪だ。
八体の死霊魔術師の力で動く死体に囲まれていて退路はない。
ユキムラは現在は脱柵した牛を相手にしていてこちらに気付いていない。
大声をあげれば救援を呼べそうだが……無理だなとすぐにさとる。
さきほどは気付かなかったが、ゴーグルをつけた今ならわかる。
僕たちの周囲には半透明な半球体の壁ができている。
結界魔法の類だろう。
魔法を弾くのがメインだが、電波を遮断し、調整次第では音も遮断する。
学生証の通信は無理。そしてさっきのゴーグルの通信も届いていないのかもしれない。
「結界魔法で通信が使えなくなってる。
ユキムラがこっちに気付くか、英里佳たちが戻ってくるまで応援は望めない」
「……まって、ということは……近くにまだ誰か隠れてるんじゃない?」
「どういうこと?」
周囲を警戒しつつ、ララに防御を命じたまま身構えている紗々芽さん。
「今周りにいる人たち……死体なんでしょ?
ということは死霊魔術を使ってる。
結界があるなら、外側からは魔法は使えない。
この結界の内側にいて、たぶんエージェント系のスキルを使える死体と一緒に死霊魔術師本人が隠れてるんだよ」
「なるほど……」
以前、犯罪組織のアサシンがわざと姿をさらしたときと同じ、先入観で人数を少なく思わせようとしたのか。
「シャチホコ、隠れてるやつの居場所わかるか?」
「……きゅう」
首を横に振った。消音スキルの影響か。厄介だ。
「ララは?」
「……むり。おもさ、かんじない」
ララは地面に根っこを張ることで地面の重さの変化を読み取って索敵できる。
それで読み取れないってことは、根っこの位置を理解してるってことか?
おそらくは結界魔法はララの根の範囲も読み取って設定されているのだろう。
そしてその根っこの届かない範囲で隠れていると考えるのが妥当か。
「……くる」
ララの言葉を合図に、八体の死体が襲い掛かってきた。
「――フィジカルアップ! ルートバインド!」
紗々芽さんが僕へ支援を行うと同時に、迫り来る死体をドルイドの魔法で妨害をする。
ララの協力で、その魔法の効果は絶大に引き上げられている。
地面から僕の胴体ほどある太さの根っこが出てきて八体全部の死体を拘束しようとした。
そのうち三体が拘束され、他三体は後退して逃げる。
そして残り二体が突破して迫ってきた。
「シャチホコ、一体頼む!」
「きゅう!」
対人能力はピカイチのシャチホコが相手をして、僕の相手は目の前に迫るたぶん男子と思われる相手。
その手にはナイフがあり、おそらく何らかの毒物が塗られている。
麻痺毒なら僕のスキルで対処可能だが、致死毒ならまずいので回避すべきだろう。
「はぁ!」
迫ってきたナイフはタイミングを合わせてさばき、そしてすかさず肘撃ちを相手の鳩尾を狙って打ち込む。
格闘ゲームの動きを参考にした型と、英里佳や詩織さんと訓練をした経験によって僕も対人技能が上がっている。これで――
「――ぐっ!?」
しかし、僕の予想を外れてナイフが左肩に突き刺さる。
そんな、手ごたえは確かにあったのに……!
「このっ!」
痛みに我慢しながら、目の前の男を蹴っ飛ばして距離を取る。
その際にナイフが抜け、傷口から血が流れる。
「歌丸くん!」
「大丈夫……死ぬような怪我でもないし、毒もたぶん麻痺系だからスキルで無効化できる、回復お願い」
「うん、
淡い光に体が包まれ、徐々に痛みが引いていく。
「……まったく打撃が効かないなんて……!」
「たぶん、前の相田和也と同じだと思う。
死体だから、痛みを感じないんだよ」
「なるほど……」
じゃあ英里佳たちみたいな攻撃力で手足の骨を折らないといけないわけで、僕の能力値では厳しいと言わざるを得ない。
「相性最悪だ……」
「その当たりも織り込んで攻撃してきたんだと――歌丸くん!」
「え?」
急に名前を呼ばれて驚き、瞬間、今度は脇腹に痛みを感じた。
「――ぐっ!?」
見れば、シャチホコに相手を任せた相手が、僕の脇腹にナイフを突き立ててきた。
「あ、がぁあああ!」
刺さったナイフをひねられ、激痛に思わず悲鳴を上げる。
すぐに根っこが地面から生えてきて、そいつの足を固定してくれたので、僕はすぐにそいつから離れる。そしてその勢いでナイフは抜けた。
「くっ……!」
「きゅきゅう!」
すぐに近くにシャチホコがやってきて申し訳なさそうに頭を下げた。
「気にするな、相手は痛覚を感じないならお前の攻撃を無視できるってことだ」
相性は最悪だ。
僕は基本誰相手でも相性悪いけど、まさかシャチホコ相手に強い人間がいるとは……
まぁ、確かに相手は死体だ。
痛みを感じないなら、シャチホコの攻撃など無視できるわけで……
「シャチホコ、足に“
相手は死体、遠慮せずにやれ!」
「きゅう!」
「ララはシャチホコの攻撃で動きが止まった死体を拘束して! 紗々芽さんは僕の支援と回復お願い!」
「りょうかい」
「無理はしないでね――“自動回避”!」
紗々芽さんの指示で義吾捨駒奴・セミオートを発動させる。
迫ってきたのは拘束されておらず、まだシャチホコが攻撃していない四体の死体
相手が人の形をしているからと考えていたら即効で負ける。
迫り来るナイフをさばきながら僕はナイフをその手に握る。
「自動攻撃!」
「はあ!」
迫るナイフをさばきながら、通り抜け様に一体の足をなるべき深く切る。
「っ――!」
その際、肉を斬る感触がダイレクトに手に伝わってきた。
迷宮生物相手に何度か味わった感触を、死体と分かっていても人間相手に行うというのは何とも妙な気分だ。
だがおかげで切られた死体はその場で膝をつく。
「よし、行ける!」
相手も同じ人間なら、足を攻撃すれば動けなくなる。
気合とか根性ではなく、構造的に動けなくしてしまえばいいのだ。
僕は紗々芽さんのおかげで今も傷は回復しているが、向こうは違う。
この調子でいけば――
「ささめ、さがって!」
「え――きゃあ!?」
聞こえてきた悲鳴に驚いて振り返ると、紗々芽さんの近くにまで一体の死体が近づいてきていた。
――あれ、確か最初の段階で拘束されていたはずの死体じゃ…………
間違いない、確か左腕を根っこに絡まれた奴で…………まさか!
嫌な予感をして即座に他の奴を見た。
もういったい、腕を拘束されていた死体があったはずだが…………
「っ……嘘だろ、おい……!」
案の定の光景に、僕は全身に鳥肌が立った。
「腕を……切ってる……!」
紗々芽さんに襲い掛かっている死体と、今僕が見ている死体
それは根っこで拘束された方の腕を自分で切り落として再び行動可能となったのだ。
「――うっ」
そのあまりの光景に、腹の奥底からこみあげてくる感覚に気分が悪くなる。
だが、今は駄目だ。
吐くなら、後でいい。
「――はあああああああああああああああああああああああああああ!!」
雄叫びをあげて、自分を鼓舞する。
戦力で負けてるのは仕方ないが、気持ちで負けたら時間稼ぎすらできはしない!
まずは紗々芽さんの近くにいる奴を狙って攻撃をしようと走る。
その際、横から他の死体が僕をナイフで攻撃してくるが、紗々芽さんからの支援がまだ効いているし、何より今は地面が根っこでボコボコ。
条件は満たしている。
「悪路羽途――発動!」
足場の悪い所を移動する際に発動し、体を羽の様に軽くするスキル
その効果で体は軽くなり、迫ってきたナイフを振るう手、それを踏み台に高く飛びあがる。
「――解除!」
だいたい3mくらいは跳びあがった状態で体重をもとに戻す。
「その子に、近づくなぁぁあああああああああああ!!」
男子の憧れ、ライダーキック
咄嗟の思い付き、しかもまさかこんな場面で自分が使えるとは思わなかった。
自分の体重と落下の勢いが合わさったそのキックを、僕は紗々芽さんに迫っていた死体、その腰に思い切り深くめり込ませた。
靴越しになんとも嫌な感覚を感じ、明らかに人体が曲がってはいけない角度まで腰をひねらせながらその死体は地面を転がる。
「う、歌丸くん……」
「防御優先、とにかく身を守って!
君が負ければ僕も負ける!
だけど、君が無事なら僕は負けない!!」
スキルを通じて、紗々芽さんの気持ちが伝わってくる。
怖いんだ。
彼女は本来、とても小心者なんだ。
だからこそ、守ってあげなければならない。
弱くても僕は、男なんだから。
「頼りないかもしれないけどさ……それでも、歌丸連理の全部をかけて、君を守る。
だから、力を貸して、紗々芽さん!」
「……うん……わかった」
今ここで恐怖に呑まれれば負ける。
だからこそ、絶対にここで怯めない。
「あと、これ預かってて」
ゴーグルは外す。
ここからは激しい動きになるので壊れてしまう可能性が高い。
「はああああああああああああああああああああ!」
迫り来る死体に向け、僕は右手にナイフを握って応戦した。
■
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
目の前で起こる出来事に、紗々芽は内心で絶句した。
こんなの、戦いではない。
「ぐ、ぅ、あああああああああああああああああ!」
一方的に、複数の生徒からその身をナイフで切られる連理。
回避こそしてるが、それでも彼にさばき切れないほどの攻撃でその身が傷つき、制服が血で赤く染まっていく。
以前の迷宮生物を相手にした時と違って、相手は熟練の学生、その死体
その動きはどれも連理を圧倒する。
それが複数も相手となれば一方的になるのは当然のことだ。
だが、それでも連理は食らいついている。
「――パワーストライク!!」
時折、彼が唯一持っている攻撃スキルを駆使しながらナイフを振るう。
だが、相手にナイフを当てる数よりその身に受ける数の方が倍以上だ。
寧ろ、そうやって相手の攻撃を受けたところにカウンターで連理が相手の足にナイフを突き立てている。
「いくら回復スキルがあっても……あれじゃ……」
止めなければならないという思いと、無駄だという思いがせめぎ合う。
今、歌丸連理が戦う術はあれ以外無いのだ。
相手が死体で、有効打が打てない現状、捨て身で相手の足を攻撃する。
回復スキルと、そして歌丸の持つ本来は補えきれない失血、痛みへの対策となるスキル
それらが合わさって成立する今の戦法は、相手が格上であっても通用はする。
何より、相手に連理を殺す気がないのはよくわかった。
先ほどから連理への攻撃は急所を避けているし、それがわかっているから連理もああやって無茶ができるのだから。
「早く、早く誰か来て……!」
もはや祈るような思いで、紗々芽は回復スキルと支援を連理に行う。
彼を癒すために、守るために手に入れたはずの回復スキル
それが今、こうして彼が傷つくために使われているという現状が胸を締め付ける。
『――お望み通り、来てやったぞ』
「――え」
「なっ――」
首に押し付けれた冷たい感触に思考が停止する。
聞き覚えのあるような、それでいて初めて聞く様なそんな声に以前感じた恐怖がよみがえる。
『動くな、歌丸連理』
「っ――紗々芽さん!」
ゆっくりと目線を動かす。
しかしそれ以上は動けない。
顔は見えないが、顔を隠すフードは見えた。
「……犯罪組織の……アサシン」
十三層であった、あのアサシンだ。
それが今、自分のすぐ背後にいる。
「ささめ!」
『動くなドライアド。
動けば即座にこいつの首を切り落とす』
「っ……」
『根を使った探知、確かに厄介だが、あそこまで乱戦となれば流石に感じ取れる余裕はないらしいな』
淡々と喋るアサシン
しかし、やはりその声から紗々芽も連理も、ララも性別を判断できない。
『あと、そこのエンペラビット、お前がそこから動いてもこいつの首を斬る』
「きゅ……!」
こっそりとアサシンの背後に移動していたシャチホコだったが、そう言われて動きが完全に止まる。
『歌丸連理、こいつをアドバンスカードに入れろ』
「……わかった」
紗々芽が人質に取られたために、連理はおとなしくアサシンの指示に従う。
手にもったナイフを捨てて、胸ポケットからカードを取り出す。
そしてアドバンスカードを操作して、シャチホコをそこに納めた。
『カードと学生証をその場において、五歩下がれ。ゆっくりとだ』
言われるがまま、指示に従う。
『お前もだ』
「…………」
『早くしろ、死にたいのか?』
「……紗々芽さん」
「ささめ……」
躊躇しつつも、最終的に紗々芽もララをアドバンスカードに戻す。
そしてそれに合わせて周囲の根っこが力を失ってしおれていく。
それを確認してから、アサシンは誰もいない方向を見る。
『鼠、お前の役目も失敗だ。
こんなザコ相手に、時間をかけるな。すぐに終わらせろ馬鹿が』
「――ちっ……うるせぇな、あと少しで終わったよ!」
そこには、二人の人影が姿を現す。
いっぽうはエージェント系の死体だろう。
そしてもう一方は、この場にいる死体すべてを操っていた死霊魔術師
鼠と呼ばれたそいつは、ドクロを模した仮面で顔を隠しているが体格と声で男であることはすぐにわかった。
『標的を無駄に傷つけてよくほざく。
ナイフで駄目なら寝技でもなんでもかけてしまえばいいものを……無能が』
「うるせぇな! テメェ、死霊魔術はそんな簡単なもんじゃねぇんだよカス!」
仲間ではあるようだが、そこに信頼関係はない。
互いに侮蔑をぶつけあい、尊敬などそこには一切ない。
同じように連理も、チーム竜胆の鬼龍院蓮山と罵倒しあうが、お互いに尊敬の念はあった。
だが、こいつらにはそれが一切ない。
『ふんっ……』
「あ……!」
紗々芽を解放したかと思えば、その手にあったララのアドバンスカードを奪うアサシン。
そして姿が消えたかと思えば、次に連理がおいた学生証とアドバンスカードをその手に奪う。
そして、瞬きする間も無く、今度はアサシンが即座に連理の目の前にきた。
『気絶しない自分を恨め』
「は?」
何を言っているんだと思った直後、連理は手足に激痛を覚える。
「が、ぁ――――ん、ぐむぅぅっ!?」
悲鳴をあげようとしたが、その前に口に布を丸めたものを突っ込まれて無理矢理に黙らせる。
手足はぶらんと力が入らなくなり、そのまま倒れそうになったところをアサシンに米俵のように担がれた。
『手足全部の関節を外した。
流石にこれでは動けないだろ』
「ん、んー、んんー!!」
動かそうとしても、ただ手足は揺れるだけで上手く動かない。
されるがままだ。
「歌丸くん!」
「おっと勝手をするなよドルイドちゃんよぉ…………なぁ、こいつはどうする?」
下卑た目で紗々芽を見る死霊魔術士――ネクロマンサーの男
しかし、アサシンは特に興味を示さない。
「どうもしない。放って置け」
「はぁ? おいこいつら敵だろ、別にいいだろ殺しても。
ちょうどこういうの欲しかったんだよなぁ……!」
「っ……!」
ネクロマンサーの嘗め回すような目に怯える紗々芽
「ぐ、ぅ、むぐぅぅぅぅぅ!」
アサシンに担がれたままだが、連理が露骨に怒り出す。
『ちっ……鼠、殺されたくなければそいつは見逃せ。
こいつの機嫌を損ねれば依頼主との関係もこじれるぞ』
「はぁ? だけどよぉ、このまま見逃せば追跡される恐れもあるぞ?」
『その時は……このドライアドのカードを海に捨てる』
そう言ってアサシンは先ほど奪ったララの入ったカードを見せた。
連理と紗々芽、二人のアドバンスカードにはそれぞれ見慣れない黒い帯が巻かれている。
『この帯は魔力を妨害する効果がある。
これが巻かれている以上、アドバンスカードの機能は封じられ、自力でドライアドもエンペラビットも出られない。
迷宮生物の入ったアドバンスカードは破壊不能だが……そんな状態で海に捨てればどうなるか……あくまでもこのカードは収容スペースであって、食事は必要だ。
海に沈んだカードを見つけるまでに、餓死してないといいな』
「っ……」
アサシンの言葉に、紗々芽は悔しそうに唇をかむ。
完全に、すべての手段が封じられた。
「めんどくせぇことを……はあーあ、萎えるわー
蛇、さっさと行くぜ~」
『命令するな鼠』
周囲に配置されたいた死体が光となって消えていく。
かと思えば、それらはネクロマンサーの学生証に吸収された。
迷宮生物の死骸を学生証に入れるということはできるが、それは学生の死体でも同じらしい。
「おっさきー」
そして一人だけ残ったエージェントと思われる死体と共に、ネクロマンサーは姿を消した。
「ぐ、む、ぅ……!」
『これ以上暴れるなら、そこの女に多少の痛い目を見てもらうぞ』
「っ……!」
そう言われては、連理もそれ以上の抵抗はできなかった。
「歌丸くんを……どうするつもり……!」
恐怖を抱きながらも気丈にふるまって問う紗々芽
そんな紗々芽を、アサシンは一瞥する。
『他の連中に伝えろ。
騒ぐな、動くな、黙ってろ。
そうすれば少なくとも来週までには無事に解放してやる』
そう言い残して、アサシンは連理も含めてその場から姿を消す。
その場に残された紗々芽は、何もできずにただその場に座り込んだ。
「なにも……できなかった……なにも……」
歌丸連理の誘拐
その一連の出来事
その時間は十分未満
マーナガルムのユキムラが戻ってくるまであと三分もない、そんな短い間の出来事であった。
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