第156話 囚われていてもおとなしいわけじゃない。



「つぅ……くそぉ……」



今僕はアイマスクをつけられた状態で何も見えない。


おそらく椅子に縛り付けられているのだろう。


先ほど外れた間接を嵌められてとんでもない激痛に悲鳴をあげたりもしたが、周囲に反応が無いのを見るに、おそらくここにはあのアサシンはもちろん、誰もいないのだろう。



今までの移動の際、目を隠されて耳も塞がれていたが……おそらくここは船の中だろう。


潮のにおいが強いし、なんかちょっと揺れてる感じがする。


おそらくは今学園の近くに来ているという船のどれかだ。



「僕を誘拐してどうするつもりだ!


正当な取引無しで連れ去るのは、学長間での取引に違反するぞ!」



人の気配はないが、こういう時って誰かが話を聞いているはずだ。



「僕を人質に金をゆすろうたって、僕の実家は金はないし、僕で生徒会の金を要求するとか筋違いだぞ!」


『――いや、こちらの目的は金などではない』



やっぱり聞いていたか!



「このバーカバーカ、ウルトラバーカ!!


ウンコ野郎、ハゲ、加齢臭!!」


『小学生か君は?


うむ、落ち着いてくれたまえ、そしてハゲてもないし加齢臭もしない』


「本人は自覚ないだけで周りはこっそり笑ってるぞ!」


『いや君私の周りを知らないだろ』


「いや、絶対ハゲてる。そういう声してる」


『どんな声だ!?』



割とノリがいい。


こっちに話を合わせるあたり、先ほどのアサシンやネクロマンサーとは違って冷徹ってわけではないらしい。


「あんたがあいつらを僕にけしかけた依頼人か?


西の関係者だな」


『……ふむ、なんのことかな?』



見え透いた嘘を……誤魔化せると思ってるのかこのハゲ



「そんなだからハゲるんだ」


『それは関係ないしハゲてない!』


「うるさい、喋る気ないなら黙ってろ。ハゲ菌が移る」


『そんな菌は存在しないし、だからハゲてないと言っているだろう!』


『――ぶっふぅ!』



む……なんか噴き出したみたいな声が聞こえた。


誰かもう一人聞いていたらしい。



『ひ、姫……お静かに』


『す、すいません……でも、あまりにもおかしくて…………こほんっ………………ぶっふぅ!!』


『おい姫こら、なぜ私を見てまた笑う?』


「やっぱハゲてるんじゃないか」


『だからハゲてない!!』


「はーげはげはげつるっぱげー♪」


『歌うなぁ!!』


『あははははははははははははははははははは!!』



もう一人いる姫と呼ばれる女性がめっちゃ笑ってる。


なんか机をバンバン叩いてるみたいな音も聞こえる。



『姫、ちょっと表出ろ』


「遊んでないでいい加減目的を答えろ!!」


『お前が言い出したんだろうがぁ!!』


「真面目にやれよハゲ!」


『だからお前が言うな!!』


「あ、ハゲ否定しないってことは認めたな!」


『こ、このガキぃ……!』


『ま、まぁまぁ……ちょっと交代しましょう。ね?』


『……わかりました』



どうやら話し相手を交代するようだ。



『まず先に、このような手荒いやり方でこちらに招いたことを謝罪します。


すぐにそちらに行って拘束を解きますので、少し待ってください』


『は? ちょ、姫何を――』



そこで声は何も聞こえなくなり、しばらくすると足音らしきものが聞こえてきた。


そして扉が開く様な音がして、人の気配が近づいてくる。



「目隠しを外しますわね」



そう言われて、ようやく僕の視界が戻る。



「っ…………あんたあいつらの依頼人か……!」



目の前にいるのは、おっとりとした雰囲気のスーツ姿の女性だ。


黒髪の大和撫子、という感じで、和服の似合いそうな人だが……


僕が睨みつけていると、目の前の女性は困ったように悲し気な目をした。



「随分と嫌われてしまいましたね」


「犯罪組織を利用するような奴らが嫌われないとでも思ってるのか?」



そうだ、こいつらの見た目に騙されるな。


あの、人を平気で殺す集団に依頼するような奴らだ。


まともであるはずがない。



「それについては……そうですね、言い訳もしようがありません。


ですが、こちらもそれ以外に手段がなかったのも事実です。


……あなたの妹さんの安全のためにも、我々に協力していただけませんか」


「――ぶっ殺す!!」



こいつ、やっぱり椿咲を狙って……!


拘束具で体が自由に動かないが、知ったことか。


手足が千切れてもこいつをぶん殴る。



「姫、おさがり下さい、危険です」



そして僕と女性の間に割って入ってきた、光沢のある東部の若い男



「――ぶっはぁ!!」



怒りが最高潮になっていたのだが、その光景に思わず思い切り吹き出してしまって目の前の男に大量の唾がかかる。



「「……………………」」



唾を掛けられた男と、そしてその後ろにいる女性が沈黙する。



そして、僕は目の前の男を見て、一言



「やっぱりハゲだ」


「これは剃ってるんだぁ!!」


「――く、ふふ、ご、ごめんなさっ……はははははははっ!」


「姫ぇ!!」


「このアマ、何笑ってやがるんだぶっ飛ばすぞ!」


「お前よくそこまでテンション切り替えられるな、もはや怒りを通り越して感心するぞ」


「ちょっと、唾汚いんで近づかないでください」


「お前の唾だろうが!!」



怒鳴るハゲ


その一方で姫と呼ばれた女は少しハゲから距離を取る。



「あ、ごめんなさい、本気で顔洗ってきて。なんかちょっと納豆臭い」


「朝食に出たので」


「お前ら後で覚えてろ……!」



怒りながら部屋を出ていく男


残されたのは僕と目の前の女だけだが……



「誤解ないように言っておくけど……私と妹さんを狙っている組織は別ですよ?」


「……は?」


「私達はいわば西の穏健派。


あなたの妹を狙っているのは強硬派を止めるために、貴方に協力して欲しいの」


「……嘘くさい」


「まぁ、そうですよね。


その証拠というわけではないけど……まず拘束を外しますね」



そう言って、女は本当に僕を拘束していたベルトをすべて外した。


僕は手足が自由になったのを確認して、目の前の女が何を考えているのかわからずに困惑してしまう。



「では、改めて自己紹介をしますわね、歌丸連理さん。


私は神吉千鳥かみよしちどり


西日本迷宮学園の北学区にて、預言課の顧問をしている教師の一人。


そして平安より続く巫部かんなぎの一団“惟神かむながら”に席を置く、巫女の一人です」



なんか、物凄く中二心をくすぐられる自己紹介だ。





「完全に後手に回された……」



苦々しい顔をしている北の生徒会副会長の来道黒鵜らいどうくろう



「……こちらも、人がいないから不意打ちはされないと高を括っていた節はある。


どんな事態が起きようと、ユキムラと稲生薺を監視から外すべきじゃなかった」



悔やみながらそう言ったのは南学区の副会長を務めている甲斐崎爽夜であった。



「相手もそれだけ本気ということなんですよ。


元々当初の見積もりからして甘かった。


学生と大人の違いを見せつけられましたわね……」



東学区の生徒会副会長の日暮亜里沙


彼女は忠告した翌日に事が起こったということに少なからずのショックは受けていた。



「まぁ、とりあえず意見を出し合おうじゃないか。


そのためにわざわざこっそり四学区の副会長を集めたんだからな」



この会合を開いたのは西学区の副会長である銃音寛治つつねかんじであった。


利用されている場所は西学区の高級ホテル、そのフロア丸々一つを貸し切っての会談だ。



「相手の要求は静観に徹しろということだったが……論外だな」


「ここで本当に何もしなければ、私たち東全体が、西に負けたという意味にもなります。


政治的な意味で、それは絶対に許されません」



現状の打開に動くべきだというのは北と東



「だが、下手に動けば人質がどうなる?


歌丸については保護されるだろうが……エンペラビットとドライアドが人質に取られれるんだぞ」



反対派は南


人と意思疎通できる迷宮生物を見捨てることは、南学区の理念に反する。



「だが、このまま放っておけばあいつらは何を要求してくるかわからないぞ?


妹への危険だってまだぬぐい切れていない。


それすら静観しろというのか?」


「そうはいってない。


だがあのエンペラビットもドライアドも見捨てることは学園全体にとっては大きな打撃になる。


特に後者……ドライアドのララを見捨てれば、金瀬製薬の重役たちから敵視されることになる」



ララの元の主は金瀬千歳かなせちとせという、現在は世界的に大企業となっている金瀬製薬の直系の娘だ。


その彼女の遺体を迷宮で手厚く守ってきたララ


金瀬千歳の兄である金瀬創太郎かなせそうたろう


現在は専務の役職についており、将来は社長、もしくはそれ以上となることを保証された身だ。


その彼からララは感謝の言葉を贈られている。


この意味は決して軽くはない。



「…………難しい判断ですわね。


仮に歌丸後輩とパートナーたちの救出をするとし……居場所の検討はおおよそついていますが……確信なく踏み込んで万が一間違えれば事。


最悪の事態は避けられません」



今、この学園の近くで停泊している船


大小合わせ、数にして8隻


そのうちのどれかに今歌丸連理が監禁されていることは予想がつく。


だが、そこは西の学園の関係者と、体育祭でのスポンサーや国会議員や地方議員たちの乗る船


迂闊に飛び込んで間違いでしたなんてことでは済まされない。



「まぁ、俺なら並の警備程度は誰にも気づかれずに突破はできるだろうが……相手に例のアサシンがいるなら厳しいと言わざるを得ないな。


そうでなくとも、学園卒業生の学生証持ちが警備に当たっているだろうし……」



エージェント最上位職の来道黒鵜


彼の力なら確かに可能だろう。


とはいえ、過信もできない状況だ。


前代未聞の学園共同での体育祭


それを行うために相手も慎重なのだから。



「動くことのデメリットが大きすぎる。


相手も馬鹿じゃないなら、言葉通り人質は解放される。


それを待つべきだ」


「短期的にはそれでいいかもしれませんが、長期で見ればそれは大きな負債をこの学園に残しますわよ。


東が西に負けた。


その事実が残ります。その影響は私達だけでなく、他の多くの生徒の将来に重くのしかかるかもしれませんのよ」


「そうかもしれないが、今そっちが言ったみたいに動こうにも居場所がわからないなら話にならないだろ」


「――少なくとも歌丸連理の居場所だけならはっきりわかるぞ」



東南北の三人の視線が、一人に集まる。


この場のホスト、西学区副会長の銃音だ。



「どういうことだ?


歌丸に着けていた発信機付きのゴーグルはその場に残されたはずだろ」


「いや、あのゴーグルにそちらの東の副会長さんに協力してもらって細工をしてもらってな。


ついでに、ちょっとした悪戯も仕組んでたんだ」


「は? ……ちょっと、聞いてませんわよ。


顔認識機能をあげるためのデバイスを取り付けるのと、目線認証するためのセンサーをゴーグルの内側に付けるだけといったはずですわよね」



銃音の言葉に明らかに不快感を示す日暮亜里沙。


相手の方が年上だが、立場上同格なのではっきりと大きな態度で文句をつける。



「まぁそう怒るな。万が一のそのまた予備程度のものだよ。


迷宮内部、溶岩エリアで見つかる金属に擬態するトカゲいるだろ?


電気の伝導率は高いけど金属じゃないあれ。


その表皮をちょこっと利用して小型発信機を作ったんだ。


で、それをゴーグルに着けたセンサーと称した注射器でこめかみの少し下あたりに埋め込んだ。


放っておけば一週間足らずで分解されるぞ。


で、これが受信機」



そう言って学生証から出したモニター付きの機械を机に置く。



「……銃音、こうなることを予想していたのか?」


「だから予備程度だって。


別に絶対にこうなると確信してたわけじゃないぞ?」



軽口でそんなことを言う銃音に、来道は軽い不安を覚える。



「ああ、あと面白い情報も聞けたぞ」


「聞けたって…………まさか盗聴機能も?」


「まぁな」


「……うわぁ」


「そんなことに手を貸してしまったなんて……」



ドン引きする甲斐崎と、自分の行いを悔いる日暮



「で、その情報とは?」


「まぁ待て、こっから先は聞けば最後。


もう後戻りはできない。


だからこそ、この場で一つ契約書を書いてもらおうか」



銃音は学生証から三枚の契約書を取り出してそれぞれ配る。


その内容に三人は目を通す。



内容は今から話すことを口外しないこと


そしてこれから起こる損害についての責任の九割を三つの学区で分担すること


さらにもう一つは……



「……お前が今回の救出の陣頭指揮を執るのか?」


「適任だろ。


少なくともお前は突入してもらう立場なんだからできないしな」



今回、これから始まる出来事はすべて西学区主導にて執り行うというもの。


責任を他者に押し付けながらもしっかり手綱を握りたいという、どこまでも馬鹿げた要求であり、ありふれた願望であった。



「……いいだろう、従ってやる」



そう言って、来道は契約書にサインをする。



「………………ふむ。


契約書に変な細工もないようですし……内容も、あくまでも今回の作戦においてのものに限定。


しかたありませんわね」



抵抗を感じつつも、日暮もサインをする。



「……………………………」


「で、南の方はどうする?」



二人と違ってすぐにサインせずに考える甲斐崎



「……少し、持ち帰らせてもらえないか?」


「駄目だ。今決めろ。


それができないならすぐに席を立て。


南がいなくても別に大きな問題はないが…………歌丸連理がさらわれた現場は南だってことを忘れるなよ」



冷淡な声で答えを迫る銃音


甲斐崎は忌々し気に契約書を見ながら頭の中で考える。



(この場で何もしないにしろ、現場が南である以上は責任は逃れられない。


なら……仕方がない。せめて行動するという意思を示して、歌丸たちに友好をアピールする以外に道は無いか)



契約書を見た限り、不備はない。


視力はいいから、他の二人と全く同じ内容であることもすぐにわかった。


故に甲斐崎は観念してサインする。



その三つのサインの写しを銃音は回収し、勝ち誇ったようにニヤリと笑んだ。



「さてさて……それじゃあせいぜい働いてもらうぞ。


やられた分、西の学園からたっぷり巻き上げさせてもらおうか」



西学区の実質的な支配者である副会長、銃音寛治が動き出す。

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