第347話 天藤紅羽 V.S. 来道黒鵜



突如として発生したイベント


新人類である鬼たちとの接触も冷めやらぬ中での突然のビックネームの対戦カード


北学区の生徒はもちろん、攻略に少しでも興味のある者たちならば誰もが注目する。


その中には当然、僕、歌丸連理も含まれているのだが……



「歌丸君、焼きそば、あーん」


「あーん……もぐもぐもぐ」


「連理様、たこ焼きもどうぞ。


お熱いから冷ましてあげますね」



現在、僕は英里佳と千早妃に挟まれる形で、近くの屋台で買ってきたいわゆるB級グルメに舌鼓を打っているのである。



「ふー……ふー……はい、連理様、あー」「もぐ」「――榎並さん、行儀が悪いですよ」


「もぐもぐ――ん……歌丸君はまだ食べてる途中、そんなに急いで食べさせるのは体に良くない」


「だったらあなたがペースを落としなさい」


「は? 嫌だけど。


あ、歌丸くん、はいあーん」


「行儀作法もわからないとか、お里が知れますわねぇ」


「京都とか古いだけでそれ以外何もないふわふわした印象しかないところの育ちは、言動もふわふわしてるんだね」

※個人の偏見です。



「あら、青森は……リンゴ意外に何かほかに印象があったかしら? ああ、文化が未発達だからそんなに野蛮人のような所作になってしまうのですね」

※個人の偏見です。



「「………………」」


「二人ともやめて、無言で僕を挟んでにらみ合いしないで!」



今から会長と副会長が戦うのに、こんなところで場外乱闘を開始しないでほしい。



「はいはい、二人とも落ち着きなさい」


「そうだよ、宿り木で栄養失調にならないよう、歌丸君にたくさん食べさせたいのはわかるけど、炭水化物だけじゃ駄目だよ」



そしてそんな僕たちのもとへとやって来たのは、詩織さんと紗々芽さん。



「というか、さっきから日下部さんたちが気が気じゃない感じの表情してるから、やめたげなさいよ二人とも……」



ですよね。うん、知ってた。


詩織さんと紗々芽さんから遅れてやってきた稲生が可哀そうなものを見る目で、千早妃の傍にいる日下部綾奈さんと文奈さんの顔色が悪い。


まぁ、万が一でもこの二人が本気でケンカすることになったら、必然的に戦闘能力のない千早妃に変わってこの二人が英里佳と戦うことになるもんなぁ……



「…………別に、本気で手を出すつもりはない」



今の間はなんだったんだろうか……



「――ちなみに、今のやり取りで私がもう少し強い言葉を使うと殴ってきます」



こっそり小声で僕にそう報告する千早妃


分ってるならもっと自重してほしい。わざわざ未来予知使ってまで綱渡りのような口喧嘩とか、何が君をそこまで駆り立てているの?


そして英里佳も、我慢強い方ではなないかもしれないけど、それでも手を出すとかどんだけ酷いこと言ったの、その予知の千早妃。



「相変わらずだな、お前ら」



背後からやってきた、呆れたような声音に振り替えると、先ほど生徒会室であった会津清松先輩がいた。



「あ、先輩、お疲れ様です。


いきなりの中央広場での出店の手配とか、大変じゃないですか?」


「まぁ、それは慣れだな。


といってもストレージがあるから道具の準備はほとんど必要ないし、商魂のたくましい奴らならイベントがあるって告知しただけですぐに出店してくるから場所を提供するだけさ。


まぁ、今回はほとんど審査とかしないから、普段よりもぼったくり価格だぞ」


「普段は審査してるんですか……」


「まぁな。といっても、安く出させる代わりに生徒会で補填とかしてるからどっちにしても出店側にはあんまり被害はないんだが……まぁ、そんなことより……もう一人はどうした?」



清松先輩は、この場にいないもう一人のチーム天守閣のメンバー……日暮戒斗を探していた。



「戒斗は、こことは別で灰谷先輩と一緒に見学するそうです」


「灰谷と? へぇ、あのトリガーハッピーがねぇ……ずいぶんと日暮の奴に入れ込んでるんだなぁ」


「そうですか? さっき偶然姿を見かけて、それに戒斗がついていっただけですけど……」


「あいつの視力、いくつだと思ってんだよ。マサイ族とかの比じゃねぇ、鷹の目すら超えるぞ。しかもあいつは生粋の人間嫌いだ。


そんな奴が、全体を見渡せる離れた場所じゃなくて、わざわざ人の集まる場所までやってきて、日暮の前に姿を現すとか……去年までなら絶対にありえないことだぜ」



かなり面倒くさいツンデレみたいな性格してるんだな、灰谷先輩



「……あの、会津先輩はどちらが勝つと思いますか?」



そんな質問をしたのは、意外なことに英里佳だった。


英里佳は基本的に対人関係はかなり内向的だから、そんな彼女があまり交流のない会津先輩に質問するとは意外だ。


……いや、戦闘に関することにはかなり貪欲だからそうでもないのか?



「まぁ、総合的に考えれば普通は天藤の方が強いだろうな」


「普通は、ですか。なら、普通じゃない状況っていのは?」


「別に隠してるわけでもないから腹の探り合いはしなくていい。


まぁ、そもそもこの学園で対人戦をやるってのは特別なイベントの時だけで、強さの基準ってのはまず迷宮生物との戦闘を想定している。


だから、迷宮生物との戦いという一点において、天藤以上の奴は俺は見たことがない」



まぁ、それは確かに。


普通に迷宮に潜っていて、ほかの学生と戦うってことは本来はないのだ。


それこそ違法行為をやっている犯罪組織の連中みたいな奴を除いて、対人戦は体育祭みたいなイベントの時しか本来は発生しないのだから。



「だが、今回みたいな対人戦で、しかも……」



そう言って会津先輩を目を細め、中央広場に形成される死を無効化する、体育祭の時に日本全域に展開された結界が形成されるのを見つめる。



「相手を殺すことを前提にした場合に限れば……」



そしてその結界の中で少しの距離を取って見つめ合う二人の男女の姿をしっかりとらえる。


片や今回の発端である天藤紅羽会長。今の姿は全力戦闘のための、ドラゴンメイデンの状態である。


もう一方は制服がマントの形に変更しており、普段の落ち着きはそのままに強い敵意が隠し切れない様子で表情から見えている来道黒鵜先輩



「――黒鵜は、俺はもちろん、天藤だって即座に殺せる」



試合開始を知らせるブザーが鳴り響く。


同時に、僕たちは天藤会長の全身から、血が噴き出す瞬間を目にしたのだった。





開始と同時に手刀を高速で振りぬく黒鵜。


それ自体は単に空を切るだけだったが、発動させていた空間転移の作用を使った、空間をことにより発生する物理法則を超えた剪断力せんだんりょく


それによって、仮に近くで大砲をぶつけたとしてもびくともしないはずの鱗と高い耐久力によって強化された制服を身にまとった紅羽の身体を切り裂いた。



しかし



「――あ、っは」



全身から血を吹き出しながら、紅羽は痛みに悶えるどころか愉悦の笑みをこぼす。


そして即座に地面を蹴ると、吹き出した血が赤い霧のようになって軌跡を描き、その手が届く距離まで、黒鵜との間合いを詰める。


しかしその手が届くより早く、黒鵜の姿は紅羽の視界の中から消え去り、代わりに伸ばした自分の手が切り刻まれていくのを視認した。



「あーあ、いったいなー。


乙女の柔肌をなんだと思ってるのかしら?」



血まみれになった自分の手を見て、指を開いたり閉じたりして動作を確認しながら振り返ると、そこには先ほどと同じくらいの距離を保った黒鵜が立っていた。


開始からまだ10秒も……いや、実際の攻防には1秒もかかっていないのだろう。


そんな一瞬での立ち回りに、周囲の観客たちは状況を理解できずにただただ困惑してる様子だ。





『――という、ことが、今のわずかな間に起ったのですよ』


「なるほど、流石は生徒会のトップ二人ですね。


おっと、自己紹介が遅れてしまい申し訳ございません。


緊急で遅れてしまいましたが、ここからは生徒会トップ2の対戦を私、実況は東部迷宮学園放送部の水島夢奈みずしまゆめなと」


『はい、学園長です。逐一時間停止やスロー、巻き戻しをしながら解説します』



ではなく、そんなわずかなトップクラスの攻防を、リアルタイムで編集みたいなことしてるデタラメすぎるドラゴンと、段々と実況として図太くなっていく水島夢奈の急な登場に困惑していたのだった。





そして、そんな自分たちの戦いがVTRみたいに編集されていることなど知らぬまま、二人はお互いに向き合って戦い続ける。


といっても、攻防としては一方的だ。


ひたすらに黒鵜が次元干渉による斬撃で紅羽を攻撃し、紅羽は反撃のために距離を詰めるが、その手が届く前に黒鵜に転移で逃げられる。


これは黒鵜の方が優勢のように思えるが、当人たちの表情は正反対だった。



「なにがドラゴンだ――スライムの間違いだろ、その体は」


「あら、失礼ね」


「斬った直後から即座にくっつく。


お前の首、もう60回以上は切り落とした手応えなんだがな」


「だからこうして血が流れてるじゃない」



強靭過ぎる再生能力


それにより、一度は切断したはずの紅羽の肉体は、その直後にほぼ完全に再生してくっつく。


その再生が間に合わなかった表面の皮膚部分から血が流れているだけで、紅羽の肉体には大きなダメージは残っていないのが現状だったのだ。



「ああでも、眼球とか三半規管とか、そういところ狙ってくるのは流石に鬱陶しいわね、そこの攻撃は流石に受け付けないわよ」


「だったら、その頭を切り開いてやる」



そんなことを言いつつ、黒鵜は冷静に状況を推察する。



(物理無効スキルにある、再生阻害……むしろエンペラビットのスキルはそっちが本命だったか。


今ならわかる。ドラゴンの強靭な鱗も、極まれば俺や、ほかの奴でも突破すること自体は可能なんだ。


しかし、ドラゴンの高い再生能力の前では、その最大火力も意味を為さなくなる。


そして、本来は戦闘向けの職業ジョブではない俺のスキルは転移系のスキルを攻撃に転用したものであり、次元干渉の切断以外には何の効果もなく、それ以外の攻撃手段は持ち合わせていない)



すぅ、っと静かに深呼吸をしつつ、意識を研ぎ澄ます。



(なら、俺がこいつに勝つ唯一の手段は)



再生力も無意味とする絶死の一撃


それを狙うために、黒鵜は紅羽の脳を切断よりさらに上の破壊を選ぶ。


即座に再生するとはいえ、首を切断しても動くのだ。


人間にとっての致命傷である脳幹を切断した程度の傷は、ドラゴンにはかすり傷程度すら怪しい。


ならばと、たとえ死が無効となる結界の中だとしても、躊躇われた攻撃を実行する。


そんなことを考えて勝てるような容易い相手ではないことを、黒鵜は嫌というほど知っていたから。


故に、個人の感情も今は殺し、その上で目の前の少女を殺す覚悟を決める。


それこそ、ここで彼女を止めなければ、きっと取り返しのつかない未来がやってくるという確信が今の黒鵜にはあったからだ。



「天藤紅羽」


「なぁに?」



血を振りまきながら、まるで酔っているかのように紅潮した顔でほほ笑む。


それに見とれそうになる自分を抑えて、全身に気を巡らせる。



「お前を殺す」





天藤紅羽にとって、迷宮学園という場所は、入学当初は特に思い入れがあったわけではない。


ただ、親や友達から勧められた東西南のいずれの学園にも魅力を感じず、とりあえず迷宮を確かめてみるという、軽い気持ちで北学区に進んだ。


別段珍しくもない、9割以上がほかの学区へと転校を選択する学生の進学理由であった。


しかし、彼女はそこで知ったのだ。


闘争の愉悦


生死を賭けたスリル


返り血のぬくもり


迷宮生物を殺したときの勝利の味を


困窮しつつあったけれども、諸外国と比べれば平和な日本では決して開花しない、戦士の才能


天藤紅羽という少女には、それがあったのだ。


誰の目にも止まらなかった、見た目の良いノリの軽い少女は、迷宮という非日常の中で世界屈指の強者へと変貌を遂げた。


そして気が付けば、周囲には多くの人が集まってきた。


迷宮の攻略は大変だったが、その者たちと協力すれば次に進めて、そしてより強い迷宮生物と戦えた。


だが、同時に段々とつまらなくなった。


強くなり過ぎたのだ。


ソラという、掛け替えのないパートナーがいて、一緒に強くなることは楽しかった。


後輩たちが強くなるのを見るのが楽しかった。


しかし、入学当初のような燃えるような熱狂は徐々に衰えていった。


ドラゴンを倒すという大義はあったが、どこか冷めている紅羽の中には、それは自分の代ではできそうにないと思った。


しかし、ある時に現れた歌丸連理の存在によって、事態は動き出す。


ドラゴンを倒せるかもしれない。


あれと本気で殺し合いができあそべる、と。


そのために協力は惜しまず、そして事態がちょっとずつ動いていたが、そんな逸る気持ちは現状で満足できなくなって、今回のような強行どころか狂行に及んだわけだ。


そしてそのカウンターは



「――ええ、殺し合いあそびましょう」



望外に最高な形で紅羽にやってきた。


想定すらしなかった、この学園での日常で最も近くにいる想い人からの殺意


それが、入学から徐々に冷めていった熱を蘇らせていく感覚に、全身が熱くなっていくのを紅羽は感じて、喜びの感情があふれ出して止まらない。



(――欲しい)



完全に脳を粉々にするために、手刀ではなく、指の一本一本までに力を纏わせる黒鵜。



(欲しい)



それを両手、計十本の絶対切断の刃を用意する。



(欲しい、欲しい、欲しい、ほしい)



その脳に確実に叩き込むために、接近し、自分の頭をその指で掴み、トマトのように握りつぶそうとするだろうと、紅羽は直感で理解した。


それはとても危険だと、融合しているソラが警鐘を鳴らすが、今はそんな本能よりも、天藤紅羽の本能が上回る。



(――ホシイ)



相反する本能の中、紅羽が上回り、その体が再び黒鵜のもとへと向かう。






迫りくる紅羽の脅威を肌で感じつつ、恐怖を飲み込んで黒鵜も前へと踏み込む。


先ほどと同じ状況なら転移で視覚から攻撃をしてくるところだが、今の黒鵜は普段よりも精密な力の制御を求められており、指の刃を維持するのが精いっぱいだった。



故に、今の黒鵜の自損覚悟での特攻を仕掛けていた。



(脳を切り刻んで握りつぶすのは、片腕で十分――最悪、右手を餌にして、その隙に左手で頭を潰す)



接近は一瞬


身体能力は紅羽が上だが、転移を多用する黒鵜はそれ以上に一瞬の判断力が上だった。


確実に頭を潰すため、右腕を下から上に掬い上げるように振るう。


そしてほんの少し遅らせて、左手を上から叩き落とすように振るう。


奇しくもそれは、まるで口腔に飛び込んできた獲物を嚙み殺す肉食獣のような動作と似ていた。


右手の対処をしなければ、下から顎ごと頭を吹き飛ばされ、しかしそちらに気をまわしていては刹那に左手が脳天を破壊する。


まさに絶対絶命の攻撃が、紅羽に迫る。


勝負は、黒鵜の勝利で決した。




「ホシイ、から」



「ちょーうだい」



対する紅羽は、回避も迎撃もせず、ただ、一歩踏み込む



「――ぇ」



一瞬の困惑が、同時に強烈な選択ミスであることを黒鵜に認識させる。


黒鵜の右手は、当初予定していた紅羽の顎に届くことはなく、出だしを狙われ、軌道を大きくずらされる。


なぜなら、手が上へと振りぬく前に、黒鵜の右手は紅羽の鳩尾あたりを貫いて、その手に大量の血肉がミンチになった状態で抉られたのだ。


そして左手も当初の脳天に届く前に空振りし、紅羽の背中から左わき腹の肉を抉り取る。


人間ならば確実な致命傷であるが、ドラゴンメイデンである紅羽にとっては、この攻撃も致命傷には遠く及ばない。



「はい、捕まえた」



甘く、優し気な声音と共に、血まみれの紅羽は黒鵜をそのまま両手で背中に手をまわして拘束した。


その姿は、まるで恋人のようにお互いを強く抱きしめ合っているように見えた。


だが、それも長くはない。


ぼきっと、鈍い音とともに黒鵜の身体が曲がり、軋む。



「が、ぁっ――ごぽっ!?」



まともに悲鳴も上げられず、代わりに口から血塊があふれ出す。



「こ――、のぉ!!」



万力のように締め上げられたことで背骨がいかれ、折れた肋骨が肺に刺さったのかまともに息ができない。


それでも後一手で勝てると、黒鵜は最後の抵抗を試みる。


右手は抜けず、腕を曲げても頭に届かない。左手は、今の締め上げで折れた。



ならば、と初めての試みだったが、黒鵜は自分の額に力を集め、頭突きに次元干渉の力を乗せて脳の破壊を試みた。



「――ん」



だが、それもまた、初動で止められた。


微かに首を動かした紅羽は、その額が当たるより前に、黒鵜の口に自分の口を押し当てたのだ。



「――――」



まったくの想定外の行動に、痛みすら吹っ飛んで頭が真っ白になる黒鵜


紅羽は蠱惑的なまなざしを向けて、黒鵜の吐血によって赤くなった唇に舌を這わせた。



「いただきます」



その言葉と同時に口を吊り上げ、その口の中にあった鋭い牙を黒鵜の首筋に向かって突き立てた。


その瞬間にようやく状況を再度理解した黒鵜。


こうなれば、せめて相打ちにと喉笛をかみちぎられた直後に頭を破壊しようとするが――ジュウッと、まるで肉が焼けるような音がどこから聞こえた気がした。


それを認識した時には、黒鵜の視界が真っ白に染まり、何が起きたのかもわからず、黒鵜は完全に意識を手放した。





その瞬間、会場は静寂に包まれていた。


僕、歌丸連理もその光景を前に、言葉が出なかった。


途中でちょいちょいと、ドラゴンと水島夢奈の解説と実況が挟まったが、それでも試合時間はたぶん十分も経過していない。


実際に戦っている二人の時間も、たぶん、五分どころか、三分経過したかも怪しいほどの、超高速戦闘での立ち回りに情報量


傍らをみると、最後の瞬間に清松先輩と英里佳、それに詩織さんは何が起きたのかわかっている様子だが、僕や紗々芽さん、稲生、千早妃の四人は何が起きたのか全く分からない。


来道先輩が、何か必殺技っぽい攻撃をしようとした。


そして、その攻撃は確かに会長に当たり、その胸を貫いたのだが……気づいた時には、来道先輩の胸元より上が一瞬でのだ。


たぶんだが、ドラゴンメイデンとなった会長が、その口から高熱の炎で焼いたのだと思うのだが……そんな予想しかつかない。



『あの、学園長……今のは』


『ふむ……いえ、最後のはまぁ、ちょっと無粋ですから巻き戻しからのスロー再生はやめましょう。


彼女はちょっと厄介なので下手に絡んで面倒なことにしたくはないので。


ひとまず、解説としては……来道黒鵜くんの肉を切らせて骨を断つ、そんな戦法を天藤紅羽さんが同じく肉を切らせて骨を断つ戦法でやり返し、追撃をされるより早くその口からの炎で倒したのですよ』



どうやら僕の予想は間違えていなかったようだが……今の一瞬の間に一体何があったんだ?


まだ残っている、首のない来道先輩の身体……それを、なぜか口元が黒くなっている天藤会長が、愛おしそうに抱きしめているように見えた。



『……ぅ……っ、し、失礼しました。


えー、今夜の試合は天藤紅羽会長の勝利です。試合時間は2分49秒』



かなりグロイ光景に水島夢奈は吐き気をこらえつつ、試合結果を告げる。


しかし……あれだけ会津先輩に太鼓判を押されていた来道先輩が負けるなんて……


僕は試合結果に唖然としていると、天藤会長の手の中にあった来道先輩の身体が一瞬光ったかと思えば、その体が消え、結界の外に出現。


そこにはちゃんと先ほど焼失したはずの頭がちゃんとある来道先輩がいた。結界がちゃんと作用したようだ。



「来道先輩」「待って」「ぐぇ!」



僕がすぐに駆け寄ろうとしたが、英里佳に首根っこを掴まれて急停止。


一体何かと思ったが、先ほどまで殺し合いをしていた天藤会長が、誰よりも早く来道先輩のもとに駆け寄ったのだ。





「……負けた、か」


「ええ、私の勝ち」



目を開く黒鵜は、自分が紅羽から膝枕されているのを察した。



「最後のは危なかったわね」


「……そうかよ」



普段なら皮肉で返すところだが、黒鵜は自分の失策を考えて特に言い返す気力もわかない。


相手を人間だと想定していたこともそうだし、そもそも溜めが必要な技だとは言え真正面からの接近戦で紅羽に勝つつもりでいた浅慮さなどあるが、今はそれ以上に……



「お前……どういうつもりだ?」



ぼんやりと、意識を手放す直前の唇の感触を思い出す。


死んでから生き返った直後で夢見心地であったが、あれは確認せねばならないと問うと、紅羽は楽し気に目を細めたまま、黒鵜を見下ろす。



「さぁ、なんか楽しくなってつい、やっちゃった」



「てへっ」とわざわざ口にしながら小さく舌を出してウィンクする紅羽


状況や立場を考えて、黒鵜はこの戦いで負けてはいけないはずだったのだが……



「……やっちゃった、じゃねぇんだよ……」



そう言いながら、自分の顔を手で覆う。


こんな状況なのに、自然とにやけてしまいそうな自分の顔を、唖然として見てくる周囲から隠したかったのだ。



「お前、今、何を見てるんだ?」



この戦いの前に一度問うたことを、黒鵜は再度問う。



「今は黒鵜のことしか見てないわよ」



「…………はぁ~~~~~~~~…………」



両手で自分の顔を覆いながら大きくため息を吐く。



「うーん……私としては変わったつもりじゃないけど、今の私、そんなに変かしら?」


「……どっちにしろ、俺は負けた。


俺じゃお前を元に戻せないってこと、それがもう事実なんだ」



「それで」と続けながら、黒鵜は顔を覆った指の隙間から紅羽を見上げ返す。



「俺自身も、それを受け入れちまった……偉そうに語っておきながら、だ。


まったく……我ながら本当に情けなくなる」


「? 何が言いたいのかよくわからないままだけど…………私ね、今、私のことで気づいたの。聞いて」


「選択しねぇのかよ……いいよ、言えよ」


「私ね、前から歌丸君が重要な存在だってわかってても、正直なところそっちより英里佳ちゃんの方が気になってたのよ」


「だろうな」


「それで、黒鵜と殺し合って確信したの」



紅羽はその手を黒鵜の頬に添え、黒鵜の指越しに見える目を、顔を寄せて至近距離でじっと見つめる。



「私は、私を殺せるくらい強い人が好き。


だって、殺されそうになる度……ううん、人間だったら殺されてたって攻撃を受ける度に、自分が生きてるんだって実感できるから。


だから英里佳ちゃんのこと好きだし……こうして私をさんざん傷物にした黒鵜のことは、もっと好きになった」



黒鵜から見た、紅羽の目


それは、歌丸連理を見つめるドラゴンと同じような爬虫類を思わせるような、金色の縦長の鋭い瞳孔だった。



「来道黒鵜、あなたは今から、私のもの。


あなたの身体は、爪先から脳天まで、髪の毛一本、血の一滴まで私のもの。


でも、逆らうことは許してあげる。


お互いに、全力で殺し合いましょうね。それで私が勝ったら……」



そこまで言って、更に顔を近づけ、黒鵜にしか聞こえないように囁く。



「――今度は、ちゃんとあなたを食べるから」



その言葉を聞いて、黒鵜はゆっくりと顔を覆っていた手を離し、すぐ近くにある紅羽の手を添える。


お互いにお互いの顔に手を当てた状態で、黒鵜は紅羽を見つめ返す。



「本当に、いかれちまったなぁ……」



そう言いながら、黒鵜はどこか嬉しそうにほほ笑んだ。

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