第348話 ある意味で過去編 への伏線
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初日がクライマックスと言ってもいい、天藤会長と来道先輩の戦い、現在6日目
参加するだけならノーリスクで、強敵に挑める経験ができるとあって、北学区の向上心のある者たちが意気揚々と会長に挑むも、ほぼほぼ瞬殺。
単独なら5秒も持てば大健闘とすら評される。
集団で挑んだ者たちもいたが、それでも10秒に届かないのが現状だ。
ちなみに会長の方はほぼ舐めプ状態というか、あれからドラゴンメイデンの力は使わず、ソラを背後に控えた状態で一人でランスを振り回してつまらなそうに対戦相手を倒す。
まぁ、それはほぼ想定通りなんだけど……
「ふっふーん♪ 今日も楽勝だったわ、ほら黒鵜、どうだった?」
「最後の踏み込みが浅かったな。俺ならあそこでカウンターを入れて内臓をぶちまけさせられた」
「あら、分かってるじゃないの」
淡々と駄目だしをしている来道先輩の辛口通り越して殺害予告を、なんかすごい嬉しそうに聞いて頷く天藤会長がそこにいた。
「……えぇ……」(困惑)
なんかいろんな意味で怖くて近寄りがたい状態の二人を見て、僕、歌丸連理はもちろんのこと、英里佳たちどころか、千早妃までもドン引きしていた。
そんな6日目の天藤会長打倒チャレンジが終了後、僕たちは西学区のお店の座敷スペースを貸し切りで生徒会関係のメンバーで集まっていた。
今までなら来道先輩が主導していたはずなのに、初日の敗北した際に
「悪いが、紅羽の件に関しては俺はこれで手を引かせてもらう」
といった切り、天藤先輩の対策の打ち合わせには顔を出さなくなった。
まぁ、あれだけの死力を尽くして戦ってもらった以上を求めるのは流石に気が引けたので誰も文句は言わなかった。
「さて……現状の会長を倒せる可能性がある存在についてですが……」
二年生ではあっても生徒会副会長ということで、この場では氷川が仕切ることになる。
ちなみに、この場の飲食代は生徒会経費で落としてくれるらしいやったー。
「エリクシルを手に入れるためには一対一での戦闘が前提条件であることを加味すれば……清松先輩」
「……ああ」
「榎並英里佳」
「…………」
「そして、マーナガルム」
「え……そうなの?」
「まぁ、間違いなく単独戦力としてはトップクラスだろうね」
なんで驚いてるんだよ稲生。飼い主だろうが。
「そして……呼んでいるのにずっとこちらを無視している灰谷先輩」
「……なんかすんませんっス」
灰谷先輩の弟子扱いだからか、ちょっと戒斗が気まずそうだ。
「現状、この四名……いえ、三名と一体が、単独での天藤紅羽と戦って勝利する可能性があります」
「ん……? あの、詩織さんは? ルーンナイトの力ならワンチャンくらいはあるんじゃない? それに瑠璃先輩の大火力だったら倒せるんじゃ?」
「期待してもらって悪いけど、不可能よ。
今のルーンナイト状態の私が勝てるなら、すでに来道先輩が勝っていた。私に勝つ可能性が少しでも芽生えるのだとすれば、物理無効を手に入れてようやくよ」
「そっか……確かに、本気の来道先輩、今まで見たどんな時よりもすごい強かったもんね……」
「あとレンりん、私の場合は魔法を発動させる前に普通に倒されちゃうかな……守ってくれる前衛がいるなら話は別だけど、それじゃあ一対一とは言えないしね」
「なるほど……わかりました」
まぁ、それ以上に首チョンパされて生きてる会長が異常なんだよな。
僕にはちょっと切り傷ができただけにしか見えなかったけど、英里佳や戒斗が言うには、会長の首や手足、果てには胴体はあの三分にも満たない時間の間に何千何万回も切断されていたのを、ドラゴンメイデンの生命力で即座に回復させていたらしいし。
「黒鵜先輩も、あの時の戦いは十分に勝機がありました。
だけど、ドラゴンメイデンの異常な再生能力……これは、切断の能力があまりに強力すぎて細胞レベルでの損傷が少なかったから起きた現象であると私は考えているわ。
清松先輩の打撃なら、細胞の損傷で黒鵜先輩の時ほど早く再生はしないと考えられるので、再生しきる前に攻撃を当て続ければ倒せる可能性はあります」
「問題は……あいつがそんなおとなしく俺の攻撃を受けるのかってところと、俺があいつの攻撃にどれだけ耐え凌げるかってところだな」
実際に言葉にして聞くと、何とも非現実的な理想論だなと思う。
確かに清松先輩の超重量級の攻撃ならば、あの頑丈そうな鱗も突破しそうだとは思う。
けど、そんな攻撃を出せば当然の如く攻撃の振りは大きくなって避けやすいだろうし……そんな重い武器を振り回す以上は、清松先輩の動きは遅くなるので一方的に殴られる未来が想像に難くない。
「英里佳の場合は、まずシャチホコとの融合した状態で、だよね」
「うん……前に素の状態の方で負けているから、物理無効スキルで初撃必殺を狙うのが勝率が一番高いと思う。長引いても、私の操れる魔力量だとシャチホコのスキルは乱発できないし」
「そう。ですが、そう考えているのは相手も同じ。
攻撃の読み合いとなれば……榎並英里佳、あなたがどれだけ戦闘のセンスが天才的でも、同等以上のセンスを持ったうえで場数を踏んできた会長にはまだ及ばない」
「……身をもって理解してる」
そう言いつつ、他人から指摘されるのは不快感があるのか、英里佳は不機嫌そうに目を細める。
「そしてマーナガルム」「ユキムラです。ちゃんと名前で呼んでください」
「……失礼。では次にユキムラですが……稲生さん、あなたの所感で構いません。ユキムラは会長を倒せますか?」
「……うーん……ドラゴンメイデンの状態ですよね?
スピードは間違いなくユキムラが勝ってるけど、それ以外は全部会長の方が上だと思います。
ユキムラの毛皮も、大抵の攻撃は通じませんけど、会長クラスの刺突とかだとまず防ぎきれません。
あと、攻撃をしたとしても、鱗は突破できるかもしれませんけど、会長の技量ならカウンターを受けてしまうかと。
良くも悪くも、あの子はあくまでも迷宮生物ですから、視線を遮る障害物の多くあって広い環境での狩りなら勝つ可能性はありますが、正面からの読み合いが要求される勝負では勝てません」
「…………」
「え、なに?」
「いや……よく見てるんだなぁって……」
「? ユキムラのことなんだから当たり前じゃない」
おぉ……いつも変なところで天然かましてる奴だったけど、やっぱりなんだかんだで南の生徒会に所属していただけはあるな、こいつ。
「なるほど……ありがとう。
それじゃあ、日暮戒斗、あなたの所感だと、灰谷先輩は会長に勝てると思う?」
「絶対とはいいがたいっスけど、可能性だけを見た場合は前者よりはあるかと思うっスね」
「根拠は? 灰谷先輩は銃を使うことに異常なまでの執着を見せているから、今あげたほかの面子の中で一番火力が乏しいけど」
「銃を使うからこそ、あの人は手段を選びません。
鱗で銃弾が弾かれないなら、鱗がないところを狙うだけっスよ」
そう言いながら、戒斗は自分の目元を指でトントン示す。
「眼孔、耳、口腔……これだけ人間の重要部位である頭には穴だらけとなれば、灰谷先輩は絶対にそこを狙うっスよ」
「会長がそれを読んでいたら?」
「銃を使うのを執着はしていても、銃弾は執着してないっスよ、あの人。
催涙、閃光、爆音、悪臭に強酸とか……そんで天炉弾みたいな、迷宮の産物から作り出した俺も把握してないとっておきの弾薬だって引っ張り出してくるはずっスよ。
身体能力で負けてはいても、あの人に攻撃を当てるのは至難の技っス。
対人戦最強の名は伊達じゃないはずっスよ。今こうして連絡が取れてないのも、切り札を準備してるからって考えるのが妥当っスよ」
氷川はそこまでの聞き取りをして「なるほど」と頷く。
「仮に灰谷先輩が勝った場合、その権利をこちらに譲ってくれると思う?」
「銃を撃てればそれでいいって性分っスしねぇ……銃以外の物欲は強くないっスから、代わりに特別な銃を用意するとか、日本でも銃の携帯を許可する手続きするとかすればいいかもしれないっスね。
今回会長に挑むのも、景品よりは戦うことそのものが目的っぽいっスから」
「……ええ、私と同意見ね。
そのあたりについて、詳しく詰めるためにもどうにかアポを取らないといけないわね」
そこまで言ってから、思い出したように氷川は眉間にしわを寄せる。
「……ただ、やっぱりそれを加味しても勝率が高いとは言い難いのがあの会長なのよね」
「「「「…………」」」」
氷川のこぼした言葉に、誰も反論はしなかった。
正真正銘の天才にして天災
ドラゴンの擬人化と言われても納得できるくらいの迫力が、今の会長にはあった。
「本命は灰谷先輩とはしますが、それでもこのまま指をくわえて何もしない、なんてこともナンセンス
清松先輩、榎並英里佳、稲生薺の三名は、期間中に会長を打倒するための手段を考えてください。そのために何か必要なものがあるなら生徒会として最大限に協力しますし、手間は惜しみません」
「了解した」
「はい」
「う……責任重大ね……」
「日暮戒斗、同じように灰谷先輩にもこちらで全面バックアップする用意はあると、あなたからも伝えておいてください」
「どうせ無視するでしょうけど……了解っス」
戒斗が頷いたのを確認してから、氷川は改めて僕と、そして最近はずっと僕の傍らで待機している紗々芽さんの方を見た。
「歌丸連理の状態は?」
「小康状態といったところですね。
とはいえ、この数日の活動でわかりましたが、迷宮内部だと待機中の魔力の濃度が上がり、一度試しで向かった砂漠エリアでは、一時間もしないうちに宿り木も魔力吸収のために肥大化が加速し、制服の上から見ても分かるほどでした。
まだ対応できるレベルですが、深層……60層以上の攻略を見据えた場合は三十分未満か、それ以上に速い時間での宿り木の交換処置が必要になるかと」
「その頻度の宿り木の準備はできるの?」
「そちらは問題ありません。私の魔力と、必要なら東学区で開発した栄養剤を使えば即座に対応できるし、種の状態でも一年くらいは保存がきくのでストックもしてます。
ただ……」
「植え付けるだけでも体への負担は大きいのに、それを高頻度で行っていたら、歌丸の身体が持たない……ってことね」
「はい」
なんか僕のことのはずなのに、ちょっと蚊帳の外のような疎外感……
「あの、それについては結局は我慢で何とかなる段階なので、攻略すること可能ですよ」
「……わかっているけど、地上に戻る前に全員見たでしょ、あの60層を
あんな環境で未知の敵相手にお荷物背負ったまままともに攻略なんて正気の沙汰じゃないわ。
会長ですら、準備が整うまではおとなしくするって判断したのよ。不安定要素を消すための努力を惜しんで進めるほど、迷宮攻略は本来は生温いものじゃないのよ」
「は、はい……すいません」
そうだった、シャチホコたちのおかげで僕らはヌルゲーと化していたけど、本来は迷宮攻略はただ進むだけでも命の危険があるような場所だったのだ。
確かに、現状の装備ではあの61層以降は進めないし、進むためには北学区だけでなく東学区での専用装備もいるだろう。
そんな中でいちいち僕の宿り木の交換とかやってらんないよなぁ……
「例えば、魔力を遮断する素材で作った防護服みたいなものがあればかなり改善されるかと」
「素材自体はあるけど、衣服……それも迷宮攻略に耐えられる頑丈なものとなると難しいわね……まぁ、でも直接戦うわけじゃないなら行けるかしら……?」
ああ、なんかこのままだと僕、なんかとんでもない格好で迷宮攻略させられる感じになりそう……
「――あの、一つご意見よろしいでしょうか」
そんな中、千早妃が小さく挙手をしていた。
「神吉さん、どうぞ」
「はい、私が考えたプランとして……まず、エリクシルを直接入手できないかと思い、色々と調べてみたのです」
「エリクシルを、直接?」
僕は思わず首をかしげてしまうが、千早妃は真剣な様子で僕を見て頷く。
「連理様のこととなれば、あまりしたくはありませんが貸しを作りたいと考えている者は多く、その中には富豪と呼ばれる者たちも多くいます。
その者たちの協力を得て、現存するエリクシルを買う、というものです」
「……なるほど……エリクシルがあまりに高額で取引されるゆえに私たちでは手に入らないと考えていたので、目から鱗……理想論とは言い難いですが、会長を倒すよりは地に足のついているプランですね。
それで、現存するエリクシルの心当たりはありますか?」
「いえ、それについてはまだこれからですね……日本国内でエリクシルが見つかったのは十四年前のこの学園となっているのですが……見つかってすぐに紛失したという記録が残っているので、誰が持っているかは不明な上、すでに誰かが使ったと考えるのが妥当……
となれば、各国に呼び掛けて探すのが妥当でしょうね」
へぇ……十四年前に、この学園で、ねぇ……
しかし、紛失したねぇ……公的に記録に残ってないエリクシルとなれば、なんか後ろ暗いこととかに使われたのかもしれないなぁ……
「はぁ……過去に戻ってそのエリクシルが手に入ればなぁ……」
思わずそんなことを小声で呟いてしまう。
まぁ、そんなこと不可能だし、な…………ん?
「…………」
なんか急に紗々芽さんが目を見開いた状態で、珍しく口を半開きにした間の抜けた顔を僕に向けていた。
「……紗々芽さん、どうかした?」
「え、あ、その…………え、気づいてないの?」
「?」
「あ、あー……えっと、まぁ、うん、大丈夫、気にしないで。」
そんなことを言われても逆に気になるが……まぁ、紗々芽さんの方が僕よりずっと頭が回るからあれこれ聞いても邪魔しちゃうだけだしね。
そう考えているうちに、対策会議もそれ以上に有用な案は出ず、まとめに入る。
「ひとまず、そちらも、最悪借金することも視野に入れつつ調べてもらえるかしら。
そのあたりに伝手については、申し訳ないけどあなたが一番詳しいでしょうし」
「はい、お任せください」
こうして、会津先輩、英里佳、そして稲生とユキムラのコンビはそれぞれで対会長を想定しての特訓に集中するための手配その他を氷川たちと打ち合わせ続行
チーム竜胆も、風紀委員(笑)の先輩方も仮想敵として協力するらしい。
そして千早妃と護衛の日下部姉妹の方は、過去の伝手を当たるために今も西部迷宮学園にいる身内との連絡を取るために、専用の通信機がある東学区へと向かう。
そして戒斗も無駄足に終わる可能性が高いことを承知の上で、灰谷先輩を探すと言ってその場は解散となる。
残った面子も解散し、ひとまず僕は宿り木の経過観察の都合もあって、生徒会から用意された合宿の時も利用した施設へ移動
現状、僕、詩織さん、紗々芽さんの三名で過ごすのだが……
「……なるほど、確かに、可能性としては十分あるわね」
「成功した場合は、今抱えている問題がほとんど解決するね」
「でも、そのスキルの安全性が信用できないのもわね……」
「そのあたりは今回のイベントを活用すれば解決できるんじゃないかな?」
「そうね……となるとあのドラゴンとの接触が必須になるわね……」
二人が真剣に話し合っている様子。
僕は宿り木の影響もあって普段より肉体の負担が多いからと激しい運動を控えるよう言われており、武器の素振りはそこそこに、普段よりも勉強に時間を使っていた。
そんな時、同じリビング内で何やら話し合う二人
「二人ともどうかしたの?」
「えっと、現状のサブプランの更なるサブとして何かできないかと考えているところかな」
「え、何々、どんなの?」
「変に期待を持たせてやっぱりできません、みたいにガッカリさせたくもないのよ。まだ確認の段階だから共有するほどじゃないの」
「えー、いいじゃん教えてよ」
「――むしろなんで歌丸君が気づかないんだろうね」
「――本人にとっては嫌な思い出だから忘れたいのよ、きっと」
なんか小声で話していて聞こえない。
「……でも、例の彼女が使っていたスキルって実際に歌丸君が覚えるか、誰が覚えるかで話はだいぶ変わってくるよね」
「ああ……英里佳みたいに別の人が発現したパターンもあり得るわね」
「そう、一番の理想はやっぱり日暮くんだけど……」
「覚える可能性が高いのは、やっぱり元々の所有者である連理なのよねぇ……」
「え、何、どうしたの?」
二人が何か凄い意味深に話してて、内容が気になる。なんか引っかかってくるんだけど、どうにもそれが何なのか、自分でもよくわからなくて引っかかるなぁ……
「……でも、現状の歌丸君の確認もやっぱり必要だよね」
「はぁ……そうよね。
歌丸、単刀直入に聞くわよ」
「う、うん、どうしたの?」
僕は手に持っていたシャーペンを置いて、姿勢を向き直して二人の方を見る。
最初は言いにくそうにしていた二人だったが、詩織さんは意を決し、僕に問う。
「未来の椿咲さんが使った、過去へと移動するスキル
確か……【ウルズロスト】っていうのよね。それ、今のあんたは覚えることできるの?」
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